その72
それから2日経った。
白狐の言った通り治癒の神様が嵐武様の屋敷に来た。
「そーちゃんのためなら一肌も二肌も脱ぐわよぉ~」
「百合大三珠神様、お久しぶりです……相変わらずですね」
「そーちゃんも相変わらず仰々しいわねぇ。気軽にユリリンで良いって言ってるのにぃ」
ユリリンて。あんた仮にも神様だろーが。
身体をくねくねさせながらじーっと見つめられて何故かぞわっとした。
「御託はいいからさっさとやれ。お前も仕事が残ってるだろ」
「まっ!らんちゃんに言われたくなぁい!」
「誰がらんちゃんだ!いいからさっさとやれ!」
「もぉー!それがひとにものを頼む態度ぉ?……まあいいわ。態度に関してはもう諦めてるから。じゃあ始めるわよー」
まったりのほほんとしたゆっるい表情から一変。気を引き締めて仕事モードになった。
掌を傷の上に乗せて淡く温かい光を放つ。
そんでなんか呪文みたいのブツブツ言ってるけど神語かなんかなのか、俺にはさっぱりだ。
やがて傷口は閉じて、元の元気で丈夫な身体に元通り。
「これでもう大丈夫よぉ~!でもらんちゃんったら大袈裟ねぇ。こんな小さな傷で取り乱してたの?人間界でも完治するじゃなぁい」
「人間にとっては小さくねぇよ。爽には怪我なんかしてほしくない」
「んまっ!親バカってやつかしらぁ?」
「うるせぇ!とっとと仕事戻れ!」
「らんちゃんには仕事どうこう言われたくないわー」
そっぽを向いて頬を可愛く膨らます。それを見て余計にしかめっ面になった嵐武様は「可愛くねぇよクソババア」と舌打ちした。その一言が引き金となり瞬く間に血が舞った。
嵐武様……デリカシーあります?
前からこんなだけどこの二人、仲が良いんだか悪いんだか。
夫婦なの?ってくらい気が合ったり合わなかったりするんだもんなぁ。冗談で言ったら気絶するレベルの頭突きかまされたから2度と言わないけど。
百合大三珠神様が嵐武様をフルボッ……ちょっと痛い目に合わせて去ったあと、大きく伸びをして身体をほぐした。
「んあーっ!身体パキパキいってる」
「おい、急に動くなよ!治癒したからといって激しい運動はしないこと!わかったか?」
「へーいおとーさん」
「へーいじゃなくてはいだろーが………………ん?」
はたとして神速でこちらを向く嵐武様。恥ずかしいので意味もなく広い庭で散歩すると言って去る。
…………良かった……のかな。
一応、家族だし?お父さんで合ってるはず。
じゃあ白狐はお母さ…………うん、殺されたくないから言わない。
しばらく庭を歩いてたら背後から何かが走ってきた。
「爽!!さっきのはななななんだぁ!?」
案の定嵐武様だった。
「何って………お父さんじゃまずかった?」
「まずくない!むしろ超嬉しい!!これからもそう呼んでくれたら感激して鼻血出る!!」
「意味がわかんねぇよ!!」
頭をべしっと叩いたら珍しく黙した。やべぇツッコミすぎた!技かけられる!
さっと護身の構えになったが、待てども技は繰り出されなかった。
それどころか、
「うへへへへへ…………お父さんって、お父さんってぇ~~~!!」
キッモチワルイ笑顔を張り付けて何やらブツブツと言ってる。なんか幸せの余韻に浸ってる眩しい笑顔だ。
すっげキモい。
すっっっげぇキモい。
「ちょ、お父さん……?奇声をあげないでほしいんだけど」
「またお父さんって言われたぁぁぁ!!!嬉しすぎて死ねる!!」
なんだよこれ。お父さんって言っただけでこの惨状かよ!
「奇声を上げるな!身体くねくねさせるな!嵐武様まじで止めてってば!!」
「嵐武様じゃねぇ!!お父様だろーが!!」
「呼び名をグレードアップさせるなぁぁ!!!」
誰この変態!!!
「嵐武様。いい加減仕事して下さい。丸2日も仕事せず爽にべったりして、爽に嫌われても知りませんよ。その前に私が嵐武様の心臓を射抜きますが……物理的に」
頭おかしくなった嵐武様と庭で口論になったときにタイミング良く白狐が現れた。
血管が浮き出てるよ。ぴくぴくしてるよ。激怒間違いなし。
それも致し方ない。だって俺が寝込んでた間ずーっと側にいたもん。だから仕事行った方が良いって言ってたのに。
「やだ!!仕事は後でもできる!!どうせ緊急に処理しなきゃならん書類なんてないだろ!」
「ほう……?自室の書類の山を見てそう仰いますか」
白狐のブラックオーラに強い殺気が混じった。
嵐武様はなんでこう己の身を滅ぼすような発言をするんだろうね。サドと見せかけてマゾなんかい。
その場にいたら巻き沿いをくらう可能性大なので助け船を出して脱出を試みる。
「そういえばお父さん、炎縛神様に事件のことで聞くことがあるって言ってたけどまだ行ってないよね?俺も久しぶりに会いたいから一緒に行かない?」
事件とは無論炎縛神様と雷甲神様行方不明事件のことだ。
お父さんと呼ばれたからかまた顔がへにゃっと笑ってたが、己の危機を察したのかすぐに真面目な表情に。
「あ、ああ。雷甲神のことでちょいと情報提供してもらわなきゃな、ならんからな。そそ爽も一緒に行きたいか!いいい良いぞー!」
「やったー炎縛神様と会えるー」
嵐武様の演技力が絶望的だった。
これでこの場を退けられたらどんなに楽だろう。でも相手は白狐だ。簡単にお許しが出るとは到底思えない。嵐武様が仕事机に磔にされるのも時間の問題だな……なんて考えてる間に白狐の殺気が消えた。
それどころかブラックオーラもきれいさっぱりなくなってて、何事かとふと白狐を見たら。
「………お…父、さん………ですって?」
驚愕とも絶望ともとれる顔で俺をガン見していた。
「な、何?どした?」
「爽……あなた、今、嵐武様のことをお、お父さんって……」
「へ?ああ、家族なんだし、嵐武様がお父さんで差し支えないって思ったんだけど……違った?」
「……………たしは……」
「え?白狐聞こえない」
「私は爽の中でなんだったのですか!!!」
「うわぁっ!?」
いきなり両手両足を地につけてがっくり項垂れる白狐。
何!?俺またなんかやらかした!?
「私はずっと爽のために色んなことをしました。赤ん坊の爽のオムツを取り替えたり、悪いことをしたら叱ったり、人間界の料理を覚えて食べさせたり、洗濯物や洗い物をしたり、人間界の情報を爽に与えたり、そりゃあもう色々と………なのに」
嵐武様をギロッと睨み付けた。
「なんでこんなろくに仕事もせず酒飲んで爽をいびり倒すだけの最低な神ごときが父親認定されるんですか!!」
「誤解だ!仕事はしてるだろ!その言い回しだと仕事もせず家事も手伝わず理不尽に嫁と子供に暴力振るうどこぞの酒豪じゃねーか!!」
「実際そうでしょうが!!!」
「俺に嫁はいねぇ!!」
白狐は自分が父親だと信じて疑わなかったらしい。それがいざこうなったら嵐武様が父親で………かなり白狐を傷つけたらしい。
あまり強い感情を出さないからびっくりするばかりだ。
「白狐もお父さんに近いよ!近いけど、なんか違うっていうか………」
だって白狐間違いなくオカンだもん。
でもそれ言ったら天国にバイバイしちゃうからね。気をつけないと。
「はあ?洗濯に洗い物に料理に掃除って、間違いなくお父さんじゃなくてお母さんだろ」
だから地雷踏むなってクソ親父いいいい!!!
「ほう………父親ではなく母親ですか。そう思ってたんですか、爽……?」
「いやいやいやいや違う違うそんなことこれっぽっちも思ってなんかないから!!」
これでもかってくらい首を横に振る。だが白狐の怒りゲージは溜まる一方。
「何故私が母なる存在で嵐武様ごときが父親なんですか。解せないです。不快極まりないです」
「白狐がお母さんだなんて思ってないよ!第2のお父さん的なアレだよ!」
「私は2番目ですか。あれだけ尽くしてきた私が嵐武様より劣っていると?」
「そうじゃなくて!」
嵐武様は親バカで白狐は過保護って思ってたけど多分いや絶対白狐も親バカなんだろうな。父親の譲れない戦いみたいになってるよ。誰か止めてー!
だがろくに友神もいない嵐武様を訪ねる神様も仕事関係でここに訪れる神様もいないらしく、救いの手はいつまで経っても差し伸べられない。
「いえーい!オメーは2番だぞ、はははっ!」
おまけに地雷踏みまくってる馬鹿もいるもんだから白狐の機嫌は急降下。
そして次の瞬間、嵐武様の首にドスッと手刀を繰り出し嵐武様は見事鼻血を噴き出して力なく倒れた。
「良かったですね。鼻血が出るほど感激したんでしょう?次は薙刀でブスッといきますか?出血量は今の比じゃないですよ」
笑顔すら作らず冷淡な瞳を向けて言い放った白狐。
これ以上暴走されたら本気でヤバい事態になりそうだ。
「白狐、まじで止めて!嵐武様はなんにも悪くないじゃん!」
「………私より嵐武様の方が大事なんですね」
「違うよ!嵐武様も白狐も大事!そりゃ、白狐は今まで俺や嵐武様のために色んなことをしてくれた。主婦みたいって言ってもその手を止めて放棄することはなかった。そのお陰で俺らは自由に生活できた。けど!嵐武様も同じくらい色んなことをしてくれたんだよ!」
仕事の合間に遊んでくれたり、頭撫でてもらったり。白狐だけ席を外してるときは料理も作ってくれた。とても食べれる物じゃなかったけど、なんか心が温かくなった。
仕事サボって俺をいびって白狐に散々怒鳴られてる嵐武様だけど、極たまにそんな優しい一面を見せてくれるから嫌いになんてなれなかったんだ。
白狐もそれを知ってるのか、黙ってしまった。
「どっちが上か下かなんて決められない。俺にとっては二人とも大事な家族だもん」
真っ直ぐ白狐の瞳に視線を合わせれば、その目にはもう怒りや悲しみといった感情は皆無で。
「……爽、それはズルいです」
はにかんだような笑顔を向けた。




