その82
〈爽side〉
朝、いつもより早くに起きた。
今日は土曜日なので昼まで寝ても良かったのだが同室者がそれを許さなかった。
「柳、起きろ!もう7時だぞ!」
扉を開けるや否や元気いっぱいに声を張り上げる奥ヶ咲。だが俺の頭はまだ半分眠っていた。
「んー…………まだ7時じゃん……今日土曜日でしょ?昼まで寝かせてよ……」
「何を言う。規則正しい生活を乱してはいけないだろう。さあ起きろ!」
結局昨日色んなこと考えちゃってろくに寝れなかったというのに……
いまだに睡魔が襲うのを見かねたのか、しいんと静まる。
ようやく夢の中にいける……と油断したのも束の間。
「起きろって……言ってるだろ!!」
どこから取り出したのか、馬鹿デカいハリセンを俺の頭に命中させた。
スパーーーン!!という爽快な音を放ち、嫌でも目が覚めた。
「いっ……てええええ!!いきなり何すんだよ!つーかどこから出したんだよ!?」
がばっと起き上がり奥ヶ咲を睨み付ければ、仁王立ちで据わった視線を向けられた。やべ、見た目が怖いから更に恐怖を感じる。
「自分の部屋から持ってきたに決まってるだろ。こんなもの常に身に付けてたら邪魔でしかない」
「足音聞こえなかったんだけど!?」
忍の才能あるんじゃね?
つーかハリセンでぶっ叩かれた衝撃で何を色々考えてたのか忘れちゃったじゃんか!もう大人しく起きるよ!起きれば良いんだろ!
「俺と同室であるからには規則正しく生活を送らせる。休日だからとダラダラさせないからな」
「ひぃっ!?わかったからハリセンしまえ!」
編入初日に奥ヶ咲怪我したから知らなかったけど、なんか白狐が厳しくなった版オカンじゃん!これで料理なんか出されたら「お母さーん」なんて言っちゃうよ。
「朝御飯も作っておいたから食べよう」
「お母さん………」
「…………あ"?」
めっちゃ目ぇ据わっとるがな。禁句ワードだったのか。気を付けよう。
パジャマから着替えてリビングに行けば、そこには二人分の朝御飯が用意されていた。
南雲もたまに作ってくれてたけど、奥ヶ咲の手料理は初めて食べるな。やっぱり根が真面目だから分量きちっと量る派なのかな。
「わー、俺の分も作ってくれたの?ありがとー!んじゃさっそく頂きまー………」
まああの南雲が料理できたんだし奥ヶ咲も難なくやってのけちゃうんだろうなー。俺も料理覚えた方が良いのかなー。とか思いつつテーブルの脇にある2つの椅子の片方に座り、箸を手に取ると目の前にあったソレが視界に入った瞬間背筋が凍った。
真ん中に置かれた中皿には辛うじて魚かなと判断できるけど焼きすぎたのか黒焦げになってる炭と化した物体。煮物とかを入れるような小さめな皿にはドロドロの色んな色が混ざった液体が入っており、味噌汁とおぼしきものは何の具を入れたのか何かの動物の手足が浮いている。
唯一ご飯粒のみ俺の見慣れてるものと一致したがこれはいったいどういうことか。
「久しぶりに作ったから少し失敗したが、焼き魚と肉じゃがだ」
「少し!?これが少し!?」
この液体肉じゃがなの!?肉じゃがって液体化する料理だっけ!?じゃがいもも肉も見当たんないんだけど!?あと味噌汁がすげぇ気持ち悪い!!手足が浮いてるし絶対口にしたくない!!
「ね、ねぇ、奥ヶ咲。この味噌汁、具何入れたの?」
恐る恐る聞いてしまうのは恐いもの知らずだからなのかなんなのか。
「食用ガエルと鮫の心臓だ」
聞いたら食欲失せてきた。
「実は実家から送られたものなんだが傷みはじめてな。だからいっぺんに調理してみたんだが、どうだ?」
いっぺんに調理すんなよ!そもそもなんでカエルなんだよ!なんで鮫なんだよ!!陰陽師の家では普通なのかよおおお!!
「どうだ、って言われても……」
く、食いたくねぇ。他のやつは見た目がアレなだけで味はだいたい想像できるから良いけど、味噌汁だけは食いたくねぇ。食ったら永久の眠りにつきそうでこえぇ。
ああでも奥ヶ咲のこのやりきったぜ的なドヤ顔を見たら断れない。そんな早く食べて感想聞かせてほしそうなキラキラした瞳を向けられて断れるわけがない。
「い、頂きます……」
漫画みたいに一口食べたら死線をさ迷うってな事態にはなんないよな?大丈夫だよな?とか思いつつまずは炭へと化した焼き魚に手を伸ばし、一口大に切って口に入れる。
うん、まあ、予想通りだわ。焦げた味というか炭の味しかしない。魚の面影ゼロだ。
次に肉じゃが風スープに口をつける。見事にイモの味しかしねぇ。肉じゃがじゃなくてイモスープだ。
そして問題の味噌汁の器を持ち上げた瞬間カエルだか鮫だかの眼球がちらりと浮いては沈んでいった。それも相まって口に運ぶのを躊躇い、ゆっくりとした動きが更に遅々として動かなくなった。
こ……これを飲めというのか。
手足と眼球の入った異常なブツを胃に入れろというのか。
ごくり……と、喉を鳴らす。
奥ヶ咲のあの目の輝きは間違いなく自分の作った料理を食べてくれてることの喜びを現してる。あとには引けない。
ある種の覚悟を決めてゆっくりと、ほんの少しだけ汁を啜る。
すると不思議なことに、俺が予想していたような死線をさ迷う究極の味とは全く縁のない、むしろ美味といって良いほどの味が口内に広がった。
「あ……意外においしい」
思わずぽつりと呟くと奥ヶ咲はぱあっと顔を綻ばせて嬉しそうに笑い、上機嫌に俺の座るとことは反対の椅子に座って食べ始めた。
なんだ、危惧してたのが馬鹿みたいだ。普通においしいじゃん。具を見ないようにすれば尚良い。失敗したっつってもどれも食べれないことはないから、奥ヶ咲もそれなりに料理上手いのかも……
と思った矢先。
ぐぎゅるるるるる…………
俺の腹が盛大に音を立てた。
明らかにお腹が空いた音じゃない。むしろ何かが下ってく感覚すらある。というか段々痛みが増してきた。なんだこれ!?何この現象!?
「うっ………気持ち悪い」
急激な吐き気にも襲われ、食事中だというのにすぐさまお手洗いに駆け込んだ。
かなりの時間を消耗したあとようやくお手洗いから出れた。ふと鏡に目をやったら俺の顔は青白かった。
なんなのアレ!?味噌汁飲んだ瞬間にあんなんアリかよ!腹痛と吐き気に見舞われたのなんて初めてなんだけど!?同時攻撃かよクソっ!!
白狐が作ってくれてた健康に配慮した食事と南雲の作ってくれたおいしい食事を思い出して二人に感謝しつつも絶対料理覚えよう。そして奥ヶ咲に台所に立たせないようにしようと心に固く誓った。
奥ヶ咲にはきちんと「自分で料理したいからこれからは作らなくて良いから」と言った。じゃないとまた有害物質編み出しそうだったからな。それは断固阻止せねば。
「おい、どこか行くのか?」
玄関で靴をはいてると奥ヶ咲が声をかけてきた。
「うん。人のいない場所でちょっと術の練習しようかと思ってさ。奥ヶ咲は妖怪討伐しないの?」
「しばらくはお休みだ。病み上がりだしな。術の練習って言ってもどこでする気だ?体育館や校庭なら許可をとればいつでも術の練習場所にできるぞ」
「えっ?そうなの!?いっつも南雲が結界張って妖怪討伐してた場所で練習してた」
あのときのことで反省して、もう今は普通に森に入って妖怪討伐してるけどね。あの結界はもちろん壊され、学園内に妖怪が現れることもなく、こないだバッタリ遭遇した学園長に窒息死させる気かってぐらい厚い抱擁をされて感謝の言葉を述べていた。学園長からすれば学園内に妖怪が現れる以上に脅威になることはないもんな。
話戻すけど、体育館とか校庭で術の練習できるなんて聞いてないんだけど。南雲一言も言ってなかったぞ?初めから言ってくれたら孤独を感じながら一人寂しく術の練習することもなかったのに。
「じゃ、じゃあ……体育館で練習してくる……」
苦笑混じりにそう言い残し、涼やかな顔で「行ってらっしゃい」と手を振る奥ヶ咲に同じく手を振り玄関の外に出た。
玄関を出てエレベーターに乗ると、そこには高築が乗っていた。
「おはよー高築!」
「……ああ、オハヨー」
「臨戦体勢とるのやめろよ!俺変質者じゃねーから!お願い信じて!」
高築には俺が変質者と激しく誤解されてる。近付くだけで臨戦体勢とられるくらい心の距離が開いてしまったようだ。この溝を埋めるにはどうすれば良いのか。
エレベーター内ではできるだけ距離をとったのか隅っこに移動して「入るなら入れ」と冷たい視線で言い放たれたが乗せてくれるようだ。良かった、追い出されなくて。そんなんなったらマジ泣きするとこだったわ。
「高築はどこ行くの?」
「学校。術の練習の許可とりに先に職員室行く」
どうやら多少の距離があれば会話はしてくれるそうだ。
会話してくれて嬉しいけどこの開ききった距離感が悲しい。とは言えず、必死に気持ちを押し殺して普通に会話する。
「へえ!俺も術の練習しようと思ってたんだ。土日は皆術の練習してんの?」
「はあ?当たり前だろ。土日しか自由に練習できないし。普通科の生徒は皆霊能科への移動を目標にしてんだから、少しでも多く勉強しようとしてんだよ」
やっぱりそうか。陰陽師になるために努力してんだな、皆。俺も負けてらんない。
「つーか今まで体育館にも校庭にもいなかったってことは術の練習してなかったんだろ?いきなり大丈夫か?」
「あ、それは大丈夫!一人で練習したり南雲に教えてもらったりしたから!」
「学園最強の陰陽師直々に教えてもらうとか羨ましすぎ。昨日のナイフ使いの美少女に切り刻まれれば良いのに」
「ひっでぇ!!クラスメートに言う台詞かよ!」
エレベーターが1階につくころにはそんな会話が繰り広げられていた。毎回思うけどこいつ人の心を抉る天才か。
だが残念だったな。もう慣れたわ!
例の如く受付の人に事情説明して男子寮から出たとたん、横から何か気配を感じて高築との会話を中断し、振り返る。
「やっほー!昨日ぶりねぇ」
そこには昨日普通科の校舎に乗り込んで南雲を追い詰めていた南雲の幼馴染みの静乃さんがいた。地べたに座り込んでニコニコしながら刀の手入れをしている。昨日の今日だからか刀を見た瞬間背筋がゾッとした。
「わー、美少女が刀磨ぐと妙に様になるなぁ」
「高築うるさい!お、おはよう静乃さん。なんで男子寮の前で刀の手入れしてるの?」
昨日の様子から考えて大方南雲がらみだとは思うけど一応聞いてみると、少し意外な答えが返ってきた。
「あれ、私名乗った覚えないんだけどなぁ……ああ、キヨちゃんが紹介したのね。実は部屋で刀磨いでたら同室の子が恐がっちゃってね。本当は人のいない場所でやろうかと思ってたんだけど、ちょっと用があって。あなたに」
「南雲ならまだ爆睡中だと思うよー……って俺?」
いきなりの指名に狼狽える俺を見てくすりと笑うと手入れしていた刀を鞘に納めてすっくと立ち上がった。
「ちょっとばかし君に興味が沸いたからねー。キヨちゃんのいない場所で二人きりで話したいなぁって思ったの」
花のように可愛く笑う静乃さんが放つ言葉に俺はただただびっくりするしかない。
南雲にしか興味ないとキッパリスッパリ言った昨日とはえらく違う。俺、静乃さんの興味を引くような行動とった覚えなんてないんだけど。
「え、何?昨日の今日で親密度上がっちゃった感じ?」
「間違ってもそれはないから安心して~。話っていうのは元霊能科の人形の件だから」
その言葉が頭に入った瞬間すっと冷静になった。
ああ、そういうことか。
傷だらけの轟木を保健室に引っ張っていったときに一瞬見えた静乃さんの意味ありげな瞳。
あれは、人形と呼ばれる轟木に普通に接していた俺に対する興味の視線だったんだ。
そうだと分かったとたんに落胆した。
「あんまり長い話じゃないから。それにあの子に普通に接する君には言っておいたほうが良いかと思ってね」
「………どういう意味?」
「それも含めて説明するから来て」
しばし迷ったが轟木の話なのでこくりと頷いた。高築には先に行っててと言い、南雲の幼馴染みの美少女についていった。
静乃さんについていった場所は意外なことに少し前まで南雲が討伐場所にしていた、今は俺がいつも術の練習に利用させてもらってる場所、霊能科の校舎横の雑草しかないところだった。
「ここならキヨちゃんが常にいたから人は寄り付かないわ」
「いまだに霊能科の生徒すら寄り付かなかったのって南雲効果だったのか……」
「ほーんと失礼しちゃうわぁ!キヨちゃんが人殺しだとか悪魔だとか、根も葉もない噂に惑わされて恐がるなんてっ!」
人殺し…………イオリちゃんが前に言った言葉だ。
南雲は自分が危ないとなったら平気で脅迫とかしちゃうけど、無意味に誰かを傷つける愚か者ではない。
ずっと考えないようにしてたけど、やっぱりただの噂なのか。
…………あれ。でも、ただの噂って断定する根拠が静乃さんにはあるのか?
疑問の眼差しを向ければ、静乃さんはそれを見透かしたように真剣な目で口を開いた。
「………人殺し、ではないけど、間接的に人の心を壊したのは確かだから。見方次第じゃ人殺しと捉えられても仕方ないけどね」
その表情は儚く、美しく、そして何より悲しく在るかのようだった。
人の心を壊したという南雲。
表情がなく、言葉を発することもない轟木。
…………まさか。
「轟木がああなったのは、南雲のせい……?」
悲しみを映す瞳はそのままにゆっくりと口角が上がる。
「元を辿ればそうなるけど、少し違うのよ。……あの事件は、誰のせいでもないの。全部、妖怪のせいなの」
まるで自分に言い聞かせてるみたいに小声になっていく静乃さんは、ひどく弱々しく見えた。
けど次の瞬間には無理に笑って、
「キヨちゃんが心を許してる人だから話すんだからね」
と、言葉を投げ掛けてから語りだした。




