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3-5 「オレの背中を見て学べ! しゃべるの面倒臭いし!」

「――もう少し数を増やさないと勝負にならないかな? 一万体追加だ!」


 【ヒロイン】が声を上げたのが聞こえた。先ほどまでより大きな音を立てて指が鳴る音が聞こえたかと思うと、洞窟の床に壁に天井に、無数の歪みが現れ――中から【輝使】達が次々と飛び出してくる。


 だけど【勇者】達は揺るがない。

 叩き斬る。突き貫く。打ち砕く。切り刻む。撃ち抜く。

 飲み込む炎、堕ちる雷、包み込む氷が襲い掛かる。

 津波のように押し寄せる超常の攻撃に、【輝使】達は数の力で耐え忍ぶことしかできない。


「あーもう! かったいっすねこいつら! パワーだけが取り柄のこーはいが一撃で壊せないとか自信無くすっすよ!?」


 ハンマーを振り回すジュニ。

「パワーだけが取り柄」などと言っているが、その巨大な得物で敵を叩き潰しながら戦場を縦横無尽に跳ね回るそのスピードもすさまじいものがある。

 武器を振るう際の腕の動きは、違和感すら覚える程の速さである。一撃目で横に振りきってから一瞬で切り返して二撃目を叩き込む連撃を次々と【輝使】達に叩き込んでいく。

 ……一瞬過ぎて一撃で倒してるのと大して変わらん気がする。

 調子良く敵をなぎ倒しているように見える。が、ヴェネさんが「強いんだけどちょっと危なっかしい」と評したように、ときたま【輝使】達に後ろを取られたり囲まれたりしていた。


「ぎゃー! どんだけいるんすかこいつらー!! 静留せんぱいへるぷ! へるぷ・みー!」


「……何回フォローさせるだしか……」


 僕のすぐ傍から狙撃で全体のサポートをしていた静留さんが溜息をつく。この人、しょっちゅう溜息をついているなぁ。おいたわしや。

 静留さんが手に持つ銃は、銃身が短いハンドガンで、詳しくは知らないが、恐らく狙撃にはあまり向いてないと思う。

 しかし、この戦いが始まってから僕が見ている限り一度も的を外していない。全ての弾丸が脳天を見事に撃ち抜いていた。

 今も、ジュニの死角から襲い掛かっていた【輝使】数体をドンピシャのタイミングで次々撃ち抜き、その動きを止めている。


「……普通の人間基準で言えば脳幹に当たってる位置だしが……殺せはせず妨害できるだけだしか。本当に面倒な敵だし……」


 また溜息をつく静留さんであった。


「さんくすっす!」


「ジュニ様、もう少し気を付けて動いてくださいだし!」


「えー! いーじゃないっすかー! こーはい倒す! 静留せんぱい守る! ぱーふぇくとなこんびねーしょんじゃないっすかー!?」


「わたくしの負担が大きすぎるだし!」


「でもお互いの得意分野だと思うんすけどー!? こーはいが守り度外視してひたすらなぎ倒して、静留せんぱいが狙撃でふぉろー!」


「……あぁもう! 見た目馬鹿っぽい癖に!」


「ひ、ひどくないっすかそれー!?」



 反対側ではマジさんが張り切っていらっしゃっていた。やはりというかなんというか、奇声を上げながら。


「たんたんたん! たぁん! たぁ――ん!」


 その奇声が何かに似ているな、と思っていたが、ふと気づいた。

 拳銃の発砲音の口真似だ。

 ……でも持ってるの虹色のチェーンソーなんだけど。謎だ。まぁここで普通にチェーンソーっぽい擬音の方がよほどマジさんらしくない気がするのがマジさんのコワイ所である。

 ひたすら無駄だらけ隙だらけの大振りで敵に打ち付けていくマジさん。

 子供のチャンバラよりもめちゃくちゃでヤケクソな動き方だ。

 当然、【輝使】達にその隙を突かれる。だけど――


「ぐはぁぁぁぁぁぁッッッ! やーらーれー……てなぁぁぁぁぁぁいのだぁっ!」


 やられてないならなんでぐはぁぁぁぁぁぁッッッ! とか言ったの、とツッコんだら負けなのだろう。何にかは知らないけど。

 ボッコボコに殴られ蹴られしているのにまったく傷付いていない。

 どころか攻撃された時に気持ちよさそうな……恍惚と表情をしている。

 ドMなのかな……普段ならヒくけどマジさんだもんな、マゾヒズムぐらいのメジャーな性癖を現したところで「だから?」って感じだ。

 あ、でも今はすっごい嫌そうな顔してる。どっちやねん。

 ジュニとはまた違った防御度外視の戦術で【輝使】達をズタズタに引き裂いて、引きちぎっていく。



 ジュニ、静留さん、マジさんという各隊の副隊長3人。その活躍は獅子奮迅、と言えるものだったけど、その上に格付けされている隊長の3人はどうも輪をかけて特別らしい。

 ……僕にもなんとなくわかってきた。灯姉、ヴェネさん、フォーデさんの3人は……他の【勇者】の誰にもできていない、「【輝使】をたった一撃で屠る」ことが為せている。この【勇者】の軍団の中でも一際強い力を持っているのだ。


 銀の模様が煌めく弓が引かれ、放たれる輝く一本の矢。その輝きは尾を引き、一筋の光となって戦場へ向かう。

 その美麗な技を見せたのはジャック隊の隊長、ヴェネさんである。戦っているとは思えない程に涼し気な顔付きだ。

 しかし矢が放たれた先はヴェネさんの顔付きとは真逆の惨事となっている。

 【輝使】の頭を撃ち抜き、粉砕したその矢は、ぐにゃりと方向転換し別の【輝使】に襲い掛かりその命を貫く。それが何度も何度も繰り返される。

 糸を通された縫い針が布の表と裏を突き刺しながら往復するのを丁度同じ。ソレはなめらかに敵を貫通していく。粛々と【輝使】の命を停止させる様子には、穏やかだけど確かな美しさと恐怖が含まれていた。


「す、すごー……」


 思わず感嘆の声が漏れる。灯姉が持つソレとはまた違う種類の「美」だ。【輝使】を一撃で屠る程の殺傷力を持ちながら、慈悲のような穏やかさを感じる。


「ふふ、ありがとう拍都君。――だけどまだまだ、こんなものではないよ!」


 聞こえていたらしいヴェネさんが、応えるように弓を軋ませる。


「数が随分多いからね。もう少し力を込めて――」


 持たれた矢が放つ光が先ほどよりも強い。それだけでなく、ヴェネさんの背にある翼が呼応するように広がり、銀色のオーラに包まれる。

 そして、矢先は先ほどとは違い何故か天を指している――


「それなりの大技だよ――それっ!」


 打ち上げられた矢が駆けのぼっていく。洞窟の天井にまで到達しようかというその寸前に、それは強く発光し、弾けた。


「さぁ、どうだい? 星が堕ちてくるみたいじゃないかな――?」


 弾けた一本の矢は、ヴェネさんが言う通り無数の星となり――一斉に落下していく。

 その一つ一つが次々と【輝使】達に着弾したかと思うと、哀れな彼らは抵抗する間もなく、バタバタとあっけなくその体を地に伏せていった。

 流石というかなんというか……あっけなさ過ぎて現実感がない。ヴェネさんと【輝使】達に覆しようのない差があることは誰の目にも明らかであった。



 隊長格が加わったことでさらに勢いを増した【勇者】達は、数での不利を感じさせない勢いで敵を破壊していく。

 危機感はもはや無い。「集団と集団の潰し合い」に限れば既に勝利したも同然だった。

 しかし――


「まだ、終わってない……」


 まだ彼女が――【ヒロイン】がいるのだ。

 【天秤地獄】に堕ちて間もない頃に僕は、アイツに殺されかけた。そのことをふと思い返し、血が冷たくなるような錯覚を覚えた。



 ――ただの自意識過剰だろうか。今、彼女は【勇者】の軍勢をどう崩すかに集中していて僕のことなんか気にもしてない、そういう可能性だってあるはずなのに。

 ずっと、彼女の赤い瞳は僕に向けられている……そんな想像が頭から振り払えないのだ。

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