その68
覚えているだろうか?
以前僕のクラスのみで妖怪討伐に行ったときにクラスメートがこの紅い玉を拾い、それを僕が興味本位で職員室から盗んだことを柳に話して怒られた一件を。
きちんと元の場所に戻したのにまた盗むことになるとは。そしてこれを校長が持っていたとは。
そして不思議なことにこの玉なんと喋るときた。どんな不思議だ。
『いやーでも助かったわ!あのハゲジジイ、もう盗まれないように自分がこの玉を管理するとかほざいて人目のないとこでうっとり眺めてんだもん。ゾワッとする目付きだったぜ』
「綺麗な色彩だからな。自分の物にしようと企んでたのかもしれん」
『うえええっ!?あのハゲまさか綺麗なものを収集する癖のある人間!?服装考えたら普通だけどマジか!!』
なるほど。どうやら僕がこの玉を盗んだとは思われてないようで、ただもう盗まれないように校長が管理するという話に陥ったらしい。それはそれで別の危険があるだろ。
それと今更だが、こんなところで喋ってていいのか?
もうとっくに授業が始まってるし、体育担当の教師が怒声を張り上げているのが聞こえるし。
校長先生に呼び止められましたって説明すればいいか。嘘ではない。
「で。なんでこんな小さな玉から声が聞こえるんだ?明らかに人間じゃないよな」
『あ、やっぱ説明しなきゃ駄目?』
「得体の知れない物を持ち歩く趣味はない」
『あああわわ分かった!!分かったから捨てないで!!見つけられなかったら俺一生出れないから!!』
「出れない?」
まさか、封じられてるのか?
妖怪の気配ではないが、近い存在の気配がする。
妖怪ではないとしたら………神か?
神が、封印されている?
妖怪の場合、討伐はあっても封印はない。
なぜなら、妖怪は皆消すべき悪だから。
封印して生かすほどの価値がないから。
だからか、封印術は一般の陰陽師にあまり知られていない。
知ってる者は稀にいるが、術の構成が難しすぎて使える者はまずいないだろう。
だが、神はどうなんだ?
神を討伐するなんて不可能。しかも人々が敬う者だ。封印するなんてことを考える者がいるのか?
『あ、先に言っとくと俺は妖怪なんぞとは格が違う存在だぞ。一緒にすんなよな』
予想通りただの妖怪ではないようだ。
「妖怪でないなら、やはり神か?」
『あ、分かっちゃう?神々しさが浮き出ちゃう?やっぱ玉に閉じ込められてもそういうの浮き彫りになっちゃうんだなぁ~!』
「ふむ、封印に近いのか。詳しく話してくれ」
『初対面の神にため口とか新鮮だわぁ。人間にも面白いやつがいんのねー……まあいいや。こっちもちと急いでるから、簡潔に説明するわ。そしたらここから出してくれよな』
神にとっての面白い人間の基準は分からんが、事情を話す気になったらしい。
だが、ひとつ疑問に思う。
どうやって玉から解放すればいいんだ?
『実はちょっとしたトラブルに巻き込まれてこんな事態になっちゃったんだよなー。ほら、俺誇り高き神だし?神同士のいざこざもあるわけよ。そんな中唐突に邪魔者が割り込んできてさー、そいつのせいでこーなったわけ。お分かり?』
事情は理解したがうまい具合にはぐらかされた気がしてならない。
そりゃ神らしいから人間に知られちゃまずい情報もあるんだろうが、分かりやすく隠されると追求したくなるじゃないか。
僕が頷くと続きを説明しだす。
『んでもって俺が今閉じ込められてる玉は俺ら神は全員持ってる大切なものだ。時に神を守り、時に神の盾となる。それは神が危機に瀕したときに発動するものなんだが、今回は異例中の異例だ』
「異例?」
綺麗な緋色の炎が描かれた紅い玉。
その炎が、一瞬揺らいだように思えた。
『俺自身が危ない目にあってた訳じゃねぇのに、邪魔者が強制的に俺をここに閉じ込めたんだよ』
忌々しげにそう吐き捨てるように言った。
『はい、事情はざっと説明したから早くこっから出して!』
かと思いきやまたもフレンドリーな言葉使い。神ってもっと仰々しいものだと思ってたんだがな。
というか……
「解放の仕方、僕知らないぞ」
間。
『マジかよ!!!??』
神って馬鹿なのか?
普通に考えれば出会って間もない人間が神の解放の仕方なんぞ知らないってことくらい分かるだろ。
『ああ、でも、そうか、うん……確かに人間が知ってる訳ないか。気が動転してて忘れてた』
その考えに至るのに、さほど時間を要さなかった。
『茜神に聞くか?いやでもあの性格だ。きっと今の俺を見て面白おかしく笑うに違いない。じゃあ野又神に来てもらって……いや、あいつは確か今海外に行ってるはず。猫野山神……は会議中か?他に交流のある神いたっけなぁ……』
「……人間の僕が聞いていい情報なのか?」
海外に行ってるだとか会議だとか、ボソボソ言ってても聞こえるんだが。
聞かれちゃまずい情報もあるだろうに。そんなぺらぺらと言うなんて、やはり馬鹿な神なのか。
浅はかな思考の神と名乗る玉に少しばかり呆れてきたころ、僕のいるそばにある体育館の扉が勢いよく開き放たれた。
そこにいたのは悪鬼の如く人相を歪めた体育教師。
「やだ。血管がピクピクしてるわ」
「南雲ぉぉぉ!!またサボりおって!!!」
ふざけたら怒鳴られた。
『おっかない人間だなぁ~!鼓膜破れるっつの』
「だな。耳障りな声だ」
「なにが耳障りだぁ!!って誰と喋ってんだお前!!」
「玉と喋ってます」
「冗談も大概にしろやぁぁぁ!!!」
本当のことなのに理解してくれない。
まあ、当然か。
体育教師にとって訳の分からない言葉を放たれたせいでピクピクしていた血管が今にも破裂しそうになっていた。
その中でも一人冷静な僕。こういった事態は1度や2度ではないから慣れっこだ。
だが今は怒られる訳にはいかない。何故なら、僕が今持ってる神と名乗る玉は本来校長が持ってるべきものであり、当然職員は全員知ってる事実であり、僕が持ってる=盗んだと結び付くと今度こそ謹慎処分、あるいはそれだけじゃ済まないかもしれないからだ。
前盗んだときは犯人が僕だとはバレなかったから謹慎処分もなにもなかったが、2度も奇跡は起こせない。
今ここから脱出するために何かしら術を行使すれば確実にバレる。体育教師といっても、霊能科の体育教師だ。柳ほどではないにしろ力の流れで術発動を察知するくらいはできる。
がむしゃらに走ったところで追い付かれるのは目に見えてるし、この玉を隠そうにも体操着にポケットはあるが………
バレるのは時間の問題だ。
「もう逃がさんぞ南雲!今日という今日は体育に参加させるからな!途中からでも良い、来い!」
首根っこ引っ付かんで体育館内に引きずり込もうとする体育教師。殴られたら体罰で訴えられるのに。
「ふっははは、腕が鳴るなぁ!どんな特訓メニューにするかなぁ!」
「…………うわぁ……」
サボり続けた罰なのだろうか。
体育教師の瞳はまるで新しいオモチャを発見して我慢できずに遊ぼうとする大型犬を彷彿と思わせ、歪んだ笑みを浮かべていた。
『オイオイ黒髪、お前この茶髪に何しでかしたんだよ?新しいオモチャ見つけたときの犬の瞳並みにギラギラしてんぞ』
神と名乗る玉も同じ例えにたどり着き、体育館内でクラスメートがバレーをしていたのを瞳に写した瞬間絶望感にうちひしがれた。
チームプレーとか、柳以外に友達がいない、それ以前に人と関わってこなかったこの僕ができるわけないだろう。
ずるずると引きずられていく僕の掌から声が途絶えた。どうしたのか。
「見ての通り今日の授業はバレーだ!お前チームプレーとか苦手だろう?チームプレーは体育には必要不可欠なものだ。というわけでバレーに参加させる!」
皆とても嫌そうな顔。それには構わずイ●バウアー並みに背中を仰け反らせて獲物を捕食する悪魔のように笑う体育教師。そうか。僕捕食されるのか。
『………そうだ!』
どうやら数分の沈黙は思考を巡らせるための沈黙だったらしい。体育教師なんかよりそちらに耳を傾ける。
「誰かさんが日々サボりまくってるせいでチームプレーが必要なやつとペアを組むやつが人数足りないんだよなー。ようやく人数がぴったりだ!今日足りないとこは委員長のチームだ!さぁ存分にチームプレーを楽しめ!!」
嫌みか?………嫌みだな。
体育教師に促されて委員長のチームまで歩いていく。
というかさっきからあの体育教師、神と名乗る玉がそれなりにデカい声で喋ってるのに聞こえてないのか?僕にしか聞こえないようにしてるのか?
汚物を見る目の委員長、その他の嫌悪感や恐怖感を露にするチームの皆のもとについた。涙が出るな。この嫌われよう。
………と、そのときだった。
神と名乗る緋色の玉の炎が描かれた部分から、本物の火が出現したのは。
『そうだよそうだよ!あいつがいるよ!会議の終わりにちょいちょい話してただけだけど、あいつなら力になってくれる!後々めんどくさくなりそうだけど今はなんでも良いや!』
「あっちぃ!!掌で発火するな!!」
今の僕は発火した玉を握りしめてるのだ。熱くないわけがない。
いきなり火ぃつくな。火傷するだろ。
だが今の大声はまずかったな。
「南雲……何してる?早く位置につけ」
委員長からの冷たい声はまあいい。問題は……
「南雲。掌のもん見せろ」
体育教師の察知能力。
体育館全体に散らばってる霊能力保持生徒の中から正確に僕の掌にある力を察知するとは……侮れんな。
『嵐武神!気づいてくれ!!』
あまりの熱さに耐えきれず、僕の掌から離れた玉。本物の火は体育館の天井を突き破って天高く延び……いやいやいや駄目だろ。
「おいこら!今そんなことしたら……」
「南雲!!まさかそれ校長が管理してるビー玉もどきじゃないか!?」
ビー玉もどき……一応神なのにビー玉かよ。否定できん。
まずいな。やはりというか、やばい事態になりそうだ。
「お前校長から盗みやがったな!?今度は謹慎処分だけじゃ済まんぞ!停学に持っていってやるわ!」
片腕をブンブン振り回して僕に突進してくるゴリラ体型の体育教師。面倒なことは嫌いなので、ここで術発動。
あの脳ミソまで筋肉でできてそうな筋肉質な教師の猛攻を阻止でき、ついでに教師に一泡吹かせ、己の身を守れる究極の術を。
「あらゆる災から身を守る防壁となれ!細豪壁!」
まあ、ただの結界だが。
僕の周り半径2メートルに現れた鉄壁の結界。勢いつきすぎて止まることを知らない体育教師はその防壁に顔面アタックして鼻血を噴き出し倒れこんだ。
「なっ……にぃぃ?人間に術は効かんはず……!」
「対人間用に改良したんですよ。なんとも無様な格好で……ぷっ」
「笑うなあああああぁぁぁ!!!!ごふっ」
興奮したからか鼻血が2度目の噴射をした。
ざまあ見ろ。
「おい。さっきの、何やらかしたんだ?」
『ん?ああ、協力してくれそうな神を呼んだんだ。もうすぐ引っ張り上げられると思うぞ。あいつ荒業ばっかだからなー』
引っ張り……上げられる?
炎の柱を出現させたのと、引っ張り上げられるという言葉がどう結び付くのか。
『にしても……こいつぁ驚いた。人間でこんなに力使えるやつは久しく見てなかったな……』
「なんだ?何か言ったか?」
いまだに炎の柱を出現させ続けてるから少し距離をおいて会話してる。そのためか、小さな声までは拾い上げることができなかった。
『いんや、なんも』
だが気のせいだったのか、神と名乗る玉は否定の意を表した。




