3-10 「まぁ、誰だってエキストラにはなりたくないよね! だってアレ、序盤で雑に死んじゃうんだろ?」
「話すのは良いとして、一体何を話すんだよ……」
額の痛みに顔をしかめながらそう聞くと、我が意を得たり、と【ヒロイン】はニヤリと笑った。
「わたしの『正義』さ」
「正義ぃ? お前が? ここに引きずり込んだ人を片っ端から殺っちゃってる【ヒロイン】様が? そりゃさぞかしツッコミどころがない正義(笑)なんだろうなぁ~!」
「……う~ん、結構嫌なヤツなんだなキミは! 『敵』が相手になると容赦が無くなっちゃうタイプだねぇ……」
別に、殺人を含めた全ての暴力が「どんな状況でも許されない絶対の悪」とまでは言うつもりはない。
毒に毒を以て制さなければならないことだってあるだろう。……僕でもそれくらいはなんとなくわかる。
綺麗事だけで生きるには、人は醜悪に過ぎる。
灯姉の「あの話」を聞いた後じゃあ尚更そう思う。
だけど、それでもその「毒」を用いたヤツが「正義」なんてご立派な言葉を使うのは許されることじゃあない気がする。
どうしようもなかろうがなんだろうが、ソレを使うからには「覚悟」ってやつが必要だろう。
「確かに自分は人を傷つけた、だけどそれはしょうがないことだったんだ! だから自分は綺麗なままだ! 許されるべきだ!」なんてムシが良すぎる。
【ヒロイン】は人を殺している。……いや実際見たわけじゃないけど。少なくとも僕は殺されかけているんだ。
「自分が善玉だって思ってるのか? 僕らはお前を殺そうとしているし、お前も僕らを殺そうとしてる――『正義』なんて、どっちにも無いだろ」
「なんだなんだ拍都? 随分アツいじゃあないか。気に障ることでもあったのかい? 『正義』――おキライ? 厨二病的な逆張り思想かね? う~ん?」
「う、うざい……」
なんか絡み方がヒジョ~にダルいぞコイツ……
どうなってるんだ本当に。最初の頃と接し方が違い過ぎる。
「ま、言葉の意味なんて人それぞれ、かな。その違いに口出しはしないよ。
ただそれでも敢えて言うのなら――悪人にだって『正義』はあるとわたしは思う。意志持つ生命ならば皆、自分オリジナルの『正義』を持っている。持たざるを得ない。『正義』という指針がなければ、きっと誰も、その場から一歩も動けない――」
「お前だってアツくなっちゃってるじゃないか……」
「良いじゃないか、アツくいこうぜ拍都クン~」
「・・・・・・・・・・・・」
「うんうん、とっても愛らしい顔つきだ。
……まぁ、そうだね……きみ達のやることを『正しくないから』と否定はしないよ。阻止するべく妨害はするけど。
だけど知ってもらいたいことがある。
【ヒロイン】の方の『正義』が通らなければ――いずれ世界は滅ぶ。
【勇者】が【天秤地獄】を脱出するという事は、終焉を早めるのと同義だ」
……滅ぶ? 終焉?
何だか随分とカッコイイ言葉が出てきたモンだ。
カッコ良すぎて胡散臭いぐらい。
困惑して黙り込んでいると、【ヒロイン】は全然違う話をし始めた。
「この間……きみが元いた世界。地球という惑星に住むきみ達の世界を、ちょっと調べてみたんだ」
「急にどうした」
「まぁ聞いてよ。
【蜜技】のような強大で便利な技術の無い、退屈な世界。
そこについに現れたエネルギー、【理力】。
それを見出してからは夢がそのまま現実になるような黄金時代だったみたいだね。
……だがそれも今や過去の話だ。
絶頂期はとうに過ぎ去り、【理力】も底を尽きかけている。
以前当たり前に出来ていたことが、な~にも出来なくなってしまった。
今の状況を一言で表すなら――『残骸』といったところかな?」
「……まぁ、そう、かな」
否定はできない。むしろ肯定してやりたいぐらいだ。
世界に愛想が尽きたから、他の世界に旅立ちたいと願って、僕達は【黄金具現】に賭けた……賭けるのしかなかったのだから。
僕に否定されなかったことで気を良くしたのか、【ヒロイン】は満足気に「うんうん」と頷いた。
「そこに登場した、美核式鐘が編み出した『裏技』、【黄金具現】。
この世界で幸福になれないのならば、違う世界でやり直そう、それが自分に都合の良い所なら尚良い――そんな幼稚かつ乱暴で、しかし誰にも創り出せなかった手段。
『これしかない』という、たった一つの冴えたやり方。
だけど、みんながみんな【黄金具現】を肯定したわけじゃなかったよね?」
――その通り。
「違う世界へ旅立つ」なんてスケールが大きすぎて怪しいし、「逃げている」という印象も強くて、否定の声を上げる人は少なからずいた。
――「【黄金具現】なんてするヤツは所詮、この世界で踏ん張れない負け犬だ」――
……そんな痛烈な批判が、【黄金具現】とそれを行った人に向けられていた。
「甘えている」「根性無し」「社会不適合者」――などとボロクソ言われたりもする。
「まぁ無理矢理まとめれば『逃げようぜ!』ってことなんだし、誰も彼もが賛成することじゃあないってことかな。
それに、【黄金具現】によって向かう世界は、その人にとっての『理想の世界』だ。
なにもかもが思い通りになる、都合の良すぎる世界。
……ま、それってすごくつまんなさそうだよね。あくびしながらでも余裕でクリアできちゃうようなヌルゲーじゃあ、やりがいってのがない」
「……それでも、『なにもかもが思い通りにならない』よりはずっといい。退屈なのはどっちでも変わらないんなら、『理想の世界』のがずっとずっとマシだ」
「うん、第三者のわたしから見てもそう思うよ。きみが元いた世界は完全に『詰んで』いる。
確かに『理想の世界』、なんでも上手くいく世界なんて虚しいだけ。
しかし、『マシ』ではある。マシってだけ……だけどね」
「……結局何が言いたいんだ?」
「【黄金具現】だって文句のつけようがない最高の手段だ……ってわけじゃない、というのを強調したかったのさ。
さて、拍都。『理想の世界』に旅立つよりも良い手段があるとしたら、どうする?」
「……え?」
「『本物』があるとしたら、どうだい? 勝利が完全に保証されているわけじゃない。だけど勝ちの目は確かにある――
約束された希望は無いが、約束された絶望も無い。自分で人生を切り拓く喜びがある世界。
虚しくならない程度に困難で、理不尽でない程度には容易い、素敵な冒険が出来るとしたら?」
「本物? いったいそれって――」
「そんな冒険譚を最後まで演じ切れたのなら、きっと心地良い達成感が得られると思わないかい? 高い壁を乗り越えた自分を愛せたりするかもって思わないかい?
自分の自分に対する思いが変われば世界の見え方だって変わるかもね? 草花や夕暮れの美しさだけで生きれる程の自分自身……なんてどうかな?
【黄金具現】で無理矢理作られた『理想の自分』なんてものよりよっぽど価値があるとは?」
「いやだから……何が言いたいんだ!?」
何か、想像を大きく超えるような事を彼女は言おうとしている。
そんな根拠のない予感で焦れてきた。
【ヒロイン】は、「こここそが肝だ」と念押すように、しっかりとした声で僕の質問に答えた――
「わたしに――【ヒロイン】につけ、拍都!
誰にも理解されない哀れな【ヒロイン】を助ける為、裏切り者の烙印を押されながらも歯を食い縛り、かつての仲間達――【勇者】に立ち向かい、勝利する!
【ヒロイン】の正義は為され、世界には平穏が訪れる――彼女を助けた立役者として、きみは英雄……【ヒロイン】と対を為すヒーローとなるんだ!」
「・・・・・・・・・・・・へ? あ、はい?」
「はい? じゃないよ! なにその反応!?」
せっかく盛り上げたのに! と喚く彼女。
……ヒーロー、だって? こんな状況で言うのもアレだけど、あまりにも遠く、親近感が無く、実感の湧かない言葉だ。【黄金具現】にまつわる用語としての【勇者】とは訳が違うだろう。
【勇者】は立場以上の意味は無いけど、「ヒーロー」の方は精神性も含まれるような、飛び抜けた、非現実的な程の人間を指しているイメージだ。
……ガラじゃ無さ過ぎる。反応なんかしようがなかった。
そもそも【ヒロイン】につけ、だって?
僕はコイツに殺されかけた事がある。コイツだって僕に殺されかけた事がある。
殺意を向け合った同士が今更仲良くおてて繋いで一緒に頑張りましょうね、なんてできる訳がないだろう。
「……なんだかなー、『ふざけるな! お前みたいな人殺しの味方なんかするか!』みたいなノリを予想してたんだけどな~」
「全体的に意味不明過ぎてリアクション取りようがないんだよ……」
……環境の違い、なのかも知れない。
【ヒロイン】の経歴なんか知らないけど、きっとファンタジー感溢れる世界感で生きてきたんだろう。
対して僕はちょっと前まで【蜜技】のことすらロクに知らなかった。
終焉だ平穏だ英雄だ、なんてゲームの中にしか出てこないような単語、口に出したことすらあるか怪しい。
彼女の方は「そーゆう」モノにも馴染み深いんだろう。
その差異は大きいと思う。彼女は大真面目でも僕には「アイタタ……」としか感じられないのだ。
【ヒロイン】の言動も結構テキトーというか、ゆるーい感じのが多いが、根本的にはファンタジー世界の住人ってことなんだろう。
「……あー、とりあえず……みんなを裏切って、お前につけ、っていうのが一番意味が分からん。できるわけないってお前にもわかるだろ? つまり、言ったって意味の無い言葉、無駄な提案だ。
そんな無意味で無駄なことをするのが意味不明」
「無意味で、無駄? それはどうだろうねぇ?」
「はぁ?」
「確かに、きみ以外の【勇者】に『裏切れ』って言ったって無駄かな。
自分を救ってくれた【黄金具現】を創り出した式鐘の敵に回って、恩を仇で返すような事は絶対にしないだろう。
何でも思い通りになる『理想の世界』――虚しいと同時に、それはとても甘い誘惑に違いない。
そんな世界をたっぷりと経験してしまった彼らは、【天秤地獄】を脱しそこへ戻ることを何よりも優先する。
いや、優先せざるを得ない」
そのセリフを聞いてピンときた。
あの中で、僕だけが「理想の世界」を体験できていない。理屈だけで、実感はできていない。
どうやってかその事を知った彼女は、僕だけは裏切ってくれる可能性がある、と考えているのだろうか?
「あの中できみだけが『理想の世界』に行った事が無いのはわかっている」
心の中を読んだように、彼女が囁く。
「きみ以前に現れた、沢山の【勇者】を見てきたからね……なんとなく、わかるんだ。彼らには『余裕』ってものがある。幸福な人生を送っている者特有の……気に食わない、嫌みな気配を感じるんだ。
きみには、それが無かった。
それに、これまでの戦いできみは結構『やる』とも思ったし……わたしの頼もしいパートナー候補として、ちょっと試してもいいかな、とね」
そこまで言うと、不意に彼女はまたがっていた僕の体から身を離した。
「詰め込み過ぎるのも良くないかな? とりあえず今日はここまでにしておこう。
また時々話に来るよ」
「……え、また来るのか……?」
「うわ、イヤそ~な顔! あんまり話しこんで睡眠時間が減るのも可哀想じゃないか? 気を使ってあげてるんだ、感謝してほしいな」
「気を使ってるつもりならもう来るな」
「それは嫌だ。
わたしはね、きみに期待しているんだ。きみは他の【勇者】とは違う。とても特別なんだよ。
――あの集団の中で、自分は浮いていると思ったことは?」
それは……ある。けどそれを馬鹿正直に言う必要は無いと思い、口をつぐんだ。
「……だんまりか。まぁいいさ。とにかく、わたしから見ればきみは十分に誘える相手さ。
今はわたしに敵意しかないだろう。だけど、きみはまだ【ヒロイン】の事を知らない。いやそれどころか【天秤地獄】の事も、【蜜】の事だって完全には理解していないだろう。
教えてあげよう、拍都。色々と、ね。
新しい知識は結論を変える。きっときみは、『ヒーロー』になってくれるはずさ」
「好き勝手言ってくれるな……そんなこと、あるわけない」
「そっかそっか~へ~すご~い」
「・・・・・・・・・・・・」
「ま、きみに他の選択肢はないよ。ここに簡単に忍び込めて、その気になれば簡単にきみを殺せるわたしのおしゃべりを拒むことはできないだろう?」
「……最低だよな、お前って」
「おや酷い。ま、次のお話まで生き残ってくれたまえ」
「何……?」
「あぁ、ヒーローは弱いヤツには務まらないからね。普段はちゃんと、今まで通り……きみを殺す気でわたしは動く」
「なんじゃそりゃ」
「なぁに、その気ではやるけど全力は出さない。
本当に本気できみ達を皆殺しにしようと思ったらいつでもできるけど……わたしが一番本領を発揮できるのは【天秤地獄】の最奥なんだ。
きみ達がゴール間近までたどり着いた時に、万全の体制で、全身全霊を以て叩き潰すのがわたしの計画。
きみ達とわたしには圧倒的な差があるけど、わたしは油断はするつもりはない。
勝負をかけるには一番良いタイミングを待ってからだ」
「それ、僕に言っちゃダメだろ……」
「知られてもどうってことないさ。
どうせきみ達は最奥にある【天秤】が目当てなんだろう? 最奥こそわたしが一番力を発揮できる場だとわかっていても、きみ達は行かざるを得ない。
ま、そもそも最奥に辿り着けるかどうか。
道中は小突く程度で済ませるつもりだけど、きみ達にとってはそれすら脅威だろう、と言っておくよ。
人が軽く叩くだけでも虫けらには恐るべき一撃となるのと同じように。
力の差が大きすぎる二者が向き合う、というのはそういうことなのさ」
……イヤミな口ぶり。
でも実際そんなところかも知れない、というのが最悪だった。
「ヒーローの座、勝ち取ってみたまえよ、拍都。
もしきみが上手くやるのなら、悪いようにはしないよ? 精々頑張るといい!」
言うだけ言って、僕達の宿敵である【ヒロイン】は幻のように霞んで消えて……姿をくらました。
本当によくわからないヤツ。思わず漏れた溜息が、夜の闇に溶けていった――




