その230
御叶神は頬杖をつくのを止めて腕を組む。
「……俺らは、どうしたって忙しい身分だろ?だからといって白狐だけに任せても、爽の封印が解けた時に対処できない。だがお前や他の神を側に置いておくのも限りがある」
「………」
「あの封印は恐らく神ヶ原 ノアが施したものだろう。なら、封印が解けた時に対処できる。再び封印術を施すなり、万が一の場合は滅するなりできる。だが今のところは害にならないため我ら神の保護対象だ。だから、監視と護衛の意味で陰陽師の学舎に入学させた」
「………」
「あの学園なら有望な陰陽師がそれなりにいるし、神ヶ原家当主もいる。今のとこは普通科の生徒である爽を守ってくれるし、あいつのことだ。学園に害を及ぼす場合は排除してくれる。力が拮抗してたら俺が神ヶ原の呪いの一部を解けば良いし、これで俺らが慌てて駆け付けなくとも解決できるって訳だ。あとは……そうだな、親離れ・子離れさせるためっつーのもある」
「最後は余計だ」
一通り説明されて、不快な部分もちらほらあったせいで思いっきり眉間にシワが寄っている嵐武神。薄く笑って冷ややかな眼差しで見つめてくる御叶神にガン飛ばして威嚇する。
「あ、一応誤解のないように言っておくけど、さすがに俺も最初っから全部知ってた訳じゃねぇからな?段々疑っていったっつーのかな……」
「でも今は全部知ってんだろ。同じことじゃねぇか」
にこり、と外面の良い笑みを浮かべる。その笑顔の裏に隠された本心は誰も読み取れない。
「他の神も、薄々勘づいてるぞ。爽が普通の人間じゃないって。爽を毛嫌いしてる輩を筆頭に、さっさと排除しろと言ってて困ってるんだよなぁ」
「どいつだ。シメるから言え!」
「感情に任せて行動するのは愚者のすることだぜー嵐武神?」
飄々と、なんてことないように言葉を並べる御叶神にイライラゲージが溜まりに溜まった嵐武神がとうとうキレた。
「おっ……前は……!なんとも思わないのかよ!?この15年間ずっと神界にいた爽を俺と白狐の次に可愛がってたじゃねぇか!!」
ドンッ!と壁を叩いて悔しげに睨む嵐武神に尚も冷たい眼差しを送る御叶神。その瞳からは何も感情を感じない。そして暫しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開き……
「神に情など不要だ」
そう言って切り捨てた。
「……っ!」
確かに神に情は必要ない。そんなもの邪魔なだけだ。それはずっとずっと前から、白狐が神使になるずっと前から分かっていたこと。割り切っていたこと……だった。
だが一度情を持ってしまえば、それを切り捨てることなどできやしないのだ。
彼は……嵐武神は、それほど冷酷にはなれない男なのだ。
本心を表に出さず飄々とした態度の御叶神。最上の神だからそりゃ情に流されて物事を進めることはできないんだろうが、それとこれは別だ、と嵐武神は憎々しげに悔しそうに、それでいて少し悲しみを含んだ瞳で御叶神を見つめる。
嵐武神の心情を知ってか知らずか、今度は笑みを浮かべることなく淡々と告げる。
「堕神達の目的は爽らしいな」
嵐武神はそれに言葉を返さず、ずっと睨みつけている。
「爽が何らかの目的に使われるのなら、それは絶対我々神にとって良からぬものだ。なんとしても阻止せねばなるまい。だが、今すぐに爽を排除するほど俺も冷酷にはなれん」
わざとらしくため息混じりに言葉を紡ぐ御叶神。
「だから神ヶ原 ノアを筆頭に、堕神から爽を守ってもらう。あいつのことだから学園に在籍してるうちはきちんと守ってくれるだろうが、一応そう伝えておこうと思ってな。時間があればお前も様子を見に行ってやれ。……ほい!真面目な話は終わり!俺も仕事が山積みなんだ、とっとと行った行った!」
話すことは全て話したからか、殺伐とした空気は消え失せてようやくいつもの笑顔を見せる御叶神。
何か言いたげに眉をひそめる嵐武神だが、口を開くことなく黙って御叶神の部屋を出ていった。
嵐武神が去っていった方を一瞥し、ふぅっと大きなため息を吐いて背凭れに背中を預ける。やり場のない感情を持て余すように髪をくしゃりと握り潰した。
「……まあ、俺も人のこと言えねぇけどな……」
苦し気な表情で、悲しげな瞳で、誰も聞くことのない本音をぽつりと溢した。




