その64
〈清流side〉
「柳!!柳っ!!」
何度声をかけても目を覚まさない柳。
あれからすぐ結界の外に出て、気休めではあるが治癒の術を施した。だがそれでも傷は癒せない。
霊能力は万能じゃない。
魔法みたいにホイホイなんでもできる訳じゃないから悔しい。
教師に言うか?だがそうすれば普通科の生徒を霊能科の仕事……妖怪討伐に参加させたことで僕も柳もお咎めがあるだろうし、だからといって柳をこのままにしたら命が危うくなる。
気休めの治癒術を使うことはできても、傷を治す術がない。
こんなこと、天秤にかけるべきことではないのかな。結局僕も人間。自分が一番可愛いんだ。
だが唯一の友人を見捨てるほど非情な人間でもない。誰だって、友人が目の前で死にそうになってたら助けたいと思うだろう。僕も同じだ。
柳を助けたい。
だから、たとえ教師に何を言われても、明日から一緒に妖怪討伐できなくなっても、教師に全て話して柳を治療してもらおう。
学園内での移動系の術発動は禁止されてるから、柳を肩に担いだ。
やはり意識のない人間は重いな。などと考えていたそのとき、サイレンのような頭に響く音が学園内に響き渡った。
「………なんだ?」
このサイレンは緊急時用だ。学園に何か良からぬことがあったのか?
学園にとって良からぬことを指すのは主に妖怪が学園に近づいたとき。森の立ち入り禁止区域を出て学園側に向かっているなどのときにこのサイレンが鳴る仕組みだ。
ちなみに僕の結界内に現れた妖怪には反応しない。そう工夫して結界をつくったからな。頑張った僕を褒め称えたい。
「レベルCです!マズイことになりました!」
「緊急用大結界を張れ!霊能科の教師を集めろ!」
「レベルDになったら、俺らどうなるんですか……?」
「馬鹿!今そんなこと考えても時間の無駄だ!とにかく今できることをやるんだ!」
小走りで医務室に向かっている途中、霊能科の教師の声が段々近づいてきた。
声の聞こえた方を見ると、とても慌てた様子の教師陣が大がかりな結界を張っていた。
「ちょうど良いところに……!先生!怪我人の手当てをしてほしいのですが……」
教師は二人。片方は保険医。タイミングが良いな。
僕の声に反応して二人がこちらを向く。
「南雲 清流……っ!今お前の相手をしてやれるほど暇では……って、その子普通科の生徒か!?大怪我してるじゃないか!」
「話は後だ。その子を医務室に連れていく。応急措置をしたあとすぐに病院に搬送する」
大がかりな結界を張るのを止め、慌てた様子が一変して真面目な保険医の顔になった。
担いでいた柳をひょいと持ち上げ、駆け足で医務室に向かう保険医。……姫だっこされてる。男のプライドが傷つきそうだから柳には内緒だな。
柳を抱えた保険医を視界に捉えたもう一人の教師が声をあげる。
「北里先生!この結界はどうするんですか!?俺一人じゃ1分も持ちませんよ!!」
結界をつくるのに必死な教師を見て保険医は鼻で笑った。
「何を言う。学園きっての優秀陰陽師がそこにいるだろうが」
そこで僕を一瞥し、また保険医の顔を見る。
「…………不安しかない」
絶望的な表情でそんなことを言われた。この教師、僕が傷つかない人間だとでも思ってるのか。
「だーいじょうぶだって。んじゃあとは宜しく」
「北里せんせぇーっ!!」
泣きそうな面して保険医を呼ぶが、当の保険医は遥か彼方に。
「…………結界……手伝ってくれ」
「……はい」
ものっっっすごく渋い顔でお願いされた。……泣いていいか?
結界が少しずつ弱くなっていってる。僕がどうにもしなかったら弱い妖怪の一撃でバリンだな。
「攻撃系の術が得意なんだろう?結界なんてつくれるのか?」
「攻撃系は二の次です。僕が一番得意なのは結界です。……唯一の友人に言われるまで、僕自身も知りませんでしたが」
結界の詠唱を口ずさみ、巨大なドーム型の結界を学園全体に張り巡らせた。かなり強固な結界なので神経を使う。意識を結界だけに集中させた。
教師は自分のつくった結界より巨大で安全で強固な結界を唖然と見上げていたが僕は冷静に説明を求めた。
「レベルCとはどういうことですか?」
この学園の危険を知らせるサイレンはレベルが4つある。レベルDが一番危険だ。
森から出た下級~中級の妖怪が学園に近づいてきたなどはレベルA。森から出た下級~上級の妖怪が学園内に潜り込んだなどがレベルB。このふたつの事例は今までにもあった。僕が在学中にもレベルAがあったし。
だがレベルCは初めてだ。どんな危険が学園に迫っているのだろうか。
「そうだったな。中等のときの入学式ではレベルA、Bしか説明されてなかったか……Cは事例がないからな」
一人ぶつぶつ言ってるが、ちゃんと結界張れよ。僕一人じゃキツイ。
「レベルCは、規格外の存在が学園に近づいたときに鳴るんだ。上級以上の妖怪、あるいは神様。まあ神様はないかな。忙しいのにこんな辺鄙なところに来る神様なんていないだろ」
だいぶ結界が安定してきたため僕も教師も結界に力をこめるのを一旦止める。
「それにしても……」
ふぅ、と一息ついたところで教師が僕をじっと見ていたことに気づく。その視線は、いつもの嫌悪感を露にする視線とは全く違うものだった。
「お前が血相変えて怪我人を運ぶなんてなぁ。実家絡みの大事な仕事の取引人か?あ、でも普通科の生徒ならそれはないのか……?」
友達、という結論に至らないのはきっと僕の周りに親しい者がいない時期が長すぎたのと、実家が絡んでいるのだろう。
実家の仕事の取引人とは、妖怪討伐や対妖怪用の毒草を摘むなどの仕事を陰陽師に依頼する人間のことを指す。
人によっては依頼人、取引人、時には依頼人を保護対象と称することもある。
僕の実家では、取引人がかなり沢山いる。その多くは霊感が強いだけな一般人で、南雲流陰陽師と縁が強い者ばかり。
中には年の近い依頼人がこの学園に通うこともあるため、教師は皆依頼人だと勘違いしているのだろうな。
だが柳は違う。仕事でしか繋がりを持たない依頼人という脆い関係ではなく、友達だ。
友達という単語を思い浮かべれば顔も自然とにやけてしまう。それを必死に抑え、教師に意を唱えた。
「違います。友達です」
すると今度はこの世の終わりみたいな顔しやがった。なにゆえ!?
「あの南雲に友達だと……!?世界滅亡へのカウントダウンか!?」
「何故世界滅亡なんだ!僕にだって友達はいるさ!ぼっち卒業したんだついに!悪いか!?」
マジで、泣いていいか?
「霊能科でも普通科でも恐れられて、まともに人と話すことすらできなかったあの南雲に友達って……騙されてるんじゃないか?」
「それが教師の言うことか!?てか僕恐れられてたのかよ!どうりで皆話しかけても会話が成立しなかったり同い年なのに敬語を使うわけだ!」
「気づかなかったのかよ!」
知らぬ事実に心がえぐられたまさにそのとき、結界に強い衝撃が与えられた。
ドォォォンッッ!!!
「……!南雲、結界を強化しないとまずいぞ!」
言われなくてもわかってる!
結界に、よりいっそう力を込める。だが結界は脆くもヒビが入ってしまった。
「どういうことだぁ!?南雲の結界にヒビが入るなんざ、ただ事じゃあねぇぞ!!」
……っ、これでも全力なんだがな。
教師も加わってるから生半可な力ではないはず。これは……本当に、危ないかもな……
ピシッ………ミシ…ミシ………
込める力に比例するかのように深く、深くヒビが入っていく。
そして。
バリィィィンッッ!!!
決して弱くない結界が、あっけなく砕かれた。
「南雲!上空になにか……」
結界を砕かれたショックで呆然とする僕の肩を揺さぶった。はっと我にかえって教師の指さす方向を見た。
「………あれは……なんだ?」




