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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人目を気にし過ぎる少女

作者: モク

  人は誰しもが人目気にして生きていると私は思う。けれど普通の人、一般人、世間の流れに乗って生きていく人達は、多少は人目を気にして生きているとは思うけど、ある程度のラインまで辿り着くと、人の目なんて関係ない! そんな風になると思う。

 それが悪いとは全く、一言一句言うつもりはない。

  だってそれが普通だから、それが生きるってことだから、世界はそういう風に回っているのだから。

  けれど数十億人いる人の中には、普通の人間が耐えらなくなるラインを越えて耐えてしまう人が、いてもおかしくはないのではないだろうか?

  人が人目を気にしなくなるラインを越えて、人目を常に気にして生きている人がいてもおかしくはないのではないだろうか?

 


  私が通う高校は、別段偏差値などが高いわけでもない普通の高校。それ以外に説明することもないほどに普通の高校。

  そしてそこに通う私自身も普通の高校生。何か特技があるわけでも、勉強ができるわけでも友達が多いわけでもない、普通の高校生。

  そんな私は今何か意味があるわけでもなく、補習があるわけでもなく、ただただなんとなくで教室に残っていた。

  クラスの生徒は誰もいないそんな教室に、一人で残っていた。

  しかしふと時計を見ると、もうすぐで帰らないと流石に、先生達に注意されてしまうぐらいの時刻になっていた。

  私は急いで、荷物を鞄にしまい込み席を立ったその瞬間誰もいない教室に、一人の人影があることに気づいた。

  その人影は、教室を行き来するために使うドア側の席のちょうど真ん中の席に座っていた。

  そこまで友達を作らない私でも、流石にどこの席にどんな人が座っているかぐらいは把握しているつもりだった。

  つもりではなく把握はしていた。

  確かに把握はしていて、その席には確かにいつも生徒が座っている。

  しかし名前がわからない、どういう性格でどういう見た目をしているのか、誰と仲が良くて誰と仲が悪いのか、その全てが、私にはわからなかった。

  ただいつもそこに座っている人、私が彼女にしている認識はただそれだけ。その一つの認識しかしていなかった。

  気づくと私は寒気だっていた。汗をかいていた。体が震えていた。

  私は怖がっていた。

  その不気味な彼女を見て恐怖していた。

  見てはいけないものを見たかのように私は、走りだし勢いよく教室のドアを開き、教室を後にした。

  いて当たり前の彼女。人に私はなぜか恐怖した。

  その夜は、今日会ったことは全ては夢だったと、私の妄想だったのだと割り切り誰に相談するわけでもなく眠りついた。


  しかし次の日学校に行くと、彼女はいた。

  いやいて当たり前というか、いない方がおかしいぐらいの彼女なのだけど、私はそうだったからこそ恐怖したのだけど、いざ教室に来てみると昨日よりも一昨日よりもそれよりもっと前よりも、私は彼女のことを気にしてしまっていた。

  一回気になってしまうと、全く頭から離れなくなってしまうようなそんな感じの感覚。

  昨日はあれだけ恐怖していたはずなのに、今は恐怖よりも心配、心配よりも興味のようなものが私の中に芽生えている気がする。

  今思えば昨日教室に残っていたのも、ギリギリまで残っていたらどうなるのかという、少し考えればすぐに答えが出てしまうような、疑問に興味を持って残っていたのかもしれない。

  これも今思えばだけど、私は昔から一回気になってしまうとやってみる、調べてみる、そういったことをしないと収まらない性格だったのかもしれない。

  まぁ人間全員そうだから、私が特別ではないこともわかっている。

  特別な人間は、私の一番身近な人間なのだから。

  その日は一日中クラス中、学校中を調べ、聞き回った。

  まるで探偵であるかのように、警察であるかのように、調べ聞き回った。

「あの席の子知ってる?」

  そう聞くとクラス全員が『知ってる』と答えるけど。

「あの席の子の名前は?」

  そう聞くとクラス全員が『わからない』と答える。

  それ以外にもいくつか質問をしてみたが、全員が全員同じ答え、私とも同じ答えだった。

  あの席に座っていることは知っているけれど、名前、性格、交流関係、全て全員が『わからない』と答えた。

  彼女はいて当たり前の存在、あって当たり前の物、まるで空気そのもののように感じる。

  彼女自らが、空気になっているというかそんな感じだった。

  それすらも間違っている表現かもしれない、表現方法としてはあまりよくはないかもしれないかもしれないけど、彼女は。

  空気以下。

  空気以下の存在。

  人間は空気がなければ生きていけないが、彼女はいてもいなくても同じ存在。

  もし彼女がいなくなったとしても、誰も困りはしない。そんな存在。

  それすらも彼女自身が望んでいるようにも感じられた。

  教師に聞いても同じ答えだった。

「あの子のことは気にしなくて大丈夫だよ」

  教師でさえ彼女を空気以下の存在として扱っていた。

  それは大人としてどうなの? というその言動でさえまぁ彼女だしと思えてしまうぐらいに彼女は、空気以下の存在だった。

  そんな彼女に私は声をかけた。


「こんにちは。あなた名前なんていうの?」

  そう私が問いかけても彼女から返事はなかった。

  無視をしているのか、それとも話しかけられるわけがないと思っているのか、それも違くて単純に聞こえていないだけなのかは、わからないけど私は、もう一度彼女に話しかける。

「あなた名前なんていうの?」

  しかし二回目の問いかけにも彼女は、返事をしなかった。

  うーん。

  もしかしたら彼女にとっては、今は夜なのかもしれないそんな風に考えながら私はもう一度彼女に話しかけた。

「こんばんは。あなたの名前なんていうの?」

  三回目の問いかけにも、彼女は返事をしてはくれなかった。

  ふと次はどうしようかななんて考えながら、周りを見渡してみるとクラスの数人かが、頭がおかしいやつという目で私を見ていた。

  クラスの人達にも彼女は、見えているというか存在は認識できているはずなので、そんな目で見る理由が私にはわからなかった。

  だって私はただ人に話しかけているだけなのだから、変なことはしていない。

  しいて言えば私が話しかける理由が、ただの興味、なんでこの子はみんなから空気以下として扱われているのだろうか? という興味で話しかけているのが、変なのかもしれない。

  けれど私は他人からどう見られようと、自分が知りたいと思うことを調べるだけだ。

「あ──」

  もう一度話しかけようとしたその時、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。

  私はモヤモヤを残しながらも席につく。

  今日も放課後教室に残っていたら、彼女と二人きりで話せるかな? そんなことを考えながら授業を受けてすごした。

  そして放課後、私はクラスから人がいなくなるのを確認してから、彼女の席に目をやった。

  しかし彼女は昨日とは違いそこにはいなかった。というか教室のどこを探しても彼女は、いなかった。

  まるで私から逃げるように、いつもよりも影を消して、自分を空気にして帰ってしまった。

  そんな風に感じた。

「はぁー」

  私はため息をついた。

  このため息の意味は、彼女が帰ってしまって残念という意味ももちろんあるけど、それ以上にここまで気になってしまうと絶対に相談したくない人。

  私の姉。

  実姉に相談しないとならなくなってしまったからだ。

  過去にも気になりすぎてしまったことは、もちろんあった。けれどその時は時間をかければ解決する。答えがわかる問題だったのだ。

  けど今回は、ある種超常的というか、そもそも人が使える力を超えてるというかそんな感じ。

  だって普通の高校生が、空気以下の存在になんてなれないじゃん! 自分の影とか空気をコントロールしてるって普通じゃないじゃん!

  だから私は、絶対に相談したくない人。

  私が知っていることはもちろん、私が知らないこと、私が知らないと知らないことまで、全てを知っている姉に相談しなくちゃならならない。

  そして私は教室を出て家に帰っていく。


  私は無言で、家の扉を開けた。

  そして私が玄関に入った瞬間、私よりも少しだけ大きな人の影が、私めがけて飛び込んできた。

「妹よ! お帰りーーーーー!」

  私はその影を何もないように、真顔で避ける。

  私が避けると後ろのドアに人がぶつかって、大きな音が聞こえてくる。

「痛っいー」

  頭をさすりながら痛がっているのは、私の絶対相談をしたくない人。私の姉だった。

  私の姉は、毎日私が帰ってくるのを玄関で待っていて、私が帰ってくるとすかさず私に抱きつくために飛び込んでくる。

  毎日毎日私が避けているので、後ろのドアはもう所々がへこんでしまっている。

  それぐらい勢いよく姉は飛び込んできているのだ。

  いつもなら姉がどうなろうが、関係ないので私はそのまま自分の部屋に向かうのだけど、今日は姉に相談をしなくてはいけないので、一言姉に言う。

「ちょっと相談があるから部屋で待ってて」

  姉に話しかけたのは、何ヶ月ぶりだろう? それすらも覚えていないほどに私は、姉と会話をしていない。

  日常会話のおはようからおやすみまで、一言も姉には話しかけてはいない。

  そんな私が姉に話しかけたのだ、姉自身は大変驚いているようで、口ごもりながらも喋りだした。

「あ、あ、うん。うんわかった」

  そんな戸惑いと驚きの表情をしている姉に、私がそれ以上何かを言うことなくそのまま自分の部屋に向かった。

  昔はここまで、姉を嫌いなわけではなかった。むしろ姉のことは大好きだった。

  近所でも仲がとても良い姉妹で、有名だった気がする。人によっては姉妹じゃなくてカップルじゃない? とも言っている人もいた。

  それぐらいに仲が良かった。

  今とは真反対の関係だった。

  その関係が崩れたのは、私が中学に入学した頃、姉がとってくるスキンシップがうざくなってきたのが、始まりだった。

  それまで私は、姉が何でも知っていることが誇りだった。姉が何でも知っているということを私も頼っていた。

  頼って、相談もしていた。

  けれどだんだんと、姉が何でも知っているということに私は、嫉妬していった。

  姉が何でも知っているということが羨ましかった。もちろんそれが姉自身の力で、手に入れたものということは、わかっている。

  その頃から私は、一度気になってしまったら解決するまで、気になり続けてしまうようになってしまった。

  興味津々になってしまった。

  それは少しでも姉に近づきたい、それだけの理由だった。

  たったそれだけの、人から見れば、小さな小さな願いで、私は今を生きている。

  だから私は姉を拒絶した。姉に頼ることをやめた。あんなに大好きだった姉を自分から、嫌いになった。


  私は手荷物を自分の部屋に置いて、姉の部屋を訪ねた。

  コンコンと扉を叩くと中から「いいよ」というさっきまでの戸惑いが消えた声が、返ってきたので、扉をゆっくりと開き部屋の中に入っていく。

  久しぶりの姉の部屋に私は、少し緊張をしていた。

  姉はベッドの上に座りながら優しく、私に言ってきた。

「いらっしゃい」

  姉のこういう優しい表情というか、今にも私を優しく包んでくれる聖母感のような表情を見るのは、久しぶりだったので、今にも包んでもらいに行きそうになるのをなんとか堪えた。

  いつも玄関で抱きついてこようとする姉は、包容力とは無縁のただ変態の怖い人なので、スルーが容易にできてしまう。

 私は表情を真顔のまま姉とは顔を合わせないようにしながら、そーっと腰を下ろした。

  これでもかとギリギリまで姉との距離は、離して座った。

「それじゃあ、さっそく本題話していいよね?」

  私が突然そう言ったことに姉は、何も驚きも戸惑いもせずにベッドから立ち上がり私の前に足を運ばせると、両手を広げて言った。

「待って待って、私の妹」

  まぁ私はあなたの妹だけれども。

  姉は私が姉を嫌いになりはじめた頃から、私を名前では呼ばなくなった。

  姉はそのまま話を続けた。

「本題を聞く前に一つ条件を出していいよね?」

「条件?」

  私がそう聞き返すと姉は、あれ? という表情をしながら説明を始めた。

「うん条件。昔、妹がまだ私のことを嫌ってなかった頃、妹はよくわからないことだったり困ったことがあると、私に相談してきてくれたでしょ? その時毎回、私が相談を聞くのに必要な条件。対価を支払ってたでしょ?」

  私はその姉の言葉で、思い出してしまう。姉に対して私がしていた異常なまでの相談の数、そしてその度に姉が私に対してしていたスキンシップの数々。いやもうスキンシップでさえなくただのセクハラ行為、訴えれば私が必ず勝てるほどのセクハラ行為。

  私が姉を嫌い始めた一つ目の原因が、今まさにもう一度始まろうとしていた。

「それじゃあいただきます」

  姉はそう言いながら指を無作為に動かして、私に段々と近寄ってくる。

「あ──ちょ──」

  私が戸惑いの声をあげながら姉を止めようと腕を前に出すが、姉にとってはそれは壁にもならないようで、勢いを緩めることなく近づいてくる。

「ホント久しぶり。この数年分我慢してた欲求を全部吐き出すからね〜」

  姉のその一言で私は、目を瞑った。もうこれ以上何をしても意味がないのだと悟って、せめて姉の表情は見ないようにしようと、そう思い瞼を閉じた。

  姉は、息を荒げながらまず最初に私の髪を触り始めたもうこの時点で、私は姉をぶん殴ろうとも思ったが、この後の姉の言葉で一旦拳はしまった。

「髪伸びたね。昔はショートカット? ボブ? とかそのぐらいの長さだったのに、やっぱり妹も大人になってきてるのかな?」

  そんな姉の懐かしむ声が聞こえて、私は殴ることはできなかった。

  心の中ではごめんなさい。そう何度も謝っている。

  私の身勝手な思いで、姉との思い出を新しく作ることを私は、拒否し続けた。

  頼りにする姉から、絶対に頼ってはいけない姉へと勝手に、変えていってしまった。姉には何も言わずに変えてしまった。

  次に姉は、手を髪から下に移動させると顔を隅々まで、触ってくる。

「顔はあんまり変わってないかな。うん! 昔から可愛いまま。私の一番大好きな妹のままだ」

  あんたには妹は一人しかいないよね? 私はそう一人でツッコミを入れた。

  正直もうこのまま姉の欲求が満たされるまで、自由にさせてあげようかなとも一瞬考えはしたけど、次の姉の行動で私のその考えは一瞬で、吹き飛んだ。

「それじゃあ失礼して」

  姉はそう言いながら、何ということか女子高生の制服と体の間に手を入れると、そのまま私の体を触りだした。

  そこで私は思わず声を荒げてしまう。

「は!? は!? は!? バカなの? 私の姉は今すぐにでも警察に行った方がいいぐらいバカなの!?」

「え? 私警察に行くようなことしてないよ」

  姉がそんなたわごとを、戯言を言ってきたので、私は姉の顎に向けって蹴りを一発入れてやった。

  もちろん今日されたこと全ての怒りを込めての、一発だった。

  「バカーーーーーーーーーーーーーー!」

  昔の私は、あんなことをされても姉に好き勝手にされていたのかと思うと、無性に恥ずかしさと怒りが湧いてくる。

  私の記憶の中では、顔を間近で見てキスしたりしなかったりで、終わっている。

  私は姉を親の仇であるかのように、睨みつけて言った。

「妹の体を許可なく触り出すのが、事件にならないと思っているならそんな姉は、今すぐにでも病院に行ってきて!」

「えー昔はもっと下までも触らせてくれたよね? まだ胸だよ? 胸! 何をそこまで恥ずかしがるの」

  しかし姉は本気でそう思っているのだろう、とぼける様子を見せるわけでもなく、ただただ真面目に当たり前のことのように、そう言った。

「下!? そ、それって」

  とても口に出せないようなところを昔の──姉を大好きだった頃の私は、触らせていたと思うと寒気だってくる。

  バカなの!? 昔の私は恥じらいとかそんな感じのものは、持ってなかったの!?

「そうマ──」

  姉が言おうとした瞬間にもう一度顎に一発蹴りを入れた。

「言うなー!!!! バカーーーーーーーーーー!!!!!」

  そう叫びながら、恥じらいを混ざつつの叫びだった。人生で一番大きな声での叫びだった。家が壊れると思うくらいの叫びだった。

  そんな私の叫びをものともしないように、姉はスーッと立ち上がって言った。

「うるさいなー。もうわかったよ。そんだけ嫌がるなら今回はこれで、妹のお願い聞いてあげる」

  姉はそう言い終わると私の横に座った。

  なぜ姉がそんなに偉そうなのか、私にはわからなかった。

  どう考えても姉が悪いのに、お願いを聞いてもらうのにこれだけの対価を支払うって、今すぐにでも訴えたい。

  こんなことをされてたら姉を大好きだった頃の私でも、姉を嫌いになるのがしょうがない気がしてきた。

  私はいつの間にか嫌な記憶を(頼みごとの対価)消していた。こんなことをされていたのに覚えていないなんて、ありえない。

  姉の良い部分の記憶だけを残していた。

  だって姉と顔の距離が近いとか、髪の毛を優しく触ってくれたりするのは、私にとっては幸福なことだった。

  私の中ではずっと、私の知らないことを知っている凄いお姉ちゃんだった。

  理想の姉で──私が目指した姉で──私では絶対になれないと現実を見させられた姉だった。私が姉を拒絶する前から今現在に至るまで、ずっと私にとって姉とはそんな存在だった。

  私は姉──お姉ちゃんにお願いをする。

「お姉ちゃん。教えてほしいことがあるの」

「いいよ。なんでも聞いてごらん。妹が知りたいことならなんでも知っているこの──お姉ちゃんにね」

  そう答えた姉は、昔の優しい、私の記憶の姉に戻っていた。

  そんな記憶を呼び起こしながら私は、空気以下の存在に感じる彼女のことを姉に説明をした。

「なるほどね。そんなことがあったなんて、怖かったね〜」

  そう言いながら姉は、私の頭を撫でながら抱きしめてきた。

  優しく優しく抱きしめてきた。

  そんな姉を私は、うざったらしく感じたので、姉を私から剥がして言った。

「怖かったのは怖かったけど、そんな慰められるほどじゃないよ! それより早くあの子のことを説明して!」

  姉は私は撫でて満足したのか、今にも説明したいような感じで、表情をうざったらしく笑顔にしながら言った。

「もうしょうがないな。説明し・て・あ・げ・る」

  うざっ。今すぐにでも殴りそうな拳引っ込め「お願いします」と姉に頭を下げながら言った。

  この時私は心に決めた。

  この相談が終わったら、もう一度姉を拒絶しようと。もう一度仲良しになれるかもと一瞬でも思ったのが恥ずかしくなりながら。

「よろしい。もう結論から言っちゃうとその子は、人目を気にしすぎてるんだよ」

  疑問符を浮かべている私の表情を見て姉は、そのまま説明を続けた。

「まぁこれだけじゃわかんないよね。まずねその子は空気じゃなくて空気以下ってところが、重要なんだけど。空気みたいな奴って世の中にはいっぱいいるけど、そういう人たちの大半は人目がある所だと静かにすごして、自ら空気になりたいそんな風に思っていると思うんだ」

「まぁそうだね」

「けどその子はきっと──人目がないところでも人目を気にしてるんだろうね。例えば自分の家の自分の部屋だったりとかね。だからその子は自分の気が休めるところがないんだろうね──人目を気にしないで、すごせるところがないんだろうね。この世界どこにも」

「なんでお姉ちゃんが、あの子の家の事まで知っているのかは、まぁお姉ちゃんだからって事でいいとして、あの子が気が休まらないってことからどうやって空気以下の存在になるの?」

  ホントなんで姉は、私の話からそこまでのことがわかるのか気になって仕方がなかったが、姉が話を始めたので耳を傾ける。

「それは、その子は人が超えたらダメなライン以上に、人目を気にし過ぎてしまったがために自らが空気以下の存在になれるように、自らで周りの空気を操っているんだろうね。人目を気にし過ぎるってことは、それだけその場の空気を読めるってことだから。空気を読めても空気を操ってるのは、彼女の才能というか、特技というかそんな感じだろうけどね」

  そんなことがあるの? 超人的というか超常的というか、そんなことが──

「そりゃ、普通じゃないだろうね。普通じゃないけど、その子はもう人のラインを超えてるから普通じゃなくていいんだろうね」

  まぁそうじゃなきゃ私は、姉に相談なんてしなかった。

  私自身の相談自体が、あの子が普通じゃないということの証拠になっているのだと思う。

「それで、私はどうしたらいいの? どうしたらあの子と友達になれるの?」

  最初はただの興味だった。だけど姉の話を聞けば聞くほど私は、あの子を空気以下の存在じゃなくしてあげたい。そう思うようになっていた。

  普通の私が、普通じゃないあの子を普通に戻すには、あの子と仲良くなる以外私には、わからなかった。だから友達になる方法を姉に問いかけた。

  すると姉は、この質問がくるのがわかっていたようにすぐさま説明を始めた。

「それは簡単だよ。ただその子に話しかけ続けてあげればいい。その子に人目なんて気にしなくても生きていける。人目なんて関係ないそれを見せつけてあげればいい」

  姉が言ったことは、もう私がやっていることだった。

  私が最初にやり始めたことだった。

  だけど納得できる。だって友達になりたいなら話しかける以外の方法を私は知らない。

  あの子が普通じゃない部分は、空気以下ってところだけで、それ以外は普通の女子高校生なのだから。

「私それもうやってるって、さっき説明したよ」

  私は言った。姉の助言なんて必要ないもね! と言わんばかりに言ってやった。

  だけど姉は、私がそう言うのを待っていたようだった。

「うん。だからさっきの状況説明の時は驚いたよ。私が答えを言う前に実践してたからさ、ホント成長したね」

  そう言いながら姉は、私の頭を優しく撫でてくる。包容力がある過ぎる本当のお姉ちゃんになっている。

  だから姉をはねのけることが、私にはできなかった。

  そしてそんな幸せな状況も終わり、部屋から出るときに私は一言姉に言った。

「お姉ちゃん。ありがとう」

  言って私は、自分の部屋に戻った。

  その時のお姉ちゃんの表情を見はしなかったが、笑っていてくれたら私はそれだけで幸せだ。


  姉に相談した次の日から私は、あの子に話しかけ続けた。「おはよう」から「さようなら」まで、時間があれば話しかけに行った。

  周りからどう見られようが、気にせずに話しかけた。

  そしてそんな生活が、一週間ほど経ったある日あの子は、ぼそっと周りには聞こえない大きさで、私に言った。

「今日放課後残って」

  と。

  私はその瞬間にガッツポーズをしそうになったのを、なんとか止め代わりに表情をニコニコしながら返事を返す。

「わかった⋯⋯待ってる!」

  やっとあの子の空気を壊せた。

  やっとあの子が口を開いてくれた。

  やっとあの子が普通の女の子になってくれた。

  人と話せればそれだけで、普通の女の子だ。だから私は、これだけの事で大いに喜んだ。


  そして放課後。誰もいなくなった教室に空気以下のように席に座っているあの子に私は、声をかけた。

「こんにちは! もうこんばんはかな? まぁそんなのはどっちでもいいや。とりあえずお話しよ」

  今回の声かけもいつものように無視されてしまうのではないかという、緊張のようなものがなくはなかったけど、なるべくそういった雰囲気は出さないように声をかけた。

  しかし私のそんな緊張は無意味だったようで、彼女は返事を返してくれた。

「なんで毎日毎日話しかけてくるの」

  彼女はそうい言った。昼間のボソボソ声とは真反対の、とても強くとてもを大きな声でそう言った。

  端的に言えば怒っていた。

  そんな彼女の態度で、私は戸惑ってしまいぎこちない返事を返してしまった。

「そ、それは」

  散々意気込んだのに肝心な時に動けないのが、私の悪いところだ。

「そんなドギマギしてんじゃないよ! 私が頑張って作った──私が頑張って人目を少しでも気にしないようにって作った空気をなんで壊すの」

  彼女の言っていることは、多分今回の本題なのだと思う。

  私が自分で彼女と話して聞き出さなきゃいけなかった事──それを彼女を怒らせて、彼女自ら喋らせてしまった。

  これは私の失敗だ。だけどだからって私は、謝らない心の中でだって謝ったりはしない。

  だって悪い失敗じゃないと思うから。彼女が自分の意見を誰に頼るわけでもなく、自らの力で自らの意見を言えたってことだよ。

  彼女はやっぱり普通の女の子だよ。

  だから私は、言ってやった。彼女に心の底から言ってやった。

「空気を壊して何が悪いの? あなたが一生懸命作った自分を守る城という空気を私は、壊そうとしたよ。だけどそれの何が悪いの? 私にはあなたみたいに城に閉じこもってお姫様をすることなんてできないし、それをしている女の子を見過ごすこともしたくないよ!」

  私はそんな正義のヒーローが言いそうなめちゃくちゃなことを言った。

  真剣に心の底から彼女に向けて言った。

「ふざけんなよ。私は城に閉じこもってもないしお姫様もやってない。私はただ誰にも気にしてもらわないように、生きたかっただけなんだよ!」

  彼女は数秒前よりも、声を荒げて私を怒鳴りつけた。

  今にも殴ってきそうなぐらい手をプルプルさせている彼女に、私はもう一度追撃をかけるように言ってやった。

「それが見過ごせないって言ってるの! そんな誰にも気にして貰わずに生きるなんて、寂しすぎるよ。私はあなたの事をまだ全然知らないけどこれだけは、自信を持って言えるよ──あなたは人目を気にし過ぎなんだよ!」

  こんな本人なら当たり前のように何回も何回も考えてたであろうことを、私は自信を持ってさも自分のアイディアかのように言ってみせた。

  だけどそれは、彼女が人から改めてそんな当たり前のことを言われたことなんて、ないだろうという考えからだった。

「そんなの⋯⋯そんなの⋯⋯わかってるよあなたなんかに言われなくても、私自身がよくわかってるよ!」

  彼女はそう言いながら、私に近づいてきて優しく胸の辺りを何回も何回も叩いてくる。

「わかってるよ。わかってるよ。わかってるよ。そんなのわかってるけど、どうしようもないじゃん。気づいた時にはこうなってたんだよ! どうしたらいいかわからないよ」

  彼女は私を叩きながら、泣いていた。

  そんな彼女を私は、優しく抱きしめた。お姉ちゃんが、私にやってくれたように優しく優しく抱きしめて言った。

「私だけに見られてるって思ってみてよ。大多数の人から見られてるって思うから、ダメなのであって私一人からなら大丈夫でしょ?」

  お姉ちゃんからは言われていない、自分なりの解決方法を彼女に提案した。

  これでお姉ちゃんを超えたなんて、そんなこと微塵も思っていないけど、もしもこれで少しでも成長できるなら私は、それでいい。

「わかった。あなたが私を見ていてくれる限りは、あなたの言ったその方法で頑張ってみる。だからちゃんと見てるって証明してね。華原(かはら) 友喜(ゆき)さん」

  私の腕の中で、彼女は涙を垂らしながら私の名前を呼んだ。

  教えていない私の名前を読んだ。

  彼女はそれだけ周りに目を配っていたということだろう、全く関わりのなかった私の名前を知っていた。もしかしたらこのクラス中の全生徒の名前を覚えているのかもしれない。

  誰とも喋らないのに覚えているのかもしれない。

「あなたの名前は?」

  私の腕の中にいる彼女に私は、聞いた。

  すると彼女は迷うことなく。戸惑うことなく教えてくれた。

雪空(ゆきぞら) 沙気(さき)

  と。

  彼女はそんな素敵な名前を教えてくれた。

 

  その後、沙気と別れた私は、そのまま寄り道せずに真っ直ぐ家に帰った。

  玄関の扉を開けると、今日も今日とて姉が──私のお姉ちゃんが飛び込んできた。

「妹よー! おかえりー!」

  私はそんなお姉ちゃんを、何もないように避けて言った。

「今日から、前みたいに名前で呼んで」

  と。

  そう言った。

  これも私なりの成長だ。

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