3-3 「面白いとか面白くないとかじゃなくて、エフェクト過多で見えねぇんだよ!」
【ヒロイン】の軍隊である、【輝使】達はその宝石の体を打ち鳴らしながら一斉に僕らに向かって突撃してきた。
それに応じるように、【勇者】達はどこからともなく武器を取り出し、構える。
常人では持ち上げることすら出来ないであろう巨大な剣。
先端に青くきらめく宝石が取り付けられた杖。
弓やライフルに変化するモノまであった。
いつの間にかおじさんの傍に集まってきていた隊長格の6人も、それぞれの武器を手に持っていた。
ジャック隊の隊長であるヴェネさんは、天使っぽい見た目に良く似合う、上品な銀色の線で描かれた模様つきの弓。
ヴェネさんの補佐となる副隊長の静留さんは、元の世界にもありそうな、地味で飾り気のない小さな拳銃。
ジュニは小さな背丈に不釣り合いなほどに大きな、鉄製のハンマー。ところどころに可愛らしいハートマークの飾りがついているが、そんなものではごまかしきれない程の威圧感だ。
灯姉の持つ日本刀は、全ての部位が汚れ一つない白一色。まるで彼女の精神の在り様を表しているかのように思えた。
……その後にマジさんの持つチェーンソーを見るとなんだか溜息をつきたくなる。全部虹色だったから。
フォーデさんはやはり「紫炎」にこだわりがあるのかなんなのか、紫色の炎に包まれた杖を持っていた。
木の枝がいくつもいくつも絡み合ってできたような杖のビジュアルは、むやみやたらに禍々しい。
「隊長格は不測の事態に備えて待機だ! 手堅くいこうや、あの人型……【輝使】の戦力分析から始めるぞ!
まずはジャック隊、一斉射撃で先制攻撃だ! 撃て撃てェッ!」
おじさんの号令により、前衛であるクイーン隊と人型が切り結ぶより速く、ジャック隊の遠距離攻撃が火を吹く。
攻撃の際に響き渡る爆音がいくつもいくつも重なり、戦場を瞬く間に混沌に叩き落す。
「う、うわぁっ!?」
「うひゃーっ! あははー! せんぱい達ぱねーっす!」
ジャック隊の砲撃はすさまじく、味方であるはずの僕ですらゾっとするものだった。……何故かジュニは楽しそうだけど。
広がる爆炎。青い雷を纏った弓矢。無尽蔵に放たれる鉛玉などなど。
統一性と容赦の無い、津波のような一斉攻撃が【輝使】達に襲いかかる。
大蛇が小虫を丸呑みにしてしまうような、絶望感すら抱く光景だった。
「うへぇ……圧倒的じゃん……」
「おっほゥ~……ナンマイダ―! アーメン! 殺戮はコメディですねぇ~~~!! 感謝のお祈り!!」
……マジさんの奇言は置いとくとして。
やっぱり【勇者】ヤバい。まさしくチートだ、俺TUEEEだ。
ジャック隊だけでケリがつくんじゃないのコレ?
その様子を見て、おじさんも驚いたような顔をする。
「ほほう、思ってたよりさらにやるじゃね~のコイツら。強えなァ」
「うん……あっさり勝てそうだね」
しかし、何故か静留さんは不機嫌そうだった。
「……そこまで甘くは無さそうだし」
「へ?」
ジャック隊の苛烈な攻撃によって巻き上がった砂塵が晴れていく。
――すると、そこには……
「……マジで?」
思わず弱った声を出してしまう。
【輝使】達は、それなりに傷付いてはいるものの攻撃を耐えきっていた。
しかも……
「ほらほら諸君、ひるんでないで突撃突撃! そんな期待してないけど一人ぐらいは殺してくれよ?」
【ヒロイン】が煽るように声をかけると、【輝使】達は突撃を再開した。
受けた傷の影響をまるで感じさせない動きで【勇者】に襲い掛かる。
「――ま、それぐらいでなきゃ面白くねェな?
ジャック隊は攻撃を続けろ、味方に当てねェようにな!
クイーン隊は近接戦闘で進軍を抑え込め!
キング隊は各員のフォローを頼んだぜ!」
ジャック隊の攻撃にクイーン、キング両隊が加わり、隊長格やおじさん、僕を除いた全員による戦闘が始まった。
いよいよ全面衝突という様相だ。
ジャック隊への接近を拒むようにクイーン隊の皆が【輝使】達に立ちふさがった。
【輝使】達は素手で原始的な攻撃をしかけていくが、クイーン隊の戦闘技術に翻弄される。
受け止められ、いなされ、躱される。あるいは単純な腕力で無理矢理攻撃ごと潰される。
圧倒的な実力から放たれる絶技が、【輝使】の宝石の体をさらに痛々しく傷つけていった。
さらにそこにキング隊による的確な援護が加わる。
比較的万能な能力を持つ者で構成された彼らは、戦場を駆け回りながら多数の隊員をサポートする。
「悪い、助かった!」
「おう、気をつけろよ!」
クイーン隊の一人が横合いから飛び出してきた【輝使】に不意を打たれそうになった時、キング隊の一人が巨大な炎の矢で敵を撃ち抜き、それを阻止した。
「そら、強化の【蜜技】だよ! もっとぶっ放しなぁっ!」
「ありがと! ――よ~し、これでっ!」
他人を強化できる【蜜技】キング隊の隊員は、一方的に攻撃できるジャック隊の火力増強に努めている。
「う、うわわわ……! な、なにがなんだか……!」
すっかり圧倒されていた。色とりどりの炎やら雷やら光やらその他色々の謎エフェクトが埋め尽くす光景は、昔あったオンラインゲームを連想させた。
何十人のプレイヤーが同じ画面の中でド派手なスキルをぶっ放して、画面がメチャクチャ見づらくなるあの感じ。
「はははっ! なかなか楽しいなこれは! さぁさぁみんな行け行け! 数はこっちのが勝ってるんだから押せ押せ! 死んだって構わないからほらほらさぁさぁ!」
一体何が面白いのやら、戦闘音の中でも聞こえる程の大声で、【ヒロイン】がはやし立てている。
「ったく、なんなんだよっ……! おじさん、どういう状況か全然わからないんだが!?」
これだけ派手な攻撃をぶっ放し続けている僕らが劣勢ということはないだろう……と楽観的に考えながらも、おじさんの方に顔を向ける。
「う~む……これは……勝ってるというかなんつ~かなァ」
「へ?」
「……うん、勝ち切れていない、という感じかな。
もちろん、みんなよくやってくれてるよ。どの攻撃も凄まじい破壊力だ。普通なら一撃必殺さ。
連携も個性派揃い過ぎる【勇者】同士にしては良い感じだ。目立って悪い点は無い。
――それでも勝負を決められない。並みの相手ならもうとっくに勝負はついているけれど……
あの【輝使】達は武器も持っておらず、素手で殴りかかるぐらいの攻撃手段しか持っていないようだけど、すさまじい身体能力だ。単純に素早く、タフで、強い」
ヴェネさんが難しい顔をしてそう語る。それにフォーデさんも頷く。
「フン、純粋に強いというのが一番厄介よな。未だに【ヒロイン】自体は手を出していないというのも気になるところよ」
「……クソが。めんどくせえなぁ……っ!」
おじさんが苛立たしげに、オールバックの金髪をかき乱しながらぶつぶつ呟きはじめる。
「これだけの強さの兵隊を動かすとなればかなりの量の【蜜】が必要になるはずだ――以前オレとやり合った時とまるでレベルが違う!
【ヒロイン】に何があったってんだ……?」
そんなおじさんを気遣うように、ヴェネさんとフォーデさんが声をかける。……なんだかトップのおじさんより、この二人の方が余程落ち着いてるかも。
「まぁまぁ、落ち着きましょう式鐘さん。【ヒロイン】が以前より強くなったからと言っても、こちらだって以前と違い貴方一人じゃないんですから」
「ヴェネ伯爵の言う通り。
今のところ勝ち切れてはおらぬが押しているのは確実に我が軍。このままゆけばヤツらは耐えきれず崩壊するであろう。
もし戦況を変える何かがあれば――我ら隊長格が動き、踏みつぶしてやるのみ!」
「うん、そうだねフォーデ君。 ボクら隊長格はいつでも動けるようにしておこう!」
フォーデさんとヴェネさんは油断なく、しかし余裕のある振る舞いを見せてくれる。
なんとなく僕も落ち着いて、ほっと一息ついていた。
――しかし、その時。視界の隅で灯姉がすっ、と前に進み出ていたのが見えた――
「――――――――やっぱり、行くか」
低く呟いたのが微かに聞こえ、顔を向けた時には……灯姉の姿は僕の目の前から掻き消えていた。
「……あれ?」
「――あ? ――っておい灯!? なに突っ込んでやがる!?」
その唐突で迅速な動きに、意識が追い付かなかった。
おじさんの言葉でようやく僕は灯姉が前方の敵陣に向けて駆けだして行ったのだ、と知る。
「――ふっ!」
灯姉がタン、と跳躍する。
他の【勇者】と事情が異なり、【黄金具現】によって転生しているワケではなく、故に「理想の自分」としての肉体ではないと聞いていたのだけど、その動きはやはり人を超えたソレであった。
【蜜技】による身体強化だろう。
灯姉は人々を軽々と飛び越しながら、あろうことか敵陣のど真ん中に着地した。
「……え、えぇーーーっ!? な、なにやってるっすか灯せんぱいーーー!?」
わざわざ囲まれに行くような行為にジュニが驚愕の声を上げる。
飛んで火に入るなんとやら、と言わんばかりに周りの【輝使】が一斉に襲い掛かる――
――そこから、ほんの数瞬で……僕は彼女の圧倒的な強さを思い知らされ、刻み込まれることになる。
恐らく……ああいうのを“剣豪”と言うのだろう。
全方位からの一斉攻撃にも全く動じず、一体一体に渾身の斬撃を浴びせていく。
しかも【輝使】達の拳が到達するよりも速く。
斬り落とす、斬り上げる。薙ぎ、突き抜く。
一振りで一体、確実に。
鋭い体捌きで体の向きを変えながら、複数の敵を次々と。
凄まじい速さにも関わらず、一振り一振りが目に焼き付いていくような衝撃。
一つの曇りも揺らぎもなく。
その体だけでなく心にまで届くかのような絶対的な一閃。
彼女がその純白の刀を振るう光景は、戦いの中にあるにも関わらず一つの芸術として成立する程までに美しかった。
――そう、綺麗なのだ。
凍てつくような鋭さを持つ、凛とした美。
愛でたくなるようなソレではなく、跪いて頭を垂れて屈服したくなるような――
「――――――――」
戦場にいる全ての視線が、その剣鬼の気迫に引き寄せられる。圧倒的な剣技を目にし、戦慄し、畏怖した。
殺し合いの最中にも関わらず、全ての戦士はある種の感動により動きを止めた――呼吸すら忘れて。




