その36
正門を出て森の中を進むとあちらこちらに木に括られた色とりどりの糸状の結界が見えてくる。
これが、各地区を判別する目印だ。
この結界は不思議な術が組み込まれており、妖怪も人間も通り抜けることができる。
ただし、妖怪は討伐可能なレベルの妖怪のみ。討伐不可能だと結界が判断した場合はその妖怪を学園に近づかせないように強く弾く仕組みだ。しかもそれぞれの地区に見合うレベルの妖怪はなるべく生徒が討伐しやすいように結界の外に行かせない。
いったいどれ程の難しい術を組み込んだのか、同じ陰陽師として気にはなる。
紫色の糸が木に括られているより向こうの地区がS地区。俺の受けた依頼に指定されている場所だ。
「さて……まずはひとつ目」
数枚の依頼書を手に、S地区結界内に入る。
俺の受けた依頼は全部S地区でしかできないもの。
妖怪の血液等を採取し、その筋の研究機関に渡すというもの。
1枚目の依頼書を読み上げる。
「涙狐の討伐、後に血液を採取…か」
涙狐とは、普段は何かに化けて静かに生活しているが、何かしら強い感情を放ったときは涙を流して他者に訴える、という変わった妖怪。いや、変わってない妖怪などいないんだが。
見た目は光に照らされるとシルバーになることもあるほど純白で、肌触りはわたあめみたいにふわふわ。
弱々しそうな愛らしい姿は兎を彷彿とさせるが、生憎弱々しい兎ではない。
主食は生き物の目玉で、食べ方がエグい。一部では人間の目玉が好みらしいとの噂もある。
人型のときは力も相当強いし、一度動いたら目視できないくらい俊敏だ。
……実家から送られた依頼じゃなきゃ引き受けなかったんだがな。
奥ヶ咲では実家から離れていても実家に送られた依頼がそのまま俺宛に学園に寄越され、それを遂行する、というのが通常だ。
俺の場合、一度に何十件もの依頼書が実家から届いて、それを期限内に達成する……といった流れ。
俺は普段父親には逆らわない。いや、逆らえない。
だから依頼を拒否することも先送りにすることもできない。
頭では理解している。
だが、やはりこの依頼は毎回顔を歪ませる結果になる。
「なんで奥ヶ咲家は非人道的な術を使わなきゃ達成できない依頼しか引き受けないんだ……」
唇を噛みしめる。
非人道的、あるいは残酷な術を主に研究している奥ヶ咲流陰陽師。その理由は奥ヶ咲家の機密に触れるので割愛するが、他の陰陽師からしてみれば奥ヶ咲家は異形な陰陽師なんだ。その噂も何度も耳にした。
俺は反論こそできなかったが、心の中では常々奥ヶ咲家のやり方を否定してきた。
結果だけ言えば、もっと簡単で残酷でない術を使ったって依頼達成できたはずのものも、非人道的な術しか使ってはいけないという暗黙のルールがある。
俺はそれが嫌なんだ。
確かに妖怪は討伐するべき異形の者だ。だけど、わざわざ残酷に殺さなくても良いじゃないか。
……そう、思ってしまう自分がいる。
「……ふっ。口では言えないくせにな…」
鼻で笑ってしまう。
意見もろくに言えない自分に対して。
感傷的になっている途中、あちらこちらから強い妖気を感じた。
そうだ、ここはS地区。感傷的になっている暇はない。
改めて気を引き締め、妖気の出所を突き止めるために意識を集中する。
だが、やはりというか……すぐには探知できない。
俺にはイオリのような優れた探知能力はない。
イオリは攻撃力が皆無な代わりに探知能力と防御に秀でている。俺は逆に攻撃一筋なために探知能力が乏しい。
イオリの探知のしかたは特殊だが、その探知能力は一級品だ。
だから、一人で依頼をこなす際はいつもイオリがいてくれたらと思ってしまう。……だけど、一人でこなす依頼にイオリを巻き込む訳にはいかない。
実家から送られた依頼は全て残酷な術を使うはめになるから。
イオリにそんなものを見せたくない。




