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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第四章 トニカクガンバレ
31/78

4-1 《絶妙に微妙》

 ――死にたくはない。だけどそれ以上に生きていたくない。そう思っていた。




「はっ、はっ、はっ――」


 駆けている。

 肌の全面に汗を吹き出しながら。苦しげに空気を吐き出しながら。

 「疲れているから」ではない。「恐ろしくてたまらないから」だった。

 体の表面を流れる雫は「冷や汗」と表現した方がより正確。身を震わす悪寒で呼吸が上手くできない。

 そんな訳で、まだ全然疲れていないのに――まるでフルマラソンの終わり際みたいな絵面になってしまっている。


 そう、不思議なことに体力の余裕だけは十分にあった。

 アタシは今、自分でも驚くくらいのスピードで洞窟の中を走り続けている。

 自分の体のどこにこんな力があったのか。火事場の馬鹿力、ってやつ? それにしては人外的過ぎる気もする。

 運動は得意……どころか、絶望的とまでは言わずとも苦手な方だったのに。

 大体どういう種目でも下の中の上、くらい?


(……いや、むしろアタシは何をやってもそれぐらいだったよな)


 こんな状況なのに自嘲的な笑みがふと口元に浮かんだ。


 ――「絶妙に微妙」――


 と友達のリリィによく言われたのを思い出す。

 得意では無いけど、その場その場を乗り切るには十分なせいで「一歩先へ踏み込む」ような気概がなかなか産まれなかったのだ。

 運動だけじゃなく、勉強だってそう。赤点スレスレちょい上くらい。

 それに、どうも顔面の出来すらそんな感じらしい。


「まぁ美人ではない……といってブスでもない……でも普通と言うには何か……こう……うん……」


 ふとしたきっかけで聞いた、クラスの男子からのアタシへの評価だ。ヘラヘラ笑うしかなかった。

 なんとなく漠然としている。ぼやけている。はっきりしない。自分自身すらそう思う。「で、結局なんなのアンタ」と自問自答したくなる。


 くらっ、と眩暈がして、ほんの少し体が傾く。

 なんか虚しくなってきたかも。



 走って、走って、走って。

 走り続けて、逃げ切れたとして。



 こんなアタシがその先どうしろっていうの?



(あ、やばい……)


 足の力が緩んでくる。

 気を抜いたらもう走れなくなるかもしれない。

 スピードがガクンと落ちた。

 だめだこれ、もう諦めるのもいいかも。

 妙に穏やかな気分で、後ろを振り返ったりしてみる。


「――お、止まっちゃった? いやぁ、それはありがたいなぁ!」


「・・・・・・やっぱ、頑張って逃げる~~~!!」


「えぇ!? なにそれ!」


 追跡者の顔を見て、考えはあっさり翻った。

 真っ黒い白目の中心に据えられた、爛々と輝く赤い瞳を向けられた瞬間、虚しさを恐怖が上回る。


 あれは化物だ。アタシを殺す、化物だ。


 ……外見だけ見れば、多少の異質さはあれど「美少女」と言えそうではある。

 青色の髪の毛は癖一つなく、顔の造形は人形みたいに整っていて、服は純白の綺麗なウェディングドレス。

 化け物っぽい要素なんてそれこそ目の部分くらい。普通なら、その美しさに溜息でもついていただろう。


 だけど、アタシが彼女を見た瞬間の感情は、圧倒的な畏怖だった。

 きっと彼女は「普通」じゃないんだろう、とすぐにわかった。理屈じゃない。直感だ。

 顔を合わせたその瞬間、アタシは言葉を交わすこともせず即座に駆け出していた。

 思考を置き去りにするかのように、体が勝手に動き、理解し、判断し、実行していた。

 「逃げろ」と。

 「逃げないと死ぬ」と。


 しかし肉体の機敏さに反比例でもしてるのかってぐらいに、脳味噌の方はずいぶんとノンビリしていた。

 「いや別にあの子『お前を殺す』とか言ってないですよ?」なんて考えてる。

 ……でも実際、あの子と何か話したってわけじゃないな。もしかしたら、もっと別の理由があったり――


「おいきみ! 待ってよオーイ! 別に何もしないってば! 殺すだけだって! サクッと殺してすぐ終わるからさー!」


 ――しなかった。殺る気マンマンだった。勘違いだったら良かったのにチクチョウ。それ何もしてないとは言わんでしょ。どっかの怪人みたいなこと言いやがって。

 まぁ怪人呼ばわりしてもいいぐらいのヤツっぽいけど。


 ドレスなんて動きにくそうなの着てる癖に、生存本能に身を任せて猛スピードで逃げるアタシにしっかりとついてきている。

 なんなのコイツ……本当に怪人じゃん……!?


「なかなか早いな! 【蜜】による身体強化が上手いじゃないか……やっぱりきみは【勇者】だね!?」


 ……ユウシャ? そうか、【勇者】か。

 元いた世界で【黄金具現】によって強い体を手に入れた人間のことを、【勇者】と表現していたのを思い出す。

 アタシもついさっき、【黄金具現】をやった……はずなのだけど、自分の体がそのまんまだったから、

 「まさか失敗? やべ~コレど~しよ~???」と途方に暮れていた。


 肉体の変化が無いのは【黄金具現】に失敗したからだろうな、と思っていたのだけど……そうだとすると今アタシがありえないスピードで爆走していることに説明がつかない。

 体力的な意味だけで言えば、このまま数時間は走り続けられるんじゃないのかと思うぐらいに余裕がある。

 つまり中身だけはキチンと【勇者】としての肉体ってワケなのか? むしろどちらかを選ぶのなら、外見の方をなんとかして欲しかった。

 いや、そうするとアタシは今頃逃げきれずにアイツにぶっ殺されているに違いない。

 そう考えたら膨らみのない胸がありがたく思えた。

 胸部装甲が過剰に盛られていたら走るのに多いに邪魔であったであろう。貧乳はステータスだぜヤッター! 何故か視界がちょっとだけ滲んだ。


 ……いやいや、余計な事考えずにもっと必死に逃げないと!

 なんで珍しく必死になってる時に限って変に気が散ってしまうんだろう?

 もう一度チラリと振り返ってみると、相変わらずあの少女がどこか楽しそうな顔をしながら追ってくるのが見えた。

 冷えた手で心臓をわしづかみにされたような悪寒が体中に染み渡っていく――


「ホント待ってよ! これもお仕事なんだよ~! このわたし、【ヒロイン】としての重要なお仕事だ! だからほら、ちょいと止まってよ、殺させてくれよねぇねぇほらほら~!」


「ふ、ふざけんなバケモノ! この……ば~~~か!!」


 ふざけきったようなテキトーなテンションで、「殺させてくれ」なんていうものだから、ほんの一瞬だけ恐怖よりも理不尽に対する怒りが上回った。

 小学生レベルの悪口を叫びながら、なおも走る。


「そ~言わずにさぁ~!」


 アハハハッ! と腹立たしいくらいに気持ちよさそうな笑い声を上げながら迫る少女。

 本当にテキトーで、緊張感のない声。


(――あぁ、そうか)


 唐突に理解した。


(コイツにとって、殺すとかなんとかって、そのぐらいのことなんだ)


 ――やばい。本当にやばい。……だから、もっともっともっと早く!!

 肉体に思考がようやく追いついた時、アタシの中の恐怖はさらに大きく、存在感のあるモノとなった。



 走って、走って、走って。

 走り続けた先の人生で何がしたいなんて思いつかないけれど。



 それでも本能には逆らえなかった。



 別に、大した不幸なんてなかった。

 身近の人の不幸にも、どこか実感を持ちきれなかった。

 なんとなく、自分はいつも蚊帳の外のひとりぼっちだとずっと思っていた。


 通学中の駅のホームで、電車を待ちながら見ていた線路に。

 ふらりと立ち寄った学校の屋上で、遥か下に見える地面に。


 あっさりと飛び込めるんじゃないか、と思っていた。


 だって、アタシはあんまりにも絶妙に微妙で、つかみどころがなくて、いてもいなくても自分自身から見てもどっちでもいいから。


 数合わせに作られた、ロクに設定もない脇役。

 何が好きで何が嫌いなのかもいまいちハッキリしなかったりする。

 いいな~、と言った瞬間どうでもいいように思えたり、うわきっつい、と感じた瞬間そこまでではないように思えたり。

 そんなんだから、映画のエキストラみたいに死にそうになっても「まぁいいか」と流せるんじゃないか、って。


 だけど……実際に殺されそうになってる今、とてもそんな風に思えなかった。

 だって怖い。当たり前だけど怖い。「死ぬ」ことの何が怖い、ってのはわからないのに、出所不明の恐怖だけはしっかりとあった。

 今更になって「死にたくない、生きたい」と思っている自分がどこかとても滑稽だ。

 なんで今まで死の恐怖に気づけなかったのか、と過去の自分を怒鳴りつけてやりたくなる。



「――って、あっ!?」


 ……しまった。

 余計な事考えずに逃げないと――と考えてた癖に、いらん事を考えまくっていたせいか、足をひっかけちゃった……!


「う、わ、わわっわ――グへっ!」


 スピードが乗り過ぎていたせいか、前に向かってぴょーん、っと冗談みたいに勢いよくぶっ飛び、おもいっきり地面に叩きつけられた。

 ――最悪。

 アタシは妙な冷静さをもって、状況を理解していた。



 ……コレ死んだわ。



 顔を上げる前には気が付いていた。

 よりにもよってこのタイミングにすっころんだアタシの失敗を、あの化物が見逃すはずもない。

 目の前、すぐ近くに、アタシをずっと追っていた少女が立っていた。

 微笑んでいる。その口端に、粘つくような愉悦を纏わせていた。


「――ドジっ子だねぇ」


 場面に似つかわしくない、軽い言葉を紡ぎながら。

 鎖が巻き付いた腕をゆるり、と持ち上げ、そして――





「――【ヒロイン】!」


「おい、誰か襲われてないか!?」


「クソ、止まれテメェ!! 俺が突っ込む、援護を!」


「わかったわ、任せて!」





 覚悟を決めたその時、突然何人か……いや、もの凄く沢山の男女の声が洞窟の中に響き渡った。


「……あらら。めんどくさいことになっちゃったなぁ」


 少女は振り上げた腕を「ん~~~ま、いっか」とつぶやきながらだらん、と下ろした。


「悪運が強いねぇ、きみ。見逃してあげるよ」



 あまりにもさらっとそう言われ、「え? えええ?」と困惑しているアタシに背を向けた少女の姿が、瞬きの間に消える。

 ・・・・・・・・・・・・あれ、もしかしてアタシ、助かっちゃった? マジで?

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