その95
「おいおい、こりゃどーなってんだ……?」
「酷い有り様だな……」
緑弦さんが術で出した氷の破片が散乱し、賢陽鬼の血があちこちに垂れているのを見た二人の警官が苦渋の表情を浮かべる。
中年のふくよかな警官が他の警官と連絡してる間に青年の警官が僕達の存在に気づき、こちらに駆け寄ってきた。
「君達、ここで何があったんだい?……て、君!銃刀法違反だぞ!」
僕の愛刀を視界に入れた瞬間険しい目付きになる青年の警官だが、緑弦さんがきちんと補正してくれた。
「俺らは南雲流陰陽師ですよ。妖怪討伐に来たんです」
「陰陽師でしたか……失礼」
身分を明かせば手のひら返すように態度を改める青年の警官。
「しかし街中で妖怪が現れるとは……」
「びっくりしましたよー。こんな場所で妖怪の群れが現れるなんて」
「むっ……群れ!?」
本当なら僕は刀を所持してるため連行されるはずだが、それは絶対ない。何故なら、僕達は陰陽師だから。
陰陽師はこの国では重宝されてる。
妖怪が見える人が国の約80%を締めている中で、陰陽師は30%にも満たない。見えるけど、異形な者に対抗できるだけの力がない者が多い。妖怪討伐できる者が少ないんだから必然的に妖怪は一向に減らない。
そこで国がとった苦肉の策が、対妖怪用条例だ。
ここ数年のうちにできたため国民にあまり馴染みはないが、妖怪に関する条例で、陰陽師がどんなときにどんな場所で討伐しても法に引っ掛からないもの。
武器を所持するのが特例で認められ、陰陽師の仕事を速やかに遂行できる非常に有り難い条例だ。
その条例のおかげで陰陽師にのみ武器の所持を赦されているので、こうして平然と刀を身に付けていても咎められない。
もちろん、中には陰陽師を名乗る不届き者もいるため厳重な審査もあるのだが武器を使う陰陽師が多いからか一度審査を済ませればあとは名乗るだけでOKだ。厳しいのか緩いのかイマイチ分からない条例だ。
「すみません、もうすぐ本家で会合があるので後片付けをお願いしても良いですか?」
「ええ、ここからは我々にお任せ下さい。のちほど事情聴取があるんですが……」
「会合のあとならいつでも良いですよ。ただ、連れは学生でして。会合が終わったらすぐ寮に戻る予定だったので、その子を優先して下さい」
「分かりました。では何時ごろにご自宅に向かえば良いでしょうか?」
「ああ、それじゃあ……」
この会話を聞くと分かるだろう。陰陽師が特別ってことが。
一般人ならすぐに事情聴取されるはずなのに陰陽師というだけでこの扱われよう。イヤではないが、なんか……少し違和感を覚える。
それとは別に、喉の奥になにかがつっかえているような、変な感覚が身体に残ってる。何か、大事なことを見落としているような……
「んじゃ清流様。いきましょーか」
「……はい」
緑弦さんに呼ばれ、心のもやもやを無理矢理取り払った。
警官に見送られながら地下から一階に上がる。その途中で地下に向かう警官数人とすれ違った。なんだか慌てた様子だったので僕達に気づかずスルーしていった。
「おい、妖怪がひと暴れしたらしいぞ」
「聞いた聞いた!しかも群れって……とうとう街にまで被害が出るかもな、こりゃ」
「女性数人が落ちてきた窓ガラスで怪我したんだ。充分被害を被ってるよ」
「でもおっかしーな。暴れたのは地下だろ?なんで3階の窓が割れたんだ?」
「さあ……?妖怪がいたんじゃないか?」
犯人は僕の隣で涼しい顔して階段を上るこの人です。と言ってやりたい。
警官のヒソヒソ話が耳に入ってるのかいないのか、笑顔がいっそう嘘臭いものになる。
「さーて、会合楽しみだナー」
わざとらしくそう言う緑弦さんは、今にもスキップでもしそうなほどに愉快に口元を歪めていて、見てるこっちがイラッとした。
―――――――――――――――
南雲本家に帰って来た僕達は使用人に迎えられ、いつものごとく素通りする。中には僕と緑弦さんが二人並んで廊下を歩いているのを見て少々戸惑っていた者もいたが仕方ない。滅多にない組み合わせだからな。
静かに廊下を歩く僕達の周りに誰も人がいないことを確認し、緑弦さんより前に出て振り返った。
「いい加減教えて下さい、緑弦さん」
きっとまたはぐらかされると諦めつつも聞かずにはいられなかった。
誤魔化すのが上手なこの人のことだ。どれが嘘でどれが真実かはかりかねる。そもそも真実を述べてくれるかも分からないくらいの嘘つき野郎だと薄々感じている。
けど、今日一緒に仕事をして謎が一気に増えた。
その中で最も気になってることがこれだ。
「妖怪を生かして利用すると言いましたよね。……どうせはぐらかされるって分かってるので、何故討伐しなかったのかはもう何も聞きません。けど、これだけは答えて下さい。生かした妖怪をどう利用するんですか?」
この人は討伐せず、逆に逃がした。
逃がすことで利用価値が見いだせるのなら、それが何か知りたい。
いつになく真剣な顔で緑弦さんを見つめる。だがキョトンとした顔はみるみるうちに例の如く嘘臭い笑顔に変貌した。ああ、またはぐらかされるのか。そう諦めかけたが、緑弦さんの口からは予想に反して真面目さを含んだ言葉が出てきた。
「賢陽鬼が仕えてる妖怪をおびき出せたら良いかな、くらいのもんですよ。利用価値があるのは。もしその妖怪が部下が人間から逃げ仰せたことに怒って殺しちゃったら何にもならないですけど、お優しい妖怪だったら仇討ちだなんだと人里に降りてきますからね。そこを狙って仕留めれば………」
「だっ、駄目です!!」
珍しくはぐらかさないで話してくれたのに水を射してしまった。
賢陽鬼が仕えてる妖怪、即ち、奥ヶ咲 雪が戦いに破れ、僕が珍しく逃してしまったあの妖怪夫婦を討伐すると言ってるのだ、この人は。
無茶にも程がある。
力では僕と同じくらいか、それ以下の緑弦さんが敵う相手じゃない。
「あいつは強い!緑弦さんはあいつの力を知らないから……っ」
そこまで口走ってハッとする。
しまった。このことは父様にも知らせてない。奥ヶ咲家の嫡男と一瞬でも関わったと知られたらお叱りは免れないからと黙っていたのに。
だが聞かなかったことにしてくれる訳もなく、目の色を変えて今度は僕が質問された。
「へー……あのヨーランとかいうやつと会ったことがあるんですか?だから様子が少しおかしかったのか……」
「学園の森で、少し……対峙しました。ですが取り逃がしてしまって、今どこにいるかは……」
「え?取り逃がした?清流様が?」
「…………はい」
「うわぁ……俺じゃ手も足も出ないですねー」
次期当主候補筆頭の緑弦さんと同等の力を持つ僕が取り逃がした。それだけでかなりの騒ぎになるに違いない。なので緑弦さんには黙っていてほしいのだが、イマイチ信用できない。言いふらすような軽率な行動は取らないと思うが、絶対言わないという保証もない。
南雲の家で信用できる者なんて一人もいない。
「だから、討伐するのは慎重にしないとこっちがやられますよ」
「承知しました。しばらくは様子見ってことで……」
まあ、言いふらされたらそのとき対処すれば良いか。
思考放棄という名の逃げ道を作ってこの話を切り上げようとした、そのときだった。
「会合の時間だぞ。何をしている」
重くて威厳のある威圧感が半端ない低い声が僕達のいる廊下に響いた。
ああ……挨拶と会合以外では顔を合わせたくなかったな。
深く頭を下げ、僕に対するからかうような態度ではなくきちんと目上の者に対する態度に豹変した緑弦さんが隣にいた。
「失礼しました、剛結様。ただいま任務から帰還致しました」
あのときの光の宿った瞳はどこへやら。いつもの見慣れた死んだような目を僕の父であり現当主の南雲 剛結に向けた。




