その93
「ねぇ、君達はさ、俺らと同じでヨーランサマに助けられたから部下になったの?」
「いきなりなんだ?………俺達は古くからあの方々に仕えている。人と妖怪の頂点に立つ、あの方々に」
人と妖怪の頂点に立つ……?そんな妖怪がいるのか?
「俺達を呼んで下さることは些細なことばかりで常に冷酷だが反面、お優しい。部下を労って色々と良くして下さる。だから我々はこの命果てるまでお仕えすると心に誓ったのだ」
キラキラと目を輝かせる賢陽鬼を見た緑弦さんの表情が僅かに歪んだが数秒でいつもの微笑を張り付かせた。
「ヨーランサマの部下ってこの会議に出席してるひと達だけなの?」
「……陽蘭様の部下はこれで全員だ」
「へー少ないんだねぇ。じゃあさ、人と妖怪の頂点に立つひとたちって何人いて、どこにいるの?」
「………」
周りから雑談混じりの声が消え、かわりに薄くなってきつつあった警戒心が強く表に出ている。
しばしの沈黙の後、ゆっくり立ち上がって半歩下がる仏頂面賢陽鬼。その顔は眉間に深くシワを寄せた厳ついものだった。
「なぜ新参者にそんなことを教えねばならん。知りたくば陽蘭様に聞けば良いだろう。……何かおかしいな」
瞳の鋭さは増す一方。情報を聞き出す体勢の緑弦さんを怪しく思っているようだ。
確かに人と妖怪の頂点に立つ妖怪は気にならないでもないが、討伐対象が増えるだけだ。そんなものの情報を集めて何になる。
緑弦さんの真意が掴めず動くに動けない状態が続く中、緑弦さんの妖気が僅かに揺らいだ。この場の温度がほんの少しだけ下がるが、賢陽鬼達はそのことに気づいてない。
「人と妖怪の頂点に立つその方達に興味が湧いたからさ。聞けるときに聞こうと思って」
それっぽいことを言っても相手は人並みに賢い妖怪。一度疑えば信頼を築くのは難しい。というか相手からしてみればいきなりわけの分からない連中が会議に乱入し質問を繰り出してくる怪しい者なのだから信頼を築けるはずもないんだが。
陽蘭とかいう女の部下と言った以上斬って捨てる訳にもいかず保留ってとこだろう。聞く限り重要そうな話も耳にしてるし、素性がバレればまず間違いなく殺られるな。殺られない自信はあるが。
周りの者も席を立ち、壁に凭れて笑顔を絶やさない一見爽やかな青年を射抜かんばかりに睨みつける。
そんでもって僕は完全に空気と化している。誰も見向きもしない。……いいよ。もう。空気扱いに慣れる努力するから。
「新参者が生意気な……貴様、本当に陽蘭様の部下か?あとで聞けば良いと思っていたが、気が変わった。仲間だという証拠を見せろ」
ついにはそんなことまで言われてしまった。証拠なんてあるわけないだろ。
こんな状況でどう誤魔化すんだ?と思いつつ状況を見守るも、緑弦さんは全く動じずにっこり微笑むだけ。……殴りたい。顔面を。あの微笑を称えるいけすかない面を滅茶苦茶に潰したい。
少しの殺意とともに危うく微かに手が動きだしたとき、緑弦さんの瞳がゆっくりと開かれる。
表情は笑顔を張り付かせたままなのに、何故か身体が動かなくなるくらいの強い眼光を放っていた。いつも瞳の奥に宿る真意が掴めない死んだような目だったのに、そのときだけは獲物を逃さない野獣の如く鋭く光を宿していた。
「……うーん、当たらずも遠からずってとこか」
ぼそりと呟いた言葉の意味を理解できないまま緑弦さんは次の行動に出た。
緑弦さんの身に纏う妖気がゆらめき、少しだけ下がった温度が急激に下がっていくのを肌で感じた。賢陽鬼達もそれに気づき、狼狽える。
「なっ……なんだこの寒さは!?」
「貴様、何をした!……はっくしゅっ」
凍死するんじゃないかってくらい温度が下がると、いきなり妖気が爆散し、みるみるうちに凍っていき、氷の部屋へと変貌した。
「本当はもーちょい情報引き出したかったけど、難しそうだからねー。時間も惜しいし、そろそろお暇させてもらおうかな」
滅多にない光の宿る瞳を真っ直ぐ賢陽鬼に向け、例のごとく微笑を浮かべてる緑弦さん。何故かその微笑が氷の国に住まう者の冷徹な微笑みに見えた。
「くっ……!やはり部外者だったか!」
「皆の者!構えろっ!」
その合図を皮切りに、小刀や銃などの武器を出す者や生身で攻撃を仕掛けようと構える者が一斉に緑弦さんを囲んだ。
賢陽鬼達は今人に化けている。万が一人に見られても良いようにスーツを着ているのだろう。端から見て普通のサラリーマンにしか見えない出で立ちだ。
そんな奴等が武器を構えててもあまり様にならないのだが、緑弦さんの妖気に負けず劣らず張り合うように妖気が高まっていくものだから、思わずこちらが身構えてしまう。
だが僕や賢陽鬼の反応なんかお構い無しに賢陽鬼との間合いを詰める。
賢陽鬼達の前まで行くと、パンッと両手を合わせて呪文のような言葉を並べる。そして次の瞬間、部屋のあらゆる場所から氷の柱が突き出てきた。
「こんなもの……っ!」
逃げられないよう工夫されてるのに気付いたのか慌てて氷の柱が突き出るところから脱出しようとする賢陽鬼がちらほらいたが、些細な傷すらつけられないようだ。
「無駄だよ。どんなに足掻いても抜け出せない、氷の地獄だからね」
冷徹な笑みを浮かべる緑弦さん。抜け出せないだけなら地獄でもなんでもない気が……
そこで思考が一時停止する。
一本一本の氷の柱からさらに細かな棘が延びていき、次々と賢陽鬼の身体を貫いた。
「ヴッ……!」
「ひぁっ……!?な、なにこれ!!」
器用に避ける賢陽鬼も少しばかりいたが、大半は串刺しにされて身動きできなくなった。
なるほど。地獄と呼ぶに相応しい光景だ。
「清流様」
と、そこで唐突に名を呼ばれぴくりと反応した。
傍観してないで手伝え、と言いたいのか。まあ、もう討伐しても良さそうだし、さっさと終わらせてしまおう……と、凭れていた体勢を崩して刀に手をかけたそのとき、緑弦さんが再び口を開いた。
「よく見てて下さいね」
「…………は?」
つまり、手を出すなと言いたいのか。
僕を連れてきた理由は確か一人では荷が重いから手伝ってほしいといったものだ。矛盾している。
いったい何がしたいのか。
怒りと呆れと困惑の眼差しを向けるも取り合ってくれなかった。
冷徹な瞳。残酷な微笑。
無惨にもその身を貫く氷の刃を瞳に映した。
仏頂面賢陽鬼、その他数人はまだ無傷だが、10数人は身体を貫く箇所から鮮血が舞っていた。氷の柱が少しずつ赤みを帯びていく。
緑弦さんは上着の内ポケットから見たこともない符を取り出した。
「我が身を映す鋭利な刃。毒を以て邪を制す」
聞いたことのない次の詠唱は、信じられない光景を生み出した。
「乱れ咲け。爆散華」
水色がかった半透明な部分と賢陽鬼の血に染まった赤い部分がある氷の柱が、紫に変色していった。
氷の柱の根元、つまり天井や床から徐々に紫色になっていき、先端までたどり着くにはそう時間はかからなかった。そして賢陽鬼の身体を貫く部分まで変色していくと、耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が地下全体を木霊した。
そして紫色から漆黒へと変わった瞬間。
パキン、という氷が割れたような音とともに、身体を貫き血が舞った賢陽鬼達の姿が、ガラスを叩き割ったようなヒビを身体に刻み、パリ……ン、とあっけなく散った。
「…………え……?」
間抜けな声を出してしまうのも仕方のないことだ。
だって、あんな術、南雲家の書庫にはなかったものだから。
全部の書庫を見たわけじゃない。だが今の術が南雲家のそれとは違うということは分かった。
緑弦さんがどうやってさっきの術を知ったのかは分からないが、明らかに禁術に近しいものだ。




