その75
〈爽side〉
二人とも御叶神様の邸に行っちゃって俺またひとりぽつねんとしてる状態。
なんなの?皆して俺をぼっちに仕立て上げたいの?南雲じゃあるまいし絶対嫌なんだけど。
「あーあー、こんな散らかして……」
嵐武様の処理する書類があちこちに散乱していたので机の上に戻していく。前にもよくこんなふうに嵐武様がサボってると俺と白狐が後片付けしてたっけなぁ。
……ほんっと、なんにも変わらないなぁ。白狐も嵐武様も。
ふと手が止まる。
きっとこのまま神界にいたら安全なんだろうな。
学園にいたときみたいに南雲の依頼に協力しなくて済むし、危険なことは何一つないだろう。
神様同士の戦があっても白狐と嵐武様が守ってくれる。
ここが一番安全。
…………でも、それは俺の望む未来じゃない。
白狐と嵐武様がそばにいてくれたら安心する。いつも守ってくれるから。けど、ただ守られるためだけに俺は存在するんじゃない。
安全な道を先回りして用意されるんじゃなく、俺自身が動きたい。冒険したいんだ。
俺は学園に戻りたい。嫌々入学したあのときとは違う。
「………よし!そうと決まればさっそく始めよう!」
先程仕分けた嵐武様の符を拝借して簡単な術を唱える。
「空豊」
俺の周りの空気がふわぁっとなり、髪や服の裾をゆらゆらと揺らす。ただそれだけの術。
この術は霊力があんまりない人間でも使える初心者向けの術だ。
南雲の依頼を手助けする代わりに術の基本をレクチャーしてもらうという条件でお互い了承して毎晩のように依頼をこなし、レクチャーしてもらう、これが日課になってる。
学園に戻ったときに身体鈍ってたら南雲にどやされるからな。きちんと術を使うことに慣れないと。
でも俺頑張った!毎日ひたすら風おこす訓練してようやくそよ風おこせた!ハードルひっくくて悲しいわ!!
「う~ん………やっぱ口で説明するのと実際にやるのとでは違うな。上手くできない」
安定した風がおこせない。あっちこっちにふわふわ飛ばされる草みたいに不安定な術。クラスメートもこんな感じらしい。見たことないけど。これが今の俺の限界。
南雲に散々口出してた俺死ねば良いのにね。
「さて、無理は禁物。これ以上やったらへばっちゃうから止めよう」
南雲に決して無理はするなと言われてるし、それに白狐達もすぐ帰ってくるだろうし、そろそろストップ。
………白狐が陰陽師である南雲と俺が仲良くしてるのを快く思わないのに俺に多少でも力があるとか言ったらどんな行動にでるか分かったもんじゃないからね。秘密にしとこう。
さっきの白狐の様子見たら自然とそうなるよね。
玄関から規則正しい足音がふたつ近づいてくる。思ったより早く帰ってきたな。
「あーったくもう、あんないい加減なやつが最上の神とか世も末だな」
「常に仕事が溜まってるくせにサボってばかりだからど忘れしてしまうのでしょうね。遊ぶ時間を仕事に回せば少しは記憶力も期待できるのですがまあ無理でしょう」
「あーくっそどうすっかなー」
「今後どうするかは爽の意見を聞かないと。私達が勝手に事を進めるのは芳しくないですし」
「爽は絶対ここに残る!」
会話が所々しか聞き取れない。記憶力だとか最上の神だとか、話が全く見えない。なんで急に出てったのかとか聞きたいことがあるけどとりあえず。
「やっべ!!護符しまわないと!」
嵐武様の護符勝手に使ったことばれちゃうからサッと元の位置に戻す。まさにその瞬間戸が開いたから心臓バクバクしたわ。
「お、おかえりー」
正座で茶ぁすすってなんでもないよう装う。
てかさっきからずーーーっと正座なんだけどね。足痺れてるし茶ぁ冷めてるし、つか毛入ってるし!入れ直さないと!ついでに帰ってきた二人分の茶用意しなきゃだし!
痺れを我慢してお茶を入れてくると一言残し部屋を出た。
「爽はずっとここにいるよな!?」
お茶をいれて部屋に戻れば開口一番に嵐武様がそう言った。
だからね、なにがどうしてそんな質問になるのか経緯がさっぱりわかんないんだって。俺の中で話繋がってないんだって。
でも質問されたのできちんと答えなくちゃと口を開けば白狐が横から入ってきちんと説明をしてくれた。
「先程は放置してすみません。実は私達、爽の通う学園が陰陽師輩出のための学舎だと知らされてなくて、それで御叶神様を問い質したんです。そしたら本人も忘れてたらしくて……それで話し合った結果、爽をこのまま学園に通わせるか、別の学舎に入学させるか、神界に留まらせるか、の三択に絞られたんです。それで爽の意見を聞いて決定しようという流れになったわけです」
なるほどな。だから嵐武様必死なんだな。でもごめん。
「学園に戻るよ」
「そーか学園に………………はあああ!!?お前嫌々入学したんじゃなかったのかよ!?無理しなくて良いぞ?神界にいたいならそうと言え!」
むしろそう言ってくれと言わんばかりにすがりつくように俺を見る嵐武様。本当に申し訳ない。でももう決めたことだから。
「神界にいたいって気持ちもなくはない。けど、守られてばかりなのは嫌なんだ」
「けどよぉ!」
「嵐武様達も言ったじゃん。俺には霊能力があるかもって。力がなくて守られるだけなのも力があるのに何も努力しないのも嫌だ。俺は自分の可能性を信じてみたい。力を得ることは駄目なことなの?」
真っ直ぐありのままの俺の気持ちを言葉にすれば嵐武様は押し黙ってしまった。
すると今度は白狐が反論の意を唱える。
「私も嵐武様も心配なのです。爽にもしものことがあったらと……なので学園に戻るのは私も反対です。あのような野蛮な場所にいればいずれ爽も妖怪と深く関わってしまうに違いありません。今はその陰陽師まがいの友人の手助けだけでも、いつかは…………」
二人が親として心配してるのはよく分かってる。それでも行かなくちゃ。だって、
「ごめん。友達が俺のことを待ってるから」
南雲が待ってるから。
討伐任務も怪我したせいで途中放棄して、南雲も心配してると思う。早く戻って南雲を安心させたいし、来月からは霊能科と合同の授業があるからそれも気になるし。それ以外にも学園でしかできないことは山ほどあるわけで、それをせずに青春は語れない。
『友達』という単語にピクリと反応した嵐武様。
「…………あの黒髪つり目のロン毛か」
「は?イオリちゃんのことなんて話したっけ?」
「お前あの南雲とかいうやつ以外にも仲良くしてるやついんのかよ!」
「そりゃいるよ!てかロン毛て!南雲ロン毛じゃないよ!てか俺友達が南雲って言ったっけ?嵐武様には言ってないはず……」
「そりゃ知ってるさ。爽が神界に帰ってきた直後に会ったからな」
ああ、仕事かなんかで学園の方に行ったのかな。
「経緯は省くが、そんときに神の秘め事に触れたんだ」
段々真面目な顔で話し出す嵐武様につられてこっちも真剣な面持ちで聞いてると、視線が合った瞬間にニヤリと笑った。
「あいつの記憶は消した。お前ももう学園に通う必要はない」
…………は?南雲の記憶を消した?消したって?
「それは……神の秘め事に関わる記憶だけでしょ?」
震える声で尋ねる。だが嵐武様は妖しく微笑むその表情を少しも崩さない。
「……嵐武様、それはさすがに……」
白狐がなんか言ってるけどそんなの頭に入らない。俺は一目散に邸を飛び出した。
―――――――――――――
邸を飛び出した爽を頬杖ついて眺める嵐武様。
白狐はひとつため息を吐いた。
「……さすがに弁明した方が良かったのでは?ますます嫌われますよ」
「うるせー!俺は今まで通りのポジションでいーの!つかお前だって良いのかよ?あんな反対してたのに」
「私は今でも反対してます。あれ、絶対聖門に行ってますよ」
「だろーなぁ」
虚空をぼんやりと眺めてぽつりと呟く。何も考えてないような考えてるような瞳で。
「………全く。神の秘め事以外の記憶を消したら神位が無くなることくらい伝えた方が良かったと思うんですがね」




