4-6 「チートを正攻法で倒すのは男の浪漫かも知れぬ?」
「――この特訓で経験を積ませたい、との事だったが」
灯姉が落ち着いた雰囲気で言葉を紡ぐ。
ひやりとした空気にその声は良く響いている。
怒鳴っているわけでもないのに、こちらの背筋をビリビリさせるような……緊張させる音色だ。
「経験以外に、拍君――いや、名姫拍都には致命的な欠陥がある――」
灯姉が木刀を中段に構える。
素人の自分にすら理解出来る程に、完璧で美しい立ち姿だった。
「正直なところ、私は教える立場になれる程の者ではない。私程度が『教える』など自惚れ深いのではないかとも思う。
……だが、やるからには全力でやる。半端な稽古など意味が無いからな。
だからまずは、お前の『欠陥』を、お前自身にはっきりと思い知ってもらう」
灯姉以外は誰も言葉を発せない。
いつの間にか、彼女がこの場の全てを支配していた。
「――剣を取れ、拍都。私を殺せる剣を。【終幕】を持って私と向かい合え」
灯姉が普段僕には一切見せないような顔つきをしていた。
消え失せた表情。凍える程に冷たい目。
それに操られるようにして、気づけば僕は彼女の言う通りにしていた。
二刀を手に持ちながらだらりと力を抜く。
構えの無い、変幻自在の剣技である【型無】の前準備だった。
「力み」はこの剣技にとって邪魔になるが故のやり方。
この状態から型に捉われない動きで相手を翻弄し、剣を当てていくのだ。
以前灯姉はこの【型無】にも「致命的な欠陥がある」と言っていた。
いくら剣が鋭くても、軽く当てたぐらいでは人間の骨までを断ち切れるような、はっきりと「致命的」な攻撃を繰り出すことができない。
「斬る」という行為は、本来そう容易な事では無いのだ。
適切な構えから繰り出される十分な力と速度を持つ一振りだけが何かを「斬る」ことができる。
ソレは【型無】の動きとは真逆だ。つまり、【型無】では何も斬ることなどできない――それが【型無】の致命的な欠陥だった。
しかし、今僕が手に持つ刀は【終幕】――「触れただけで斬れる剣」。
力など込める必要も無く、ただ当てれば良いのだから「構え」に縛られることはない。
その制限から解き放たれた動きを見切るのは非常に難しく、しかも一度でも読み間違えたら即死。
【型無】と【終幕】。その組み合わせは間違いなく強力無比だ。
確かに灯姉の剣技は相当だろうけど、この【型無】と【終幕】は実力差をものともしない程の、まさに「チート」と呼べるモノなのだ。
……だと言うのに、この感覚はなんだ?
特訓には不相応な【終幕】を持っているのに、「もし当ててしまったらどうしよう」なんて考えがまったく浮かばない。
むしろ酷い焦燥感が僕を支配していた。
「……その【終幕】をもってしても、私に敵わないとなればお前は己の不足をより強く認識するだろう。
――さぁ、いつでも来い。手を抜けば……死ぬぞ」
彼女が持つ、特別製で殺傷能力が無いはずの木刀が、僕の命に届く真剣に見えた。
頭の中から理屈が消し飛ぶ。
恐怖で強制的に体と心が「修羅場」の時のソレに変わった。
半ば操られるように――僕は灯姉に向けて【終幕】を振り上げていた。
「やらねば、やられる」――そんな「特訓」とは不釣り合いな心情が体を動かしたのだ。
右で降り降ろす――のを途中で止めるフェイントから左で横一文字に薙ぐ。
――だが、冷静に身を退かれてあっさり躱される。
それならばと薙いだ勢いをそのままに、体を回転させながら斬りつけようとして――
(――ダメだ!)
退いてから一瞬で距離を詰めた灯姉の剣の切先が僕のすぐ近くにあった。
これでは先にやられてしまう。
無理矢理後ろに飛んで距離を取ろうとする。だが切先が近過ぎた。
間に合わない、と覚悟したものの、意外にもそのまま距離が離れた――
(これは……見逃されてるのか!?)
まだ始まって間も無いと言うのに、本来ならもう終わっていたことをはっきりと思い知らされてしまった。
しかし、そこで驚愕している場合では無かった。
灯姉がまたも距離を詰めている。
さっきのように完全に寄られるのを阻止する為、僕は【終幕】を振るう。
足を動かしながら、型に捉われない振りで灯姉を狙う。
逆手に持ち替えながらの降り下ろし。
身を反らして放った薙ぎ。
持ち手の位置を変えた突き。
二刀の優位を生かした牽制をかけながら、必死の思いで剣を振るう。
――しかし、どれもかすりもしない。
どの攻撃もセオリー無視の、読み切れるはずの無い動きなのに、灯姉は何でもないように、無常さを感じる程にあっさりと躱していく。
それだけじゃない。
ほぼ常に切先が僕の方を威圧するように向き続けているのだ。
僕の攻撃は彼女の足捌きだけで意味を失くしていて、その構えは全く崩れることがない。
「ハッ、ハァッ、ハ、ハッ!」
呼吸が荒くなる。
振る。躱される。振る。躱される。
避けられたことに落胆する暇が無い。当たらなかった、と思った時には既に切先が僕を向いている。
動き続けなければ終わる。
……いや違う。もう何度も終わっている。
灯姉は未だに一切剣を振っていない。
ただまっすぐと構えているだけだ。
それだけなのに――僕は完全に追い込まれている。
「――っ!!」
足がもつれた。
距離を詰めてくる彼女から慌てて離れようとして、しかし足に力が入りきらずそのまま尻もちをついて倒れ込んでしまった。
疲労――というより、向け続けられる切先の威圧感に気圧され、上手く動けなくなったというべきか。
「――終わりだな」
胸の中心に木刀の切先がトン、と当たる。
……まるで勝負にならなかったのだ。




