その97
あれ、絶対なにかやらかす気だ。そんな目だ。でもこんな公衆の面前でなにを言い出すのか。
この人の不可解な行動は今に始まったことじゃないけど、読めなさすぎて不気味だ。
「なんだ、緑弦」
「実は、今朝間違えて引き受けた仕事で堕神の情報を入手したんです」
一旦静まったかと思えば、再びざわついた。
「……情報とは?」
「そこに写ってる妖怪が陽蘭、その隣に写ってる無表情な男が戯真という名前です。そしてその二人の間には子供がいるようです。現在行方不明とのことですが……」
驚愕に満ちた顔、呆気にとられた顔、頭に疑問符を浮かべる顔、皆様々だ。そんな中、父様と朝霧さんだけが冷静に話を聞いていた。
「何故たかが任務でそのような情報を得れるのですか?」
朝霧さんの質問にも微笑で答える。
「私が受けた任務は賢陽鬼の群れの討伐です。隣町の廃墟ビルでちょっと色々ありまして、賢陽鬼はそいつらの部下という情報も得ました」
「………なるほど」
情報を引き出した=なにかやらかしたとは直結しないらしく、一回頷いて納得顔になる。
この人外面だけは良いからな。禁術ホイホイ使ってるなんて夢にも思ってないだろう。
「やつらはその者達を人と妖怪の頂点に立つ者だと言ってました。それはすなわち人を創った者であり、妖怪に近しい神秘的な存在だと私は睨んでます。そしてそれが真の場合、無闇に討伐するのは得策ではないと判断します」
確かにそうだ。神かもしれない者を討伐すれば神の反感を買いかねない。堕神だとしても神だとしても、自分より高位の者を討伐するのに変わりはない。
それをわかってるからか、渋い顔で俯く朝霧さん。
その隣にいる父様も同じくらい厳しい表情をつくってたが、やがて口を開いた。
「神を討伐するのは避けたい。だが人に害を為す輩なら、放置もできん。どうするべきか判断に悩むな……」
「確かに……ですが、神という確証もありません。少し力の強いだけの妖怪ということも考えられます」
「朝霧、人と妖怪の頂点に立つ者が力の強いだけの妖怪ではないことくらい分かってるだろ」
「ぅ………はい」
「剛結様」
再び緑弦さんが父様に言葉を募る。
「では、様子見ってことでいかがでしょう?」
下手に討伐せずに、かといっておめおめと放置するのではなく、間をとって監視か。
討伐系の任務が最優先される南雲ではあまり好ましくないやり口だが、この場合は多分……
「……そうだな。ひとまず監視対象として様子を見て、害がありそうなら討伐。これで決定だ」
やはり、緑弦さんの提案をのむ以外の方法はとれないよな。下手すれば南雲の地位どころか存在そのものが危うくなるんだから。
だが父様の決定に逆らう者が数名いた。
「待って下さい剛結様!私は反対です!それほど強い輩が存在しているのなら脅威になりかねない!出所を探り、すぐにでも討伐した方が良いです!」
「そうですよ!のんきに様子見だなんて、それこそ逃がしちゃいますよ!」
この人達は妖怪討伐の任務しかできない、諜報などには向かない無能な陰陽師だ。おそらく討伐以外の仕事になれば自分達はできることがないと踏んでの反対だろうが、そんなことで決定は覆らない。
反対の意を示した者を威圧する父様。ただならぬ威圧感に正座しながらも背筋を仰け反らせる。
冷や汗が一滴畳に落ちると同時に威厳のある父様の重い声が響いた。
「黙れ。決定は覆らん。人と妖怪の頂点に立つ者どもを監視対象とし、害のない神なら手を引く。だが害ある神なら討伐も視野に入れる。反対は認めん」
父様の威圧に気圧されて頭を垂れる者が続出し、一番最後に正座していた僕も緑弦さんもそれにならう。
南雲の当主に逆らう者には容赦ない。
皆、父様を恐れて意見をすることすらままならない。僕も………
――――――――――――――――
父様が会合を無理矢理終わらせ、皆がぞろぞろと任務に向かっているのを視界に入れつつ、ため息を吐いた。
緑弦さんと任務に行ったりしなければ、すぐにでも帰りの電車に乗ったのに。
「おや?清流様、警察の事情聴取に向かいましょーよ」
出入り口の襖のすぐ近くに座る僕に緑弦さんが声をかける。飄々とした態度にはもう騙されないぞ。
「……では、行きましょうか」
「そのあとすぐに学園に戻るんですよね?寂しくなるなー」
「すぐに学園に戻りますよ……あなたに聞きたいことを聞いてからね」
少し強い口調で言うと、いかにもキョトンとした顔でこちらを見つめる。
「聞きたいこと?はて、なんでしょう?」
「とぼけないで下さい!」
任務に赴いて誰もいなくなった部屋で声を荒げてしまったが、廊下にも人はいなかったため幸い誰にも聞かれることはなかった。
「………清流様はいっつも怖い顔ですね。そんなんじゃ女の子に嫌われますよ?」
「茶化さないで下さい。それに嫌われるのには慣れてますから」
「えっ……マジですか」
大まじです。学園の嫌われもの代表という噂をこの耳で聞いてしまったので。なんて口走りそうになったのをぐっと堪える。
緑弦さんの憐れみの眼差しを受け流し、直球で疑問を言葉にした。
「緑弦さんは、何者なんですか」
その問いかけに本気で?が頭に浮かぶ緑弦さん。彼がなにか言う前にこちらが畳み掛けた。
「会合が終わり次第すぐ学園に戻るなんて、僕は一言も言わなかった。賢陽鬼を探知するとき、気を集中させるのではなく目を凝らして見てただけだった。その他にも不可思議なことばかり……あなたはいったいなんなんですか?」
嘘をつかれないように毅然と、真面目に、切実に質問する。その甲斐あってか、ふぅ、と小さなため息を漏らして両手を組んだ。
「その目は反則です。……嘘、つけないじゃないですか」
いつものいけすかない微笑に変わりないはずなのに、少しだけ暖かみを帯びたように見えた。
やっぱり嘘つく気だったのか。油断も隙もない。
だが、少しは真面目に答える気になってくれたようだ。いつもは光の宿らない瞳に微かに光が宿ったのを見てそう思った。
「でも、俺もあんまり自分の手の内は明かしたくないんでね。ヒントしか言いませんよ」
人差し指を唇に押し付けて内緒にしろという意味ありの視線を投げてきた。こくりと頷き、緑弦さんの出方を見る。
誰にでも秘密のひとつやふたつはある。けど、緑弦さんの不可思議な行動ひとつひとつが不気味すぎて、少しでも理解できてないとこの先この不安は拭えそうにないからな。
ヒントだけでも知ってこの不安を拭えないとまた緑弦さんと任務に行ったときに支障が出かねない。
そしてようやく口を割った。
「俺、目と耳がすごーく良いんです」
…………は?
ぽかんと呆けてる僕にいたずらっ子のような意地の悪い笑みを見せて「これ以上はタブーですよ」と言われたため何も聞けなかったが、なんか……
「……中途半端に謎が深まっただけな気がする」
誰にも聞こえない小さな声で呟いた僕なんか視界に入れず、さっさと警察の車に乗り込む緑弦さんに続いて玄関に向かう。
目が良いってことは視力が2以上ってことか?耳が良いってことは地獄耳か?……緑弦さんなら有り得るな。でもなんかそうじゃない気もするし……
パトカーの中で緑弦さんと一緒に署まで同行してる道中、どこか楽しんでるような目でじっとこちらを見る不思議好青年(仮)を無視して思考の渦にのまれていく。
「また任務手伝って下さいねー」
「ああ、はい………」
そもそもこの人が任務手伝えなんて言わなきゃこんな事態にはならなかったのに。
「人のせいにしちゃダメですよー」
実際そうだっただろ。僕がいた意味なんてないくらい一人でちゃんと……
「あれにもちゃんと理由があるんですよー」
どんな理由だか………………ん!?
しゅばっと緑弦さんの方を向く。
……今僕、口に出して言ってないよな?心の中で答えただけだよな?なのに、なんで……
にっこり満面の笑みで人差し指を唇に持っていくと、
「ナイショですよ」
優しい悪魔が囁いた。




