第2話:春のそよ風たち
ぽかぽか陽気の原っぱは、今日もにぎやかに春満開。
あっちでもこっちでも、クスクス、クスクス。
原っぱには、一人のハープ弾きの男と、歌うたいの娘が今日も仲良く来ています。
二人は友達のようでもあり、恋人のようでもありました。
ドムとナナのおしゃべりも相変わらず絶好調です。
「ああ、今日もあの二人は歌って弾いてそれで終わり?早く進展すればいいのに!」
とせっかちなドムはじれったくてたまらない、と黄色のまあるい頭を振っています。
「まあまあ。二人はゆっくりと、自分たちのペースで愛をはぐくんでいるのよ。私たちものんびり見守りましょうヨ。」
恋に恋するナナは、うっとりと胸に手をあてて言います。
そんな二人の会話に参加もせずに、王子は今日も下を向いて溜め息をついています。
「ばかばかしい。人のことなんてどうだっていいじゃないか。今の私は自分のことで手いっぱいだ。ああ、どうしたら元の姿に戻れるのだろうか・・・。」
すると、がっくりと下を向いている王子の耳にかすかな歌声が聞こえてきました。
それは今までに聞いたどんな歌声よりも美しく、王子の耳を心地よくくすぐりました。
王子は顔を上げました。
どうやら声の主は、例の歌うたいの娘のようでした。
― ふふ、ふふふ。聞こえる?この声が、この歌が。 ―
春のイタズラ好きな風たちが、王子のもとまで娘の歌声を届けにやってきたのです。
風たちは、ふふふ、ふふふと王子のまわりをふわふわと漂います。
ドムとナナがはしゃいで声をかけます。
「やあ、そよ風さん!素敵な歌声をとどけてくれてありがとう!どうもありがとう!」
王子はとてもびっくりしました。
風の声が聞こえたことに。そして、ドムとナナが風に話しかけたことに。
だって王子は、今まで人間以外のものと話をしたことなんてなかったのですから。
王子は二人におずおずと聞いてみました。
「二人は風と話をすることができるのか?」
すると二人は声をそろえて陽気に言いました。
「あたりまえじゃない!そよ風さんとだって、てんとう虫さんとだって、みんなとお話できるよ!」
その答えに王子は目を白黒させておどろきました。
風が話をするなんて、てんとう虫が話をするなんて!そんな話はただの一度だって聞いたことがありませんでした。
「さあ、きみも話しかけてごらんよ。簡単なことさ。」
ドムが王子をうながします。
王子はとまどいながら、そよ風に向かって話しかけてみました。
「そ、そよ風さん。すてきな、歌声を・・・ありがとう。」
すると王子の周りの風がそよそよと優しくざわめいたかと思うと、こうお返事が返ってきました。
「いいえ。お礼を言われるほどではありません。あなたが毎日暗い顔をしていたから、私たちからのちょっとしたプレゼントです。ふふふ。」
そうして春のそよ風たちはざあっと原っぱの草たちをゆらして遠くに去って行きました。
王子はいつまでも去っていくそよ風たちを見ていました。
自分はここでたんぽぽになってから一体何をしていたのだろう。何てもったいないことをしていたのだろう。
周りはこんなにもすてきな話相手であふれていたのに。
顔をあげれば、元気なドムとナナの顔がありました。
たくさんのたんぽぽたちがいました。たくさんのてんとう虫やちょうちょうたちが飛んでいました。
そして頭の上には優しく光をふりそそぐ太陽がいました。
王子の周りは、もうずっと前からたくさんの陽気で美しい仲間たちであふれていたのです。
王子はようやくそのことに気がつくことができたのでした。