その67
〈清流side〉
普通科の生徒が、柳が、学園にいない。
自分の力不足のせいで連れて行かれてしまった。
これじゃあ何のために柳に特訓に付き合ってもらってるのか分からない。
柳が連れ去られてから3日経った。
普通科でも霊能科でも生徒が一人連れ去られたという噂で持ちきりだ。現在進行形で噂が広まって、あらぬ噂までちらほらでている。
連れ去られた生徒が実は妖怪、または妖怪の仲間なんじゃないかとか、死神に魂持っていかれたんじゃないかとか、訳のわからない噂が広まってて非常に不快だ。
主な原因は全学年女子だ。まったく、現場にいた訳でもないのにあらぬ噂を広めるのは得意だから女子は苦手なんだ。
だがそのことで女子生徒にいちいち文句を言っても無駄だろうし面倒だからしたくない。今はそんな陳腐なことよりもしなくてはならないことがある。
「ではこの問題を………南雲!解いてみろ」
今の僕の最優先事項は柳の居場所を特定し、連れ戻すこと。学園が何もせず安穏といつも通りの生活を送ってるのは気にくわないが、それなら僕個人で柳救出に向かおうじゃないか。
「南雲!聞いてんのか?今授業中だぞ!」
だが問題はどうやって学園からでたのか、だ。保険医の話では窓からひょっこり出て来て柳を担いでまた窓から飛んでいったらしい。すぐに窓の外を見たが二人の姿は見なかったと証言していた。
「くっそ、また無視か!これで3日目だぞ!おい南雲、先生の話聞いてるか!?聞け!お願いだから聞いて!」
あの狐妖怪、結界を破ったとき空から降りてきたよな。ということは行きと同じく空に向かった……とかか?いやでも空の上に島とかがある訳でもなし、考えすぎか。ではどんな手段でどこに行った?
「お願い!聞いて!!南雲の授業態度が悪いと俺が叱られるの!校長恐いの!お願いだから問題解いて!!」
ひとつだけ心当たりがあるにはあるが、狐妖怪も人間の柳や僕も入れない場所だ。そこは仮説で地球の空に存在しているとされている。
神だけの神聖な世界……神界。
だが狐妖怪はともかく、人間である柳が入れるはずがない。これまた仮説だが、そこは神以外の者は立ち入りが許されない場所。そんなとこにいるわけないか……ではどこに飛んでいった?
謎が多いな。
せめて何か手掛かりがあれば、少しは真実に近づけたのか?
「なぐもぉ……ぐすん、問題解いてぇ……無視されんのも結構心にクるんだぞぉ……」
手掛かりがひとつもないこの状況で、僕には何ができる?
探せ、僕のできることを。やるべきことを。友のために何かをしたいから。
といっても、どこから手をつけるべきか。学園が何もしないのに一生徒が動いたら教師にバレたとき後々面倒だし、それが柳の耳に入れば更に怒号を浴びせられるに決まってる。柳怒ると恐いしなぁ………ん?
………いや、ちょっと待てよ。
柳と出会ってからの僕はおかしいな。以前は誰かに怒られようが学園側にデメリットになろうがお構い無しに手段を選ばず物事を進めていたのに。
「こうなったら手段なんて考えんぞチクショー!なにがなんでも授業に参加させてやるっ!おい南雲!ボーッとすんな!授業に集中しろーっ!!」
「うぉわっ………」
教師が僕の机をバンッと思いきり叩いたせいで思考は授業に戻された。かと思いきや教師が僕の胸ぐらをつかんで喚き散らしている。なにやら怒ってるようだが泣き腫らした目をしているな。何があったのだ?
周りを見ても困惑してるクラスメートの顔がそこかしこにあるだけで、それだけでは現場把握までに至らなかった。
仕方なく教師の怒号に耳を貸すと、授業を放棄するなだとか校長に叱られたらお前のせいだとか問題解いてくれだとか言っている。確かに校長は怒ると恐いが報告しなければバレずに済むだろうに。真面目だな。
「お前のせいで俺ら教師がどんだけ校長に怒られてると思ってんだ!クビ寸前にまで追いつめられた人もいんだぞ!!」
「それは…………その、すみませんでした?」
「疑問符をつけんな!!誠意が感じられん!!謝るならちゃんと謝れやコラァ!!」
涙目、というか涙を流しながら訴えてくる教師。それを見て哀れみの表情になっていくクラスメート達。なんだこの状況。僕が全面的に悪いのか?
結局平謝りを何度も繰り返してるうちに授業は終わった。終始クラスメート達のなんとも言えない視線が痛かった。……だから、僕が何したって言うんだ。授業を無視しただけじゃないか。
これが日常なのに、何故そんな顔をするのか………僕が異常なのか?
やはりというかその謎は解明されず、すぐさま次の授業に………あ。
次は体育だ。
……………最悪だ。職員室の前を通らなくてはいけない。
毎回毎回職員室にいる教師数人にいい加減授業に出ないと単位をやらんぞとか脅しをかけられたりするから嫌なんだ。
「はぁ………校長に出くわさなきゃ良いが」
「見て!南雲 清流がため息ついてるわよ」
「悪鬼の如き人相だわ……関わらないようにしましょ」
恐怖は現実をねじ曲げる。だがこのときの女子生徒のヒソヒソ声は幸いにも南雲の耳には届かなかった。
着替えを済ませて体育館に向かう。
教師に見つからないよう注意しながら職員室の前を通ったそのとき、妙な気配を感じた。
「………なんだ?」
辺りを見回しても体操着を着たクラスメートやその他の生徒が屯してるだけ。特に問題はない。柳の件で気を張り過ぎてるだけかと職員室から離れていくと、何かが頭に響いてきた。
『……………こ………だ…せ………』
職員室から離れると声が小さくなっていく。
1度足を止めてみるが声は聞き取りづらいまま。なので少しずつ職員室に近づいてみる。すると徐々にハッキリ響いてきた。
『おい、ここから出せ!誰か!聞こえねぇのか!?……っチクショー……なんだってんだよ!おい、雷甲神!雷甲神は無事か!?返事しやがれ!!』
相変わらず雑談で盛り上がってる生徒を無表情で見送りながら考える。
今の言葉に霊力は感じなかった。霊力を使って誰かが念話を飛ばしてるというのはなさそうだな。
だが、仮に職員室から聞こえてくる声だとして、何故『ここから出せ』なのか?
僕の知る教師の声と一致しないし、そもそもの台詞がおかしい。誰の声で、どこに閉じ込められたのか。
そんなことを考えてたもんだから、職員室から出てきた教師の視界に捉えられてしまった。
「…………はぁ。南雲 清流か」
「は………校長先生」
危ない。ハゲ男爵といいそうになった。
校長は頭がつるつるハゲで服装が毎日きらびやかなもんだからほぼ生徒全員心の中でハゲ男爵とよんでいる。
それが校長の耳に入らないようにしてる様は面白かったが、校長の逆鱗に触れれば1週間ほど魂が抜けたような有り様になるのでそれは勘弁だ。
『出せ!おーい!そこの人間!!黒髪つり目の若人ーー!!』
「…………は?」
古い言い回しで呼び掛けられた。
黒髪つり目……って明らかに僕だよな。
もうすぐ授業が始まるからかいつのまにか僕の周りに人はいなく、廊下には僕とハゲ男爵校長以外誰もいないというこの上なく最悪な状況。
鋭い視線と艶やかな頭皮が校長の威厳を感じさせる。
自分でも顔色が悪くなっていくのが分かる。
「また授業をサボる気か。懲りないやつだな」
「え、まだチャイム鳴ってないですよ」
けっこーギリだが走れば間に合う。
「5分前には準備を済ませるのが常識だろう。サボり魔には知り得ない常識だろうがな。どうせ走れば間に合うとか思ってるんだろ?」
「まったく以てその通りです」
「いや少しは否定しろよ!廊下走るなよ!」
「走りませんよ。早歩きです。ほら」
そう言いながら1本も毛が生えてない頭皮がつるつるの男爵校長の周りを凄い勢いで歩き出す。今にも風を切る音が鳴りそうな勢いで。
「走ってるじゃあないか!ったくもう……もういい!授業始まるからさっさと行け!私のせいで授業に遅れたなんてことにはなってほしくないからな」
最終的には呆れられて終わった。良かった。長々と日頃の僕への説教は免れたみたいだ。
頭皮に不自由してる実年齢58歳つるっぴか校長の周りを俊敏に歩いたときと同じスピードで廊下を早歩きする。後ろから何か叫び声が聞こえてくるが無視だ。
「…………バレてないな」
体育館の入り口付近で掌に収まってる物を見る。
『…………人間って、こんな手癖悪かったっけ?』
「うるさい」
掌に収まってる物から声が聞こえる。さっきから頭に響いてくる声だ。僕はその淡く綺麗な紅い玉を見下ろす。
それは、僕が以前盗んだ紅い玉と同じ物だった。




