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3-9 「こんなの解釈違いです、なんて言われても知ったこっちゃない、人はみ~んな生きてるんだから」

 心が凍り付くかと思うぐらいにゾっとした。

 覚醒したばかりの脳味噌が、生存本能に従い猛スピードで回転する。

 しかし、どれだけの速さで思考を回してもきっともう手遅れだ。



 ――どこか愉しげな二つの瞳が、僕に向けられている。



 【天秤地獄】に堕ちてから、多種多様な【勇者】達を見てきて、普通の人間とかけ離れた容姿の相手にも随分慣れた。

 これから新しく特異な見た目の相手と出会っても、あんまり気にならないし気負う事も無いだろうと思っていた。


 しかし、改めて思い知らされる――

 黒い白目の中心に据えられた、炎のように赤い瞳。

 その外見の特異さ以上にこの瞳には特別な何かを感じてしまう。

 そんな瞳の持ち主には、「ソイツ以外の他人と同じように接する」ことなんかできない。


 寝起きの自分にすらはっきりと理解出来る程に、絶望的な状況だった。

 この拠点は様々な【蜜技】と【勇者】の見張り番によって守られている。

 どんな相手だろうと、そう易々と侵入されることは無いはずなのに。


「・・・・・・・・・・・・」


 ……周囲からは物音一つしない。

 いつも通りの静かで、穏やかな夜。


 だがそれは本来ありえないことなのだ。

 僕らの最大の敵である【ヒロイン】に、乗り込まれている、という異常事態なのに、静寂を保ったままというのはおかしい。


(……ど、どうなってる? なんなんだよこれは!?)


 最悪の未来を予感した脳味噌が、生存本能に従うかのようにぐるぐる回る。


(【蜜技】も見張りも避け切ってここに来たのか!? それともまさか……僕以外の全員やられてしまったとか――!?)


 どうやって彼女がここに辿り着いたのかはわからない。が、はっきりと理解できることが……一つ。




 僕らと「敵」には、圧倒的な差があるのだ。




(どういう手段を取ったにせよ、ここまで来られるってことは……僕らの防御――というか、実力そのものが全然通用してないってことなんじゃないのか!?)


 寝てる間に強襲を受ける、なんて絶対に避けたい状況だ。

 だからこそみんなはこの拠点にありとあらゆる【蜜技】を施し、さらに【勇者】の見張り番まで立てて、僕らが出来る最大の防御を完成させた。


 僕ら以外の誰かが入り込もうとすれば、迎え撃つ為の【蜜技】が全自動で雪崩のような苛烈さで次々と叩き込まれる。

 それを乗り越えられたとしても、侵入を知らせる【蜜技】が数えきれない程仕掛けられているから僕らは絶対に敵に気付く。


 そして【勇者】としての強靭な肉体は見張り役も問題無くこなせる。その気になれば、丸三日寝ずとも体の機能を落とさず活動できるような人達なのだ。

 眠気に注意が散漫になるようなこともない。そんな傑物が交代制で、一度につき10人も配備されている。


「――そう、これなら誰も、()も入ってこれやしない、少なくとも気づかれずには無理だ」という見解は僕ら全員共通のものだった。


 だが現実はこうだ。

 こいつはその気になれば、寝てる間に僕達全員を何の抵抗もさせず皆殺しにすることだって出来るかも知れない。

 この最悪の状況が、残酷なまでにはっきりとそれを証明していた――


「……っ!」


 枕元に置いてあった【終幕】へと伸ばした手は押さえつけられている。

 だったらもう片方の手でパンチでも食らわしてやろうと腕を突き出したが、あっさり受け止められた。


 これは……もう、どうしようもない――!



「起きたばかりにしては、良い動きと状況判断だね」


 僕の両腕を抑え込んだ彼女は、サディスティックな笑みを浮かべながら顔を寄せてきた。押し返そうと力を込めてもピクリとも動かない。

 やっぱり現実には脈絡とか伏線とか無いのか。無理矢理にも思えるぐらいの急展開、絶体絶命の危機。


 美しい少女の顔がすぐ目の前にあるようなこの状況。普通なら男として喜ばしいことなのだけど、「相手が相手」なだけに恐怖が勝る。

 ……と言っても正直、恐怖の中にほんの少しの高揚があることは認めざるを得ない。本能ってのは厄介だ。


「女の子をいきなり殴りつけようなんて酷いじゃないか。 悪い男だよ、きみは」


 耳元で囁かれる。吐息がかかった所から、微弱な電流が体全体に駆け巡る錯覚。恐怖の中の高揚が僅かに大きくなる。

 くそ、と心の中で悪態を吐いた。


 こうして近くで見ると、いっそ腹立たしいくらいに彼女は美しかった。


 敵対し殺し合ってる相手なんだ。嫌ったり憎んだりする要素しかない……はずなのに。


「首元を食い千切ってあげようか」


 その恐ろしい言葉の中には、内容に相反するような――ドロリとした甘さがあった。


 「溶かされる」……そんなイメージが浮かんだ。

 食い千切ろうか、なんて言われているのに、ある種の安らぎすら感じてくる。



 終わってしまう。いや、終わらせてくれる。



 僕は観念して瞼をギュッ、と閉じた――――――――





 >>>





「――――――ブフッ!」




 ……聞き間違えだろうか。場面にまるで似合わない音が聞こえた気がする。


 おそるおそる目を開けてみると、僕に跨ったままの【ヒロイン】が、非常に腹立たしい顔つきでこちらを眺めていた。「なにこいつおもしろーい」とでも言わんばかりに。

 目元はこちらを小馬鹿にしたように細められていて、肩はぷるぷると震えている。口元は何かを堪えるように変な形に歪んでいた。……どうも僕は彼女に笑われているらしい。


「……なんのつもり?」


 何でいきなり笑われないといけないんだ? 【ヒロイン】の気分次第であっさり殺される、そんな絶体絶命の場面であることはまだ変わりが無いけれど、目の前のニヤついた彼女の顔がどうも腹立たしくて、ぶっきらぼうにそう言ってしまった。


「きみこそなんだよ――プッ!――あの顔は? なんで死を覚悟した時の顔がそんなに穏やかなんだい? アレか? やっぱり死にたがりかきみは? 生きてるヤツは大体死ぬのが怖いはずなんだけどな。だって死んだことないだろうから。やっぱりきみ、色々おかしいよ」


 ……言ってることがよくわからない。どうも僕と彼女では笑いのツボが違うらしい。


「安心しなよ、今殺す気は無いからさ」


 そう言いつつも、彼女は僕の腕を抑え込んだままだ。……殺す気は無い? じゃあどういう気があるんだ?


「――話をしたいんだ」


「……話ぃ?」


「うわ、すっごい怪訝な顔。傷ついちゃうなぁ~」


「いや怪訝な顔にもなるだろ……僕とお前は敵同士だ」


 話す事なんてない。

 この前戦った時の彼女の言葉が、ずっと頭の中を回っているのは恐らく――それが僕にとって不愉快なことだからだろう、と思うから。

 ……そうだ、そうに違いない。


「つれないなぁ。こんな美少女に『おはなしした~い』って誘われてソレ?」


「美少女って自分で言うのか……」


「事実だしね!」


「貧乳じゃなぁ」


「……うわぁ……む、むかつくなこいつ……ていうかさっきちょっとドキッとした癖に」


「・・・・・・・・・・・・してない」


「おいおい照れないでよ~ほぉら、実際どうだい? うん? こんな風に夜中に忍び込まれてー、跨れてー、ドキドキしてるって正直に言おうよムッツリ拍都~?」


「自惚れ深いぞ、ド貧乳の――クソ人外の――血も涙も無い残虐非道ロリめ」


「な、なんだとぉー!?」


 歯茎をむき出しにして怒り出した彼女をみて、「あ、やばい言い過ぎた」と僕が後悔するよりも早く――彼女が思いっきり頭突きしてきた。

 お互いの頭が激突し、星が飛んだようなめまいと激痛に襲われる。


「いっっっっっってぇぇぇぇぇぇ!!」


「わたしだって傷つくんだぞ拍都ぉ! いいからおしゃべりに付き合えよぉ! 付き合わなかったらホントに殺すよ!?」


「元々殺し合ってる関係なんだけどなぁ……」


「殺し合ってる? ――ハッ! 自惚れてるのはどっちさ!? この【ヒロイン】が本気になれば殺し『合い』になんてならないさ!」


「な、ナニィ」


「違うって? だったらこの腕、振りほどいてみれば? うんー? ちなみに他のみんなは助けに来ないよ。殺しはしてないが――気づかせてもいないから。 

 色々備えてはいたみたいだけど、残念! ぜ~んぶわたしに躱されてここまで侵入されちゃってるんだよ。『力の差があり過ぎる』からねぇ? ほーらほらぁ」


「うわぁ……すげぇ腹立つ……」


「ほら、本来ならもう『詰み』だろう拍都? さぁ覚悟を決めたまえ、おしゃべりか死か! トーク、オア、ダイ!」


「なにそれぇ……」



 どうも彼女の思い通りになるしかないらしい。こんなところで意地張って殺されるのはあまりにも馬鹿馬鹿しいし。

 ……というか、こんなキャラだっけコイツ?

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