1-2「準備完了! 第一村人発見! 話の途中だけどオーク!」
「日本人なら武器は刀だよな!」
そんな無理矢理っぽい理屈をひとりごちながら、宝物庫を漁って見つけた日本刀を鞘から抜いてみる。
うーん、これはなかなかの業物っぽいカンジ! 切れ味抜群だろう。タブン。
ファンタジーな世界観なら、ゲームみたいにモンスター、敵が現れて襲ってくる、なんてこともあるかも知れない。
護身用に持っていって損は無いはずだ。
自分の理想の世界、つまりは「すさまじくその人にとって都合の良い世界」なのだけど、だからといって何もしなくても良い、というわけじゃない。
敵を目の前にしてただただ棒立ちしてたら流石に殺されてしまうだろう。
「やるべきことはキチンとやっておかないとダメ」、らしい。
「自分に可能で、無理のない範囲で良いから準備しておけば必ず道は拓ける」、とも言っていたっけ。
そういう保証がある時点で、元の世界よりよほど楽だと思う。
徒労と化した準備、報われない努力。
……あっちにはそういう事は、多々ある。そうだろ?
「とりあえず、思いつく限りの準備はできたな」
他にも色々な品々があって、中には超便利チートアイテム! なんてものもあるかも知れないが、使い方がさっぱりわからないので全部スルーするしかなかった。
かといって一つ一つ検証する、なんて大変過ぎる。
ここは割り切って先に進むことにした。
「いつまでもここには居られないし! そろそろ行くか~!」
見た目以上にズシリと重い、扉を押し開けていく。
「第一目標は、食料の確保、あたりかな? 出発だっ!」
あといい加減、テンションが上がっているとは言え独り言を続けるのも虚しくなってきたから、頼れる仲間とか可愛い女の子とか、そういうの頼むぞ、僕の理想の世界よ。
>>>
扉から出た先は灰色の宝石で構成されている洞窟だった。先ほどの宝物庫と随分違う雰囲気に戸惑う。まるで場面がいきなり飛んだかのような錯覚を覚えた。
床にも壁にも、そこら中に黄金に輝く天秤の絵がいくつもいくつも描かれていて、非現実的というか、不気味というか。
今見える限りでは、分かれ道等は無く一本道のようなので、迷う心配は無いだろう。
通路の大きさは、大体の目測だけど高さは少なくとも30メートル以上、幅に至っては100メートルはあるのではなかろうか。めちゃくちゃデカい洞窟である。
天井には機械的と言える程に正確な円の形の、大きな穴が所々に空いていて、そこから抜けるような青空が見えた。
「おおお~……」
感嘆の声が漏れていた。
確かに奇妙ではあるけれど、それ以上に神秘的で良い意味で惹きつけられる。
洞窟と言えば暗闇のイメージだけど、天井に空いた穴から差し込む光のおかげで視界もはっきりしていて気分が良い。
きっとこの光がこの洞窟の一番の魅力だ。洞窟を構成している宝石も、黄金で描かれた天秤の絵も美しいけれど、自然の光が一番綺麗だと感じる。
そういえば、もう雲の無い綺麗な青空を見ても気分も悪くなってこない。
余裕は人を穏やかにするんだなぁ……
なんて、ちょっとのほほんとしていると――
「――ぅぅぅうああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「ゑ?」
――愕然とした。
洞窟の天井に空いた穴から、人が降ってきた……!
古い漫画とかで空から女の子が降ってきた~みたいな展開はよくあったらしいが。
実際にそんな展開に巻き込まれると、どうすればいいかさっぱりわからんっ!
故意を疑う程にピンポイントで僕の真上に降ってきてる。
え、何? 受け止めろと? いやいやめっちゃ高いところから落ちとるぞ無理無理!
……じゃあ避ける? いやいやそれじゃ外道だ。あの人が地面に叩きつけられてグロい事になってしまう……
「こ、コレはどうすればー!?」
あたふたあたふたと決断できない内に、その人はもう僕の目の前にまで到達していた。
……あーコレ、「避けらんねぇ」ってヤツだな!
結局僕はあろうことか、最後までボケーっと突っ立ったままだった。大クラッシュだ。
グワングワンと揺れる意識の中、僕は「やっぱり避けたら良かった」と思った。「死んだ」とも思った。
……ところがどっこい僕は生きていた。すげー僕、超頑丈。
僕が【勇者】だからだろうか? 肉体の強さが以前とは比べ物にならない。
僕とその人は、折り重なるようにしてぶっ倒れていた。
随分と唐突だけど、とりあえず異世界で初めて自分以外の人間に出会えた。この流れからしてきっと重要人物だ。思う存分チュートリアルして頂きたい!
「――あー、そのぉ。……もしもーし。生きてます?」
ゲーム脳極まりない考えを巡らせながら、僕はその人に声をかけてみた。
すると、「ぐっ……!」なんていかにも痛そうなうめき声が。
どうやら僕と同じように、なんとか生きていたらしい。
まぁそうだろうと思った。流れ的に。
この世界の人達は頑丈なのがデフォなんだろうか?
「おーい。大丈夫ですかー」
我ながら呑気なもんだと思いながらも、もう一度声をかけてみた。
大丈夫かって大丈夫なワケが無いだろう、と脳内でセルフツッコミしたところで、その人がハッとしたように顔を上げる。
目が合う。お互い重なり合ってぶっ倒れている状態で初めて対面するのが、なんとも漫画的な状況だなぁとこれまた呑気に思う。
――――グリーンの瞳を持つ美しい女性だった。
今の僕と同じくらいの綺麗な黒髪の、癖のあるミディアムヘア。
健康的な褐色の肌が眩しい。
顔つきは可愛い、いやカッコいい系のお姉さん風。
その草木のように鮮やかな緑の瞳が僕の姿を捉えた。
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
僕と彼女は固まったように見つめ合っている。
彼女が僕をどう思っているのかはわからないが、僕の方は彼女に対する感動に打ち震えていた。
(――いい!)
最っ高だ……っ! 少なくとも顔は自分の思い描いていた理想そのもの!!
性癖にストライク! ど真ん中ストレートでバッターアウト! ゲームセットで理性崩壊まであと少し! 完っ璧に、一目惚れだ!
「……おい」
「はいなんでしょうなんでもいってくださいなんでもやりますどれいになりますくつをなめます!」
「おい」だって「おい」って! 良いぞ良いぞぉ、ぶりっこ系よりもこういうしっかりした口調の方が好きなんだよなぁもうホントどうするつもりですかウッヘヘヘ。
舞い上がり過ぎて勢いで絶対服従を誓ってしまったような気がするが大丈夫だ問題ない!
「……手を離してくれないか」
「て? 手って……」
急展開で意識の外に追いやられていた手の感触を確かめる。
……あれ。なんか右の手の平に味わい深くやわらかぁーい感触。
まさか……もうベタベタ過ぎて恥ずかしいがまさか!?
体勢が体勢なので見えづらいが……僕の右手は思いっきり彼女の禁断の果実(隠喩)をわし掴みにしていた……っ!!!
「・・・・・・・・・・・・」
またもや沈黙がおりる。
玄関開けて二分でご飯――の代わりにラッキースケベとは恐れ入った。展開がクソ早くてヒジョーによろしい。コレで掴み(二重の意味で)はバッチリだな!
流石は「理想の世界」。展開とか欲望の満たし方が乱暴極まりない。話自体の面白さなんかいらんねんエロスやエロスと言わんばかりの前のめりな構成。第三者なら白けるが当事者なら話は別だ。おっぱいおっぱい。おっぱいは宇宙。
「……すいません……急にぶつかられたもので……この手もワザとじゃないんです」
理性を総動員して、懸命に答える。
「そ、そうか……それはすまなかった……」
「いえいえ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・何か?」
「いや、何か? じゃなくてだな。その……そろそろ手を離してくれないか……?」
「そうしたいのはヤマヤマなんですけど、手が動いてくれません」
「……元気に動いて揉みしだいているのだが」
「右手に宿った悪魔が暴走して……くっ! 右手が疼く……! 静まれ……っ!」
「……嘘だろ?」
「右手に宿った悪魔を落ち着かせる為に、貴方の果実の力を貸してくれませんか」
「なぁ、それ嘘だろ? 嘘なんだろ? いいから離してくれ」
「すいません……初めての経験なんです……もう少しだけ! もう少しだけこの優しさに溺れていたいんです!」
「そうかそうか溺れ死ね。離せ」
「もう少しでこの宇宙の真理に到達できるんだ!」
「私の胸ごときでそんなモンに到達できるか!」
「ごとき? ごときだと! お前はそう言ったのか!? このバカチンがっ!!」
「何で私は怒られてるんだ?」
「このサイズにこの弾力! 最の高だ! ソレを否定するのは持ち主であるお前ですら許されるものか! 神の領域……いや、殺せる! 神を殺せる……っ!」
「神の前にお前が死ね」
「おっぱいの為なら死ねる!」
「じゃあ死ね!」
「あべし」
至高のおっぱいを持つ者の拳はやはり至高であった。
そのあまりの破壊力に、無慈悲にも宇宙の真理はこの手から零れ落ちた。悪魔も憐れむ悲劇である。
「マイ・コスモォォォォォォッ!!」
僕の悲痛な叫びが洞窟中に響き渡っていった。チクショウ、ここは「理想の世界」なのに、何故だ……っ!
>>>
――僕は今まで、これほど涙を流したことはない。
「うわあぁぁぁんっ!! 何てことをするんですか!? 僕はこれから何を支えに生きていけば良いんですか!? このひとでなしぃぃぃぃぃぃっっ!!!」
「死ねばいいだろこの変態が! 本気で殴ったのに平然としやがって!」
ようやく僕らは立ち上がった。僕に関してはあの状況がもう少し続けば、「もう一人のボク」もタち上がっていたかも知れないがそれはまた別の話である。
彼女は体の方も凄まじく美しかった。
程よく鍛えられた、生命の輝きを強く感じる肉体。無駄な肉が一切ない。
……いや、敢えて言うのならばお尻とかお胸には大層立派な肉がついているけれど、決して! 断じて!無駄では無い!
アレこそ、全知っつーか全恥へと至る道だ。何の話だ。
服装もやたらと露出度高いし。動物の皮みたいなので見えちゃいけないトコだけ隠してるだけってもう犯罪だろコレ!
エロい。つまり好き。
彼女が魅力的過ぎて、僕は急にドスケベキャラになってしまっていた。
この世に生を受けて19年――(転生した身でこの表現が正しいのかどうかはさておき)
その間ずっと童貞だった事実は、男一人に狂人になる素質を与えるに十分であった。
……ただ、今は他にも気になることは沢山ある。
「この話は、後でじっくりねっとりするとして……」
「しない」
「絶対します。いやそうじゃなくて……なんであんな所から降ってきたんです?」
そう質問すると、彼女は苦々しげな表情を浮かべた。
「……ああ……そうだった。そうだったな、クソ。……おい、今は色々と後回しだ。とりあえずここから逃げ――っ!」
彼女が言葉を唐突に切り、慌てたように後ろを振り返る。
その視線を追うと――
「……うわぁ~……」
そこにいたのは、手足の長い豚が人間の真似事をして二足で立っているような化け物だった。
体長は2メートルを優に超えるだろう。
真っ黒い肌は薄汚れている。
体つきはだらしない。
顔は豚を数段階崩してしまったような具合。
不愉快そうな顔つきの彼女に意地汚い笑みを向け、粘ついたよだれを垂らしていた。
全ての特徴に「著しく醜い」という言葉を付け加えたくなる、見ているだけで不快感が湧く酷い生き物だった。
そんなのが1、2、3、4、5体。
巨大な棍棒を持って僕らの前に立ちふさがっていた。
「クソッ! オーク共め、もう追いついてきたか!」
オーク。って、あー……ゲームとかで出てくるモンスターか。
流石は異世界。現実じゃあ絶対相対しないような相手だ。
ふむ。こりゃアレだな。チュートリアル用の噛ませ犬じゃないかな!
……いまだにゲーム脳っぽい気分のままだけど大丈夫だろうか僕。