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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第五章 シカタガナイ
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5-1 「妹萌えも姉萌えも、実際に居る奴にとっては理解不能だそうな?」

 相も変わらず、僕らは【天秤地獄】の奥へと進み続ける日々を送っていた。


 朝起きて、朝食を摂り、拠点を出発し、途中で休憩を入れて昼食。

 またしばらく進んで、いい時間になったらその場に式鐘おじさんが拠点を出現させ、夕食を摂って、思い思いに夜の時間を過ごし、就寝。

 その繰り返しだ。


 【天秤地獄】は洞窟ではあるが、天井には大穴がいくつも空いている。

 昼間は柔らかな日差しを感じ、夕方には美しい夕暮れが見られ、夜には星が輝く。

 ここは本当に外面だけは美しい場所だった。

 戦いの毎日の中、余裕ができたタイミングになると自然に視線が上に向く。


「……てか、よくよく考えればあそこから出れないのか?」


 どうも自分は予想以上にいっぱいいっぱいになっていたようだ。

 こんなもっと早く気づいとけよ、と言いたくなるような疑問に今更思い当たるのだから。

 隣のおじさんがその疑問に答えてくれた。


「なんだ、今更だなァ……あーでも、そういや言ってなかったっけか?

 【蜜技】で見えねェ結界が張られているらしいんだよ。オレから見ても相当な出来のな」


「【終幕】で何とかできないのか?」


 何かしらの【蜜技】であの大穴の一つに辿り着いて、結界とやらを何とかできるのでは、と思ったが……どうもそう甘くは無いようだった。


「……無理だなァ。確かに【終幕】なら斬ることはできそうだが、アレどうやっても即座に再生しちまうんだよ。

 引きずり込まれたヤツがぶっ飛んだ強さだった時の事も想定してあるんだろうな。ちなみに洞窟そのもの自体も同じだ。

 色々な【蜜技】で破壊しようとしたこともあったが、ほんの一瞬で再生して元通りになっちまった。厄介なもんだぜ」


 自分が気づくことぐらいはとっくにやってる、ってことみたいだ。

 やっぱりそんな美味い話は無いよなぁ。


「大体、出られたとしてもどうしようもねェだろ。元の世界でも理想の世界でもない。オレ達が本来居るべき場所とは世界丸ごと違うんだぜ?

 やっぱりオレ達はこの奥を進んで【天秤】を手に入れるしかねェってこった」


「ははぁ……」



 初めの頃に比べると、少しずつ周りの事も見え始めてきたように思う。

 戦って、戦って、戦って。

 目的の為にその日その日を生きることに精一杯だったのが、最近ではすこし事情が異なってきたのだ。


 慣れ、というのもあるにはあるだろうが……


「……最近、『アイツ』襲ってこないよな」



 ――そう。毎日あった【ヒロイン】の襲撃はここ数日程鳴りを潜めていた。

 おかげさまで何の不都合も無く奥に進み続けられているが、変わり映えはない日々だ。

 いや楽できるならそれはそれで結構だけど。



「諦めたのかもなァ――と判断するのはお気楽過ぎるだろうな。

 何らかの仕込みでもしているに違いねェ、油断すんなよ」


(まぁ、諦めるなんてことは無いだろうなぁ……)


 【ヒロイン】の強力さは()()僕が良く知っている。

 おじさんに言われるまでもなく、油断するつもりも無いけれど……

 実際に戦いが無いとどうしても緩んでしまう。


 間を空けた癖に以前と変わりなく襲ってくる、なんてことは無さそうだ。

 

 ……だけど、次に【ヒロイン】が僕らの前に姿を現すときは、「いつも通り」で無い戦いになるのでは?

 そんな微かな不安を感じつつも、それでもやはり平和は平和だよなぁと歩み続けていた、そんなある日のこと――





 >>>





 僕らは今日、新しくここに引きずり込まれたであろう人を見つけた。

 花子ちゃんの時と違い【ヒロイン】に襲われていたわけでもなく、波乱無く保護された。

 が、その人の姿を見た瞬間、意外な反応をする人がいた。


「あ――アリ、ス……? アリスなのか!?」


「うおっ、びっくりした……ヴェネさん、知り合いなんですか?」


 ヴェネさんが彼にしては珍しく、動揺した様子でその人に駆け寄って、両肩を力強く掴んでいた。


 新しく保護されたその人は、水色のワンピースを着た女の子だった。

 17、18くらいだろうか?

 美人、と言っていいくらいだけど、ここに居る【勇者】の皆のようなのとは少し趣が異なる。

 突き抜けすぎていないというか、あくまで現実の範疇というか。


 長く伸ばされた金髪に碧眼、そしてその顔立ちはいつか見た外国のモデルや俳優を思い出す。

 大きめの目は愛嬌があって、なんだか身近に思えるような、ホッとするような……暖かい雰囲気を纏う人だった。

 なんというか……【勇者】の個性的過ぎる見た目に比べると、美人ではあるけど「普通」という印象が強い。

 ギリギリ街で見かけそうな、現実的な美人だと思う。……まぁ美男美女揃い過ぎる【勇者】に囲まれているせいで基準が狂ってるのかも知れないが。


 その女の子はいきなり声をかけられて慌てながらも、ヴェネさんの顔を見て何かを察したのか――驚愕の声を上げた。


「――ヴェネ、兄様……!?」


「に、にいさまぁ!?」


 お兄さんのことをリアルに「兄様」って呼ぶ人、初めて見た! お嬢様キャラってヤツか!?

 ……いやそこじゃないか。





 >>>





「まさか、またも我らの仲間の知己がここに現れるとはな――これはいかなる運命の悪戯か?」


 拠点に入った後すぐに、制御不能の自由人であるマジさんとヴェネさんを除く隊長格のメンバーが式鐘おじさんの元に集まり、話し合いが始まっていた。

 いの一番にフォーデさんが疑問を口にする。

 今日保護した女の子は、花子ちゃんが僕や式鐘おじさん、灯姉の元の世界からの知り合いだったのと同じく、ヴェネさんの知人、どころかその妹だったのである。


「……ふゥむ。

 仕組まれたことなのか、それともただの偶然か。あの嬢ちゃん自身もわからなさそうではあるが詳しい話は一応聞いておきてェな。

 ……聞いて、おきてェんだが……」


 言葉を切ってちらり、とおじさんが視線を投げたその先には――



「兄様兄様! このチキンとても美味しいですわ! 何故か全て虹色なのがほんの少し気にはなりますが!」


「はははっ、大丈夫だよアリス! 見た目はアレだけど体に悪影響などないさ、好きなだけ食べなさい!」


「あああ~っ!、なんだかとても久しぶりにまともなお料理を口にしたように思えます……シェフの方に感謝しなくてはなりませんねっ!」


「おおっ、まともなお料理かはわからないけど――そうだね、僕からも彼にはお礼を言って置かねば! アリスの可愛らしい笑顔を見られるきっかけになったのだから!」


「あらあら兄様……うふふふっ」


「アリス、あぁアリスっ! 僕は幸せだ――ふふ――」


 ・・・・・・・・・・・・いまあの二人は、お互い以外の誰にも入り込めない独自の世界にいる。

 それ以外には何も目に入らないと言わんばかりだ。


「……心ここにあらず、って感じだし」


「そうっすねぇ……ヴェネさんにしてはめずらしーっす」


 静瑠さんが呆れ気味に溜息をつき、ジュニは可愛らしく首を傾げている。

 言う通り、ヴェネさんは今まで見た事が無いくらい……浮き足立っていた。


 ところどころ胡散臭い面はあるものの、ジャック隊のトップを務めるヴェネさんはいつも揺らぐことの無い、しっかりとした立ち振る舞いをする人だ。

 が、今はもうちょっと直視するのが辛いくらいに、ウッキウキで舞い上がっているのがありありとわかる。

 顔緩み切ってるし。二人の言葉の語尾全てにどきづいピンクのハートマークがくっついてそう。

 ていうか……


「兄妹っていうか……」


「……恋人っぽいよなァ?」


 僕の言葉をおじさんが引き継ぐと、みんながうんうんと頷いた。

 やっぱりみんなそう思うらしい。

 二人はマジさんの虹色だらけの料理を仲良く並んで食べているのだが、どうも距離が近過ぎる。てか密着してる。

 全体的に甘い空気が漂ってるし。家族、というには違和感があるくらいにイチャイチャしていらっしゃる。


「つまり……兄妹でそういう仲になっちゃってるってことっすかねー?」


「ふむ。確かに我、ヴェネから妹がいるとは聞いてはいた。今思えばあれは妹の事を語るテンションにしては砂糖を入れ過ぎたコーヒーのように甘々過ぎたな。

 そのような例は我、初めて見たが……意外と多かったりするのか?

 そういえば、灯姫と式鐘王も兄妹だったk」


「アァ? 死にますかフォーデさん?」


「えっこわ。拍都こわ。我ちょっとブルっときた。この紫炎の魔人がブルってしまうとか、拍都貴様やはりただ者ではあるまいな? いやすまん、安易な話の広げ方をしてしまった許せ頼むから」


 ……しまった。なんか急に自分の感情をコントロールできなくなって、フォーデさんにマジな殺気を向けてしまった。

 恐らくそーいやここにも兄妹いたよなーぐらいの思いだっただろうに……我ながら敏感過ぎる反応である。


「……拍都せんぱいって灯せんぱいの話になるとナチュラルに狂うっすよねー……」


「もし思いが実ったら、今のヴェネ様みたいになりそうだし。いやそれ以上だしか?」


「オマエ……随分こじらせたもんだなァ。なんか知らんが感慨深くなっちまった」


「やっぱり、拍君はよくわからん。何が良いんだ、私の……」


「オーウ、愛――極彩色の空模様……それは我輩よりもワケ不明のえなじぃ~……(はぁと)正常に戻りたいならそのカバのような額に顕現したであろうサードアイを抉ってトマトの肉団子を詰めろ。ナ?」


「……マジさん、いつの間にか合流してよくわかんないこと言わないでください本当に気が狂うから」



 どうも二人が落ち着くまで、大人しく待つしかないようであった。

 しかし、花子ちゃんといい今回の彼女といい、偶然で片づけていいのだろうか……?

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