その85
〈爽side〉
「………そこから先は、よく覚えてないや」
苦痛に歪んだ微笑みを浮かべて、それでも話してくれた静乃さんを真っ直ぐ見つめて聞き入っていた。
南雲……自分を責めてるから最強と謳われてる今でも力を欲しているのか?力は十分にあるのに、更に力を欲してしまうくらい、自分を責めてるのか?
純粋に力を求めるよりも、なんかそれは……すごくつらい。
当事者でもないのに俺まで泣きそうになってくる。
きっと轟木は何かを察して南雲を止めたんだ。
南雲に危機が迫るのを危惧して、自分が盾になったんだ。
本当の轟木を知らない俺でもなんとなく悟った。
轟木だって、南雲自身を責めてほしくて止めに入ったんじゃないだろうに。
どうしたらそれを伝えることができるのか。
「ねぇ、聞きたいんだけど、なんで俺にその話をしてくれたの?」
南雲が心を許してるからってさっき言ってたけど、俺と静乃さんは昨日初めて会ったのにそんなこと分かるかな?
昨日南雲がそんなことを言ったのか?でも静乃さんから逃げ切った南雲とずっと一緒にいたしなぁ。男子寮からは出ないとか言ってたし、そんな時間なかったはず。
静乃さんは数秒たっぷり俺をガン見した直後、先程の悲痛な面持ちとはうってかわって怪しくにんまりした。
「私の話したいことは今ので全部だから、それ以上は教えなーい」
「んなっ!?」
なにそれ!?余計気になるじゃん!
「だってぇ、私達知り会ったばっかりじゃなぁい。そんな相手にペラペラ言うのもねぇ?」
知り会ったばかりの相手にわりとデリケートな問題を赤裸々にするのはもっと駄目なんじゃ。
「それにそろそろキヨちゃんが起きる時間だからまた寮の前で待ち伏せしなきゃ!刀を構えたときのキヨちゃんのあの怯えた顔……たまらないわぁ!」
「静乃さん、鼻血出てる」
「あらいけない。キヨちゃんのことで興奮しちゃうとすぐ貧血になっちゃうのよね~」
もう駄目だこの子。南雲大好きかよ。南雲病かよ。もういっそ幼馴染みから婚約者に変わったら良いんじゃね?南雲が可哀想になるけどお似合いだよ。
「ひ、貧血にならないようにね……てかなんで南雲のことキヨちゃんって呼ぶの?」
「そぉれぇはぁ、南雲 清流→清ちゃん→キヨちゃん、てなったのぉ!私だけのあだ名よぉ。キヨちゃんを愛するが故よぉ」
「り、理屈が俺には理解しがたいんだけど」
「人を好きになったら理解できるわぁ。好きになったら一生自分のもとに置いておきたいって思うものよぉ」
重症だよ……南雲への愛が歪んでるよ……
んんっ、と咳払いして話を戻す静乃さん。
「とにかく、今ので轟木さんが人形って呼ばれる由縁と壊れた心を修復することが不可能ってことはわかったでしょ」
瞳に真剣さが戻り、俺もぐっと気を引き締めた。
確かに静乃さんの言う通りだ。妖怪の振るった刀のせいで轟木が人形と言われることになった。噂とは違う、真の理由を知れた。
けど、その刀がもたらした力は理解できないものだ。
轟木の心を丸ごと封じたのか、それとも消し去ってしまったのか。どちらにしても、刀でどうやって轟木の心に触れたのか。静乃さんの話を聞いて、分からないことが増えた。
でも、そもそもの話、何故静乃さんはそんな大事なことを俺に話してくれたのかな。
南雲が心を許してるから、だけじゃないよね。もっと別の大きな理由があるのかな。
思案顔で、でも視線はそらさずに真っ直ぐ静乃さんの瞳に重ねる。やがてそれも数秒で終わり、静乃さんがふいっと視線を外した。
表情を曇らせた静乃さんと再び瞳と瞳がぶつかるが、俺を見ているようでどこか遠くを見てるようだった。
「キヨちゃんは当時のことを覚えてないわ」
「え………?それはもしかして、ショックが大きすぎて記憶から抜け落ちてるってこと?」
「わからない。退院したキヨちゃんはあのときのことを完全に忘れ去っていたから。でも、ショックが大きかったのは確かだわ。キヨちゃんは優しいから……」
まるで花を慈しむような微笑みを浮かべて言うが次の瞬間には真剣さが戻っていた。
「キヨちゃんは当時のことを思い出したらきっとまた壊れちゃう。轟木さんと接触することで、あるいはそのキッカケをつくることで思い出す可能性があるのなら、私はその可能性を潰したい」
そこで一旦言葉を切り、再び口を開く。
「キヨちゃんとも轟木さんとも接するということは、あなたを通して二人が関わる確率が上がるということ。だから、キヨちゃんと仲良くするなら轟木さんとは距離を置いてほしいの」
静乃さんが危惧してることはなんとなく理解できた。
でもそれを考慮しても、考えすぎじゃ?って思う俺は楽観的なのかな。
でも心が空っぽになった轟木と記憶が抜け落ちてる南雲を除けば唯一あの場に居合わせた人物なんだもんな。懸念しちゃうのも分かる気がするよ。大切な人が壊れる瞬間は見たくないよな。
もし静乃さんの懸念が当たれば、俺だって嫌だしな。
「でもあのときはビビったわ~。扉が開いたと思ったら目の前に轟木さんがいるんだもの。思わずキヨちゃんの意識飛ばしちゃった」
静乃さんの言う“あのとき”が普通科に乗り込んできてたときのことを指してるのはすぐにわかった。てか意識飛ばしたのかよ。だから南雲静かだったのか。轟木の怪我を見た瞬間頭真っ白になったからあんまそっち見てなかったけど。
「でもさ、静乃さんがいない間に何回か食堂で轟木と会ってるよ」
正直にそう言えば今にも斬りかかってきそうな形相で睨まれた。
けど人間嫌いな神様のひと睨みよりもずっと優しいものだからか瞳に畏怖の感情がこもることは僅かもなかった。
「………キヨちゃんは、そのときどうしたの?」
「どうもしなかった」
あっけらかんと言い放つ俺を目を見開いて凝視する。
「…………うそ……」
「嘘じゃないよ。なんの反応も見せず、いつも通り俺と話してた」
信じられないとでも言いたげな驚愕の顔で右の掌を口元まで運ぶ。
「静乃さんの懸念ももっともだと思うよ。けどさ、轟木と会ったからって南雲がどうにかなる訳じゃない。だからと言って南雲が壊れれば良いとか思ってないけど、なるようになるよ」
お気楽すぎだと自分でも思う。何がキッカケで記憶が甦るかわからないこの状況でなんでこんな楽観的なのかな。
「南雲自身が大丈夫って思ったらそのときに思い出すよ、きっと。だから静乃さんももっと気ぃ抜いたら?」




