2-4 「人を見る目、なんてどんな魔法よりも非現実的だ」
「……まったく。フォーデ君はいつも騒がしいねぇ。
彼、拍都君……だっけ? ヒいてるじゃないか」
フォーデさんの痛々し……もとい、非常に個性的なキャラに圧倒されていると、すぐ近くから爽やかな男の声が聞こえてきた。
いつの間に現れたのだろうか?
すぐ近くに、炎のように真っ赤な髪をした、この美男美女揃いの【天秤地獄】ですら際立つほどのイケメンさんがいた。
清涼、とい言葉はまさに彼に相応しいだろう。
青い瞳はどこまでも澄んでいて、その身に纏う白銀の西洋鎧は上品な輝きを放っている。
「……うわ……」
あまりにも爽やかな好青年だ。それこそ、ちょっと気後れしてしまう程に。
矛盾するような表現だが……その容姿は、外見だけではたどり着けないぐらいの美しさだと僕に思わせる程だった。
きっと、彼の内面の尊いモノが、外に滲み出ているのだと。
「天使みたいだ」――そんな大げさな言葉が頭に浮かんだ。
彼が身に着けている鎧の背中に付けられた、汚れ一つない堂々とした白い羽の装飾が、そのイメージを強めていた。
しばし茫然としていると、彼が困ったような表情を浮かべた。
「あ、あれ? ボクにもヒいてる? フォーデ君ほど強烈じゃないと思うけど」
「……い、いえ。ちょっとなんか、その。眩しいというかお綺麗過ぎるというか何というかですね?」
僕がしどろもどろとしていると、フォーデさんが「クックック……」と不気味に笑う。
「ヴェネ伯爵よ……貴様は我と正反対のビジュアルではあるが、その印象の強烈さで言えばある意味同等だ。
ちょっと神聖感マシマシ過ぎるな。常人ではその輝きで目が潰れそうになるぞ?」
そのフォーデさんの言葉にウムウム、と頷く式鐘おじさん。
「気をつけろよ拍ちゃん。気を抜くとあっという間に浄化させられちまうぞ。天使っぽいし」
「は、伯爵? 天使? え、マジ……?」
大げさな表現も彼の容姿であればほとんど違和感が無く、ちょっと信じそうになってしまう。
そんな僕の様子を見て、ヴェネさんは「違う違う」と手を振った。
「伯爵とか天使とか、大げさだよ~!
フォーデは何と言うか、人に勝手に気取った肩書きをつけたがるだけだからね。いちいち気にしてたらキリないよ。
天使っぽい、というのはきっと、僕の理想が『神に仕える天使』だからかな。本当に天使なワケじゃあないさ!」
「神に仕える天使」……普段ならちょっと笑ってしまったかも知れないけど、彼にはちょっと似合い過ぎてるな……
住んでいる世界が違う、って感じだ。多分ウ〇コとかしない。
「紹介するぜ拍ちゃん。
この天使サマはヴェネ=アイバ。遠距離戦を担当するジャック隊の隊長だ。
弓使いでな。その天使さながらの煌びやかな弓使いは超一流、射抜かれた相手はたちまち浄化、ってなトコロかぁ?」
「はは、だから式鐘さん、大げさ過ぎますよ……
拍都君、キミも協力してくれるんだよね? よろしく頼むよ!」
「よ、よろしくです……」
何の気負いも無く差し出された右手をぎこちなく握り返した。
白い歯を見せながら笑うヴェネさんの笑顔を見ていると、爽やかさも過ぎると迫力が出てくるのだ、と実感させられる――
「と・こ・ろ・で!!」
「うおっ!?」
急に握っているヴェネさんの手の力が増した。
……なんだか、寒気を感じる。
猫を目の前にしたネズミの気持ちというか。
ヴェネさんはどこからともなく何かを取り出していた。
銀で出来た、上品なネックレスだ。
「見てくれ、この美しい首飾りを! どうだい?」
「き、綺麗っすね」
「そうだろうそうだろう? この美しい輝き! この無駄の無い造形! ま、造形はぶっちゃけ手抜きってだけなんだけど。
材料費抑えたくてさ~ あ、でもこれ全部純銀だから。超良いヤツ。めっちゃ光ってるでしょ?
まさに神の威光を具現したようだよね!? そう思わないかい……っ!?」
「そ、そうっす、ね……?」
はっきりとした確信があるわけじゃないけど。
……多分、この話はマズい方向に向かっているぞ。
ヴェネさんの圧倒的な爽やかイケメンオーラの裏に、なにか不気味な意志が見え隠れしているのを感じる。
「うん、うん……素晴らしいだろう。
なにせ100%天然の神のご加護が込められた一品なのだからね!」
100%? 天然の? 神の? ご加護?
何言っちゃってるのこの人は。一気にインチキっぽくなってきた。
「隊長格の人にはクセがある」――おじさんの言葉を思い出す。
握られた腕はさらに力を増している。
「逃がさない」――そんな、ヤヴァイ意図を感じるのは「気のせい」なのだろうか。
「このご加護付きの首飾りはそりゃもうスゴいよ? キマるよ~?
きっと【天秤地獄】での戦い、いやそれ以降の人生でも役に立つこと間違い無しの一品さ……
僕もコレを持つようになってから人生が好転しまくり大回転でもうウッハウハなんだ!
拍都君、これも何かの縁だろう――本来なら100万程の価値が付くだろうけど、特別に! 10分の1の10万円で売ってあげようじゃないか……っ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「その容姿は、外見だけではたどり着けないぐらいの美しさだ」――さっきはそう思ったが、実際のところはどうやら外見だけのようだった。
僕の「人を見る目」はポンコツだったのだと強く自覚させられ、内心で猛省した。
これは、ダメだ……いくらなんでもこんな雑な詐欺をふっかけられて、正気に戻らないわけにはいわない。
ヴェネさんを映す僕の瞳の内に、自分自身でもゾっとするような冷たさが宿っていくのを感じる。
しかし、そんな僕の冷え切った視線を向けられても、ヴェネさんはあっけらかんとしたものだった。
「うわーっ、なんて目を向けるんだい拍都君!
『胡散くせぇ臭いで鼻がもげそう』と言わんばかりじゃないか!?」
「胡散くせぇ臭いで鼻がもげそうです」
「おっと! 口に出されちゃったかコレは参ったあっはっは!
うーん、首飾りよりも実用的な【アーティファクト】が良かったかな?
化粧品……はキミには必要ないか。英会話教材とかどうかな? こちらも勿論、神のご加護付き――」
「ご加護付きの教材って何なんですか! っつーか【アーティファクト】って言いました今!? 絶対違うだろ馬鹿にすんなっ!!」
僕が思わずキレると、フォーデさんが「まぁまぁ、落ち着くが良い」……と間に入ってきた。
「拍都、ヴェネ伯爵が加護付きの【アーティファクト】の購入を勧めてくるのは、こやつなりの親切心だぞ。
完全に詐欺っぽいが、ヴェネ伯爵自身は自分の売り物の力を疑ってはおらんのだ。マジで」
「う、嘘ダっ! ってか本当だとしてもヤヴァイ人だよ!」
「オレもコイツが天使なのは外面だけだと思ってるなァ……」
「あはは! いやぁごめんごめん、いきなり過ぎて怪しまれちゃったみたいだね!
安心してくれ、今回はちょっとした紹介、というか冗談みたいなものだからさ!
いきなり10万の取引が成立するなんていくら僕でも思っちゃいないよ~!
ま、いわば天使ジョークかなっ!」
何かが致命的にズレてるヴェネさんの言い分を聞きながら、僕は天を仰いだ。
厨二な魔人、キング隊の隊長フォーデ=フィマ。
外見だけ天使、ジャック隊の隊長ヴェネ=アイバ。
こんなビミョーなキャラの人達が重要ポストである【天秤地獄】攻略隊。
大丈夫なのか。本当に色々大丈夫なのか……?
「――あ、でも本当にいらないかい拍都君……?
これが無かったせいで死んじゃった、なんてことになったら悔やんでも悔やみきれなくない……?
心配なんだけど……」
「いらんっ!!」
>>>
「――あぁ疲れた。本当に疲れた。もう寝たい……」
僕はおじさんに案内された、2階の個室のベッドに飛び込んでいた。
おお、ふかふかだ……最低限のものしかない簡素な部屋に見えたけど、その質自体は相当良いんじゃなかろうか。
休むだけなら十分過ぎると思う。
「おいおい……もう限界かよ?」
「出てくるキャラが強烈過ぎる」
「……わからんでもないけどよォ……隊長格、まだいるぜ? ……後は各隊の副隊長に・・・・・・・・・・・・クイーン隊の隊長、だな……」
「あと4人もヤベーのがいるのかぁ」
「……んーと、だな……副隊長は……比較的マトモ……いや……一人とびきりヤバイのが居るな……」
「きっついなぁ。
……てかおじさん? さっきから微妙にテンション低くないか?」
なんか沈黙が妙に多いというか、3点リーダー使い過ぎてる感あるというか。
違和感を感じて顔を見ると、おじさんは何だか気まずそうな表情をしていた。
「……あー……いや、何と言うかね……
ここまで他に話すことは沢山あったからよォ……言うタイミングが無かった……いや、無意識に避けてたのかも知れん……
……あァクソ、ぼんやりしてたらこれ以上引き延ばせないタイミングになっちまったじゃあねェか……」
言葉を選び、言い淀む。
そんな、おじさんには全く似つかわしくない態度に、本格的に不安になってしまった。
「え、マジでどうした?」
「……どこから話したもんか。副隊長の3人はまだ良いんだよ、うん……
ただ、クイーン隊の隊長ってのが、なァ……」
おじさんがここまで言葉に困るとは。
その隊長さん、一体どんなヤツなんだ?
「ヤベーの?」
「……ヤバくはないが……むしろマトモ」
「……カッコイイ系のお姉さんだったりする?」
この妙な雰囲気を無理矢理払拭しようと、しょうもない冗談を言ってみた。
空回っていた。
が、意外にもおじさんはわずかに口角を上げる。
「……カッコイイ系のお姉さんではあるな」
「マジで? じゃあ何の心配もいらないな」
「チョロイ男だなァ……」
「な、ナニィ。失礼な、僕はそんなにチョロくないぞ」
「……あー……おっぱい、大きいぞ」
「――まったく、それを先に言おうぜおじさん。よし、奇人変人なんでも来いっ」
「チョロイなァ……」
二人してヘラヘラ笑った。
「……ソイツに関してはよ、オレでも『ちなみに、アイツもいるからな~ヨロピク』なんて流せねーんだ。
――なんかよ、そういうのじゃ、ダメなような気がする。
オレにとっても、オマエにとっても、アイツは大きな存在だろうし……あー、どう説明したもんか。話している間にオレまで参っちまう」
うーん?
性格がマトモだって言うのなら、結局何が問題なのだろうか?
だけどここにいるんならいつまでも顔を合わせないという訳にも行くまい。
いくら気まずかろうが何だろうが、出会いはすぐそこまで迫っていたのだ――




