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3-8 「自分はマトモだ、ってセリフ、本当にマトモな人間なら言えない説」

 ――――――僕ら【勇者】達による【天秤地獄】攻略が始まってから、数日が経った。


 今のところは特に大きな問題は無し。

 これまで何度か【ヒロイン】の襲撃を受けてきたが、死者どころか負傷者すら出さずに退けてこられた。

 大体展開はいつも同じ。

 集団戦でこちらが圧倒し、タイミングを見て僕が【ヒロイン】を強襲するという流れ。

 彼女は初陣以降、僕が動く素振りを見せるとすぐさま退却するようになっていた。

 相当警戒されているのは明らかである。結局、【天秤地獄】攻略が始まって以降、彼女とマトモに立ち会ったのはあの時だけ――


「――つまり、だ! この名姫拍都はこの【天秤地獄】最大の敵、【ヒロイン】すらも戦いを避ける最凶の【勇者】ってことよ!!」


 おじさんはその事実を早速士気高揚に活用した。そのせいかみんな「やるね~キミィ」みたいなノリで僕を持ち上げてくる。

 おかげで少しずつ、この集団に馴染めてきた。


 まぁ本当に「やる」のは僕が持つ刀、【命剣・終幕】なのだけど。

 この「触れるだけで斬れる」剣、後で式鐘おじさんや【勇者】のみんなが語るところによると自分の想像以上に凄まじい武器らしい。

【命剣】――「宿命づけられたその業を、ありとあらゆる要素を無視して成す」武器は【アーティファクト】の中でも最上位クラスのカテゴリーで、例え【勇者】でも滅多に持つ者はいないそうだ。

 実際、100人を超える【勇者】が所属しているこの集団でも、現在【命剣】を持っているのは僕だけ……だという。


 斬る対象は選ばず、防御の【蜜技】があろうとも関係無し。

【蜜技】そのものすら斬ることすらできるコレは、その刃を通したモノ全てに「終幕を下ろす」。完膚無きまでに「終わらせる」のだ。

【ヒロイン】ですら急所に当たれば即死させられるであろう。正に「ズル」……チート武器。


 ほぼほぼ武器頼り、と表現してもいい僕の力であったが、僕はこの「【天秤地獄】攻略隊」の中で切り札のような扱いになっている。

 初陣にて【ヒロイン】の腕を斬り落とし、それ以降も彼女を退かせる重要な役どころを演じている僕は、なんだかいつの間にか中心人物として見られ、期待されているようだった。


 他の【勇者】は大体それぞれの「理想の世界」で経験を積んでいるような人ばかりだから、「なりたての癖に生意気な!」みたいな展開も覚悟はしていたけどそんな雰囲気は全く感じない。

 みんな性格が穏やかだ。

 「理想の世界」で楽しくやってきた思い出が心に余裕を持たせるのだろうか。

 こんな命の保証のない過酷な場所に無理矢理引きずり込まれたのだから、もっと人間関係がギスギスしてる方が自然だ、と思うのだけど。




 ……正直に言えば、ちょっと同じ人間に思えなかったり。




 >>>




「……ところで、これは本当に人間が食べるものなんだろーか、とも考えたり考えなかったり……」


「あ~? どうした拍ちゃん?」


 おじさんが()()のステーキにかぶりついていた。

 拠点の大広間に並べられた料理は全てが虹、虹、虹だらけ。

 なにもかもが虹色の、およそ真っ当な人間が食すモノとは思えない、食欲を著しく減衰させる見た目の料理の数々。


「あー……いや、なんというか。このぶっ飛んだビジュアルの料理を見てると違和感というか疎外感というか、何だコレって」


 肉も野菜も果物も虹、虹、虹! で目が痛い。

 僕の目の前のカレーのような物体xは、ルーが虹色なのはまぁそらそうでしょうねって感じだけど、米まで虹色とくるともう執念のようなものが見えてくるようだ。


 ちなみにこれらを作ったのはあのマジさんである。

 相変わらず彼の混沌過ぎる行動には思わず語彙が少なくなってしまう。


「……あ~、そういや慣れきってて忘れてたな、その感覚」


「これやっぱヤバいブツ入ってるよな?」


「いやぁ、オレらもうずっと食べてるけど健康そのものだぜ?」


「嘘だっ! あのマジさんに限って!」


「その気持ちはわかるがよ……」


「某ミュージシャンの人は海外で飯食った時に、普通に料理の中にヤヴァイキノコ入れられてて地獄を見たそうな!」


「そら災難なこったなァ」


「そのテのブツはホントにヤバいんだぞ! 冷蔵庫さんやエアコンさんやテレビさん、家電の皆さんの声が聞こえてくるんだぞ!」


「いいじゃねェか物体Xでラリラリするくれェよ。ウチの国ぐれェだろ未だにアホみてェにバッシングすんの。

 その癖海の向こうのスーパースターがラリってるのを公言してもソレはソレでスルーしてキャーキャー言ってんだぞ? もう我らが愛しき元の世界に『誠実さ』を求めるのは無理だよな~

 もう、っていうかずっと前からか。何百年も前からそんな感じらしいし。今に始まったことでは全然無いわな、ウン」


 マジさんはなんと毎日僕達の食事を作ってくれている。

 ……確かにあの人は悪い人ではないのだ。

 それにこんな見た目だけど普通に美味しい、というのがとてもありがたい。

 逆に不気味だなとも思うけど。


「……あ、そうだ。調理中の様子を覗いたりはすんなよ? ウン」


「……ちょっと待った、何ソレ!? やっぱ変なのいれてんじゃないのか……!?」


「んー、ほら、この色合いで普通に美味いってソレ、逆に調理方法は普通じゃないっつーか……ま、大丈夫大丈夫結果良ければ全てヨシだろ!」


「・・・・・・・・・・・・いや、もう気にしない……せっかく作ってくれるんだし、美味いし、気にしないで感謝して食べる……」


 周りを見てもいちいち虹色の料理にヒいている人もいない。

 こういう所にも僕は周囲との「ズレ」みたいなのを感じたり。

 いつかは僕もこの人達に完全に溶け込めるようになるんだろうか、と思うと物凄く奇妙な気がしてくる……




 >>>




 おじさんの作ったこの拠点は、外敵に対抗すべく数多くの【蜜技】が仕込まれている。

 その上夜は交代制で見張りを立てる為、休息の隙を狙った奇襲対策も万全だ。

 おかげでこの【天秤地獄】のど真ん中でも、僕らはあまり気にせず睡眠を取ることができる。


 今日の見張り当番ではない僕は、ベッドに寝転びながら色々と考えを巡らせていた。



「あぁそうか、自分の命に価値を感じていないのか!!」


「いいねぇ拍都! すごくいい、壊れ方をしているじゃあないか!

 他の【勇者】連中は何だかいけ好かないけど――わたしはきみになら同情できるかも知れない――」



 この間の【ヒロイン】の言葉がずっと頭の中をループしていた。


(……自分はどこかおかしいんだろうか?)


 落ち着いたタイミングになるとすぐに彼女の言葉が頭に浮かんでくる。

 ほんの僅かなひっかかりなのに、気になって仕方がなかった。

 だけど考えても考えてもよくわからなくて、毎回「メンドクサイので保留」と後回しにしている。

 まずは【天秤地獄】を脱出することに集中すべきなのだ、と自分に言い聞かせながら。


 今日もまた、ぬるぬるといつもと同じ結論に辿り着いて、目を閉じると、すぐに意識は暗闇に落ちていった――




 >>>




 ――ぼやけて捉えどころの無かった意識が、唐突に輪郭を帯びた。

 戻ってきた体の感覚に違和感がある。何だか重い、というより……誰かに()()()()いる?

 瞼を開ける。段々とはっきりしていく視界の中に、誰かの顔が見えた。

 どうやら、寝てる間にソイツが勝手に僕の体にまたがってきたらしい。ちょっと気安過ぎないか、と僅かな苛立ちを感じながら、目を擦ってもう一度ソイツの顔を確認すると――


「あぁ、やっと起きたね? ――やぁ拍都。来ちゃった」



 そこに居たのは……そこに居るはずのない、居てはならない少女だった。

 これは夢か現か? 【ヒロイン】が愉悦の笑みを僕に向けていた――

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