その91
身体中に張り付くような慣れない力に違和感しか感じない。
探知するだけで嫌悪感が沸き上がってくるものを自分が身に纏ってるなんて、不快でしかない。緑弦さんは平気なのか?
ふと緑弦さんの方を見るも、涼しげな顔は一切崩されていなかった。………いつかあのいけすかない仮面をひっぺがすことができればな。
「じゃ、行きましょう清流様」
「…………はい」
マンションの花壇からそっと出て、通行人をびっくりさせないよう自然に振る舞う。
僕と緑弦さんが隠れていたマンションのすぐ前にある信号を渡り、その先にある賢陽鬼の巣窟の廃墟ビルへと歩を進める。
禍々しい妖気を内から放つその建物に一歩入ると、己が今放っている妖気と混ざり、交錯するようなとてつもなく嫌な感覚に襲われた。
「…………やれやれ。いつになっても嫌な気分になりますね。さっさと終わらせますよ」
気のせいか、緑弦さんの表情が一瞬だけ嫌悪感で歪んだような。
「賢陽鬼は1階にはいないようですね。となると2階か3階か……」
このビルは3階建て。すぐに見つかるだろう。
受付嬢も誰もいないロビーを通り過ぎ、使えるのか怪しい扉にヒビの入ってるエレベーターの隣にある階段を使うことに。階段室と書かれたプレートを見上げながらドアノブを回した。
キィ……と開いた後、上に繋がる階段と下に繋がる階段が視界に入った。地下への階段もあったのか。
「気配がないので多分上にはいないでしょう。ということは地下ですね」
迷いなく地下に行く緑弦さんの後ろをついていくと段々近づいてきたからか気配を感じた。やがて緑弦さんが足を止め、僕もぴたりと止まり、そっと緑弦さんの視線の先を辿る。
そこには楕円形のテーブルの周りを囲むように椅子に座る賢陽鬼とおぼしき者達が何かの会議をしてるかのような真剣な面持ちで沈黙していた。
「何をしてるんでしょう……」
「見た目通りならただの会議ですよね。でも何について話し合ってるのか、ここからは分からないですね」
ヒソヒソと小声で話しかけると、緑弦さんは意を決したように前へと進み出た。
「ちょ、緑弦さ……っ」
「ねぇ、知り合いに言われてここに来たんだけど場所合ってる?」
微笑を崩さず声色を変えず、あくまでいつも通り平然と振る舞う緑弦さん。彼とそして僕に気づいた賢陽鬼達は険しい表情のうえに警戒心剥き出しとなって睨み付けてきた。
「我々以外にここに来ることは禁じたはずだ。速やかに森へ帰れ」
「あれぇ?賢陽鬼の重要会議があるの、ここじゃないの?」
「お前達は招かれてないだろう。ここはただの賢陽鬼が集う場ではない。あの方達に仕える身でもない者がこの会議に出席することは許さん」
仕える身?人間以外の他種族にあまり干渉しない賢陽鬼が、誰かに仕えてる?
緑弦さんは何かを企んでるような気味の悪い微笑を浮かべ、賢陽鬼の一睨みなどまるで相手にしないで言った。
「心外だなぁ。俺らもあの方に仕える身だよ?新人なだけ」
「何……?新人なら尚更何故この会議に……」
「社会勉強、ってやつですよ。あの方にここに行くよう言われたんです。妖怪になってまだ日の浅いお前達にはうってつけの会議があるって」
「……新米の妖怪か」
つらつらと嘘を並べる緑弦さん。
前世は狐だったに違いない。
賢陽鬼達は警戒心を弱め、椅子から浮かせた腰を再度椅子に戻した。
「……ふん。あとであの方に聞けば分かることだ。席はないからそこで会議に出席しろ」
どうやら緑弦さんの戦法はうまくいったらしい。警戒心はまだあるが、会議とやらに出席できるようだ。
「思わぬ乱入者のせいで中断したが、再開する」
またこちらを睨みつける、先程から緑弦さんに口答えしていた賢陽鬼。睨んでなくても日頃から仏頂面なのか、眉間にシワを寄せたまま話し出す。
しばらくぼんやりと聞いていたが、あまりこれといって南雲家の会合に関わりそうな重要な議題ではなかった。緑弦さんの勘違いなんじゃなかろうか。
時間も推してるし、さっさと片付けて帰りましょうと促そうとした……のだが、最後の議題になった瞬間その場の空気が一変した。緑弦さんが食い入るように見つめるその先では、ある映像が流れていた。それを目にした瞬間僕も凝視した。
漆黒の長い髪を揺らし、冷酷に微笑む妖艶な美女。その美女は躊躇いもなく目の前にいた男に術を使う。妖怪らしく残忍で、かつ美しくその命を散らす様を楽しんでいるかのように口角がゆっくりつり上がっていった。
その女は前にも見たもの。奥ヶ咲が大怪我をし、僕が取り逃がした化け物夫婦の女だった。
その女は命の灯火が消えた目の前の朽ちた人間には興味を失せ、周りを囲むほかの人間達に視線をやる。中にはいかにも陰陽師だと言わんばかりの格好のやつまでいて、陰陽師が女を討伐中の映像だというのは容易に想像できた。
だがその女は次々と陰陽師を葬っていく。術は多彩でもないのに、威力が凄まじいからだろうか。あの女が化け物なんだと、改めて感じた。
「陽蘭様を討伐せんとする忌々しい陰陽師達の資料だ。新米、陰陽師とはなんだと思う?」
陽蘭様……ああ、そうか。こいつら、あの女に仕えてるのか。妖怪間の主従もあるのか……初めて知った。
話題を振られた僕は一瞬戸惑ったが、よどむことなく言い切った。
「……敵でしかない」
そう。僕ら陰陽師が妖怪を敵としか見てないように、妖怪もまた僕らを敵と見なしているんだ。




