その3
白狐に促され、シャッと襖を開けて「失礼しまーす」と形だけお辞儀する。
「嵐武様ー、俺に何の用ー?」
そして中へ入った瞬間……
ぶわり、と俺の身体が宙を舞った。
「ちょちょちょ、待っ……なんっ……!?」
――――どっしーんっ!!
勢いよく脳天から落下した。
意味が分からない。
なんで襖を開けた途端に宙を舞わなきゃいけないんだ。
「いってぇ!!嵐武様何すんの!?」
痛む頭を押さえながら俺の身体を舞わせた張本人を睨む。すると俺よりも鋭い眼光でじろりと睨み返された。
「仮にも神に向かってタメ口とはな。人間としてみればあと僅か5年で成人する身……少しは弁えたらどうだ、爽」
透き通る声とともに部屋の奥から姿を表したのは、サラサラストレートの白銀の長い髪を後ろで結んだ整った顔の男。
もうすっかり見慣れているその顔はわざとらしく口元に笑みを浮かべている。
「いってぇ……嵐武様の横暴!」
踞る俺の目の前まできてにこーっとより一層笑みを深くしたかと思いきや。
「ちゃんと聞けやクソガキがぁぁぁ!!」
俺の顔面に膝をめり込ませた。
「ごふぁっ!!聞いてる!聞いてますから!お話を聞きに参りましたでござるっ!」
「敬語と武士言葉両方使うんじゃねぇよ!お前は何時代の人間なんだよ、ええ!?」
「平成生まれの15才だよ!」
「敬語ぉぉっ!!」
「すみませんでしたぁぁぁ!!」
ようやく口論が終わった頃。俺らは向かい合う形で正座していた。
「……本日はどのようなご用件で呼び出されたのでしょうか」
「フン、やればできるじゃねぇか」
白銀の長い髪をさらりと揺らし、満足げに鼻を鳴らす目の前のこの人は風の戦神・嵐武様。先程俺の身体が宙に浮いたのはこの人の力だ。
暴力を振るうし俺をパシリにするし俺で遊ぶし仕事サボりまくるけど、一応こんなでも俺の保護者だ。人格直せ暴力魔!
なーんて、口が裂けても言えないので何も言わず目を泳がせているとすぐ側にいた白狐が嵐武様の頭を鷲掴みして冷ややかな眼差しを送っていた。ひぇっ!怖!
「おかしいですね。机に括りつけたはずなんですが」
「ハッ!あんなのすぐ抜け出せたぜ。腕鈍っちゃったんじゃねーのー?ははは……ぁああああいだいいだいいだい!!やめろ禿げる!!」
「禿げればいいのです白髪の老神が。というか早く用件を話して下さい。爽だけでなく私にも話があるということはそれなりに大切な話なんでしょう?」
「誰が白髪だ!俺のは白銀だ!!それに衰えてもいねぇよ!!」
狐の神使に頭を鷲掴みされている神様。なんて絵面だ。皆さーん!あれでも神様と神使ですよー!
白狐と嵐武様の言い争いも収束し、ようやっと嵐武様が本題を切り出した。
「今日はちっとそれなりに大事な話があるからな。心して聞けよ」
「……大事な話?」
ああ、と頷いた嵐武様はどこか憂いを帯びた瞳で口を開いた。
「最近、神界で問題が多発してるのは知ってるよな?」
「………」
……知ってるよ、それくらい。
他の神様達も皆それを口にしていたから。
人間界で神社が少なくなったために、神社の祠を依代にしてる神様が次々と消えていくだとか、神界でも神様同士が争ってるだとか、聞きたくもない情報が色々耳に入ってくる。
俺は人間で皆は神様。
だけど俺はここにいる皆が好きだ。
小さいころは嵐武様に仕事関係で会いに来た神様が時間が空いてるときに遊んでくれたし、ちょっと外に出たら通りすがりの神様が話相手になってくれたりして色んなこと教えてくれたし、ちょっとやんちゃなことしたら嵐武様や白狐が怒ってくれた。
嵐武様は横暴だけど家族として愛情を注いでくれてるのは分かってた。保護者として些か問題ある神様だけど、悪いひとじゃない。
優しい神様も厳しい神様も、みんなみんな大好きなんだ。
そんな大好きな皆が争ったり、目の前から消えたりしたら悲しい。辛い。
って。
何序盤からしおらしい子犬系男子気取っちゃってんだよ俺は!気持ち悪いわ!
あああ、自分からやっといてなんだけどマジ気持ち悪いわ。まあ皆が大好きなのは本当だけどな。
先程の嵐武様の言葉に頷く。
「ここ数日は特に神同士のくだらねぇ争いが頻発しててなぁ。近々、この神界でそこそこデカい規模の戦が起こるらしい。もしかしたら多少人間界にも影響あるかもな」
神様同士の戦は今までも何回かあった。
けど、力の弱い神様同士のちょっと規模はあるけどプチ喧嘩でした~みたいなものだったからそこまで問題はなかった。
だけど噂では今回は高位の神様二人の戦らしく、仲裁できる者は誰一人いない。
「で、こっからが本題だ。最上の神から伝令があった。上の神同士の戦に人間を巻き込む訳にはいかないってことで、お前には人間界に避難してもらう」
その場の空気が固まった瞬間だった。
俺は何を言われたのか理解できず、一ミリも動けない。白狐は隣で目を見開いて嵐武様を凝視している。
待て。ちょっと待て。今何て言った?人間界?避難?誰が?いや神界にいる人間俺しかいねぇよ俺だよ馬鹿。
「私は反対です。神界が戦場になっても私達が爽を守れば良いでしょう」
「簡単に言うな。戦が始まればどうしたって俺はそっちに行かにゃならんし、お前だけで爽を守れるかよ。神同士の戦だぞ?」
「それは……そうですけど」
二人がなんか話してるけど全く耳に入ってこない。
そうか俺人間界に行くのか。戦なら仕方ないよね。皆と離れるのは寂しいけど我が儘なんて言えないよな。
大丈夫大丈夫。人間界でもそれなりに上手く生活できる自信あるよ。なんせ俺は社交的だからな。人付き合いは上手い方だ。
自分で言っちゃうとか!あっはっはっ………
いやまて笑い事じゃねぇよ!?
「俺無一文なんだけど!住居とか生活費どうすんの!?」
また敬語がなくなってるが動揺してるからか嵐武様は突っ込まない。
「まあそこは安心しろや。最上の神から、お前にぴったりな全寮制の学園に編入できるように手配したって聞いたからな」
「学費は!?」
「そこの学園、成績が良いやつは学費免除されるんだと。お前なら余裕だろうって最上の神は言ってたぞ。俺も同意見だ」
どどどどうしよう!!?
未知の世界にさようならの展開で尚且つよく分からん全寮制学園とやらに入学させられるとか何のいじめだよ!!
人間界行ったことないんですけど!?俺人間なのに人間界行ったことないってなんか変だけど行ったことないのはホントだもん!!
学園てアレだよな?人間界で色んなこと教わる若者のための学舎だよな?つーか全寮制って何!?なんかのイベントか?わかんねぇーっ!!
色々とぐるぐる考えて頭がパニクっていると、嵐武様が俺の顔を見て吹き出した。
「ぶふぅっ!ちょ、おまっ、百面相とか止めろよ!面白いだろーが!」
「百面相なんかしてねぇよっ!!」
どうやら無意識に表情をコロコロ変えていたようだ。ヤダ恥ずかし。
しばらく笑い転げた嵐武様を白狐が一喝して、話を再開した。
「まあとにかくだ。お前がうだうだ言ってももう決定事項だからな」
「うだうだは言ってない!……ですよ」
「言ってただろ。顔が」
「話を掘り返さないで下さい」
話が脱線するたびに白狐が止める、を数度繰り返して再び本来の話題に戻った。いや、嵐武様が壁にかけてある時計を見て早口で捲し立てたと言った方が正しいか。
「全寮制ってのは学園に通う人間が学園にある……家って言った方がはえぇな。その家で生活するってことらしいぜ?俺は知らんがな。人間界の教養はここでお前が勉強してたのと変わらないから問題ない。お前記憶力だけは良いもんなぁ。学園の制服やその他諸々必要なものは最上の神が手配してくれるからな。感謝しろよー。ちなみにお前が人間界に行く日は明日だ。じゃあそゆことだからさっさと出てけ。客が来るからな。お前は邪魔にしかなんねぇ」
「長っっ!!やけに親切に説明してくれたと思ったら厄介払いしたかっただけかよ!」
俺泣きそう。
「ったりめぇだろ。さっさと出ろ」
言われずとも出てくさ!と思いながら「失礼しましたっ!」とヤケクソ気味に言い、勢いよく襖を開けて部屋の外に出た。