その70
いや、正確には降りてきた、だ。
白銀の髪をうなじあたりで結った長髪の男が学園の結界をすり抜けて僕の目の前に着地した。
結界が反応しない。サイレンも鳴ってない。ということは、妖怪とはまた違う存在の神だけは反応しないかなり特殊な結界を張っているのか。
それを考えれば神と名乗る玉が真実神だということも納得できる。よく考えれば、玉に封じられたのが妖怪だったら学園の結界が反応するはずだしな。僕としたことが、見落としていた。
あの狐妖怪に壊されたあとにその場しのぎでまあまあ強力な、尚且つ特殊な結界を張っている学園長はプロどころか達人と言っていい。
ところで神と名乗る玉(真)が言ってたように物凄く不機嫌なように見えるのだがいったい何があったのだろうか。そして目の前の僕に気づいてないような。
「……ったく、爽のやろう。あんな大怪我しやがって。人間には致命傷だろありゃ。やっぱ人間界に行かせるんじゃなかったな……っと、今はそれじゃねぇな」
なにやらぶつぶつ呟いている。前にもこんなことがあったような。……まあいいか。
「おい、こんな大変なときに呼び出した馬鹿はどこに隠れてやがるんだ?さっさと出てこい!」
目の前にいる僕を視界に入れず、不機嫌さを一ミリも隠そうとせず大声を張り上げた白銀長髪男。
僕の制服のポケットの奥底で怯えてますって言ったらどうなるかな。
『おい人間!あれどうしよう!?呼び出したはいいけど怖くて動けねぇ!!』
「む、そうか。おーいそこの白銀長髪男!こいつが呼び出した犯人です!!」
『鬼だ!悪鬼だ!!悪鬼がここにいるぅ!!』
ポケットから神と名乗る玉を強引に引っ張り出して生け贄として捧げた。
すると白銀長髪男の怒気とも殺気ともとれる気配が消え失せ、目が丸くなる。
「………炎縛神?なんで玉に閉じこもってんだ?」
神と名乗る玉の名は炎縛神というのか。
『あはははー、閉じこもってるっていうか、閉じ込められたっていうか……』
しどろもどろに言う炎縛神。
「はぁ?閉じ込められただぁ!?」
驚愕の表情で玉を見つめる白銀長髪男。
『う、うん。自分からここに籠った訳じゃないよ。雷甲神とのケンカ中に二人とも閉じ込められたんだよね』
「雷甲神と炎縛神が行方不明になったって神界じゃ大騒ぎだぞ。どんな経緯で閉じ込められたか知らねぇが、高位の神がそんなんじゃ示しつかねぇぞ。つーかどうやって閉じ込めたんだ?」
『それがわかんないんだよなー。神を玉に閉じ込めれるのは神しかいないし、でも雷甲神はそんな素振り見せなかったし、他に誰かがいたとも思えないし……あーーーもう!!犯人の顔見ときゃ良かった!』
……完っっっ全に僕の存在忘れ去られてるな。
さっきも思ったが、聞いていいのか?神様の事情。
「まあとにかく、さっさとそこから出すぞ。こっちはこっちで問題が発生してんだから」
頭をがしがしと掻き、遠く離れた場所から僕の手にある玉に手を翳す。すると玉が僕の手から離れ、再び炎を噴出した。
かと思えば玉が人型になっていった。
玉の色と同じ紅い髪は毛先にいくにつれオレンジ色に変化している。
額には炎を模したものが刻まれており、開かれたその瞳も深紅に染められていた。
「いやー助かった!サンキュー嵐武神!」
親指をぐっと立てて感謝の意を表す炎縛神に構わず嵐武神は僕をじっと見据える。ようやく僕の存在に気づいてくれた。遅いわ。
「で?人間のくせになんでお前は俺ら神を視界に入れることができてるんだ?」
見間違いようのない疑いの眼差し。存在に気づいてくれたと思ったらなんだその目は。神が見えてるのがそんなにおかしいか。
あ、でも確か人間が神を直視することは複雑な術を使わない限り不可能だとか言ってたな。教師が。
じゃあこの状況はかなり不可解ということになるな。
どう説明しようか。僕にもさっぱり理解不能なんだが。
すると炎縛神がひょいっと手をあげた。
「あー、それ原因俺だわ」
気まずそうに頬を掻いて僕をチラチラ見る炎縛神。その顔はまるで授業参観の日に先生に当てられ答えを間違えて親に怒られるのを回避しようと先生と親を交互に見て策を講じる小学生のときのクラスメートを思い出させた。
「少し前に、職員室から俺が閉じ込められた玉を盗み出してくれたよな?そんときに、その……神と人間が会話できるように、お前の身体の中色々と調整させてもらったんだ」
「はっ!!?」
全っっ然知らなかったんだが!?微塵もきづかなかったんだが!?
「そんでね、もしかしたらね、この先ずっと俺達が見えちゃうかもなんてへぶぅっ!?すみませんまじすみませんゆぅして!!ちょぉっと神の力注入しただけだからごぁぁっ!!」
高校生が神様に連続ビンタする異様な光景。
炎縛神の頬が赤く腫れても嵐武神は止めに入らず、結局僕の怒りは炎縛神の見るも絶えない残念な顔になってからおさまった。
「おー、おさまったか」
「ひでぇよ……なんで助けてくんないんだぁぁ」
「俺が助けるのはアイツだけだ」
「そうだよそういうやつだったよお前!親バカも大概にしろよ!」
涙ながらに嵐武神に訴えるがその思いも虚しく届かず。加害者の僕が言うのもおかしいが、可哀想な神なんだな。
と、そこで仕切り直しとでもいうように軽く咳払いする嵐武神。
「で!玉から炎縛神を出すためだけに俺ぁ呼ばれたのか?」
ちょっとばかしイライラ気味だ。降り立ってからずっとこんなしかめっ面だが、本当に何があったのだろう。
だがそんなことは露知らず、満面の笑みで
「うん!そう!」
と言ったことで鳩尾に膝をめり込ませる嵐武神。
もんどりうってる炎縛神を一瞥し、盛大に舌打ちした。
「ならもう用はねぇな。さっさと帰る。面倒見ねぇといけないやつがいるんだよ」
「ほんとすんません……この借りはいつか必ず返すんで……」
「お、そうか。じゃあ後で誓約書書かせるわ」
「あれなんか怪しい方向にいってね?」
………なんか嵐武神が降り立ってからというもの、置いてきぼり感が半端ないな。神と人間だからか?
まあとにかく炎縛神の問題は一件落着となったみたいだ。
じゃあ僕はもういなくてもいいな。ようやく解放される。……だが戻ったら教師からの集中砲火、挙げ句謹慎やらなんやらあるかもしれないから戻りたくても戻れない。さてどうするか。
「じゃあ、僕はこれで……」
会話にも混ざらずただ二人の神をボーッと見つめるのも非常に虚しくなってくるためとりあえず校舎以外のどこかに身を潜めようとした。が、それは叶わなかった。
「待て人間。まだ話は終わってねぇ」
こちらを睨む嵐武神のその一言で。
「んあ?お前こいつになんか用でもあんのか?」
「………はぁ、お前なぁ……」
炎縛神の間抜けな声に一瞬顔をしかめる嵐武神。口を開きかけたので理由を言ってくれるかと思ったらなんと炎縛神の首を絞めはじめた。
「………っ!?」
突然神が神に暴力を振るってる……炎縛神顔青いけど大丈夫か?ちょっと心配。
「ちょ、くるしっ……ギブギブ!!」
「お前はぁぁぁ神っつー立場忘れるほど頭カランカランだったんかええ!?人間に神の秘め事知られたら記憶消すなりするって掟だろーがよぉぉ!?爽のときみたく記憶ごっそり抜かなきゃいけなくなったらどーすんだよえ!!?」
「そうでしたすんません!!」
秘め事……やっぱり人間が知ったらまずかったんじゃないか。
というか、ソウって名前最近よく耳にするな。
ついさっきまで爽の行方を探って、もしかしたら神の世界に連れてかれたかもとおかしな思考になったが…………まさかな。
「あ、そういや今思い出した!あの人間、柳 爽と親しかったやつだ!柳 爽の部屋行ってたよな!?」
嵐武神に首を絞められたままこちらを指さして喚き散らす炎縛神。
もしかしたらとは思っていたが……今ので確信にかわった。
どういう経緯でそんなありえない事態になったのかは知るよしもないが、人間の柳が、神の世界にいる。
「ああ?爽と親しかったやつだぁ?でもこいつ僅かながら霊力があんぞ」
「僅かとは失敬な。これでも学園代表だ。僕の霊力が僅かなら他の奴等はカス以下か?」
今のは聞き捨てならん。
霊力の多さだけはそこそこいい線いってる、と他でもない柳が言ってくれたのに、初対面の神に僅かしか霊力がないなどと言われると無償に腹が立つ。
「ああ、じゃあお前霊能科の人間か。ったく、霊能科の人間とは関わるなって白狐が言ってたのによぉ……あとでこってりしぼられるな」
学園代表と言っても驚いた素振りを見せず、それどころか僕の話を聞いてるようで聞いてなさそう疑惑が浮上したために怒りで体内の霊力が爆発した。
しまった、と思い慌てて引っ込める。
「……ふーん。まあまあだな」
だが嵐武神のぽつりと放たれた静かな言葉に再び眉をひそめる。が、それはすぐに驚愕の表情に変わった。
僕の目の前まで悠然に歩いてくるのだが、一歩近づくごとに空気がピリピリしていくのを肌で感じる。神独特の威圧とでもいうのか?炎縛神をビンタしたときはこんなふうにならなかったのに。まさかあれも僕の身体を調整した影響か?
目の前で立ち止まる嵐武神。呼吸すらままならなくなり、膝をついてしまった。
「なんにせよ、人間に神の秘め事の一部を知られたのは事実。記憶は消させてもらう」
僕の頭の上に手を翳そうとするが、その手を掴む。
「ま……待て……消すって……どこから、どこまで……」
「心配すんな。あの馬鹿が閉じ込められた玉に関わった部分だけだ」
僕の手を振り払い、再び頭の上に翳す。
嵐武神の掌が淡く怪しく光った。
「柳……は…………」
もう記憶が消されていってるのだろう。視界が霞んで目の前の嵐武神の姿さえ捉えれない。
だがそんなときについて出た言葉は柳のことだった。
「……あいつ、怪我大丈夫かなぁ」
やっぱり僕の話聞いてない……
そう思ったのは、目の前にいるやつが誰なのかわからなくなる直前だった。
その後、教師に保護されて保健室に連れられるも教師の言うことの大半が理解できないものだった。停学だ何だと騒いでいたが、そうなった経緯は記憶になかったため処分は免れた。
――――――――
――――――――――――――
「いいのか?あのまま寝かせといて」
真横を飛行する嵐武神に炎縛神が問う。
「爽以外の人間に優しくできるほどお人好しじゃねぇよ」
優しくするのは爽だけ、と物語っているのがいっそ清々しい。
二人の神は神界に帰っている途中だった。
記憶を消された南雲 清流は意識を失った。
嵐武神は意識を失った南雲 清流をしばし見つめ、ぽつりと呟いた。
「爽と友達とか死んでも認めねぇ」
炎縛神に鳥肌が立つほどの憎悪の視線を南雲に向け、神界へと戻る嵐武神。炎縛神もそれを慌てて追った。
「なにもあんなこと言わなくても良いんじゃねーの?あれじゃまるで子供の恋人を拒絶する姑だよ?人間界の昼ドラじゃねーんだからさぁ」
「誰が姑だ!俺は爽の父親だ!俺はな、ちょっとばかし力があって危険を伴うことをやらかしてるやつと爽が仲良くなったってことに腹が立ったんだ!もし爽になにかあったらって思うといてもたってもいられんのだ!」
「要するに過保護か。相変わらずだなぁ」
「過保護じゃねぇ!!我が子を心配して何がおかしい!?」
「我が子を心配するなら息子いじめやめたら?見るたび可哀想に思えるんだけど」
「それはそれ!これはこれ!!」
「矛盾してる上に最低だ……」
救いようのない駄目な大人を見る目で嵐武神を罵る炎縛神。だが嵐武神の息子への愛は真実なのでそれ以上強く言えない。
ひとしきり雑談をしたところで一時の静寂が訪れるが、再び口を開いた。
「雷甲神の居場所はわかんねぇのか?戦まっただ中だったろう」
話題はかわり行方知れずの雷甲神の話題に。
それまで気の緩んだ面持ちだった炎縛神が急に引き締まった表情になった。
「俺と同じく玉に閉じ込められ、反対方向に転がっていったのは覚えてる。けどすぐに見失っちまった」
「犯人はどんなやつだった?」
「顔まともに見てねーからわからん」
「ちっ、使えねぇ。んじゃ玉に閉じ込められた場所は?人間界のどこらへんだ?」
「あ、それは覚えてるぞ!××市の巳ノ玉神社のすぐ近くで戦ってて、そんで……玉を、奪われて……」
段々表情が固まっていく炎縛神。嵐武神も顔が強張っていく。
飛行を停止して大きなため息をし、
「………神の位を剥奪された堕神の社の近くで戦うとか、どんだけ無防備なんだよ!ちったあ周り見ろ!」
炎縛神を叱咤した。
もし空の上じゃなかったら確実に脳天をぶち抜かれていただろう。それくらい深刻な問題に発展しているのだ。
雷甲神と炎縛神の戦は激しさを増し、舞台は神界から人間界へとかわった。
そのせいで人間界に多大なる影響を及ぼしていたのだがそんなことお構いなしに戦を繰り広げる二人は自分達がどこで戦っていたのか考えることを怠っていた。
神の位を剥奪され、神界を追い出された神の社・巳ノ玉神社のそばで戦っていたということを。
「実際に会ったことないけど、確か神界の禁忌に手ぇ出して追い出されたんだっけ?俺が若造のころに一度だけしか社の場所聞いてなかったから、すっかり忘れてた」
「一度聞いたら覚えとけ!ったく……そうだ。あいつは神界の禁忌に触れ、結果神界を追い出された。……人間に恋情し、恋仲になったからという理由でな」
巳ノ玉神社の神は人間界を愛し、そして人間も愛していた。
そのため人間界に仇なす者は容赦なく斬り捨てる残忍さを持っていた。
元とはいえ神の端くれ。神を玉に閉じ込めることなど造作もない。
人間界でひと暴れした二人を大人しくするために玉に閉じ込めた、と考えるのが普通だ。
そして何故深刻な問題なのかというと、神界を追い出された神は今現在巳ノ玉神社に居を構えていないはずで、廃墟と化しているのだ。神のいないカタチだけの社に近付く神はいない。だが、廃墟の近くで戦った神二人を封じることのできる者は神のみ。
嵐武神の把握している神々の動きでは廃墟と化した巳ノ玉神社、またはその近くに行くような仕事を抱えた神はいない。
廃墟と化した巳ノ玉神社の主がいた可能性がある、と結論づけたから。
神界にとっては行方知れずな危険因子の元神の影をちらりと見たとあっちゃあ、平静ではいられない。
炎縛神と違い神界の情勢に詳しい嵐武神だからこそそのことを瞬時に悟ったのだ。
「ったく……確実じゃねーけど、もしお前らを封じたやつがソイツだったらどーすんだよ」
こう見えても割りと炎縛神のことを心配していたようだ。
「いだだだだだだだくびくび絞まってる!!!それ以上絞められたら死ぬから!!」
「黙れ。神界の神々を心配させた罰だ!雷甲を探すのもお前の仕事だからな!下らないケンカに巻き込みやがって!覚悟しろコラ!!」
対応がどんなに雑でも。
「神界の神々……てことはお前も心配してくれたんか!過去数回しか会ってない神に……義理人情だなぁだだだだだだっ!!?」
「おっと腕がすべったぜ」
「腕!?手でなく!?」
「どっちも一緒だ」
端から見ればじゃれ合っているように見えなくもないが嵐武神がやや本気で絞め殺そうとしてるように見えるのは気のせいだろうか。
「あー、やっと解放された……」
首をさすりながら安堵する炎縛神。
「もうケンカすんなよ!爽を巻き込むなよな!」
「あい、反省します」
「ふん、御叶神にこっぴどく叱られてこい」
なんだかんだと殺意混じりにじゃれ合っているうちに神界についていた。
最上の神・御叶神の住む屋敷はすぐそこだ。
「俺、御叶神が本気で怒ったところ見たことないけど、どんなんなの?」
怯えた素振りもなく尋ねると、嵐武神の目から光が消えた。
「俺の口からは言えん。健闘を祈る」
「ちょぉぉぉ!?何健闘て!ボコられるの!?俺ボコられる運命なの!!?」
「…………………あ、仕事がまだ残ってたんだった。じゃあな」
「間がなっが!!つーかお前そんな仕事熱心じゃねーだろ!!サボり放題だろ!!何逃げようとしてんの!?不安と恐怖を植え付けるだけ植え付けて置いてくなよ!!」
炎縛神の悲痛な叫びも虚しく届かず、嵐武神の背中を見届けた。若干涙を流したとかそうでなかったとか。
その後炎縛神が御叶神にめっさ怒られたか否かはご想像にお任せします。




