2-2「過程や理屈を無視して一足飛びに結論を求めるヤツって大抵バカだと思う」
「――――――しかし、まァ……なんだ。感慨深いっつーかなんというか。初めて拍ちゃんとつるみ出した頃は、まさかこんな風になるとは思ってなかったなァ……」
フワフワした物言いだったけど、言いたいことはわかった。
「初めて出会った時とは、見た目も別人だしな。『成長した』なんてレベルじゃないぐらいに変わってる」
「違いねェな!」
お互いの姿かたちの変貌っぷりを見ていると、やはり何か感じるものがある。
僕は小学5年の頃、式鐘おじさんと出会った。
「近所づきあい」なんて時代でも無かったが、それでも家が隣ということもあって……なんとなく、何がきっかけだったかも覚えてないが、僕らはよく遊ぶようになった。
まぁ、「遊んでもらっていた」と表現する方が正確ではあるかもだが。
おじさんは冴えない無職の30代、僕は若さはあれど家庭環境が色々とアレで。
「人生が上手く行っていない」――そんなありふれた共通点から僕とおじさんは妙にウマがあった。
中学生になってからはこれまたなんとなく花子ちゃんという女の子がメンバーに加わり、そこに時たま歳離れた妹である灯姉が混ざったり。
その集まりにいる時は、少しだけどうしようもない世界の事を忘れられた。――楽しかったのだ。
それが何故か、今は地獄を共に行く同志になっている。
――「遠い所に来てしまった」――その事実を突きつけられて、途方に暮れそうになる。
「――そうだよなァ。オマエも、【黄金具現】を選んだもんなァ……」
「……む。なんか、悪いか?」
少しの物悲しさを帯びた口調でそう言うものだから、少しキツめの返事をしてしまった。
僕は【黄金具現】を選んだこと自体には後悔はない。結果として【天秤地獄】行きだったとしても。
大体、【黄金具現】を産み出したのはおじさんだ。
そのおじさんが【黄金具現】を行うことに対してネガティブな印象を持つって……意味が分からない。
そんな意図が伝わったのか、「いいや、悪くはねェよ」、とおじさんは手を振った。
「オレ個人としては、あんな世界にとどまり続けるなんて馬鹿馬鹿しい、とすら考えてるしな。
……だが、結局のところ【黄金具現】とは――『元の世界の完全な否定』なんだよ。
自分の生まれ育った場所を否定する事の悲しさ……それは、どうやっても誤魔化しようがねぇ。
――できれば……元の世界のままで、皆が幸せになれるような【蜜技】を創り出したかったなァ――」
「・・・・・・・・・・・・そ、そっかぁ……」
なんかちょっとしみったれた雰囲気になってしまった。
そういや、出会った頃のおじさんの性分って今みたいに豪快ではなく、すぐに暗くなるタイプだった。
こっちの方が素というか、本質な気もする……
「あ、あー……それはさておき。まだわかんないことがあるんだが……【天秤】ってどんな【アーティファクト】なんだよ?
それさえあれば全部解決って言うけど」
「……おっと。そうだな、ついでに話しとくか!」
無理矢理話題を変えて雰囲気を変えようとした自分の意を汲んでくれたおじさんは、「ゴホン」と仕切りなおすように咳払いをした。
「【天秤】について語る前には……【蜜】のことを知らなきゃなんねェな。
【蜜】とは……まぁ『魔力』みてェなモンだ。
『魔法』が『魔力』を使うように、【蜜技】は【蜜】というエネルギーを使うってことよ。
オレ達の元いた世界でも、【理力】ってのがあっただろ? ソレと同じようなモンさ。」
僕は元の世界で人を魅了し、依存させ、結果的には衰退の引き金となってしまったエネルギーの事を思い出した。
【理力】――21世紀の中頃に見出されたそれは、あらゆる技術分野を異常な程進化させ、人類の文明レベルを引き上げる起爆剤となった。
熱、電気、化学、光、核……今までに使われたどれよりも、圧倒的に――強いエネルギーだった。
当時はそれこそ車が空を飛ぶような、SF小説でしか見ないような光景が広がっていたらしい。
……最も、【理力】が枯渇間際の現代では、――『残り香』と言えるぐらいの――ほんの僅かしかその存在を感じられないけれど。
「オマエだって、魔法みたいな【蜜技】がバンバン使われてるのをもう見てるし、わかるだろ?
【蜜】を扱うヤツは、『非現実的』とまで言われる現象までも操れるのさ!」
「……う、うーん……ぶっ飛んだ話だなぁ……」
「異世界のヤツら、あるいは【黄金具現】で【勇者】になったヤツらには、この【蜜】を知覚し、取り扱う力が産まれながらに備わってる、ってワケよ。
これこそ元の世界のヤツらと、オレ達の最大の違いだ、よ~く覚えとくよーに」
「は~い」
おじさん曰く。
【蜜】とは、世界中ありとあらゆるモノが持っているエネルギーらしい。
例えば着ている服、手に持つ武器。綺麗な宝石やそこらのゴミ。ブラジャーから核弾頭に至るまで、本当になにもかもがその内に【蜜】を持っている。人や動物といった生命だって、その内には【蜜】を持つのだ。資質の無い者には感じられないのだが……
空気中にも含まれているぐらいなのだから、例外なく、森羅万象なにもかもが【蜜】を保有しているといっていい――
「だが、『【蜜】を使えるだけで本当になんでもできるのか』と言われるとちと違う。
【蜜技】を使う時は、基本的に自分の内にある【蜜】の力を借りるワケだが、『どれだけの量の【蜜】を使えるか』――その限界には個人差があるからな。
限界を超えて蜜を使おうとすると――肉体が消耗して崩壊しちまうからな!」
「ほ、崩壊ってー!?」
「無理はすんな、ってこったよ! 例えば、何十時間もぶっ続けでマラソンしたらいつかは死ぬだろ? それと同じさ。
疲れたんなら、ちゃんと休め。退ける状況なら退け。そーいうこった。
んで、オレがさっきも使った呪文とか、【アーティファクト】には、用途こそそれぞれの性質に限定されるが、【蜜技】の使用を補助し、本来出せないような規模で行使するのを助けてくれるのさ。
――で、ようやく【天秤】の話だ。
世界にある全ての【蜜】をコントロールして溜め込み、持ち主に分け与える【アーティファクト】……それが、【天秤】」
「コントロールして、溜め込んで、与える……」
「おう。思いのままに、な」
「えっと……むちゃくちゃできる【蜜技】の、エネルギー源である【蜜】を思いのままにできるってことは……」
「どれだけ【蜜】を使えるかは限界がある、と言ったが、自分の肉体以外にある【蜜】を使うならその限りじゃあねェ……超大量の【蜜】を用意すれば、どんな非現実的な、それこそ『妄想』であろうが実現できるってことさ!
……な? 【天秤】さえあればどうにでもなるだろ? 単純な話だぜ!」
確かに、単純な話だった。
「なんでもできるくらいのエネルギーを集めて、何もかも解決してしまおう」……ただそれだけの、幼稚さすら感じる程のやり方。
非常にわかりやすく……だからこそずば抜けて無茶苦茶だ。
「と、途方もねぇ~……」
「心配すんなっての! やる事は単純明快! 【ヒロイン】をぶっ倒して、【天秤】をぶん取る! そんだけさ!
【天秤】を手に入れた後はオレにぜ~んぶ任せてくれりゃあいい! 簡単簡単、単純単純!
つーことで、頑張ろうぜェ拍ちゃん!」
「へいへい……」
「なんでもできる力でなんとかする」――そんな「それができれば苦労はしねぇ!」と言いたくなる手段の存在。
まさしく、ここは元の世界と違う、ファンタジーな「異世界」なのだと改めて実感した。




