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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第四章 トニカクガンバレ
33/78

4-3 《やたら曖昧な信念》

「――花子ちゃん、マジメな話灯姉にはちゃんと謝っとけよ? その……お、おっぱい鷲掴みとか……そりゃ漫画とかじゃあよく見るけど……実際のトコ同性でもやっぱどうかと思うし。セクハラではあるでしょアレ」


「め、面目ない~~~……灯さんには後でマジ土下座するわ」


 ……盛大にやらかしちゃったなぁ、とは自分自身でも思ってる。

 まったく、ほんっとーになんであんなことしちゃったのか。


「……まぁ、ちょっと気持ちはわかる――かもだけど。花子ちゃんって一番混乱しそうな流れでここに来てるしな。

 前からの【勇者】の人達はこういう異常な事態に慣れてそうだし、僕の時も花子ちゃんに比べればまだ手順踏んでたような気がするし」


「え、そーなの?」


「いきなり【ヒロイン】に襲われたのは一緒だけど、最初は式鐘おじさん一人に助けてもらったカンジだから。

 ここに来るまでに、色々説明してもらったりもしてたから、受け入れやすくはなってたと思う。

 あんなんでも前からの知り合いだし、そのおじさんに一対一でじっくり話が出来たんだから案外余裕があったんじゃないか。

 花子ちゃんはいきなり知らんヤツに襲われて知らない人に助けられて、んでもって僕の姿が変わってたりだの灯姉が生きてたりだのってのを詰め込まれて……まぁアンナコトにって具合じゃない?」


「あー……かもねぇ」


 気絶させられたあの後――気が付いたアタシは拍都クンに話し相手になってもらっていた。

 起きるまで待ってくれていたらしい。正直な所かなり助かる。

 目が覚めて最初に見た人間が、さっきチラっと見かけた緑色の肌で虹色の髪をちょんまげにしたあの人(後で聞いたところ、マジさんって名前らしい)とかだったりしたらまた気絶してそのまま戻ってこなかったかも知れない。

 用意してくれたという個室で、今はこの【勇者】だらけの集団のリーダーである式鐘のおっさんを待っている。

 ここでの立ち振る舞い? みたいなのを教えてくれるそうな。

 で、待ってる間は拍都クンに質問しまくっている。マジでわかんないことだらけで落ち着かないから。


 この場所が【天秤地獄】と呼ばれる、人を違う世界から引きずりこんで殺そうとするようなやっばい場所だってこと。

 ここから脱出すべく、拍都クン達【勇者】が、手を組んで【天秤地獄】の奥へと進んでいること。

 奥には【天秤】っていうヤベーアイテム(【アーティファクト】、と呼ばれるそーな)があって、ソレがあればなんとかなるっぽいこと。

 立ち塞がる【ヒロイン】と、【蜜技】とかいうトンデモ超能力を使ってドンパチやってるってこと――などなど。

 拍都クンから聞く、ホントにゲームか何かか……と言いたくなる世界観にクラクラしてくる。


「【蜜技】、ねぇ……異能力バトルのノリなのねマジで」


「【黄金具現】だって【蜜技】って話だ。【蜜】って『そーいう事』をポンポン実現しちゃうモノみたいなんだよ。

 ……まぁ、なんとか慣れてくれ」


「あい」


 ……拍都クンのおかげで大分落ち着いてきた。

 見た目こそ眩しいイケメンなんだけど、不思議なくらい以前とおんなじように喋れるんだよね。

 ま、中身はあんま変わってないっぽいし。灯さんラブでちょい脱力系、そこそこテキトーな拍都クンのまんまだわ。


「……てかさ、その……」


「うん?」


 話の途中で、ふと拍都クンが気まずそうな表情で言葉を詰まらせた。


「――聞かないのか? 灯姉のこと……」


「あ、あぁ~……」


 ある意味で【天秤地獄】だ【蜜技】だよりもよっぽど非現実的なコトよね、ソレ。

 あの当時は式鐘のおっさんも拍都クンもずっと暗い顔してたっけ。


 アタシはと言えば……もちろん悲しかったけど、それ以上に実感が湧かなかったんだよね。

 灯さん、その頃東京に行っちゃってて、たまに電話で話すぐらいでほとんど会ってなかったからかなぁ。


 嫌いって訳じゃない。むしろこんなアタシとも普通につるんでくれる優しい人だと思う。おっぱいでっかいし。

 草食寄りっぽいけど男の子な拍都クンが恋に狂うのも当然だ。アタシも野郎だったらヤバかったかもってぐらい。

 だからか、お葬式の時はなんだかボロボロ泣いちゃったりもした。


 だけど、世の中ってのは大切な人を失って、悲しくて涙をドバドバ流していたとしても気遣いなんかしない。その流れを止めてくれないのだ。

 流れ流され、その日をなんとか生きていくうちに、それなりに正常な心に戻っていく。……戻っていって()()()と言うべき?


 しかし、今の拍都クンの表情を見る限り、どうも彼の感情は流れていなかったっぽい。


「……まぁ、アタシは『とりあえず生きてた』ってことで納得……してるってことにするよ。

 アンタの顔見る限り、楽しい話でも無いんでしょ?」


「……そう、だな」


「なら……生きてりゃいいよ、ってスタイルでいる。そりゃ……気にはなるけど、さ。

 アンタやおっさん、灯さん本人が話したいってなったら、その時いくらでも聞くよ」


「・・・・・・・・・・・・そっか」


「そーよ」


 ちょっと拍子抜けたような拍都クンの顔を見て苦笑いしそうになった。

 ほんとにコイツは、灯さんの事が好きなんだなぁ。

 生きるだけでも大変な、「人生」とかいうモノをやってるのに、全然忘れられないぐらいに。


 アタシは結局、そこまでじゃないから。

 なんというか、その思いを共有するような資格は無いような気がしてる。

 生きてるなら、「お、そりゃよかったよかった」と受け入れられそうなのも本当だし。

 だって生きて目の前にいるんだからもうそりゃ認めるしかないじゃん?

 なんで? とは思うけど……話すのが苦しいような理由だったのなら、別に無理させてまで知らなくてもいい。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 ……む、会話止まってしまった。

 もしかして「コイツ結構薄情だな~」とか思われたりしたのかな。

 ……まぁ、少なくとも戸惑いはするか。


 アタシって灯さんよりも前に友達を交通事故で亡くしたりもしてるからか、慣れてるとまでは言わずとも、拍都クンより受け入れやすい立場だったのかも。

 ……あの時はそれこそ永遠に止まらないんじゃないかってぐらいには泣いていたっけ。

 でも、なんだか知らないうちに「そういうもんだ」って思えて、ヌルりと日常に戻っていた。


 そう、人の生き死になんて、「そういうもん」なのよ。いや「どういうもんだよ」と言われても困るけど。


 ってか、アタシってば実は本当に薄情だったりするか? ……あー、わっかんね。





 >>>





「おゥ、ちょっとは落ち着いたかァ~花ちゃんよ」


「――お、来た来たおっさん。まぁねぇ~お騒がせしました」


 気まずくなりそうなぐらい沈黙が長引きそうだったけど、丁度良く式鐘のおっさんが来てくれた。

 ありがてぇ、おっさんナイス! と内心で親指を上げた。


 おっさんは椅子にドカっ、と腰掛けながら余計な前置き無しで話を切り出してくる。


「とりあえず、だな。

 もう拍ちゃんに話したかも知れんが、オマエが【黄金具現】してからの経緯を説明してくれねェか?」


「おっけ。

 んーと、気づいたらこの【天秤地獄】とかいう洞窟に寝そべってました。

 んで、じっとしてるワケにもいかんからぶらぶら歩いてたらあの人外少女……【ヒロイン】だったっけ? にエンカウントしちゃって。

 直感で『あ、こいつやっべ!』って思って逃げ出したら全力で追っかけられて、追い詰められてやべーってなってたところをアンタらに助けられました。

 いじょ!」


「お、おう? そんだけか……?」


「って言われても。それ以外に特に変わったことないよ? あ、【ヒロイン】に結構な時間追っかけられてたけど、なんか全然疲れなかったんだよね。

 外っツラ変わってないけど、アタシも一応は【勇者】ってことでいいのかな」


「部分的にはそうなるのかねェ?

 ・・・・・・・・・・・・うーむ。つまりは特別な事はほぼ何もわからんってことかねェ」


「おうよ!」


「なんで無い胸張ってやがんだよっ、良いけどよォ……」


「は~? 無い胸とは何だ無い胸とは! 否定できねーからやめい!」


「……あ~、確かに落ち着いて……いや、落ち着いてはいないがいつも通りにはなってんな。いつも通りとっちらっかってやがる。ヨカッタヨカッタ」


「そうそう、みんなの花ちゃんはワリといつも通りになってきたのだ。喜んでくれい」


「へいへい。どうやら話は出来そうだな。いや出来てねぇ気もしなくはないがオマエにそんな事言い出すとキリねぇや」


 頭をガリガリ掻きながらも、気の抜けたような顔をするおっさん。

 わかってくれたようで何よりだ。

 ここが異世界だろーとなんだろーと、結局アタシはアタシ。お互い変にシリアスにならないで頂きたい。

 テキトーにいこうぜテキトーにさ。


「オマエの話通りなら、本当に特別なことは起こらなかったってワケか。ちょいアテが外れたな」


「アテ?」


「ここに人が来たのは相当しばらくぶりなんだよな。オマエの前は拍ちゃんだったけどよ……その時は、それ以前に人が来てから五日しか間が空いてなかったんだよ」


「えっと、どゆこと?」


「オレがこの【天秤地獄】に落ちてから、どれだけ間が空いても一日ごとには新しい【勇者】がここに引きずり込まれていたのさ。

 その点、拍ちゃんは五日ぶりの()()ってだけで珍しく思われたモンだ。

 その頃は、『もう新しく来るヤツもいなさそうだからそろそろ出発するか?』、って空気だったくらいだし」


「んっと、アタシは5日以上間を空けてやってきた変なヤツってこと?」


「拍ちゃんが来てから、大体二週間後だよ、オマエが来たのは。

 まァオレらだって、【天秤地獄】の全ての場所をリアルタイムで見張ってるワケじゃね~から、この2週間の間で気づいてなかったり、オレらが見つける前に【ヒロイン】にやられたりしたヤツもいたかも知れねェ。

 ただまァ、本当に二週間ぶりの新人ってなら、何か特別な事情でもあんのかね? と思ったんだが、まァ偶然かねこの感じなら」


「……いや、ちょっと待った」


 そこで拍都クンが不意に手を挙げて静止する。


「花子ちゃんは僕達と違って、【勇者】としての体……以前とは違う姿になってないじゃん。灯姉と同じようにさ。そこにはなんかないの?」


「ふむ……

 ――花ちゃんよ。一個質問だ。オマエの考える自分の理想ってどんなんだ? 教えられる範囲でいいから答えてくれ」


「へ?」


 いきなりの話題転換に面食らう。

 目をぱちくりしていると、おっさんが言葉を続けた。


「【黄金具現】にオマエは何を望んだ? ってことだよ。

 どんな自分で、どんな世界に行きたいか――超美少女になって、メルヒェンな世界観で複数のイケメンとちやほやされたい~とかよ」


「あ~、うん。そゆこと。んっと……」


 なんか気恥ずかしいけど、頑張って喋ってみようか――




「・・・・・・あ~……んとね。

 まずおっぱいおっきくてさ。ツラはもう少女漫画かよってぐらいの……その、あの……き、キラッキラしてる、そうあの感じで。おっぱいおっきいの。そう。

 んで、えー、魔法とかある……そう、メルヒェ~ンなノリの世界でね? ガラスの靴とか履きたくなるノリの。

 でー、イケメンと……線細くて今にも死にそうな感じの……いややっぱ大人の魅力? 的なアレ? なおじさまのが良いかな……まぁとにかく良い感じの男ども……いやいっぱいは疲れそうだなぁ、一人でいいかなぁ、でもハーレムも無しではないか……? まぁどっちでもいいんだけど。

 ・・・・・・とにかくですね。そういう夢のワンダ~ランドに行きたかった感じ? ハイ」




「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 おっさんと拍都クンが、アタシの自分自身でも唖然としてしまうぐらいのフワッフワな「理想」を聞かされてビミョーな顔つきになってしまった。

 な、なんでだろう。なんか全然上手く言えねぇ。アタシの理想ってなんだったっけ……?


「……記憶喪失とか?」


「や、多分違うんよ。なんか、こう……言葉にできないラララ、ってな感じでさぁ」


「……恥ずかしくて言えねェ! とかでもないっぽいよなァ……? ぶっちゃけ、元の世界に不満とか持ってない……ってのも違うよな?」


「や~そりゃあ元の世界はもうつまんね~ってカンジよそりゃ? どっか違う場所へ、とは思ってるのは確かよ? それははっきりしてるゾっ!

 それこそ言葉にならないぐらいよ、憧れる前に色褪せていくばかりよ、そーなのよ」


 拍都クンとおっさんの質問に答えながら、アタシはなんとなく……危機感、のようなものを感じ始めていた。

 自分の心の中の――今まで自覚していなかった、いや自覚していたのに目を逸らしていたナニかに指先を突き入れたような、ぞわっとした感覚。


「……ただの推測だが。花ちゃんが、理想の自分……【勇者】としての肉体に変化していない理由がわかったかも知れん」


「そもそも『理想』ってやつがアタシの中ですらハッキリしていなかったから?」


「・・・・・・・・・・・・あー、その、な……うむ。そういうアレ、だ」


「あららぁ~……」


 他人から言われるのがどうにも情けない気がして、自分から思いつきを言ったらビンゴだった。

 またもビミョーな空気が場を包んでいた。アタシったらいっつもそうね。もうヤケになるしかね~わ。



 しかし……ハッキリしていない、ねぇ。

 なんだろう。上手く言えないけど、物凄く「クる」ものがある。なんか泣きそう……っ!

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