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3-1 「自由と言えば聞こえは良いけど、ソレを取り扱うには覚悟が必要なのである」

「【勇者】のミナチ~ン、全員揃ってるか~? んじゃ出発するぜ~」


 式鐘おじさんがみんなに気の抜けたような声をかけると、「は~い」とこれまた気の抜けた返事が返ってくる。

 ……まさに今から、【天秤地獄】の最奥に辿り着く為の行軍を開始する、本来緊迫感があってしかるべし場面なのだけど……遠足みたいなテンションだった。

 隊列もめちゃくちゃで、素人目から見てもお粗末だ。


 おじさんが指をパチン、と鳴らすと今まで僕達が拠点として使っていた、巨大なログハウスは手品のように掻き消えていた。

 確か縮小機能付きで持ち運びが出来るんだったか? ここに来てからデタラメな光景を見せられ続けたせいで、大概の事はあっさり流せてしまいそう。

 たかだか数日で今までの常識がほとんど役に立たなくなって、その癖それに適応できているのは改めて考えると不思議に思う。

 人間の適応力ってやつは、もう一つの神秘と言えるのかもしれない。


 ふと、つんつん、と腕を突かれたのを感じ、そちらに顔を向けると――


「――ジュニ」


「どもっす、拍都せんぱい。……大丈夫、だったっす?」


「……あー……」


 そういや一昨日ぶっ倒れた時、ジュニもいたんだよね。灯姉登場の衝撃が強すぎて頭から抜けてしまっていた。


「……もう大丈夫。ごめんね、迷惑かけて」


「迷惑ってゆーか心配してたんすよー? まー元気なら良かったっすー!」


 満面の笑みでまっすぐと気遣う言葉をくれるジュニ。

 こーいうの、あんま慣れないな……嬉しくも気恥ずかしい。バニー服のロリ巨乳という外見のせいで、余計。

 上手い具合に返す言葉を見つけられず、僕はほんの少しだけ乱暴に彼女の頭を撫でた。


「わ、わふっ! もーやめてくださいっすー!」


 ……んー、流石自分で「後輩キャラ」とか言っていただけある。なんかあっさり気安くさせられている感。ジュニ、ある意味恐ろしい子。




 >>>




 今日、僕達――この【天秤地獄】に引きずり込まれた【勇者】達で構成された――「【天秤地獄】攻略隊」は、起きてから軽く朝食を摂った後、ついに最奥にある【天秤】を目指す行軍を始めた。


 結局のところ、やるべき事自体は単純だ。

 実質的に万能のエネルギーである【蜜】を思いのままにできる【天秤】を手に入れさえすればいい。

 【天秤】がある最奥までの道のりで、【ヒロイン】が妨害してくるだろうから、それを退けながら進んでいく。

 【天秤】を手に入れた後は、おじさんに全部任せればどうにかしてくれる、そういう話だ。


 ただ、おじさんは【ヒロイン】と初めて戦った際に、彼女から「呪い」を受けている。

 多くの異世界を旅して回り、この集団でもリーダーを務めるような彼も、全力は出せない。

 守りながら進んでいくことになるだろう。




 >>>




「――だけどこれ、いいのか……?」


「へ? なにがっすかー?」


 不安を感じて呟くとジュニが首を傾げていた。


「いや、だってさ……なんか全体的にテキトー過ぎるっていうか。こう、きっちり隊列決めたりしなきゃいけないんじゃないの、こーいうのって」


「そ~んなモン決めたってど~にもならんっての。オレら軍隊じゃねェんだからよ」


 いつの間にか近づいていた式鐘おじさんに思いっきり肩を叩かれた。


「遠距離攻撃のジャック隊、近接戦闘担当のクイーン隊、全体のフォローをするキング隊。各隊に隊長と副隊長一人ずつ決めて、んで、総指揮はオレ。

 どうせ【勇者】のヤツらなんて色んな意味で個性的過ぎるんだからよ~、ガッチガチにルール作ったって上手くいかんに決まってんだろ。

 これぐらいの、最低限の役割分担だけ決めてあとはテキト~、そんぐらいのが柔軟に動けて良いだろうさ!」


 そう言ってお気楽そうに笑うおじさんだった。

 まぁ、僕もこういう事に詳しいわけじゃないし、代案も用意できない。

 彼がヨシ! というならそれに従うしかないのはわかっている。わかっているけど――


「ほんと、ノリがゆるーいんだよなぁ……」


 周りの【勇者】の皆さんは思い思いに雑談していた。

 灰色の宝石で出来た洞窟。辺り一面に描かれている黄金の天秤の絵。天井には歪み一つない円形の大穴、そこから覗く青空、さしこむ優しい光。

 非現実的だけど、美術館で見る絵画のような美しい光景。

 で、そんな場所を遠足みたいにダベリながらちんたら進む僕ら。台無しだった。


 彼らをまとめる隊長格のメンツも、偉そうな事を言えないのは重々承知で感想を言うと不安だったりする。


 ジャック隊の隊長、ヴェネさんには、初対面で詐欺っぽい取引を吹っ掛けられたせいでどうにも胡散臭く思ってしまうし。

 副隊長の静瑠さんは【勇者】の皆の濃すぎるキャラに心労が溜まってそうだし。あ、今見たらため息ついてた。お疲れ様だし。

 クイーン隊の隊長の灯姉は、性格はマトモとはいえまとめ役としてはどうなんだろうか、と思う。言っちゃなんだけど、人付き合いが特別得意なタイプじゃなく、口数が少ないせいで誤解を与えることもなくはなかった。


「……副隊長のジュニは『こーはい』キャラとかいう明らかに人の上に立つのに向いて無さそうな性格だしなぁ」


「うぎゃー! 拍都せんぱい、ひどいっすー!」


「あー……ごめん。口に出ちゃってた」


「まーぶっちゃけ、こーはいもなんで副隊長にされたのかよくわかってないんすけどー!」


「わ、わかってないんだぁ……」


「ま、隊長格は大体オレ目線で強そうなヤツを選んだだけだからなァ。ジュニ、難しい事考えなくても良いぞ~、その強さがあれば周りのヤツも自然と引っ張られるからな!」


「りょーかいっす! むずかしーこと考えずにおーあばれするっす! あちょー!」


 ……ふーむ。隊長格は強さで決められたのか。

 はしゃぐジュニを見ているとあんまりそうは思えなかったりするけど、人は見かけによらないってことだろうか。


 まぁ、僕はみんなと出会ったばかりだ。

 ほとんど彼らのことを何も知らない。だから、勝手に不安がるのは失礼にあたるのかも。

 ……かも、だけど。キング隊の隊長格二人についてはやっぱり「大丈夫なのコレ」と思ってしまうのは無理もないだろう。



「――フ。拍都よ、心配するでないわ。

 この我がついている限り、誰一人として死なぬ。

 何故ならこの我が、貴様等の行く手を阻む者を悉く紫炎で燃やし尽くし、屠るからな――フフ、フ――フーハハハハハハハハハゲホッゲホ」


 いつの間にか傍にいた、キング隊隊長であり、雑な厨二キャラのフォーデさんはまーた笑い過ぎてむせていたし――


「んっんん~♪ んんん、んーんんうふふふふ!」


 音程とテンポの狂った歌のような何かを口ずさんでふらふらふらふら【勇者】の間を駆け回っているのが副隊長のマジさん、と来れば不安にならない方が無茶だった。


 100人越えの【勇者】で構成されたこの一行は確かに強いだろう。

 だけど、あの怪物――【ヒロイン】が相手となると……

 あんまり油断すると足元をすくわれるんじゃなかろうか、なんて。


「――でさぁ、そのゴブリンがこう、襲い掛かってきたモンだから――」


「――マジか!? お前の世界面白いことになってんな~――」


「――まさか自分の理想があんなに業が深いとは思わなかったよ――」


「――ソレいいなぁ……あたしも自分の世界に戻れたらつくってみたい~!――」


【黄金具現】による転生を果たした【勇者】達は、今まで知る機会が無かった自分以外の【勇者】と、その「理想の世界」について興味をそそられるらしく、雑談を楽しんでいる様子だ。


「【天秤地獄】に引きずり込まれたこと自体は良く思わないけれど、こういう話ができるのは楽しい」


 なんて声もちらほら耳に挟む。……なんだかなぁ。いくらなんでも緊張感がない。


「ふむ……拍都よ。やはりその心の裡の深淵なる闇がぬぐい切れんか……クク」


 僕の思いを察したのか、そう話しかけてくれるフォーデさん。気遣いは嬉しいがもうちょい普通に話して欲しい。無理か。


「表現が謎だけど、まぁ不安にはなりますよ。なんかヤバいフラグ立ててるみたいで」


「フ、まだまだよなぁ、拍都……こやつら、誰一人として気を抜いておらんぞ?」


「へ?」


「あァ、流石はそれぞれの世界で【勇者】やってるだけあるな。ダベリながらも一切警戒を緩めてねェ。いつでも戦闘態勢に入れる準備をしてるな」


「……マジさんは?」


「それこそ、本気閣下には特に細かい指示を出すのは無意味であろう。性格的にまっっったく向いておらん。我の奴に対する命は『自由にやれ』以外無いぞ」


「ホントに何で副隊長にしたんだよ……」


「アイツは確かにワケわからんさ。フツ~じゃねェ【勇者】の中でもさらにフツ~じゃねェ。

 だからこそ、オレ達と違う視点を持ち、オレ達が気がつけないことにも気づく可能性がある。

 縛り付けるより自由にしてもらった方が良いタイプだよ、アイツは特に……タブン」


「ああ、今も何も考えず駆けまわっているだけに見えて、常に周囲を見渡し危機に備えておる。

 何か気づけば即座に知らせてくれるであろう」


「……はぁ。そうなんです?」


「おゥ、そうだぜ」




「――――式鐘さん! 前方になんかいやがるぜ! まだ見えねーが……嫌な感じの気配がある!」


 突然、【勇者】の一人が声を上げた。本当に注意を怠っていなかったらしい。びっくりだ。

 しかし、もっと驚いたのが――


「うっ! 来た北きた、キタァーーーッッッ!!! ヒヒヒィッ、見えないようにしてるケドぉ、後方にもなんかい~~~ますよォ!! どうする? ヤル感じ? んふぅっ!?」


「えええええっ!?」


 ホントに警戒してたんだ、マジさん!? 実際証明されても信じられないんだけど!?

「言ったであろう?」とでも言いたげにが僕に視線を投げたフォーデさんは、マジさんに声をかける。


「よく気づいた本気閣下、褒めて遣わす! さぁ、式鐘王のところまで戻ってこい!」


「おォしオマエら、戦闘態勢だ! 各隊隊員番号25までは前、それ以降は後方に展開しろ!

 隊長格と拍ちゃんはとりあえず俺の側で待機だ……状況見て動いてもらうから覚悟決めとけェッ!」


「りょ、りょーかい!」



 【勇者】達はおじさんの指示に従い、迅速に動き、瞬く間に戦闘態勢に入る。

 闘争心を露わにした彼らの姿は、先ほどまでとは打って変わり身震いするような気迫を纏っているように見えた――

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