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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第二章 ミンナヤッテル
11/78

2-1 「解説回ってどうやったら面白くなるの?」

 【ヒロイン】と名乗る少女との戦いを終えて気が抜けた僕は、地面にへたり込んでしまっていた。


 【黄金具現】によって自分の「理想の世界」に辿り着いたかと思いきや、【ヒロイン】に殺されかけ自分の考えが間違っていたと気づかされ。

 元の世界での友人である式鐘おじさんに救われ、助けを得て何とか【ヒロイン】を撃退することができたのだが――


「ついていけないっての……」


 いい加減ゲーム脳も限界だった。今まで創作の中でくらいしか関わりの無かった、ファンタジーな出来事を沢山体験して頭がオーバーヒートしている。


「目に見えてパニくってるなァ青少年~やっぱチュートリアルが必要だよな?」


 ふざけた口調でニヤニヤ笑いながら話しかけてくるこのオッサン――美核式鐘。


 彼は、なにも最初からこんな豪快そうな男では無かった。

 初めて出会った頃は、本当に「冴えないオッサン」としか言いようのない、その辺にいそうな中年男性だったのだ。

 しかしある時、突然に……変わってしまった。

 「異世界に行ってきたんだ」、とは本人の言。その証拠と言わんばかりに、彼は数々の異能を僕やその周りの人間に披露してみせた。

 それからも何度も異世界に旅立ち、その度に新たな技術を持ち帰り、最終的には「日本国王」を名乗り、異能で無理矢理ソレを人々に認めさせて。

 そして、【黄金具現】を産み出し、ソレを人々に提供し始めた――


 ……改めて考えても本当に何なんだこの変態は。国王っていうか頭おかしいテロリストだろ。

 元は僕の家の隣に住んでたオッサンだぞ? 今でも信じきれないぐらいだ。


「式鐘おじさん……事情知ってるなら教えてくれよ」


「オレも何もかもわかってるワケじゃあねェがな。

 とりあえず、休める所まで移動するぞ。歩きながら話してやる――」





 >>>





 灰色の宝石で構成された洞窟内を歩く。

 戦いが無ければ静かなものだった。

 天井に空いた穴から見える空、やわらかな日差し。

 心安らぐ光景だった。

 とても恐ろしい場所に見えない――


「【天秤地獄】……だっけか」


 【ヒロイン】が言っていたこの場所の名を口に出してみる。

 地獄。地獄、か。見た目だけは、そんな場所には見えない。


「へェ、聞いてたのか。

 そうさ。ここは『理想の世界』じゃあねェ。クソッタレな地獄だよ。

 ……ま、オレ達が元いた世界に比べりゃある意味では天国かも知れんがな」


 ……元いた世界は平和ではあったかも知れない。

 だけど、21世紀中期に発見されたエネルギーである【理力】が枯渇してからは、衰退の一途を辿るようになった。

 そんな世界情勢は僕のような平凡な市井に生きる人々にまで影響を及ぼし……みんな、活気を失っていったのだ。


 それに――活気が失われても、社会の影に潜む「悪意」は……間違いなく存在している。


 ……なるほど。ソレを思うとこの【天秤地獄】はまだマシ……とまで言わずとも。

 絶望するほどでもない、と表現できるのかも知れない。


「オレはオマエよりちょいと早くココに来ている。

 さっきも話したが、【ヒロイン】と交戦したこともある。

 ソコでヤツが語っていた事と、オレがここを調査した結果――この世界でやるべきことは見えてきた。

 とりあえずは、その辺りから話してやるよ」


 コホン、と咳払いを挟んで、おじさんは話し続ける。


「まずはここ――【天秤地獄】ってのは何なんだ? ってことなんだが。

 どうも、『こことは違う世界から人を引きずり込んで、殺す』という役割をもった世界らしい。

 引きずり込まれるのに何か条件があるのかないのかはわからん」


 僕やおじさんが何故【天秤地獄】に引きずり込まれたのか……それに対しては「運が悪かった、というだけかも知れない」と語るおじさん。

 彼自身も、「気づいたらここにいた」と言う。


「家でノンビリしてたらいきなり床から鎖がにょきにょき生えてきやがってよォ……絡みつかれた、と思ったらあっさり意識を失っちまって、目を覚ましたらこんな場所に寝っ転がってたんだよな。

 ったく、唐突過ぎるぜ。こんないきなり人を引きずり込んでくる地獄なんてクソだろクソ」


「……僕は『理想の世界』を目指して【黄金具現】したら、いきなりここだったな。

 おかげでしばらく、この場所が自分の『理想の世界』なんだと思い込んでた……」


「難儀なこったなァ。……ま、見た目だけは『それなり』、だがなァ。

 とにかく、ここはマトモに人が生きていける場所じゃあねェ。

 あのおっかない【ヒロイン】にビクビクしながら生きるなんてやってられんだろ。

 つーことで、オレ達はこの【天秤地獄】を脱出しなきゃあならん」


「【天秤地獄】を脱出したら……また元の世界に戻らなきゃダメだよね……」


 【天秤地獄】もゴメンだが、元の世界だって正直もう勘弁だ、と思ってしまった。

 まったく、僕はどうすればいいのやら。

 しかし、おじさんは「それに関しては心配無用だ」と自信ありげに言う。


「【天秤地獄】を脱出した後、オレは【黄金具現】を改良するつもりだ。

 確証は無いがよ、どうも【ヒロイン】は【勇者】を目の敵にしてるフシがある……もし【勇者】であることが狙われる理由に繋がっているとするのなら……【黄金具現】を産んだオレにはこの問題にケリをつける義務がある。

 『理想の世界』を望むヤツらを守る為に、【黄金具現】を改良して【天秤地獄】から逃れられるようにしなけりゃな……」


 おじさんが少しだけ苦い表情になる。

 【勇者】であることが【天秤地獄】に引きずり込まれる条件であるかも知れない、という事に対して、責任のようなものを感じているのかも。


「せめてもの幸運は――『生き残る為に【天秤地獄】を脱出する』、『【黄金具現】を改良して後顧の憂いを断つ』――この二つの目的をまとめて解決できそうな()()が、この世界にあるってことだな」


「おお。そんな都合の良いハナシが?」


「あァ……【天秤地獄】の最奥にある宝――【天秤】を手に入れれば全ては解決する!」





 >>>





「最奥にある、【天秤】……?」


「おう。何を隠そうこのオレ、実は一度【天秤地獄】の最奥に辿り着いたことがあるのさ!」


「マジで!?」


「ハッ、国王様を舐めてんじゃねェぞ? 『百を超える異世界を旅した』ってのは大マジだからな? ベテランの実力ってヤツよ。

 ま、最奥で【ヒロイン】に返り討ちにされたから自慢にならねェんだが。

 だが最奥の【天秤】を見ることはできた。

 オレは【蜜技】を使えば、一度見た【アーティファクト】を分析することが出来るんだよ。

 それで、一発でわかったぜ……【天秤】さえありゃあ、全部解決するってな――」


「ちょ、ちょっと待った」


 先ほどからちょくちょく聞くものの、意味はわかっていない単語が出てきて焦った僕は、おじさんの言葉を遮っていた。


「みつぎ、とかあーてぃふぁくと……って、何だ……? みつぎ? は魔法みたいなモン、とは聞いたけど」


「あ~……そうだな、そこからだったな!」


 額をぺしゃり、と叩くおじさん。

 どうも彼のような人間にとっては、当たり前の単語だったらしい。

 だけどこっちは異世界ビギナーなんだよなぁ。


「【蜜技(みつぎ)】ってのは――さっきも言ったが「魔法」をイメージしてくれりゃそれで合ってる。ゲームとかでよくあるだろ?

 「魔力」をつかってイロイロやる、アレだよアレ。

 【黄金具現】だって【蜜技】の一つではあるんだぜ?

 さっきからだってず~っとオマエの目の前で使われてるさ。


 オマエを治療してやったり、ドロドロの液体の体の兵士を創ったり、開かねぇ扉を開いたり、物を溶かしてエネルギーにしたり、ヤバい武器を創ったり。

 ……あぁ、そうそう。オマエが元とは全然違うイケメンになってようがすぐに拍ちゃんだ、ってわかったのもそうだな。


 そーいう異世界で起きるファンタジーな現象は、ぜ~んぶ【蜜技】ってワケな」


「な、なるほど……なんでもアリ的な……」


「なんでもアリ的な、な。まぁそんな感じよ」


 雑な説明だったけど、なんとなくイメージは湧いた。

 現実では本来ありえない異能、ってことなんだろう。確かに、「魔法」が一番イメージに近い。


「で、【アーティファクト】ってのは、要は『魔法の道具』――不思議アイテムってヤツよ。

 その刀――」


 おじさんは僕が腰から下げている刀を指さした。

 【ヒロイン】を撃退する大きな助けとなった、【命剣・終幕】と名付けられた武器――


「【終幕】も分類としては【アーティファクト】だ。

 ま、その強さは、他の凡百の【アーティファクト】とは桁が違うぜ?

 【命剣】――宿命づけられたその業を、ありとあらゆる要素を無視して成す剣だ!」


 「桁が違う」――その事は、僕にも何となくわかる。

 【ヒロイン】の両脚を斬ったときの感覚を思い出す。

 ……ほとんど抵抗無く、あっさりと両断していた。素人の僕にもわかる、異常な殺傷能力――

「触れるだけで斬れる」と言っても過言ではない。

「幕を下ろす」――という業を果たす為の剣、ということだろう。


「オレがむか~し拍ちゃんに教えた剣術、役に立っただろ? 将来的にコイツを持つことを想定にした動きだった、ってワケよ」


「……あの時は、まさかこんなことになるなんて思いもしてなかったよ……」


「ダハハ、そりゃオレもだ! ちょいと暇つぶしにまだ中学生のガキだった拍ちゃんを稽古してやったら、今になって役立ちやがった! いやァ、人生ってのはわかんねェもんだ!」





 >>>





 僕が中学2年ぐらいのことだったか。

 丁度、その辺りでおじさんが「異世界に行ってきて」今のようなワケのわからないオッサンになってしまった頃だ。


「なァ、拍ちゃん――『剣術』を習ってみねェか? カッチョイイやつ」


「――カッチョイイ、やつ……っ!?」


 中二の僕も男の子らしく、「そーいうの」に憧れるヤツだった。

 おじさんの唐突な変貌ぶりに、戸惑ってはいたものの……その誘いは魅力的に見えた。


 その剣術の名前は、【型無(かたなし)】。

 この剣術には構えが無い。脱力した体勢で相手に打つ手を悟らせず、そこからの自由な発想から繰り出される、変幻自在の動きで敵を翻弄しながら攻撃するのだ。

 説明だけ聞くと何だか強そうで、中学生の僕は夢中になっておじさんの教えのもと稽古に励んだ。


 だが、この【型無】には致命的な弱点があった。

 ソレを知ったのは、おじさんの歳離れた妹で、剣道を嗜む美核 灯――灯姉の指摘がきっかけだった。


「これが……剣術?

 ……おい兄さん。兄さんは、その……異世界、だったか。そこで本物の戦いを経験してきたんだろう?

 だったら、この動きでは戦えないことなどすぐにわかるハズだ――」


 灯姉曰く。

 斬る、という行為は思われているよりずっと難しい――との事。


 例えば、新聞紙を木刀で斬ることも、実は素人には困難なのだ。

 ましてや、肉を断ち骨を斬るような一撃には、適切な構えと動作が必要。

 【型無】で多用される、手首をちょい、と返して振るようなやり方では「斬る」なんて不可能である。

「当てる」ことばかりに気を取られ、きちんと力を乗せることを軽視するような動きでは、致命的な斬撃など繰り出すことはできないのだ、と。


 その灯姉の完璧な反論にも、おじさんはまったく揺るがなかった。


「実際に真剣なんか持ったことねェ癖に、それがわかるとは流石は我が妹だぜ!

 だがな、『触れるだけで斬れる』ような、そんな並外れた武器あれば、【型無】は最強の剣術になる!」





 >>>





「当時は『アホか』って思ったし、灯姉も呆れてたけど……本当に作っちゃったな、『触れるだけで斬れる』剣……」


「おうよ。オレはやる男さ。【型無】は最強だったろ? ダハハハ!

 オマエだって、役に立たねェのか、って呆れながらも、稽古は続けてたじゃねェか?

 いやはや、努力が実ったなァ、あの【ヒロイン】を撃退したからなァ!」


「努力……って言える程、大したものじゃないけどな……」


 ぶっちゃけ、「ちょっと変わった健康体操」ぐらいの見方だった。

 それと、例え役立たずでも『剣術を習ってる』という特異性を自分が持つことは、別に嫌ではなかった。

 まぁ、それも最近は流石に夢を見きれなくなって、完全にサボっていたけど……


 そのぐらいのぬるーい経験も、【勇者】としての強力な肉体のおかげで「剣術」として役に立つようになっていたのだから、本当に人生とはわからないものだ。

 こんなことだったらもうちょいちゃんと稽古すべきだったかも知れない。


「拍ちゃんよ。オマエにはその【終幕】があり、【型無】がある。

 この【天秤地獄】でだって、十分に戦っていける。


 ――力を貸してくれ。オレと共に戦い、【天秤地獄】を脱出しようや!

 ソレが終われば、オレが完璧な【黄金具現】を改良して、この地獄に引きずり込まれることもない、完全な『理想の世界』を実現してやろうじゃあねェか!」


「……正直なんかファンタジー過ぎて実感湧かないけど。

 それしか無さそうってのはなんとなくわかるなぁ。

 ――やるよ。やってやるさ」


「良く言った! 心配すんな、ヤバくなったらオレがなんとかしてやる!」


 正直なところ、まだ色々とついていけないって感じはあるけど。

 僕だって、「理想の世界」を得る為に手を伸ばした人間なんだ。

 死んだら死んだでそれはそれでまぁいいか、なんて思えるようなヤツではあるけれど……

 それまでは理想を目指して歩き続ける気概ぐらいはあるつもりだ。



 幸せになるために。愉快な人生を送るために。

 まさに今、僕は式鐘おじさんと明確な形で――協力関係を結んだのであった。

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