1-? 《(天国には昇れない)プロローグ》
何をやっても退屈になったのは、いつ頃からだったろうか。
最初はやる気、もとい殺る気があった。
【ヒロイン】としての役目を果たすことは、わたしの望みと合致しており、それはもうバリバリとお仕事に励んだ。
本日もつつがなく、命を一つ……壊してやった。
目の前に転がる、鳩尾に穴を空けられた男の死体を見やった。
「……しかしコイツ、随分と鼻の下を伸ばしていたな。おかげでこちらとしては大助かりだ、はは」
わたしには――【ヒロイン】となる以前から――特別な力があった。
目の前の男の「理想の女性像」を見抜き、その望みに沿った見た目に自分の容姿を変えられるのだ。
言動や仕草は自分で合わせなければならないが、その手間もそれはそれで一興。
わたしが擬態した「理想の女性」にバカ面晒して緩み切っているその姿は笑えるし、その隙をついてあっさりと殺してやるのも愉快で堪らなかった。……昔は。
「はは、は……あ~……いい加減、飽きた。演技するのも面倒だし……だけど今更普通に殺るのも味気無いな……」
ぶつぶつ、と独り言を呟く癖はいい加減控えたい、と思っているのだが、演技ではない本音を口に出すことが一切無くなってしまったら本当に狂ってしまうのではないか……そんな不安があってやめられない。
もうとっくに狂ってるだろう、と誰かに言われれば黙るしかないが、幸運なのか不運なのかそんな機会はやってこない。
ここに自ら堕ちてから、もう随分と経った。
10年、20年と時が流れてもわたしの憎悪は鎮まる気配が無かったが、流石に100年の大台になると我に返りそうにもなる。
そこから、わたしは年数を数えることを辞めた。
堕ちた頃は14。そこから100年以上。わたし、今何歳だろう。
「ご主人様」に問えばわかりそうだが……
「……ぜっっったいに、しんどくなりそう」
正確な数を知ってしまったら本当に心が折れてしまうかも知れない。
確かに、この仕事は誰かがやらなきゃいけないことだ。
サボったら(サボる権利も無いんだけど)全ての世界は滅茶苦茶になってしまう。
時たま現れる、世界のバランスを壊す規格外の存在。
本日死体となり果てたこの男もその一人。
仕方が無いことなのだ。ここでコイツを終わらせておかねば、終わりが訪れるのが早まってしまう。
星の数ほどある生命の、ほんの数パーセント。
そいつらさえ犠牲となってくれれば、安寧の日々は続くのだ。
……続くのだが。
「別にそんな使命感で【ヒロイン】になる事を望んだわけじゃないし。役に立ってる、なんていまいち実感できないし。ムカつく奴らをぶっ殺したかっただけだし。というか……もういい加減飽きた。飽きた飽きた、あ~き~た~……」
地面に転がりながらジタバタしながらダダをこねても、だ~れも、な~んにも言ってくれない。虚しいったらない。
まぁ、ここに引きずり込まれるようなヤツはみんな嫌いで、憎い。
何の苦労も無く手に入れたズルい力でやりたい放題して他人を舐め腐っているクズが大概だから。
わたしはまさにそんなヤツに人生を滅茶苦茶にされた。
目の前に現れれば頼まれなくたって殺したくなる。
そういう意味では、この【ヒロイン】の役割はわたしにぴったりだ。
……だが、それも100年以上、となると、サボろうとは思わずとも退屈に耐えられなくなる。
毎日毎日毎日同じように殺して、飽きて色々と変化を加えたりして、結局それにも飽きて。
憎悪と退屈がごちゃまぜになってどうにもこうにも収拾がつかない。
「じゃあどうなったらいいのよ」なんて自分自身でも思い付きやしなかった。
「あぁ、愉快で楽しい日々が欲しい……」
憎悪のままに動き、復讐するのも確かに大事だろう。
自分の中の暗闇に向き合わず、無視して幸せになろうとしたって後ろめたいだけだから。
でもそれだけじゃあ明るくなれない。元気になれない。幸せに、なれない。
「――む、『ご主人様』からの電波をキャッチ……」
そんな痛い台詞で憂鬱を紛らわしながら、頭の中に浮かび上がった指示に意識を向ける。
……自分の眉間にどんどん皺が寄っているのを感じた。
「……はぁ? 次は100人超える? 一体何があったらそこまでしなきゃいけないんだ……? ……はぁ」
どうも次は大仕事になりそうだ。それも、ここに堕ちて以来一番の規模の。
だけど別に数だけ増やされても困る。面倒臭いだけだ。
そういうのじゃない。そういうのじゃなくてだね。
もっとこう、根本的な変化が欲しい。
「面倒だけど……しくじるのが一番最悪だからなぁ……あ~……」
こんな大仕事となると、色々と準備しなければならない。憂鬱だ。
でもやるしかない。
元々有利なのは【ヒロイン】……わたしの方だから、きっちり準備さえすれば難しいお仕事ではない。
でも面倒だ……でもやるしかない……あぁ、あぁ……でも、でも……面倒、くさい……
要するに、「変化が無くて退屈していて、だから絶望していてぶっちゃけ死にたいです」なんてベタベタな悩みをわたしは抱えていた。
【ヒロイン】なんて立場でありながら、なんて馬鹿馬鹿しいことを考えてるのだろう。
そう思ったら笑える、というか笑えた。
このネタで笑おうとしたのも、もう何度目かわからなくなってるぐらいなもので。
「――――――【ヒロイン】なんて言うのだから、素敵なヒーロー様でも来てくれないものかなぁ」
そうひとりごちた回数だって数えきれやしない。
呟きは虚しく溶けて、消えた。