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3-2 「気にすんなよ、本物の戦場に初めて乗り込んだ奴は大体そんなもんだ」

 ――ぞわり、と首筋を撫でられたかのような悪寒がした。


 元の世界ではこんなもの、そうそう感じることはないだろう。それでも、僕は即座に理解する。


 ――殺意、だ。


 なめらかに、滑るように、なんでもないことのように……僕らを殺すモノが近づいてくる。

 今更になって恐ろしくなってくる。「そういう」話だということはわかっていたつもりだったのだけど……皆の態度を少し「ヌルい」とか思ってた僕だが、本当は僕自身こそが一番状況を実感できていなかったのかも知れない。

 「理想の世界で、理想の自分として」という条件付きとはいえ、他のみんなは「戦い」なんて二度や三度でなくいくらでも経験しているに違いない。経験が足りてないのは僕ぐらいか。

 生唾を飲み込む、ゴクリ、という音が体中に響く。


 ――そして……覚悟の決まらない僕をあざ笑うかのように、「彼女」はその姿を現した。


「――へぇ、これは予想外だ。随分な大所帯でやってきたものだね、式鐘。

 ここまでなりふり構わず他人に助けを求めるヤツとは思えなかったよ、今回引きずり込まれた【勇者】は全員揃ってるみたいじゃないか?」


 「予想外」と言っている癖にわかりきっていたかのような笑みを見せる【ヒロイン】。

 純白のウェディングドレスと暗い青色の髪を揺らす彼女。腕に巻き付いている鎖がじゃらりと音を立てた。

 ドレスの下からは裸足が見える。いつかおじさんが言った通り、僕が斬った足はどうにかして元に戻してしまったらしい。

 ……なんだか、以前と雰囲気が違う気がする。少なくとも僕の【終幕】で足を斬られるまでは無気力な振る舞いをして、人形のような表情をしていたのに、今はすっかり生気を取り戻したかのようだ。

 相変わらず殺気を漂わせているのに、しかしどこか楽しそうな様子で……


「……白々しいこと言ってんじゃねェぞ【ヒロイン】。どうせわかっていたんだろうが?

 だがわかっていたとして、どうしようもないぜ。なんせ全員が無双の【勇者】の軍団だ。

 他人の力でイキってるみてェで微妙な気分だが……いくらテメェでも一人では押しつぶされるだけだろうが? 『戦いは数だよ』ってな」


「はははっ……白々しいのはお互い様だろう? 

 そんな甘い考えをしているなら、後方までカバーする隙の無い布陣にしているのやら……まったく面倒だねぇ」


 【ヒロイン】は、100人を超える【勇者】を目の前にしてもまるで動じていない。

 優雅さすら感じる動作で腕を持ち上げて、指をぱちん、と鳴らした。


「……まぁそう簡単にはいかんよなァ」


「へ?」


 式鐘おじさんがぽつりとつぶやくのが聞こえた。

 何を感づいているのだろうか? 疑問の声を上げるとおじさんはそれに答えてくれた。


「後ろだ、見てみろ――」


 言われた通り後ろを振り向くと、僕らの布陣のさらに外側――そこの地面が不自然にぐにゃり、と歪むのが見えた。そこから次々と人型の何かが這い出てくる。

 数は……10や20じゃない。瞬く間に増えていく。


「こいつらで奇襲して一気に崩そうかな、なんて思ってたけど、上手くいかなかったかぁ。

 困ったものだ、なんでまだ現れてもいない敵の気配とやらが感じ取れるのやら!

 やっぱり【勇者】って反則じみてるよねぇ?

 ズルいよねぇ?

 さぞ生きるのが楽しいんだろうねぇ?

 ――――あぁ、なんて腹立たしい。殺してやらないと気がすまないよ……」


 彼女は指をさらにぱちんぱちんと鳴らし続け、呼応するかのように人型が増えてゆく。丁度僕らの布陣を囲い込むように――

 その人型はどうやら、洞窟と同じ……宝石でその体を作られていた。

 灰色の宝石の体を持つ兵士たち。それが【ヒロイン】が率いる軍団のようであった。


「おいおい、前はテメェ一人きりだったじゃねェか。どうなってんだ、アァ?

 オレとやりあってた時は舐めプでもしてたのか、クソッタレが」


「……きみと同じく、わたしも以前とは事情が異なった、というだけさ。なに、この方が映える光景になりそうじゃないか。

 【勇者】の軍団とこの兵士達……【輝使(きし)】って名前らしいんだけど。群れと群れの殺し合い――戦争の真似事でもしようじゃないか?」


 おじさんと【ヒロイン】が言い合いをしている合間にも、【輝使】と呼ばれるらしいソレらはどんどん数を増やしていく――


「戦いは数、か……ま、一つの真理だね。どうやら中途半端な搦め手なんか通用しないみたいだし、わかりやすく、正面から叩きのめす方針でいこうか。

 さぁて、数は……千もあれば足りるかな?」


 自分を殺しうる存在が、千も自分の目に見える場所に立っている。その事実を認識して、冷たい汗が一筋僕の頬を流れた。

 しかし、経験豊富なおじさんは【ヒロイン】のそれに匹敵するかのような不敵な笑みを見せていた。


「千だとォ? 足りるか馬鹿が。

 確かに数は多いが……各々の質は天地程の差があるぜ【ヒロイン】。

 見ろ、オレの仲間達をよ。数の差に絶望して逃げ出すどころかむしろ殺る気満々ってツラだぜ?」


 その言葉通り、【勇者】達の中に揺らいでびくびくしてるような人はいないようだ。

【ヒロイン】やおじさんと同じような、自信ありげな笑みを浮かべる者さえいる。

 これから殺し合うというのに、不必要な気負いは感じさせない適度な緊張を保つ彼らは、やはり歴戦の戦士なのだろう。

 おそらく、内心肝が冷えてるのは僕くらいだ。


「ほォ~れほれェ、試しにこの雑魚共をけしかけてみたらどうだ【ヒロイン】? うゥん?」


「せっかちだねぇ……わかったわかった、だけどその前に改めて名乗りぐらいは上げさせてくれよ。そうした方が盛り上がりそうだろう?


 ――――さて、改めまして……【勇者】の諸君!

 式鐘が言う通り……わたしこそがこの地獄におけるきみ達の敵であり、きみ達を裁く者――【ヒロイン】。

 【天秤地獄】はきみ達の死がお望みだ……わたしはその望みを叶える為にきみ達を殺し尽くす役目を背負っている。

 今回は随分と人数が多い。お祭りみたいだね? きみ達もどうせなら楽しんでいってくれたまえ!

 殺すのはしょっちゅうやってるだろうけど、殺される方は初めてだろう? 『何事も経験』って言うしさ。

 無責任な言葉だとは思うけど、きみ達にはお似合いだろ?

 ――それじゃあ、よろしく。というか……さようなら!」


 その言葉を合図に、緊迫感が電流のように駆け巡った。

 場が戦場に変わるその前兆だった。


「――あァ、『さようなら』だろうなァ、【ヒロイン】……! テメェは、オレ達にサクッとぶっ殺されて終いだろうからなァ!!

 さァ~てオマエらァ、待たせたな!! 暴れていいぜェッ!!」



 その号令に応える【勇者】の気合の咆哮がビリビリと空気を振るわせる。

 ついに戦いの火蓋が切って落とされたのだ……!

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