その71
〈爽side〉
炎縛神様が御叶神様とご対面してる間、俺はちょうど目を覚ましていた。
覚えてる?だいぶ前に嵐武様の一言でぶちギレた白狐が嵐武様の屋敷を灰にした一件。
ちゃんと隅々まで直したらしいよ。起きたらびっくりしたわー。
ずっとそばで看てくれてた白狐は俺が目を覚ますと同時に痛いところはないかとか無理して動かないようにとか、前にも増してオカン全開……いや、なんでもない。
何故に嵐武様の屋敷?てか、いつの間に神界に?
ぼやけた視界を精一杯広げようとするが、瞼が重くてうまくいかない。
「…………ん……びゃっこ……」
ようやく声を絞り出せた。
俺の声を聞いて安堵した表情を見せた白狐だがすぐに心配そうな表情に逆戻り。なんでそんなに心配そうな顔してるのか、さっぱり分からない。
「爽、目を覚ましましたか?ああ、起き上がらないで下さい。体調が万全ではないのですから。傷に響きますよ」
「きず………?傷なんてない………ヴッ!?」
身体を無理矢理起こしたとたんに酷い激痛が駆け巡った。
おかげで俺はパニック状態に陥った。
「な、なな何この痛み!?目ぇ覚めたらいきなり嵐武様の屋敷だし、身に覚えのない傷まであるし!俺学園にいたはずだよね!?なんだこの状況!」
「落ち着いて下さい。傷口をえぐりますよ」
わーあ白狐の毒舌久々ぁ!
「覚えてないのですか?爽は学園で怪我したのですよ?しかも人間にとっては大きな傷を。だから神界で療養するために連れ帰ったのです」
「療養……そっか。そうだ、思い出した。南雲と妖怪討伐してた途中で怪我したんだ」
「………妖怪討伐?」
あ、あれ。なんか空気が凍えるくらい寒いものになったんだけど。白狐が黒いオーラ全開なんだけど。意味がわからん。俺怒られるようなことしてないよね?妖怪討伐なんてもう日常と化してる…し……
そこでふと頭をよぎった言葉。それは俺が学園に入学した日に白狐に言われたことだった。
『霊能科の人間とは関わらないで下さいね』
しまったあああああ自分からバラしてもうたあああああああ!!!!何してんの俺の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「………爽……?妖怪討伐とはどういうことです?確か爽は普通科に入学したと記憶してるのですが」
嵐というか吹雪が起きそうな雰囲気。言い逃れできなさそう。俺の馬鹿!
「爽」
「…………ハイ」
ゆっくりと、ゆっくりと、口を開く白狐。その顔に一ミリも笑顔がない。むしろ冷めきった、色のない瞳だ。なんだろう。なんか、なんか……
物凄く………恐怖を感じます。
「正直に答えて下さい。霊能科の人間と関わりを持ち、あまつさえ一緒に妖怪討伐するという極めて危険なことをするくらい仲が良いのですか?」
「えっと、その、一緒にっていうか、後方支援したみたいな感じなんだけど……」
「でも一緒に妖怪が出現した場所にいたのは事実なんですよね?」
「う……それは……否定しないけどさぁ…………」
「正直に、答えなさい」
ちょ、命令口調になんのなんて初めてなんだけど!
こんな静かな激怒初めて見たよ。今までだって約束破ったり悪いことしたりして怒られてたけど、その比じゃない。
「えーっと、その、なんていうか……霊能科のやつに襲われかけて、その人と同室になって、なんやかんやあって霊能科の別のやつとも知り合って、そっから芋づる式に段々仲良く……」
「意味が分かりません。何をしたら霊能科の人間に襲われる状況になるんですか。というか同室とはどういうことですか」
「う、だよねー……嵐武様と降り立ったあの森、妖怪が出やすい所でさ、討伐途中の霊能科のやつと鉢合わせたんだよ。んで妖怪に間違われたわけ。おまけに真っ直ぐ歩けば学園につくとか言われたのに二時間以上歩いたしね。あとはかくかくしかじかというわけで……」
「なるほど。嵐武様の生首を地獄に放り込む日もそう遠くないですね」
あれぇ怒りの矛先嵐武様にチェンジしてるー!助かったけど嵐武様危ない!
「というのは冗談です」
「冗談に聞こえなかったんだけど」
「さすがに神殺しは良くないですしね」
「さすがにってなんだよさすがにって!人だったら迷わず滅するのかよ!?」
「嵐武様遅いですねぇ」
「明後日の方向を向くってことはyesってことか!!」
白狐、ときどき本当に容赦ないからね。マジで。嵐武様ごと屋敷吹っ飛ばしても平然としてるしね。狐じゃなくて鬼神の間違いでは?って思うもん。こんな歩く金棒を好きになるやつなんていないよ。白狐はきっと一生恋愛とは無縁だわ。
「今なにか物凄く失礼なことを言われた気分になりましたが……」
「きっ気のせいだよ!」
もし今嵐武様が帰って来たら殺神現場になるかもな。
だが幸いなことに嵐武様はまだ帰って来なかった。てか今さらだけど嵐武様どこに行ってるんだろ?まさか仕事か?あのめんどくさがりな神が?……いや、上級の神様にどやされながら泣く泣く仕事してそう。
南雲の手に渡った炎縛神様のもとへと行ってるなんて毛先にも思わず、そう勝手に結論づけた。
「ところでさ、俺なんで神界に連れて来られたの?人間界でも療養はできるじゃん。そもそもどうやって俺が怪我したって分かったの?」
「落ち着いて下さい、順に話します」
だが白狐の懇切丁寧な説明で、白狐が何故俺の怪我に気づいたのかも嵐武様が今どこにいるのかも理解できた。
学園に入学するキッカケとなった炎縛神様と雷甲神様の大喧嘩もとい戦は激しさを増し場所が人間界へとかわってしまった。
そのせいで人間界にも少なからず被害が及び、神様達は止めに入った。
だが人間界に二人の姿は見当たらず、行方不明となってしまった。
そこで人間界に調査しに行った神様が何人かいて、嵐武様もその一人だった。
だけど二人の姿は一行に見つからない。そんな中、炎縛神様から合図があった。
人間界の、とある森。
とある学園の所有地である森から、炎縛神様の力を探知し、直ちにそこに向かった神様達。だが炎縛神様は行方不明のまま。
神様達はどうしたものかと頭を悩ませたらしいが暫くしたら居場所をつきとめ、嵐武様が迎えに行ったのだ。
白狐の分かりにくい説明を自分なりに分かりやすく解釈していたら、ふと思い出した。
「………もしかして、あれに関わってる?」
「どうしましたか、爽?」
神様みんな持ってるあの特別な玉。
炎縛神様の持ってたあの紅い玉を職員室からパクってきた南雲のことを思い出し、怪訝そうに俺を見る白狐に包み隠さず話した。
すると白狐はこれでもかってくらい目を見開いて、驚愕を表した。
「…………何故、神の御霊がそんな辺鄙な場所に?」
「神の、御霊?」
神様達が大事そうに持ってた玉は神の御霊というらしい。
白狐の表情が少しずつ険しいものになった。
「……見間違いではないのですか?」
「うーん……見間違いだと良いんだけど。あれ、神様達にとっては大事な物でしょ?そんなものが学園にあるなんて、普通ありえないし」
なんか、すっごい眉間にシワが寄ってる。やっぱ本物だったらまずいんだな。
でもなぁ、見間違いの可能性もあるんだよなぁ。だって炎縛神様の神の御霊見たの何年も前だし。うすぼんやりとしか思い出せないし。嵐武様が帰って来たら聞こうかな。
「ところで爽。怪我したところはまだ痛みますか?」
「んん、動いたら痛いってだけだよ。大袈裟だなぁ」
「爽はれっきとした人間なんですから、そんな致命傷とも言える怪我を見て心配しない筈がないでしょう」
致命傷って、胸から腹までざっくりやられただけじゃん……あ、致命傷か。
「あとで治癒の神様に治療してもらえますから、それまでの辛抱です」
「はああっ!?いっだ!!」
びっくりして思いきり身体起こしたらめっちゃ痛かった。いや、だってさ……
「なんでわざわざ治癒の神様に治療頼むわけ!?」
人間界でも治療はできるじゃん!という意味をこめて言ったのだが、白狐は素知らぬ顔で「人間の治療では治りが遅いですから」って抜かしやがった。
神様の手を煩わせるくらいなら治りが遅くても良かったのに。
行き場のない感情をぶつける術はなく、小さくため息をつくだけに留まった。
それに気付いた白狐も何故か深いため息をついた。
「神の職務を邪魔せずに己の身を引くその姿勢は感服します。ですが、不必要なときに身を引くのはどうかと思います」
白狐には俺の心の中が筒抜けだったらしい。さすがというかなんというか。
一瞬で手の内を暴かれてポカンとしてる俺を尻目に次々と言葉の槍を降らす白狐。
「だいたい身を引いて何になるんです?神様達は爽を甘やかす、もとい助けるのが趣味なんですから、されるがままに助けられてれば良いのです。爽はまだ15才の子供で、周りの大人に甘えても良い年なんですよ?神様の仕事の邪魔になりたくないからとかそんな理由で甘えないのは神に対して失礼極まりないです」
息継ぎしてんの?って聞きたくなるくらい早口に捲し立てられて目が点になる。と同時に、白狐がそんなことを考えちゃうくらい俺は余計な遠慮が多かったんだなぁと気付かされた。
遠慮しすぎも良くないってことだな。
少し反省の色が見えてきた俺を無視して今なおグチグチと説教まがいの言葉を浴びせる。
「中途半端に大人になろうとしないでください。逆にこっちが居心地が悪いです」
最終的にこの一言で収束した。
耳に刺さるくらいキツーイお言葉頂きました。
中途半端に大人になろうとはしてないんだけどなぁ……でも白狐がそう思うんならそうなんかな。
「うん……まあ、ごめん。心配かけて」
「だからそれが余計だと言ってるんです」
「うえええっ!?ご、ごめん……?」
「いい加減にしないとその口縫い付けますよ」
余計に怒らせたようだ。自爆してどうするよ俺。なんか自爆してばっかりな気がする。
……でもなぁ。ぶっちゃけ、周りの神様の様子を伺って仕事に影響があるかどうか確めてから接してたし、それが俺にとって当たり前になってるから、どうにも引っ込みがつかない。
そんな俺の曖昧な態度を見てまた空気が冷たくなり始めたかと思いきや、ここで嵐武様が帰って来た。
「………嵐武様を迎えに行ってきます」
冷ややかな視線が送られると同時に玄関に向かう白狐。
ひとりポツンと残された俺は動くことができないため二人を待つ。
「爽ーーーーっっ!!!」
ゴッ!!
「いったいって嵐武様ぁ!!」
ドタドタうるさく廊下を走ってきたかと思いきやいきなり抱擁&頭突きをかましやがった。嵐武様のアホ!いってーよ!
「そおぉぉぉ起きたのかぁぁぁ良かったぁぁぁぁぁぁ!!怪我した爽見てどんだけ心配したか……っ!大丈夫か?まだ痛むか?」
なにこれ気持ち悪っっ!!!
嵐武様が!俺をオモチャ同然に扱ってたあの嵐武様が!!俺を心配だって!心配だってぇ!!
でも抱擁は痛い!怪我も痛いけどそれ以上に身体がミシミシいってるんだって!
「いだだだだだだっっ」
「嵐武様。爽を殺す気ですか。即刻離さないとまた仕事机に縛り付けますよ」
あ、いつもの白狐に戻ってる。良かった。
「サーセン」
俺から瞬時に離れて白狐に平伏す嵐武様。いやだから神使に平伏しちゃイカンでしょ神様。
なんかこの光景懐かしい。
仕切り直して白狐と嵐武様が横になってる俺のそばで落ち着きを取り戻して、そして疑問に思ってたことが徐々に明らかに。
「大変だったんだぞー?白狐がすげぇ勢いで帰って来て「爽の治療をお願いします!」って言ってきたらしいじゃねーか。そりゃあもう必死ってレベルじゃないくらいの焦りようだったんだってなぁ?」
「御叶神様に聞いたんですね……元はと言えば嵐武様が神界に帰るごとに爽爽爽爽ってうるさいから一目見に行っただけだったんですがね。……というか、聞きましたよ。炎縛神様と雷甲神様、行方不明なんですって?何故黙ってたんです」
「えーだって原因が原因だったしよぉ……いまだに雷甲神は行方不明だし、二人をこんな状況にした張本人も捜索中だしー……全部終わってからサクッと言っちゃえばいっかなって」
「んな問題じゃないでしょうが。雷甲神様はまだ見つかってないんですか。役に立たないひとですね。仕事机じゃなくて床に縛り付けましょうか。いや、縛り付けるなんて生ぬるい。瞬間接着剤でぺったりと……」
「白狐落ち着いて!話が段々わけわからなくなってるから!」
白狐ならやりそうだ。躊躇いもなくやりそうだ。むしろ嬉々としてやることだろう。
まあ、だいたいは理解した。
つまりは偶然に偶然が重なってこんな事態になったってことだな、要するに。
「雷甲神様はまだ神界に戻ってないんだ?どんだけヤバイ戦だったんだよ……人間界でも天候が荒れまくって最悪だったんだからなー」
「やはりそうでしたか」
「あの馬鹿ども、爽になんかあったらどうすんだ」
ため息をひとつはいて呆れた様子の白狐に憤怒の色を見せる嵐武様。
なんか今日は槍でも降りそうだ。あの嵐武様が俺の心配してくれるなんて……逆にコエェ。今だけは優しくしてやるから傷が治ったら再び俺のオモチャに成り下がれやコラ!くらい言いそう。
「でも炎縛神様は見つかったんだよね?」
「おう。一応はな」
「もしかして見つけたときに神の御霊に封じられてたりしてなかった?」
遠回しな言い方は苦手なのでド直球に言った。
「あ、白狐には言ったけど、実は炎縛神様が大事に身に付けてた玉が学園付近で見つかったんだ。んでもしかしたらって思ったんだけど」
口を開きかけた嵐武様に一応説明を加える。するとそのまま黙ってしまった。
「……え、まさか本当に炎縛神様が封じられてたの?そしたら雷甲神様も封じられてるってことに………」
「爽」
嵐武様が静かに声を発する。なんとなく、聞きたくないなぁ。
だって嵐武様がこうなっちゃうときはいつも
「それ以上は言うな」
俺は蚊帳の外だもん。
「……うん。わかってるよ。神の秘め事に関わる情報は、人間の俺に流しちゃいけないんだよね?ごめん。深く関わること聞いたのかもね」
神の御霊のことも、本当は聞いて良かったのかなってくらい大層なものなんだと思う。
…………うん。なんとなくわかってた。
炎縛神様が昔見せてくれたときに言ってた言葉は、本当は俺が聞いちゃ駄目なものだった。そして何らかの手段で俺の中からその言葉を消した。
当たらずとも遠からずってところだと思うよ。
だって、普通に考えてたかが2年前のことを簡単に忘れるわけがないもの。
「……悪いな」
蚊の鳴くような小さな声で呟く嵐武様の顔はいかにも申し訳なさそうな表情をしていた。
「気にしないで!初めからわかってたことだから」
にかっと笑って気にしないように促すとその表情は和らいだ。
「ところで、ここにいて良いの?俺はてっきり人間の俺がここにいちゃいけないから追い出されたもんだって思ってたんだけど」
「…………あ?」
「あ、療養したらすぐに戻らないとね!二人に会えるのは稀なんだから」
すっかり忘れてたけど、入学したときにもう2度と嵐武様達に会えないって勝手に思ってたんだよね。なのにこの状況。嬉しいっちゃあ嬉しいけど、なんか複雑。
「戦が勃発するから仕方なく、って言ったよな?誰が爽を追い出したなんて言った?」
「え?自分でそう結論付けただけだけど」
「………………………」
嵐武様は眉を寄せてしかめっ面になり、白狐に至っては目が据わってる。
………やな予感。
「この馬鹿!!」
「いい加減にしなさい、愚か者!!」
馬鹿と愚か者呼ばわりされました。
「お前は確かに神界では異端だ。けどな、俺と白狐が良いって言ってんだからここにいて良いんだよ!誰も追い出すわけがねぇだろが!なんでお前はいつも勘違いしやがる!?遠慮すんなっつってんだろうが!!」
「ご、ごめ………」
白狐といい嵐武様といい、なんでこんなに怒るのか分からない。遠慮とかはしてないつもりだけどなぁ……あ、でもさっき白狐に言われたばっかだ。
再び平謝りを繰り返すのか、と覚悟したそのとき、嵐武様の怒り任せの叫びが収まった。
すると俺の右手を痛くなるくらい強く握りしめ、悲しげに言った。
「俺らはお前にとって、遠慮しなきゃいけないくらい遠い存在なのか?お前にとって俺達は何なんだ?親子として接してたのは、違うのか?」
今にも涙が出そうな悲しい瞳で見つめられ、ようやく気付いた。
………俺、嵐武様と白狐を親だと思ったこと、なかった。
親代わりで、二人とも気の良いお兄ちゃんみたいに思ってた。
でも違ったんだ。
二人は俺を本当の子供のように愛情をもって育ててくれてたんだ。
深い、深い愛情をもって………
瞳が潤んで気付いた。一線を引いてたのは、俺の方だ。
遠慮してないつもりが、変に気遣ってたんだ。
「…………ごめん」
今のごめんは本当の意味でごめんだ。
それを理解したのか、嵐武様は力強く握りしめていた手を離して俺の頭をくしゃっと撫でた。
白狐はそっと左手を握って、慈しむように微笑んだ。




