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3-6 「逃げ出そう——地獄に向かって!」

「う~む……こりゃあちらさんは勝つ気無いのかも知れねェなァ……」


「……え?」


 おじさんが意外な事をポツリと漏らした。

 勝つ気が無い? だったら何を目的にこんなことをしているのだろうか。


「“この場では”ってことだよ。様子見、戦力分析。まァそんなとこだろ。

 この状況、勝つ気だったら【ヒロイン】はとっくに戦線に加わらないといけないだろうさ。

 ……ここまで大量の兵隊を投入しておいて全力じゃねェってことかよ。眩暈がするぜ」


 本気じゃないってことか。追い詰められていない、とも言える。

 数えきれない程の数の自分の兵隊が、目で追いきれない程のペースで【勇者】達に破壊されていてなお【ヒロイン】には余裕がある。

 【輝使】の宝石の体が、破壊されて地面のありとあらゆる場所にゴロゴロ転がっている。

 これだけの量を「使い捨て」に出来る敵。……確かに眩暈がする思いだ。


 まだまだ見慣れない目の前のファンタジーな光景。

 圧倒される。高揚する。そんな思いは完全に無くなった、とは言えないけれど……

 戦いが始まってから時間が経つのに比例して心のどこかが熱を失っていくのがわかる。


 【勇者】になって手に入れたこの肉体。

 与えられた【終幕】という武器。

 一つの世界で「主人公」を務められる程の、頼れる仲間……



 この【天秤地獄】とは、そういう恵まれた要因があれば気持ちよく敵をなぎ倒し、最高のハッピーエンドにあっさりたどり着ける――なんて場所では無いのだという実感が、不安が、なにより恐怖が……湧いてくる。



 怖い、と思った。

 勝利が約束されていない戦い。それに飛び込むってことは勿論「死」の可能性があるってこと。

 一々言うまでもないわかりきった話。


 ここで「殺し合い」をやったのは、二回。

 今にして思えばどちらも勢い任せというかなんというか。状況にテンションが変な具合に上がっちゃってたせいで乗り切れてしまった。

 そのニ回とは関係のない不意打ちで、死にかけたこともあった。あんまりにも唐突で恐怖は感じなかった。

 むしろ「死」に安らかさすら感じていた。


 ――そして今。敵はまだまだ全力は出しておらず、つまり本当に力で劣っているのはこちらじゃないかと、「負ける可能性」が頭にチラつき、そして敗北はすなわち「死」であるということを考え始めた、今。



「……あれ? 死ぬの、そこそこ怖いなぁ……?」



 誰にも聞こえないぐらいの小さな声でそう言うと不思議としっくりときた。

 ――どうかしている。今更ナニ? って感じ。

 だったらなんで、あのオーク達を殺せたのだろう。【ヒロイン】の足を断ち斬れたのだろう。そこにある種の愉しささえ見出しながら……

 殺し合いをしているのに、死ぬ覚悟は決めてなかったなんて笑い話にもならない。

 覚悟を決める間とか余裕とか気とかが無かったから今までやってこれたのだろうか?

 こうやって他人が戦っているのを見ていて自分がどんな危うい橋を渡っているかようやく客観視し始めたか。


 ……なんてザマだ。


「――――――――どこだ……?」


「……ん? 拍ちゃん?」


 ……失敗した。こんなことに関わるべきでは無かった。

 「とりあえずやってみろ」、「やるだけやってみろ」、そんな風に諭してくる人や物語はあるけれど、そんな言葉は「やってみた結果何とかなった」人にしか扱えないモノであり、その陰には「やってみた結果失敗した」数多の人々がぎゅうぎゅうに押し込められていて、その声は表には出ない。



 ――だって、そんなの面白くないから。絶望しかないから。そんな真実は邪魔だから。そんな当前のこと、お金や娯楽にはなってくれないから――



「勇気を振り絞り、立ち向かう決意をした」――そんなイイ話の行き先が目を覆いだくなるようなバッドでデッドなエンディングの悲劇では無いという保証はどこにもない。そんな真実は、きっとここが【天秤地獄】でも何でもない普通の世界だったとしても……誰にも伝えられることなく闇に葬られていくのだろう。



「・・・・・・・・・・・・おじさん、【ヒロイン】は今どこにいるか、わかる?」


「ほォ?」


 ……嫌になる! 僕は心のどこかで、元の世界を離れ、「理想の世界」でよろしくやる為ならなんだってやってやる、なんてカッコイイ事を考えていた。

 それがどうだ、ちょっと死の危険性を自覚したぐらいでその思いが揺らぎ始めてる。やめときゃよかったって思い始めてる……!

 本当は、「何の危険も冒さずになんとなく楽しく幸せに生きられたら良いなぁ」とか考えていたんだ……


「なんだかじっとしていられないんだ。僕は――アイツを一刻も早く……」


()る気じゃねェ~か! なんだ、他の奴らが戦ってるの見て昂っちまったかい!?」


 それでも僕が今、【終幕】に手をかけ、あの恐ろしい【ヒロイン】を探しているその理由は?

 さっさと終わらして解放されたいからか? それはあるだろう。殺すにせよ殺されるにせよ、始めなければ終われない。先延ばしにする方が今はよほど怖く、僕はソコから逃げたがっている。

 これ以上留まるのはゴメンだ! 現状維持なんて恐怖でしかない! 安定し、留まっている状態というのは、実は一番幸福から遠いんだ……!


「……ん、まぁ――そんなトコかなぁ。

 うーん、【輝使】ばっかりで全然遠くが見えねー。なんか都合の良い【蜜技】とかないのか?」


「無くは無いけどなァ。 ――だが忘れてねェかい、拍ちゃん? 【蜜】ってのはワリとなんでもありってことをよォ。 

 いいか、【蜜】の扱いは精神力がキモだ。思い浮かべろ。想像し妄想してみろ。

 【ヒロイン】の場所を突き止められる能力を、自分を。これぐらいなら特別な【蜜技】が無かろうができるさ。先のことも考えて練習しとけよ~」


「能天気だな……」


 目に見える範囲では【勇者】と【輝使】達しか見えない。しかし……なんとなくだけど、この戦場を突っ切った先に【ヒロイン】がいる気がする。

 戦場の外から余裕ぶった笑みを浮かべながらのんびりと観戦しているイメージがしっくり来る。

 ……目で見えないなら気配でも探ればいいのか? 瞼を閉じて集中し、イメージする。


「自分の中の【蜜】に訴えかけろ。自分の中に超常の力の源があることを自覚しろ。元の世界や自分の限界とかはな、もう全部無視だ。そんなモノは、ここじゃ意味がねェ」


 僕はもうとっくに足を踏み入れてしまった。理屈を飛び越え、奇跡だの魔法だのと表現される力をこの身に宿している。


「常識を溶かせ。過程はどうでもいい、好きなように考えろ。とにかく、お望みの結果を持ってくることに集中しろ――」


 ――できるはずだ。都合よく「そういう」能力を身につけることが――創作にしか出てこないような非現実的な出来事がうじゃうじゃ存在できる世界に今、僕は立っているのだから。


「――見つけた。あっちだ!」


 このぐらいは、できたっていいだろう?


「うむ。良く出来たなァ。花マルをやろう」


「ハイハイ」


「……ふむ、灯達がいる方か。そっちに向かって突っ切って行きゃあ、【ヒロイン】に辿りつく、と」


「でも場所がわかってもたどり着けないだろ? 敵だらけだし。無理に駆け抜けようとしたら袋叩きだ」


「しょうがねェなァ。んじゃこうするか。

 オレがちょいっとデカい攻撃をぶっ放してあいつらの軍勢に風穴を空けて道を作る。

 そこを拍ちゃんが急いで通り抜けて、【ヒロイン】に辿り着いて、ぶっ殺す。いじょ」


「……無理じゃね? とか言ったり思ったら無理になる作戦なんだよねソレ」


「わかってんじゃん。出来る前提でやれ。

 できる! と思えばオマエの中の【蜜】は応えるであろ~う」


「ハイ」


「決まりだな。――お~い、オマエら! ちょっと左右に分かれてくれねぇか? あァうん、ちょいと大技ぶっぱすっから射線空けてくれ……そうそう。

 そんじゃ、いっちょやるかァ~」


 おじさんの号令に応じ、【勇者】達が左右に移動すると、当然ガラ空きになった中央に【輝使】達が殺到していく。


「……まァ、アレだ。オレもそろそろ強キャラっぽいとこ見せんとなァとは思ってたワケよ」


 気負いなく【輝使】達の前におじさんがふらりと歩み出る。


「この程度の雑兵なんざ――」


 どこからともなく金貨を取り出し、放り投げた。


「ちょちょいのちょいよ」


 金貨を中心とし、魔法陣のようなものが宙に描かれていく。


「《テイス・リリク・ミニカ》!」


 魔法陣から巨大な水の砲弾が凄まじい勢いで放たれた。

 どぉん、と地響きのような音が鳴り響き、その巨大さをこの場の全ての者に示し、戦慄させる。

 直径10メートルはあるソレは、射線にいた大量の【輝使】を吹き飛ばすどころか粉々に粉砕してなお勢いを失わない。

 抗いようもなく迫る砲弾に対し、敵はなすすべがない。宝石の体が砕ける音ごと飲み込まれて消えていく。一瞬だ。一瞬で多くの【輝使】が蹂躙されたのだ。

 そして、砲弾が通り抜けた場所には……立ちふさがる者が一人たりともいない、まさしくどデカい道が出来ていた……!


「――――――はぁー!? ずっこ! デタラメ過ぎでしょ!」


「ずっこくね~よ、なんせオレだからな!」


「説明になってねー!」


「舐めてんじゃねェ、これぞ数々の異世界を制覇したオレの【蜜技】ってこった! そんじょそこらの【勇者】とは格がちが~う!」


「本調子じゃないって言ってなかったか……?」


「本調子だとこんなモンじゃねェぞォ。 ……まァ、言った通り呪いをかけられてる身なんでな、頑張り過ぎて連発するのは避けたいトコだ。

 ……ともかく、ホレ、オマエの言った通り、いるぞ――」


 無理矢理にこじ開けられた道の先。僕が気配を感じ取ったその場所に、いた。

 式鐘おじさんのド派手な攻撃にも全く動じず、ウェディングドレスの少女が――【ヒロイン】が、倒すべき敵が。


「あっちは今回様子見のつもりだろうが――知ったこっちゃねェ。オマエと、【終幕】ならヤツを殺せる! 行け! 終わらせてこい、拍ちゃんよォ!!」



 覚悟なんて決まっていない。それでも僕は飛び出した。今から僕は、【ヒロイン】とまた殺し合う――!

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