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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第四章 トニカクガンバレ
35/78

4-5 「不人気回の大定番、修行パートはじまるヨ!」

 式鐘おじさんは、花子ちゃんとの話の内容から、彼女と僕の今後の扱いについてそれぞれ方針を定めた。


 まず、花子ちゃんには【蜜】の基本的な扱いを学んでもらうことになった。

 灯姉と同じく以前と変わらない肉体である彼女は、【勇者】としてはハンデを背負っている状態で、はっきり言ってしまえば弱い。

 同じ条件の灯姉がクイーン隊のトップにいるのは、「大学」によって送り込まれた異世界での戦闘経験が、他の【勇者】のそれを大きく上回っている――という特殊な事情故なのだ。


 花子ちゃんが弱いままでは、フォローするこちら側の負担も大きい。

 【ヒロイン】という強敵を相手するのに不安要素は一つでも潰しておきたい――という意図もあって、彼女には指導者をつけられながら【蜜】の扱いを練習してもらうことになった。

 ちなみに、指導者役はジュニと静瑠さんである。

 花子ちゃんは二人の強烈なビジュアルに気が引けている様子だったけど、ジュニは初対面の相手でもなんやかんやで距離を詰めらられる良い子だし、静瑠さんはここのメンバーの中ではかなり常識人寄りの人だ。

 実力的にも見ても、二人はそれぞれ所属する隊の副隊長だ。案外適任なんじゃないかと思う。

 不安があるとすれば「絶妙に微妙」と呼ばれる花子ちゃんとの相性だが……まぁ、彼女は近しい人以外の前だと案外おとなしいのでなんとかなる――と信じたい。



 そして、僕の方はこれからの戦いに向けてさらに実力を伸ばす為の特訓をすることになっている。


 今まで何回か【ヒロイン】と交戦しているが、彼女は毎回最終的には撤退はしているものの、余裕ある態度を崩さない。

 おじさんにはそこがどうにも不気味に感じるようだった。


「何か隠し玉でも持っている気がするんだよな。――いや、確実にあると考えた方がいいだろうかね」


 【ヒロイン】が率いる【輝使】はそれなりに強力らしいが、100人以上の【勇者】で構成されている僕らにとってはそう大した敵ではなく、戦えば一方的に蹂躙されるのが常であった。

 【ヒロイン】もその様子を見ていれば、彼女側にとってこの争いが相当に分が悪いことはわかっているはずだ。


 だけど、彼女はその笑みを崩さない――


「悪いが拍ちゃん、もうちょい頑張って貰うぜ?」


 ――ほんの少しの遠慮が見せながら、そう言う式鐘おじさんの表情を見ていると、少し罪悪感があったりする。



 僕は未だに、以前【ヒロイン】がこの拠点に侵入してきた事をおじさん達に明かしていない。

 就寝中の僕らの身を守る為の、おじさんの【蜜技】と、【勇者】による交代制の見張りをあっさりと潜り抜け、侵入された――その事実は、【ヒロイン】と僕らに決定的な差があることを示す重要な情報だ。

 【ヒロイン】は、僕達が想像するよりも遥かに強大な敵である。

 その事を明確に知っているのと知らないのでは大違いだ。

 敵の力量を見間違えることが、どれだけ危ういことなのか――戦いについてまだまだ素人な僕にもそれはなんとなくわかった。


 それでも僕が口をつぐんでいるのは、「フェアじゃない」という思いからだ。

 アイツは腹立たしいヤツだけど……眠っていた無防備な僕や他の【勇者】を殺さなかった。

 その気になれば、絶対に殺せる――そんな決定的な機会を彼女は僕との対話に使っている。

 そう、楽に僕達を全滅させられるチャンスを浪費しながら――


 もちろん、あちらにそんな考えは無いのかも知れない。

 チャンスなんか無くったって、思い立ったらその場で、いつだって、僕らは皆殺しにできるという余裕から来る行動なのかも。

 そうは考える。だけど、それでも有利を捨てるような行動を利用するように、こちら側だけが得をする……というのは気が引けるのだ。


(……だけど、潔癖過ぎるというか、甘過ぎるんじゃないか? そんな余裕、僕らには無いんじゃないのか?)


 ……考えが揺らぐことはある。

 むしろ、あの夜、彼女が去ってから今まで、僕は揺らいでばかりだ。

 何度も言い出そうとして――しかし結局は口を閉ざしている。





 >>>





「――あれ、灯姉?」


 特訓場所としておじさんに連れて来られた拠点のとある一室には、一人の先客がいた。


 他の部屋より天井がかなり高く、十分な広さもある。余計な家具などは一切置かれていない。

 特筆するような部分は無いが、体を動かす場所としては十分な条件が揃っているその部屋の中心で、綺麗な正座で待っていたのは灯姉であった。

 入ってきた僕らに気づくと、無駄の無い動作で立ち上がる。


「……来たか」


「おゥ、待たせたな灯。

 拍ちゃん、オマエはこれからちょいちょい灯とサシで特訓だ」


 サシ。ってことは一対一。つまりはマンツーでマンってことだ。

 ……ソレを灯姉と? ほう? つまり?




「――もしかして特訓ってえっちぃヤツですか!?」


「おお~ゥ、今日も元気だなァ拍ちゃんは。おじさんは嬉しいゾ~」


「・・・・・・拍君」


 ……灯姉にジトっとした目で睨まれた。


「冗談。冗談だって灯姉。まぁ本当にそういう話ならばっちこいって感じだけど」


「……相変わらずよくわからないな、拍君は。私にそんな魅力があるか?」


「ある! あるに決まってる!」


「ハハハッ! なかなか面白れェ展開になってきたがまぁとりあえずソレは置いとけ」


「えー」


 ニヤニヤとした表情をしたままおじさんは話を先に進めていく。


「拍ちゃんよ。いつも言っているがお前はこの【天秤地獄】攻略においてヒジョ~によくやってる。正直予想以上だぜ。ロクに戦闘の経験も無いワリにそれなりにサマになってるよお前は」


「まぁ元々おじさんに【型無】教えてもらってたし、【終幕】も貰ってるし……」


「それ差し引いてもよくやってるって事だよ。いくら強力な技術や武器があっても実戦で活かせるかはまた別の話なんだ。

 理屈が全部頭に入っていて技術を極めていても、戦う覚悟、精神面が未熟ならソイツは大したことねェんだよ。経験上、そういうのはよくわかる」


「ふぅん……」



 ――「やっぱ『殺す』ってのはそう簡単なことじゃねェ。自覚あんだろ?」――



 【天秤地獄】に堕ちたばかりの頃、【ヒロイン】を取り逃した時のおじさんの言葉が思い返された。

 ……結局、どうなんだろうな。「殺す」ことは、僕にとって難しいことなのか、それとも――


「お前には足りないものがいくつかありそうだが……しかしながら武器は強力無比、技術も昔教えたのをちゃんと覚えてた。上手くやってくれ過ぎて笑えてくるぜ。だからこそより盤石にしておきたいのさ」


「それで特訓?」


「そのと~り。灯は他の【勇者】と事情が違う。『理想の自分』としての肉体は持ってねェし、辿り着いた世界も明日の命も保証されねェような超ハードな所だった。

 そんな場所でも生き延びられるってことは……まぁマゾなんだろうな」


「……兄さん。勝手な解釈をするな」


「おっと、スマンスマン。

 ともかく、他の【勇者】にはねェハンデを課せられて、それでも尚今まで生きている灯はいわば『本物』の『戦士』ってこった。

 勝ち目が保証されねェ戦いに立ち向かい続け、勝ち続けたヤツだ。

 強さで言えば他にも候補はいるが、単純な力や技術以外の要素を鍛えるならば、これ以上の適任は恐らくいねェだろ」


「な、なるほど……」


 確かに灯姉はこの【勇者】の集団の中でも異質だ。それは僕でもわかる。

 あの立ち回りは技術や武器を揃えれば再現できるようなものじゃない。彼女の強さは理屈だけでは言い表せないモノだろう。


「……兄さん。正直なところ、私は教えるのが下手だ。技術ならまだしもそれ以外の要素となると……」


「んー? 嫌かァ?」


「嫌、ではないが……」


「まァなんとなくわかるぜ。ここら辺の話は個人的には『人によって答えが違う』かも知れねェからな。そんな深く考えんなよ。とりあえず俺が練習用の木刀を用意するか――」


 言いながらおじさんがパチン、と指を鳴らすと、周囲の空間が歪んでその中から木刀が何本か飛び出してきた。


「――こいつは特別性だ。自由に重さを設定できるし、当たっても痛みは無く傷にもならねェ。訓練にはピッタリだぜ」


 ……ホント【蜜技】ってのは便利である。今更何も言わないけど、慣れ過ぎるのがちょっと怖いかも。


「難しいことは考えなくてもいいさ。自由に二人で模擬戦でもやってみろ。そうしてりゃあ色々課題とか見つかるだろ」


「行き当たりばったりなのね……」


「理屈じゃねェ事だからな。しゃあねェしゃあねェ。やらんよりはマシだろ」


 だっはっは、と何にも考えて無さそうな笑い声をあげるおじさん。

 ……まぁ確かに、やらないよりはマシ、ってのはわかるけど。


「どこまで力になれるかはわからないが――私は、構わない。拍君さえ良ければ」


「僕も大丈夫だ」


 「灯姉との個人訓練」というだけでも僕にとっては色々とありがたい。なんせ灯姉ラブだし。

 エロい意味じゃないのは惜しいけど、まぁ今後の展開次第ではエロくなる可能性はあると思う。何考えてんだ僕は。


「よォし、決まりだな! ならさっそく一本、始めちまうか!」





 >>>





「そんじゃ~二人とも、ホレ!」


 おじさんから雑に投げ渡された訓練用の木刀を僕と灯姉が受け取る。僕は【型無】用に二本、灯姉は一本。

 灯姉が溜息をついた。


「木刀を投げるな」


「カタい事言うなってェ。俺が作ったモンだから俺の自由だっての」


「全く、昔から適当なんだから……もう言っても聞かないか……」


 兄妹ってことを忘れそうになるくらいに、この二人は正反対な性格をしている。

 年も結構離れてるし、おじさんの方は川で拾ったのかも知れない。


「……オマエ失礼なこと考えてね?」


「この二人本当に兄妹なんだろうか? おじさんの方は川で拾ったのかも知れないって考えてた」


「正直に答えてくれてありがとよクソッタレ。さっさと構えろ」


「あい」


「……あぁ、ちょっと待って、拍君」


「ん? どうしたの灯姉」


「――拍君は元の武器で良い」




 一瞬時が止まったかのように思えた。普通に意味不明だ。灯姉らしからぬ天然発言というか……いやこの人はたまに天然発動してたっけか。




「「は? ・・・・・・い、いやいやいや」」




 おじさんと僕のセリフがシンクロした。

 まぁこの場面なら誰だって似たような反応になるだろう。


「……灯姉。僕の元の武器って【終幕】っていうやべーヤツなんだけど」


「知ってる」


「……灯。【終幕】ってのは【命剣】に分類されるやべ~武器だぞ。軽く触れただけでバッサリいけちまうような反則級の剣なんだぜ?」


「あぁ。前話してくれたな」


 な、なんでもないことのように答えるぞこの人……


「そんなもん訓練で使えないと思うんですが、そのぉ……」


 あまりにも堂々としているのでこっちが間違ってるんじゃないかと思えてくる。

 しかし、尚も灯姉の態度は全く揺らがない。



「当たればシャレにならないことは十分に理解している。――だが、問題無い」



 ――いつの間にか……空気が冷たく、そして鋭くなっていた。

 もしかしたら僕もおじさんも、灯姉の事を全然わかっていなかったのかも知れない……

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