その96
「……一緒に任務に行ったのか」
「はい。私が間違って受けた賢陽鬼の群れの討伐を手伝って頂きました」
一緒に任務に行ったことに対して渋い表情になった父様だが、緑弦さんの言葉に納得したようで首を縦に振って頷いた。
僕、なにもしてないし。緑弦さんの意味不明な行動に振り回されただけだし。
「それはそうと、もう会合の時間だぞ。早く部屋に入れ」
さっと周りを見てみると、会合が行われる部屋のすぐ近くだとわかった。こんなところまで歩いていたのか。全然気が付かなかった。どっちにしろもう会合の時間だし、はち会ってもおかしくないか。
部屋に入れば否応なしに視線が集まる。
妬ましい者に向ける嫌悪、実力と地位が分不相応な者への嘲笑。僕に向けられる視線は決まってこのふたつだ。
この視線にももう慣れた。
「これより、南雲家総会合を行う」
現当主のこの一声で視線は僕と緑弦さんから外れ、現当主しか座ることを許されない高級な座布団に腰を降ろす父様に向けられる。
僕らも席につき、会合の用意が整ったところでどこからか現当主に物申した者がいた。
「剛結様。本日はどのような会合で皆を集められたのでしょう。この時期は会合などなくとも仕事は滞りなく行えます。理由をお聞かせ願えますか?」
現当主に説明を求める男性に父様が鋭い眼光で一瞥した。
「………今、それを話すところだ。時間を無駄に浪費する発言は控えなさい」
「し、失礼しました!」
怒気を含んだ父様の言葉に男性は畏縮しつつも謝罪する。
そしてさっそく本題に入った。
「私と朝霧と泉龍、そして緑弦の四人で秘密裏に調査していたある輩のことで皆に伝えねばならんことがある」
現当主とその秘書と次期当主候補二人。幹部は他にもいるはずなんだが、それだけ大事な話ということか。
おずおずと手を挙げて質問の体勢になる人が数名いた。
「その輩とは……?」
「秘密裏に調査されたということは、それほど危険なやつらなのでしょうか?」
「……人と、妖怪。そのどちらも凌ぐ強い者達だ。私でも手が出せぬほどのな」
当主の言葉に辺りはざわついた。
現当主よりも強い妖怪。そんなものに出くわしたことなどないが、明らかにヤバイ存在だ。だから討伐などではなく秘密裏に調査して様子を伺っていたのか。
「そんな……剛結様でも討伐できない妖怪がいるなんて……」
「大丈夫か?そんなヤバイやつ相手にして」
「静まれ!話は終わってない!」
ざわざわしだした周りの者を静める父様。再び沈黙がこの場を支配する。
「朝霧。例のやつを頼む」
「はい」
父様の傍らに座る朝霧さんがスッと立ち上がり、ボードを移動させてきた。
そこにいくつかの写真が張り出され、その中にはあの化け物夫婦の姿も写っていた。緑弦さんが会合に関わってるとかなんとか言ってたのでそれには然程驚かない。だが、本当に会合の内容が化け物夫婦を含む事柄だとは。
前もって情報を得ていたのだろうから不思議じゃないが、まだなにか引っ掛かる。チラッと横目に緑弦さんを見るも視線が交錯することはなかった。
ペンでサラッとなにかを書いていく朝霧さん。書き終わったのか、手を止めてこちらを振り向く。
そこには化け物夫婦を含め、堕神と大きく書かれた文字の下に沢山の見た目人間に見えないでもない妖怪達が写真に納まっていた。
「この者達は、元は妖怪ではありません」
朝霧さんの振り向きざまのその言葉に驚愕せざるを得ない。他の者も然り。
ボードに書き込まれた『堕神』という見たこともない文字に僕の視線は釘付けになっていた。
「本来なら、敬意をはらうべき存在だった者。はるか昔にその位を捨て、あるいは剥奪され、妖怪に堕ちてしまった者。堕神……いや、神だった妖怪と言えば分かりやすいか」
父様が発する一言一言が耳に残る。
あの化け物夫婦が、元は神だった?
信じられない。
「しかし、元が神だと知ったのはついこないだだ。それまで私達は、討伐すべき忌々しい妖怪だとしか認識していなかった。だが南雲の傘下に入ってる一族の者が次々と葬られていって、慎重に行動するほかなかった」
廃墟ビルで見たあの映像に出ていた陰陽師は、まさか傘下の陰陽師だったのか?……次々と無惨に葬られたあの陰陽師達が、仲間だった?
もしそうじゃなかったとしても、果てしなく強いことに変わりはない。
「だが堕神だと知った以上、そこらの妖怪同様ただ討伐すれば良いというだけの問題ではなくなった。相手は元は神。私達の遥か上を行く者だ。そんなやつらを討伐できるのか、できたとしてもその後神に咎められはしないか。色々考えた結果、お前達の意見を聞こうとこうして会合で発表した」
父様の重く低い声が部屋の隅から隅まで行き渡る。やけに声が大きく聞こえたのは、周りが不気味なほど静かだからだろうか。
それほど動揺しているということだ。神が位を剥奪され、妖怪に成り下がったことも。完璧&秘密主義な父様が一族の者に意見を求めることも。
顔を見合わせ、動揺を露にする者達もいれば僕のように無表情で様子を伺う者もいる。それを見て、父様は軽く咳払いした。
「驚くのも無理はない。皆に意見を求めることなどないに等しいからな。だが、分かってほしい。それほど事態は深刻なのだ」
真剣さを帯びた瞳に射抜かれ、さらに畏縮する者多数。
僕も意見は特にない。
というより、神の位を剥奪されたのならもう神ではなくただの妖怪なんだから討伐対象で良いじゃないか。討伐するのはかなり難しいが。
そして僕自身、前回取り逃がしたため今度こそ討伐してやる、と密かに心に誓っている。
恐る恐る手を挙げて意見を述べる者がちらほらいた。いずれも討伐した方が良いという内容。話は決まりだな……
化け物夫婦を討伐するのになんら支障はない。手間取るだろうが、油断しなければいける。
学園の敷地内に現れた妖怪の話が会合で出てきたのは少しびっくりしたが、今回は意外と早く終わるかな。
……なんて思わなきゃ良かった。
「私も意見をよろしいでしょうか?」
怪しげな眼差しを一瞬僕に向け、そして父様に視線を移す人がいた。案の定、緑弦さんだった。




