その89
清流メインのお話です。
〈清流side〉
ガタン、ガタン、と音が響く。
その音が響く中、満員だと見てとれる前の車両から気分が悪そうな女性が出てきた。だがこちらも程々に満員なためあまり改善されないだろう。
次の駅の名前がアナウンスで告げられ、席を立つ。次で降りなくてはいけない。
気分の悪そうな女性がちょうど近くを通ったため声をかけた。
「あの、僕は次で降りるので良かったら座って下さい」
「あ……すみません……ありがとうございます」
座ったことで少しだけ気分が良くなったようだ。
扉の近くまで行くのにも一苦労。久々の朝の満員電車に僕も気分が悪くなってきた。
香水や汗の臭いが鼻に突き刺さるたびに顔が歪むのを懸命にこらえる。
そしてようやく扉が開き、人混みに紛れて僕も電車から流れるように出た。
改札口を出て実家への道を行く。
歩を進めるごとに気分は沈むばかりだ。
今日は南雲家の大事な会合がある。
それに僕も出席するのだが……正直言って乗り気ではない。
「はぁ……」
会合があると父親に告げられてから何度目か知れない深いため息がもれる。
駅から実家までの距離はそう長くない。なのでもうついてしまった。
重々しい空気の漂うのいかにも和な、それっぽい雰囲気の実家。陰陽師や古くから栄える商業といった由緒正しいお家柄だと言わんばかりの門構え。ここに立つと沈んでいった気持ちも自然と引き締まる。
「…………よし、行くか」
いい加減腹を括らないとな。うだうだ言ってても会合に欠席できるわけじゃないんだから。
重い音を立てて開く扉の先に足を運ぶ。
「おかえりなさいませ、清流様」
着物を着た使用人が数人出迎えてくれた。いつものようにスッと手を振って制し、玄関に向かう。
そこでも使用人が並んでお辞儀をしてる。
これが南雲家の日常の風景。
重々しい雰囲気のこの家では落ち着ける場所なんてない。常に気を引き締めてないと、油断すると誹謗中傷の嵐だからな。
特に、若くして南雲家の中枢の次に強い力を持つのに次期当主と言われてない当主の一人息子である僕なんかは格好の餌食だ。話のネタにはもってこいなんだろう。
小さいころはそれなりに優しく接してくれた者も今では冷めた目で一瞥するのみの間柄となった。
当主の息子だからという理由で無条件に会合に出席できるから。
恵まれた才能があるから。
理由は様々だが、皆明らかに僕に嫉妬し、嫌煙している。
非常に居心地の悪いこの場所で落ち着ける場所があるなら見てみたいものだ。
会合が開かれるのは13時。
時間に遅れなければギリギリでも良いかとも思ったのだが、一族の中枢を担う人達への挨拶もしておかないと南雲家での立場が危ぶまれるからと、こんな早くに帰って来た。
まずは父様に挨拶しないと。
自分の部屋を通りすぎて最奥の部屋に向かう。
父様はいつもそこで仕事をしている。部屋から出るのはあまりない。
会合のときに会議室に行くか、強敵が現れたときに現場に赴くかのどちらかだ。後者はここ数年全くないが。
部屋の前で深呼吸し、意を決して入る。
「失礼します。南雲 清流、ただ今帰りました」
書簡が両脇にズラリと列び、その先に鎮座するひとつの影。
久々の息子との再会に表情を一ミリも変えない、父親の姿がそこにあった。
部屋に入った僕に気付き、開いていた分厚い本を読んでた目線を僕に向ける。
「清流、帰ったか。早かったな」
「はい。朝霧さん達に挨拶するために早く帰りました」
「そうか。それが済んだら任務に移れ」
「………はい」
仕事しか頭にないのも相変わらずだ。
父様の仕事部屋から退出して、今から任務に行くらしい人達に声をかけて挨拶していく。
挨拶といっても、帰って来たむねを伝えるだけだが。
淡々と応対する人達。それに僕も淡々と声を発する。南雲家では……というか、由緒ある陰陽師の家では当たり前の風景だ。
だが、挨拶回りの途中で嫌味なやつに出くわした。
「あれぇ?清流様じゃないですか。任務も行かずに何してるんです?」
この人も皆と同様着物だ。そして僕と同じ黒髪。ただこの人は僕と同じく長髪で後ろで縛っているが、ぱっつんだから見た目は真面目に見えなくもない。
………が。僕はこの人が一族の中で一番苦手だ。
いけすかない意味深な笑みを常に張り付かせ、据わってるというより光が宿らない死んでる瞳を僕に向ける。
僕を見てるんじゃなく、遠くを見てるのとも違う、何者も映さないようなその瞳が苦手なんだ。
「……挨拶回りしていただけです。もう終わるので任務にいきます」
「ふーん。そうですか。俺もちょーど任務に行くんですよ。どうです?一緒に」
「お気持ちだけで結構です。自分の請け負う仕事を他の人と一緒にやると父様に叱られますよ、緑弦さん」
「その呼び方止めて下さいってば。なんか仰々しいんですよ。緑で良いです」
ケラケラと笑う緑弦さんだが、やはり目が笑ってない。
他の人みたくこそこそと嫌味を言うわけでも、真っ向から言葉をぶつけるわけでもない。意味深な笑みを形作り、普通に接してくる。多少の嫌味を言われることはあるが、嫌悪感や嘲笑は全くない。
思考が読めないから対応に困る。
「ところで清流様、あの依頼請けてます?」
「あの依頼、とは?」
質問の意図が理解できず聞き返せば、妖艶さを漂わせて怪しく微笑んだ。
「やだなぁ。賢陽鬼の討伐依頼に決まってるじゃないですか」
「賢陽鬼討伐ですか……」
確かに、その依頼は時期関係なくいつでも舞い込む。僕が請け負ってる依頼の中にも賢陽鬼討伐依頼がある。
「賢陽鬼討伐依頼は帰って来たら必ずといっていいほどあるでしょう。それがどうかしましたか?」
「でも1匹だけですよね?」
「ええ、それが何か?」
「実は間違って賢陽鬼の群れの討伐依頼を引き受けちゃったんですよ」
「なっ……群れ!?」
賢陽鬼の討伐はあまり簡単ではない。
賢陽鬼は色々と厄介で、出来る限り早急に事を済ませたいランキングぶっちぎり1位なのだが……それの群れなんて、更に面倒じゃないか。
なんだってこの人はそんな依頼を引き受けたんだ。
「剛結様にも怒られちゃったんですけど、一度引き受けといて断っちゃうのもアレだなーって思いまして……」
頭をがしがしと掻き、光の宿らない漆黒の瞳を僕の方に向けてにっこりと笑った。なんとも気味の悪い微笑。なにかを企んでるような、巻き込もうとしてるような。
それを見ただけで先の言葉が簡単に予想できた。
「俺一人じゃちょいと荷が重いんで、清流様に手伝ってほしいなーと思うんですけど……駄目ですかね?」
実力で僕が上回っていても、南雲家での地位は緑弦さんの方が上。なぜなら、僕と違って次期当主候補に上がってるから。
そんな人のおねがいを聞き入れない訳がない。
「………すぐ支度してきます」
渋々了承し、自室に保管してある戦闘用の符を取りに行く。
…………この家から解放されれば、こんな面倒事をやらされずに済むのに。




