その38
「なっ!?この速さについて来ただと!?」
驚愕の色を見せる涙狐。
遅いと言ってもそこそこ出来る涙狐なのだろう。だから、余計に焦りが見える。
その言葉を最期に、涙狐の命は儚く散った。
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「これだけあれば充分だろ」
息絶えた涙狐の身体から血液を採取する。
涙狐の血液は調合したらかなり効果のある薬になる。そのため、できるだけ多くの血を採取することが義務付けられている。
だから涙狐の討伐、後に血液採取の依頼が来た時は極力傷をつけず、血を垂れ流して質を悪くしないようにする必要がある。
そしてその依頼に適した術を使える者が依頼をこなすことで、より良い質の血液を多く採取できるんだ。
その適した術を使える者というのに俺も含まれる。
「……何度使っても良い気はしないな、この術は…」
自分でも分かるほど悲しみが含まれた苦々しい顔で言い放つ。
俺がさっき放った酷黒刃という術は、簡単に言えば感覚を麻痺させる術だ。
感覚を麻痺させ、死に至らしめる残酷な術。
瞳が合わさったときに術を放つことで最初に視力を奪い、力を使えないようにする。
その瞬間に浮遊していた2枚の呪符が涙狐の身体を斬り刻む。
だが、見た目は斬撃の跡はどこにもない。
跡はなくても、涙狐本人には鋭い痛みが走っている。
呪符が斬り刻む部位には跡がないけど、まるで本当に斬られたかのような痛みが残る。そのせいで痛覚が異常に麻痺し、本来より酷い痛みが残るらしい。
変わったことに、斬られたところは痛むだけでなく本当に斬られている。
心臓を斬り刻めば息の根を止めれるし、いつもそこを狙う。
……血は出てないのに斬られる。
斬られたのに痛みしかない。
なのに、本当に斬られている。
それがわからずに死んでいく涙狐達。
己の死を理解できずに朽ちていくなんて、残酷だ。
「悪いな。これが俺の仕事なんだ」
採取し終わった涙狐の血液が入ったビンを数個カバンの中に入れて次の依頼を受けようと移動する際、そう言った。
別れ際はいつもこうだ。
相手は妖怪。害悪の象徴だ。だから俺が顔を歪める意味はない。
……だけど……。
今の俺の顔は歪んでいる。
ただ、その表情が悲しみなのか哀れみなのか、はたまた違う感情なのかは自分でも分からなかった。
……いつまでもこんなところで道草くってる暇はないんだし、気持ちを切り替えて次の依頼をしなきゃな。
俺は涙狐討伐の依頼書をカバンの中に突っ込むと2枚目の依頼書に目を通した。これもまたあまり使いたくない術を使わなきゃ達成できない依頼だったが、腕時計を見たらけっこう時間が経過していたから早めに終わらせなくては。
どの依頼も今いるS地区のものだからすぐに終わるだろうけど、帰る時間のことも考えたら少し急いで依頼を遂行しないと門限に間に合わない可能性もある。
罰則くらうのは御免だ。
という訳で急ぎ足で依頼書に書かれている妖怪を探す。
涙狐の遺体を土中に埋めるのを忘れずに。




