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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第二章 ミンナヤッテル
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2-6 「何でもアリって設定に甘えてムチャクチャやり過ぎるのは良くない、そうだろ?」

 マジさんという極まった変態のようなナニかのおかげで、悟りを開いたかのような状態になった僕。

 もう何が起きても動じないであろう。

 隊長格である6人の内、今までで4人と会う事が出来た。あと2人。

 どんなヤツが来ても問題ない。どんとこい超常人間!

 決意を固めた丁度そのタイミングで、元気一杯な女の子の声が聞こえた。


「式鐘せんぱーい!! 新人さんがココにいるってホントっすかー!? こーはい、すっ飛んできたっすよ~!!」


「……む! お~ジュニ! よく来たな! 拍ちゃん、コイツも隊長格だ。

 クイーン隊の副隊長だな。挨拶しとけ」


「ほーほーその口ぶりだと新人さんも協力してくれるんすねー!! あざーす!!

 こーはいの名前は、ジュニ=ラビっすー!!

 こーはいはみんなのこーはいっすから、新人さんもこーはいのせんぱいってことっす!! ということでよろっすー!!

 歳は10でスリーサイズは上から102、67、99っす!! 耳もしっぽもホントに生えてるモノで性感帯になってるす!! その辺考えてフラグ立てたり立てなかったりしてほしいっすー!!

 とにかくよろっす!! よろよろ!! あははー!!」


 何やら危うい自己紹介をしてくる女の子、ジュニ。

 小さい背丈でばたばたとコミカルに動く彼女はとても愛らしい。マジさんがむやみやららにカロリーの高い設定だったからか、余計に癒される。

 明るいピンク色の髪のツインテ―ルと無邪気な笑顔がとても良く似合う美少女だ。ウサギに似た耳と尻尾も王道に可愛い。Kawaii。


 だから、例え彼女がバニースーツを着用し、背丈の割にすさまじく肉感的な体系をしていて、色っぽい小麦色の肌に彫り込まれたタトゥーが犯罪チックな気配を漂わせていてもなんら問題はない。Kawaii!!


「――ふふ――とっても――元気な女の子だね――

 僕は、名姫 拍都――よろしくね。君の新しいパイセンだから――前のパイセンのことは忘れてね――

 ――あと――10歳でその体つきって――どうなの――? ロリ巨乳ってやつなのかな――?

 僕は――年上好き――だからなぁ――その魅力は――よく――わからないや――」


「……んー、式鐘せんぱい、このせんぱいどうしちゃったんすか? ダッシュ記号使い過ぎてそうな話し方してるっすけど。なんか嫌な事でもあったんすか?」


「あァ、さっきマジに奇襲された」


「あちゃー……そうだったすかー。ご愁傷さまっす。まぁマジせんぱいったら、こーはい以上のぶっ壊れキャラっすからね~……人間一人を解脱させるなんて造作もないことだったみたいっすねー」


 正気に戻るっすー、とジュニさんに笑いかけられながら、僕は彼女にほっぺたをやさしくつままれてぐにぐにされた。


「落ち着くっすよ~拍都せんぱい。慣れっすよ慣れ。

 確かに、ここにいるのはトンデモな【勇者】ばっかっす。元の世界で上手く生きられないぐらいにはかっとんでる人達っす。一緒にいてしんどいって思うことはあるかもっす。

 ……でも、拍都せんぱいは大丈夫っす。だって拍都せんぱいも【勇者】の一人なんすから。

 拍都せんぱいはあの人達とちゃんと向き合うことができると思うっすよ。

 フツーに生きられない人達の辛さがちゃんとわかるはずっす。

 ――でも……理解できたなくたっていいっす。

 自分と目の前にいる誰かが『違う』ことが受け入れられたらおっけーっす!!」


 ……目の前でニコニコしながら、妙に良い事っぽいセリフを言われて、僕はなんだか気恥ずかしくなってきた。

 気恥ずかしくなったついでに、混沌としていた思考がすこしスッキリした、気がする。


「ど、どもっす」


「お、目にハイライトが戻ったすねー!!」


「ハイライト、消えてたんですね……」


「消えてたっすよー!! あはは!! こーはいちょっと心配しちゃったっすー!!

 あ、あと敬語いらないっすよー!! 確かに拍都せんぱいは新人さんっすけど、こーはいはこーはいキャラっすから!! 気軽にタメ口きいたりオカズにしたりして欲しいっすー!!」


「そんなことしませ……いや、しないから!」


「恥ずかしがらなくていいっすよー、男の子なんすからー。こーはいのないすばでーに道を誤らない男子など存在しないっす!! うっふん!!」


「まぁ確かに犯罪的なキャラ設定だとは思うけどな……」


 ……そのテの人間の一生を狂わせそうなデザインだとは思う。

 が、残念ながら僕はそのテではない。性癖が、違うのだ――


「僕は年上のお姉さんが好きだから、ジュニはストライクゾーンから外れちゃうな。

 オカズの営業なら他を当たってほしい……いや違う。自分ノカラダは大切二シナサイ」


「ありゃ。ロリ巨乳じゃダメだったっすかー……んー、確かにこーはいと同じニオイがするっす」


「ニオイ?」


「『年上に甘やかされたい系』のニオイっす。もしかして拍都せんぱいもこーはいキャラっすか? ダメダメっす、譲らないっすよ!!

 それでもこーはいキャラがやりたいというのなら、こーはいを乗り越えていくっす!!」


 ほあちゃー、とインチキな構えを取るジュニ。色々と言動がマズいけど、基本的には良い子、なのかな? タブン。


「いや別にこーはいキャラとか狙ってないけど」


「えー!! マジっすかー!?」


「マジマジ」


 ……なんか「マジ」っていうとマジさんの顔が思い浮かんでちょっとモヤっとする。

 僕らの様子を見て、おじさんは苦笑いした。


「まァ拍ちゃんも先輩ってキャラでもないかもな……ワリと似た者同士じゃね?」


「んー、そう意味では、そうかも?」


「む、狙うまでもないってことっすか!? おのれ拍都せんぱい……なかなかのスペックすね……」


「いやそんなこと言われても」


「じゃーもうキャラがどうのこうの関係なく、拍都せんぱいの好みが聞きたいっすねー!

 拍都せんぱいはどーんな年上のお姉さんが好きなんすか!?」


 うりうりと僕を肘でつつきながらはしゃぐジュニ。

 見ていると自然と笑顔になれるような可愛い「こーはい」の姿に、ちょっとは話してもいいかな、という気になった。



 だから僕は思い返してみる。

 僕の理想の、「年上のお姉さん」について。





 >>>





 その人を初めて見たのは、小学校3年の時に北海道に引っ越した時。


 一目惚れだった。

 見た目も美人だったが、それ以上に僕をクラクラさせたのは――なんと表現すればいいのか――『在り様』、だったと思う。

 小3のガキにもわかるくらいに、『他者と明確に違う、圧倒的である』と思わせる何かがあった。


 多分アレは、部活の合宿か何かの帰りだったと思うのだけど――剣道の防具袋と竹刀を持った集団の先頭に、中学生の彼女がいた。

 まっすぐ正面を向いて、乱れの無い足取りで歩く彼女はまさしく…一振りの研ぎ澄まされた刀のようだった。

 くっきりとした顔立ちで鋭い目つき。そこに、意思の強さが表れていた。

 切り揃えられた癖一つないショートの髪、曇りの無い瞳は艶やかな黒色で、否応なしに惹きつけられる。


 その頃から、【理力】の枯渇から来る無気力感が世の中を包んでいて、それは子供にすら察することができる程だった。

 僕がそれまで出会った人々はみな、濁った瞳をしていた。

 だけど、彼女だけは違った。圧倒的に、絶対的に、違った。……見るだけで「そう」とわかる人。

 そんな人と出会ったら一目惚れもするだろう。


 きっと周りにいる同じ学校の後輩、先輩、同級生の男子だって、彼女の惚れ込んでいたに違いない。

 実際に、彼女の近くにいた男子はチラチラと彼女に目線を向けていて、それは僕にも分かった。

 だけど、僕が知る限り彼女は誰の恋人になることも無かった。

 きっと、「高嶺の花」として見ていたんだろう。

 彼女を目の前にすると、自分の至らなさを実感してしまって、恋どころじゃなくなってしまうのだ。


 だけど、僕は彼らよりも幼く、バカだった。

 初恋で頭をぶっ壊した僕は、彼女がその頃つるむようになった式鐘おじさんの妹、というあつらえたかのような状況にさらに舞い上がり――





 >>>





「――ありゃあ凄かったなァ……ほぼ毎日告白してたしな拍ちゃん。

 毎回軽くあしらわれるんだが全然懲りなかったしよ……」


「マジっすか!? うっは、小学生時代の拍都せんぱいパネーっす!」


「なんか今にしたら恥ずかしいな……あの頃はマジで頭おかしかった」


 ジュニは僕が話している間ずっと、きゃいきゃいとはしゃぎながら、興味津々といった様子で元気な相槌を打ってくれていた。

 それが楽しくてつい話がノッてしまう。

 ……そう、ついつい話過ぎてしまう。

 気を抜くと1から10まで話してしまうかも知れない。素直で無邪気な人ってある意味怖いなぁ。


「そんな感じで中学の終わりぐらいまで一緒だったかな?」

「長い付き合いっすねー!! その間ずっと拍都せんぱいはそのお姉さんの事が好きだった、と!!」

「そうそう」

「純!! 純っすねー!! むぅ……感じるっす……拍都せんぱいの凄まじいわんこ男子属性を……っ!!」

「ナニソレ……」

「大好物の予感がするっす……良カプの予感が……薄い本が厚くなるっすね……」

「怖いって」


 やたらに興奮しているジュニ。幼い顔立ちに不釣り合いなスタイルの彼女が、バニースーツを着てはぁはぁと息を荒くし、顔を桃色に染めている姿はかなり犯罪チックだった。

 やっぱり彼女もそれなりにクセのある性格なのかも。まぁ今までのメンツを考えれば「個性」の範囲内だと思ってしまうが……


「――それで!? それでその後どーなったっすか!?」


「うん、その後は・・・・・・・・・・・・あと、は――――――」


 ジュニを少し落ち着かせてから(あんまり効果は無かったけど)、その先を話そうとして、記憶を辿ったその時――

 唐突に……言葉が途切れてしまった。




 ――彼女は高校を卒業した後、一人東京に引っ越すことになる。

 僕もすぐそっちに行くから……なんて言ったら、あの人はちょっと困ったように微笑んだっけ。

 ソレが、僕が最後に見た、彼女の()()()笑顔だったか――


「・・・・・・? どうしたっすか、拍都せんぱい?」


 急に黙り込んでしまった僕を覗き込みながらジュニが聞いてくる。

 その声は聞こえている。聞こえているのに、喉から音が出てくれなかった。


 ――あぁ、そういえば彼女の事をこんなにもはっきり思い返すのは……久しぶりだった。

 今気づいた。僕は、この記憶に無意識の内に蓋をしていたのだ。

 今僕はおそらく――自分自身で思っているよりも疲れているんだ。

 非現実的なこの場所に叩き込まれて、今まで当たり前に避けられ、気をつけられていた――その感情、その光景をうっかり頭の中に再現してしまうほどに、疲れて、不注意になっているのだ。

 「年上のお姉さん」――美核 灯に思いを馳せれば否応なく、()()()()()()のに。


 記憶が駆けていく。

 はっとした時にはもう遅い。

 彼女の「終わり」を――――思い出してしまった。



「えーと、なんて言おうか……結論から言えば、彼女は死んでしまった」――僕の言葉を待っているジュニに向けるための、そんな微妙な文章が頭に浮かんだ。

 が、声に出せない。口がさっぱり動きやしない。


「自殺だったんだ」――まったく……なんでそんな投げやりな言葉しか思いつかないんだ?

 あぁ、ジュニが不安そうな顔をしている。申し訳ないなぁ。




「……えと。こーはい、なんか地雷ふんじゃったっすかね……ごめんなさいっす……」


 気にしないで、と言おうとしたけど、やはり声に出せない。


「・・・・・・・・・・・・あ~……そのなァ~……拍ちゃんよォ……」


 式鐘おじさんが気まずくてたまらん、といった声を上げる。

 おじさんにも悪いことをしてしまった。

 僕にとっては「年上のお姉さん」であるが、おじさんにとっては歳離れた妹である。

 彼女が亡くなった時は、異世界を経て豪快そうな顔つきになった彼ですら相当に参っていたから。


「さっきからずっと言いそびれてたんだが……そのな。灯はな……」

「え? アカリって……灯? え? あ、でもあの人って……」


 その名に何故かジュニが反応する。はっとしたような顔で思考を巡らせてるように見える。


「……まァ、なんだ。そういうことなんだわ、ジュニ」

「……マジっすか。そんな偶然……あるんすか……?」


 ――言葉だけが聞こえてくる。

 だけどそれらは全て僕の中で意味をなさない。

 耳も目も機能しているのに、そこから得られる情報を頭が処理できていない。

 思い出してしまったから……最後に見た、平気なフリをして強がっている姿が――弱弱しく見えてたまらなかった灯姉の記憶だけですっかり参ってしまっていた。


 だけど。




「――――――()()()。新しく人が入ったというのは、本当か?」




 その女の声が、僕を引き戻した。

 「兄さん」――か。


 僕は一人っ子だから妹などいない。「兄さん」とは呼ばれない。

 ジュニは女の子だから「兄さん」とは呼ばれない。

 となると、「兄さん」とは式鐘おじさんのことを指している。


 しかしそれはあり得ない。おじさんの妹、美核 灯はこの世を去っているのだから。

 その時の思いで今まさに僕の頭はぐちゃぐちゃになっているのだから。


 ギギギ、と音を立てているみたいにぎこちない動きで僕は振り向き、その声の主の顔を見た。

 ――瞬間、完全にぶっ壊れた。


「……む? お前、は……どこかで――?」

「――灯。

 【蜜技】で元の姿を探ってくれ。ソイツも――【勇者】になっているから――それ以前の姿を」

「あ、あぁ――――――あ……? え……? これ、は……?」

「……そうだ。拍都も……ここに来たんだよ、灯」


 灯。灯。灯――だって?

 んな、馬鹿な。いくらなんでもコレはナシだ。

 ……いくらなんでも――なんでもありにも程があるだろう。


「・・・・・・・・・・・・拍、君」


 その呼び方で僕を呼ぶのはただ一人。

 何度確認してもなお僕には信じられなかった。


 死んだはずの、灯姉が……目の前に居て、僕の名を、二度と聞けないはずのその声で――――――


 ……まったく、マジさんなんてメじゃねぇよ――まったく。

 一番カロリー高い設定のキャラが最後の最後に待ち受けていたとは……僕個人の視点から見て、という話だけれども。

 確かにおじさんの言う通りだ。巨乳のカッコイイ系のお姉さんだ。

 だけど……なんというか……もう無理。 む~~~り。


「え~~~~~~~~~?」


 間抜けで無気力な悲鳴を上げた僕は、意識をあっさり手放した。


「え? ・・・・・・・・・・・・ぎゃー!! は、拍都せんぱいが……ぶっ倒れたっす~~~!!」



 ジュニの絶叫が響き渡った。もう、本当に本当にキャパオーバーだ。

 頭が爆発した、なんて表現は今使うべきなんだろう。

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