5-2 「大人の階段が上りだけだと誰が決めた?」
結局ヴェネさんとアリスさんは就寝の時間までお互いに夢中になりっぱなしで、話を聞けるようになったのは夜が明けて朝食を摂った後であった。
「いやいや、本当に申し訳無かったね、みんな」
「ごめんなさい、みなさま……わたし、取り乱しちゃって……」
「構わねェよ。今聞かせてくれりゃあそれでいい。言える範囲で答えてくれや」
おじさんは何でもないように手を振りながら二人の謝罪を受け入れた。
昨日と同じように、大広間にて僕と隊長格達が集まっている。昨日聞きそびれたアリスさんの事情を聞くためだ。
マジさんは昨日と同じくどっかに行ってしまったけど。
「アリス――だったかァ? お前はどういう経緯でここに来たのか覚えているか?」
「昨日、兄様から色々聞かせてもらいましたわ……ここに居る方はみな、えっと……元いた世界からいわば『転生』してきたのですよね?
……実のところわたし、そんなことをした記憶はありませんの。本当に、気づいたらここにいた……という感じで」
「えぇ?」
花子ちゃんとも灯姉とも違うパターンだったので思わず怪訝な声を上げてしまった。
ふぅむ? と首をひねりながら、今度はフォーデさんが問う。
「――アリス嬢よ。元の世界での最後の記憶はどうだったのだ?」
「えっと……本当になんてことありませんわ……いつも通りに眠っていて、気が付いたら――」
「ということは、特に変わったことは無かったのだな?」
「『いつもと違ったこと』というのなら、ありませんわ」
「【黄金具現】なんてやってもねェってことか。
【勇者】を狙ってるもんだと思っていたが、もっと何か違う条件があるのか?」
何も変わったことは無かった、となると手掛かりは一つもない。
仕組まれたことだったとしても検証のしようもないという事になる。
しかし、【黄金具現】――異世界に行く行程を経ずにここに来る、なんて初めてのことだ。
「オレとしては、やはり『何か』があるんじゃねェかと思ってるんだが……
アリス自身には気づけなくとも、変わったことは何かないのか? ヴェネ、どうなんだ?」
「話を聞く限り――彼女自身もさっき言ったように――アリスは『いつも通り』だったそうです。
ですが……彼女の『いつも通り』は僕らにとってはかなり『変わった』ことでしょう――アリス、話してもいいかい?」
「えぇ……こんななんだかよくわからない状況ですもの。
正直、元の世界での出来事なんてどれも大したことないように思ってしまいますわ」
アリスさんの「もうお手上げ、どうにでもしてくれ」と言いたげな、開き直ったような笑みを見て、兄であるヴェネさんは静かに頷いた。
「ボクは、アリス――彼女が死んだ、と思っていたんだ」
>>>
「ボク達の父と母は、何と言うか……あまり良い親じゃなくてね。
自分の子であるボク達兄妹には暴力を振るって、お互いには手は出ずとも口喧嘩ばかりしていた」
ヴェネさんの家庭はあまり裕福では無かったそうだ。
金銭的余裕の無さが彼らの親を追い詰め、心をすり減らさせ、目の前の相手に優しくできるような状態では無かったという。
兄妹には暴力を振るい、お互い同士では口喧嘩ばかり。
時間が経てば経つほどにその傾向は強まっていき、ついに離婚することが決まってしまう。
アリスさんは母に、ヴェネさんは父に引き取られ、二人は離れ離れになってしまったのだ。
「ボク達は一緒にいたかったのだけどね。
二人ともボク達に暴力を振るっていた癖に、一緒にいたいだの勝手なことを言い出してさ。
離婚するってなった瞬間、妙に冷静になっちゃって――『片方づつ、平等にしよう』だとさ! いや、当時はもう一周周って笑い出しそうになってしまったよ。
でも逆らったら殴られて無理矢理従わさせられそうでねぇ……対抗する手段も当時はまだ10も超えてないくらいに幼かったから思いつかなかったし……
いやぁ、参ったよホント! 笑うしかない、ってこういう時に言うんだ~ってさぁ」
「聞いてるこっちは笑えないだし……」
「まぁ不幸中の幸いか、たまには会わせてくれたんだよね。
……昨日のボクらの様子を見たらわかると思うんだけど、ボクとアリスって、兄妹なのに『そういう』仲でさ。
ソレを自覚しちゃったのも丁度この頃だったな。
きっとずっと一緒に暮らしてたら違っただろうけど……間をそれなりに空けて会うもんだからさ、毎回『あ、なんか変わってる……?』ってなっちゃって。
変化が凄くわかりやすくなって、目についちゃうんだよ。
『うわぁ、女の子っぽくなってる……っ! ふーん、えっっっちじゃん……』って思っちゃったんだよね~」
「わたしの方でも『男の子から男になっていってますわ……っ! ふーん、えっっっちじゃん……』ってなっちゃいましたわ。
まぁ仕方ありませんわ……兄様は【勇者】となる前からそれはもう美しく――」
「おおっ! アリス……っ! いや、キミの美しさには及ぶまいとも――」
「あ、もう大丈夫です」
また甘ったるいのろけが始まる気配を感じて、反射的に遮っていた。
ヴェネさんが大げさにのけぞった。
「あぁ、あぁっ! 拍都君、まさかキミは兄妹間の恋愛に偏見があるのかい!?
そういうのよくないよ、あるだろ、ラノベとかなら!」
「そうですわ! ラノベであるなら現実に持ってきてもモウマンタイですわ! なんだったら普通に恋するより良いものですわ。
こう、血のつながった者同士で、というのが……それはもう、背徳感マシマシで堪らないのですわ……」
「背徳感込みで楽しんでる!? いや、その、偏見とかは……まぁ無いっていうか、外野の僕は何も言いませんよ?
ラノベの題材にあるからとか関係無く。
ただところかまわずピンク色のオーラ出されるのがツライってんですよ!」
「アレかい拍都君、本当は羨ましいのかい?」
「アレですか拍都様、もしや童貞ですの? ちなみにわたしも兄様も卒業済みですわ。昨日付けですが」
「やかましいわ! てか昨日ってあの後やらかしちゃったのか!?
……い、いやいやっつーかアリスさん――アンタそのお嬢様キャラ完っ全にエセじゃねぇか!」
「兄様ってば王子様っぽいから、それに合わせてキャラ変えたらハマりましたの」
「うんうん、いや、このプレイが始まってからそれまで以上に愛が深まっちゃってねぇ~ずっと続けてもらってるんだよ」
「聞いてねぇよ! 語り出しちょっとシリアスっぽかったのに、どうしてこうなった!」
「まぁ実際再会して、死んでなかったのはわかっちゃったし……話、続けるよ?」
その後何年か、親にも内緒でこっそり会ってたりして、ハードな境遇のわりには楽しくやっていた二人の関係が大きく変わってしまったのは、ヴェネさんが高校生になったばかりの頃であった。
「別居した両親は一時期は落ち着いてたんだけど、やっぱりまた不安定になっちゃってね。
アリスを引き取った母親は……まぁ詳しくは言わないけど、ちょっと……変わったお薬にマズいハマり方をしちゃってね……」
「か、変わったお薬って……」
「……ご想像にお任せしますわ。何にせよ、ある夜のこと、キマッてハイになった母は寝ているわたしを叩き起こしました。
逆らえばやはり殴られていたでしょう。逆らえないわたしを持っていた車の助手席に放り込んで、そのまま夜の街へ……
薬の影響で判断力が鈍っていた母は当然のように規定を大きく越えた速度で飛ばし続け、その結果――」
――ガソリンスタンドに思いっきり突っ込んだそうだ。
激突の衝撃でアリスさんも母親も即死。
その事を知った父親も連鎖するように――
「その頃同じくちょっと変わったお薬にハマってた父は、その知らせを受けてそれはもう荒れてねぇ……失踪しちゃったんだよね」
「・・・・・・・・・・・・」
もう無茶苦茶な人生だ。何もコメントができそうにない。
僕以外のメンバーも完全に黙り込んでしまった。
「やっぱりあの薬だよねぇ……二人とも全く同じモノにハマって破滅しちゃうとは。似た者同士ではあったのかな。
用法用量を守らないとダメだよやっぱり」
「……えっと、多分ソレ、用法用量って言うか一切やっちゃダメなヤツじゃ……?」
打ちのめされて妙な所にツッコミを入れてしまう。
……しかし、対するヴェネさんの反応がまた酷かった。
「いやいや! ちゃんと使えば良いモノだよ?
親は二人とも、ちょっとマイナーな宗教にハマってたんだけど……
有名どころじゃないけどしっかりしたところでね、『天使の愛液』なんてイカした名前のお薬でね、人生のアレやソレやをスパッと解決するんだけど、摂取した時の多幸感が強過ぎるのか、それこそウチの両親みたいについつい使い過ぎてヤヴァイ事に――」
「あ、もういいですそのヤベー薬についてはもうな~んにも知りたくない! 話進めて下さいどーぞ!」
……ヴェネさんの一見爽やかそうでいて何処か危険な臭いがする一面は、元の世界のハードな体験によって培われてそうだった。
もう必要最低限のこと以外は聞きたくなくなってきた。これ以上の脱線は勘弁願いたい。
>>>
「ともかく……当時のボクは荒れに荒れた。最愛の妹を失い、両親もいなくなって――それでも何とか生きてはいけたけど。
【黄金具現】の話を聞いた時、ボクは一切迷わなかったね。即座にボクは元の世界を捨てた――」
「――だが、アリスは実際のとこ生きてたんだよな? その食い違いはどうして起きたんだよ?」
おじさんの問いに、アリスさんはあっさりと答えた。
「『大学』ですわ。大学のことはご存じですの?」
「……なに?」
「大学」の当時者であった灯姉が反応する。
遠い昔とは違い、特別な意味を持った「大学」。
衰退していく世界を救う為に、特別な人間を集め、強大な力を持ち、非人道的な実験すら行われていたらしい、あの――?
「……わかっていらっしゃるようですわね」
僕らの反応を見て、アリスさんが頷いた。
「あそこは本当に無茶苦茶やるんですの。
たまたま事故の現場に居合わせた大学関係者がわたしの体を引き取って、瀕死になっていたわたしを治療してくれたのですわ……
ただ、その治療の仕方はまだロクに検証ができてないものだったらようですの。まぁいわば実験体というところかしら。
その後も『せっかくだし』と言う事でそのまま拘束されて、色々な人体実験を冗談みたいに簡単に、何度も――」
「そんなことがあったんすか……?」
「う、噂はされては聞いていただしが……」
「……下衆共よな」
あまり大学の実態を知らなかったであろうジュニ、静瑠さん、フォーデさんが嫌悪と戦慄がないまぜになったような反応を見せた。
灯姉だけじゃなく、ヴェネさんの妹であるアリスさんまで……
大学は知らず知らずのうちに、数多の不幸を振りまいているようだった。
「一応、生きてはいました。生きているだけ、ですが。ここに引きずり込まれたのはその実験の合間の、僅かな睡眠時間だった、ということですわ」
――そう考えれば、ここに引きずり込まれたのは悪くないかも知れませんわね!」
そう言って微笑んでさえみせるアリスさんに、底知れないものを感じる。
話を聞いてるこっちはもうクラクラ。お腹いっぱい、ってやつだった。




