我らが四大組織長様(仮)
「………」
「わーい!」
「ほお…」
「やっぱりねぇ」
四人がクラス発表の掲示を見上げたときの反応は見事なまでに四者四様。
「やったね!杏里ちゃん!今年も同じクラスだよ!!」
「エエ、ソウデスネ。」
結華に両手を握られなすがままの杏里の目は完全に死んでいる。
「四人同じクラスとはな。稀なこともあるものだ。」
陸の言葉は当然のものであった。なんせ一クラス20人という少人数制ではあるが一学年クラスは10以上あるのだ。だが桐はその言葉に否定を返す。
「いやぁ…ある程度予想はしてたよ、結局全員特Aだし。」
「先ほどからお前はいったい何なのだ。思わせぶりなことばかり言いおって。はっきりと述べろ」
陸也は桐の濁した発言が気になっていたらしく腕を組み横目で見やっている。
二人の会話を隣で聞いていた女子二人も興味をそそられたらしい。なになに~?と結華が首を突っ込んでくる。
「啓晶高校三年のクラス替えの噂話だよ。噂話というか公然の秘密?」
「そんなのあるんだ!」
感心したような結華に桐は驚いたような視線を送る。
「ええ!?りっくんは仕方ないとしても何で結華ちゃん知らないの!?有名じゃん!もしかして…杏里ちゃんも知らなかったりとか?」
「おい、俺のことをりっくんと呼ぶなと何度言ったら」
「あー、はいはい。ややこしくなるからりっくんはちょっと静かにしててね」
「んー、私は聞いたことないなぁ。杏里は?」
「あなたが知らない噂話を私が知っているとお思いですか?」
「だよねー。」
などと言い合う二人を信じられないという顔で見る桐はなんだかんだで説明をしてくれるようだった。
「俺らの学校一応進学校じゃん?だから、三年っていう受験に大事な時期に問題ある生徒を拡散させたらまずいってことで、家庭や個人に事情やら問題がある生徒は大方を一つ所に集めておこうっていう考えで創立からずっとあるっていうのが特Aクラスらしいよ。」
「ですが、そのようなクラスに入れられた生徒から不平不満が起こるのではないですか?」
「それがさぁ、歴代の特Aって変人と天才は紙一重を地で行ってたらしくって、有名な卒業生はほぼ特A出身者っていわれてるんだよね。それに特待生の大半が特Aだし。おかげで特Aってのは一種のステータスらしいよ。」
「ふーん。そんな制度があったんだね。」
「ていうか、三年生に一つ余りクラスがあること気にならなかったの?」
「気づいても無かったね!」
愉快なやりとりをする結華と桐は不思議そうに顎に指を当てる杏里に気づく。
「杏里ちゃんどうしたの?」
心配そうにきく結華に対して
「あなた方がそのクラスなことは理解出来ますが、どうして私まで同じクラスなのでしょう。ようは奇人変人問題児を十把からげて一つにしたということでしょう。私個人は特に問題行動を起こした覚えなどもありませんし、家庭事情にも特に問題はありません」
堂々とお前らと一緒にするな発言をかます杏里。
「杏里ちゃんて、自分のことわかってないよねぇ」
どことなく呆れたような結華と
「りっくんは珍しき編入生、僕も生活態度に問題があることは自覚済み。結華ちゃんに至っては勉強出来なさ過ぎて何故入学できたのかが七不思議化してるし、杏里ちゃんは人を寄せ付けない他人を拒絶するスタイルを問題視されたんじゃないかなぁ。」
腑に落ちない顔をする杏里に対して苦笑いしながら説明してくれる桐。
「クラスなどどこでも大差ないが間もなく予鈴がなるぞ。始業式に向かわないとまずいのではないか」
冷静に腕時計を見て告げる陸也。
結局杏里は自分の特A行きに納得することなく、結華に背を押されながら始業式に向かうことになる。
◇◇◇
始業式が行われる体育館では予鈴前ではあるが生徒がそれなりに並びはじめていた。
目を輝かせ全身からフレッシュなオーラを纏っているのが新入生だろう。
天井は高く作られ、よくあるボールが挟まっているという現象も起きていない体育館はバスケットコート四つ分はあるだろう広さがある。
「特Aはっと、あの端っこだな……少人数なのに何か目立ってんなぁ。」
桐の言う通り他クラスよりも人数が少ないというのに異様に目立っている集まりがある。
髪型以外鏡から抜け出して来たのかと思うような双子。
きらきらとした金髪をたなびかせる肉食獣を思わせる雰囲気を持つヤンキーにしか見えない女子。
その横には赤メッシュを入れた目つきが凶悪犯のごとく悪い青年がいる。こちらも見た目は不良である。
車椅子の青年と改造制服でゴスロリチックに仕上げられた少女がにこやかな笑顔で火花を散らしている、などなど。
普通であれば関わりたくない団体だ。
そこにためらいなく近づける時点で四人とも普通という枠からずれているのだが幸か不幸か気づくものはいない。
四人が列に並び数分。何人かの生徒が慌ただしく体育館に飛び込んだところで、本鈴が鳴り響いた。
マイクの電源が入る独特なノイズ音が響く。
『これより○○年度啓晶高校始業式を執り行います。司会は私、生徒会副会長の安藤七海が行います。』
涼やかな女生徒の声が体育館に行きわたり、始業式が始まった。
式はつつがなく進行される。
やけに長いお偉方の話が終わりまばらな拍手が聞こえるなか
『次は生徒会長の挨拶です』
という言葉に少し場の雰囲気が変わる。
自信に満ちた表情で壇上に現れたのは光を反射して輝くプラチナブロンドの美青年。
大凡の生徒が黒のブレザーを身に纏っているにも関わらず彼が身に纏うのは照明を跳ね返すようなまばゆい白。形だけは全く同じであるその制服は白皙の青年を儚く見せると同時に神々しさすら感じさせる。
『――あー、あー』
マイクの調子を確かめるように声を発したその青年は伏せていた目を見開き前を見据える。その瞳は鮮やかな空色。
『俺は今年度の生徒会長、花鳥院風月だっ!!』
だ、だ、だ…エコー
『春の穏やかな陽気の中、このよき日を迎えられて大変喜ばしい!これもひとえに俺の日頃の行いのお陰だろう!』
新入生唖然
『さて、長話は年配の方の特権。であれば若輩の俺は簡潔に済まそう。』
彼へ飛ぶ女子の黄色い声
『高校生であることを楽しめ!生徒会長である俺が貴様らの青春を全力でサポートしてやろう!』
賛同の声は野太さがある
『今しかできないことが何なのか探すのも楽しかろう!存分に生きよ!だが箍を外すな。』
額を抑える者、にこやかに見守る者。教師陣の反応はわかれる。
『理性をなくす者どもには…っと、口うるさくするのは俺の役割ではないな!忠告は次に登壇する風紀委員長に任せよう。』
一度言葉を切ると生徒の顔を見渡す。
『楽しくない人生は楽しくなかろう。貴様らが後々思い出して少しでも人生の支えや糧になるような、そんな学生生活が送れることを祈っている。―――以上だ』
最後にニッと笑うと歓声が上がり拍手が起こる。
風月の宣言通り二分に満たない短い登壇でありながら蔓延する興奮。
さながらそれはアイドルコンサート。
「何です…これ…」
HPが削られたように心なしかげんなりした杏里が呆然と呟く。
「流石、花鳥院だね」
「花鳥院風月か…。まるで偽名か芸名のようだ」
「花鳥院君は有名だよ。ここだけじゃなくて他校にもファンクラブみたいなのがあるって聞くし。まあ、あのルックスだからねえ。」
確かに壇上から立ち去る風月の容貌は日本人離れしており一般民間人といわれるよりモデルや俳優と言われる方がしっくりするほどだ。
『続きまして、風紀委員長からの挨拶です』
生徒会長の挨拶による興奮冷めやらぬ、ざわざわとした空気感を気にすることなく淡々と進行を続ける副
会長。
「風紀委員会があるのか。制服改造なども許されているようだから、てっきりないと思っていた。」
「う、うーん。この学校の風紀委員は変わってるから。」
陸也の疑問に桐は歯切れ悪いことばを返す。
「あの挨拶をする生徒会長よりもか?」
「世の中、色んな事情があるんだよ」
訝しげな眼差しをよこす陸に乾いた笑いの桐。
だが、その理由はすぐにわかる。
黒髪黒目の青年が壇上へとあがる。見た目にさして問題は無く、制服の改造も見られない。
ただその笑顔は人好きがするものというよりニヤニヤとした笑いでありチェシャ猫を彷彿とさせる。
青年はマイク前に立ってさらに笑みを深めると、
『風紀を著しく乱す生徒による委員会、略して風紀委員会!その長、風紀委員長、見雨春斗とは俺のことだぜ☆』
顔横で人差し指を立てながらウインクをした。
その見目のよさから少しざわついていた新入生席からも音が消え、一瞬どうすれば良いのかわからない空気が流れる。
「ふむ、風紀を乱す生徒などと公言してよいのか?」
「だから言ったじゃん。この学校の風紀委員は変わってる、って。」
「変わっているという問題か…?」
「毒を以て毒を制すって考えなんだってさ。それに事情抱えてる生徒の逃げ場って聞くからね、風紀委員が問題おこしたなんてほとんど聞かないよ」
新入生や今の状況についていけない者達を置き去りに話は続く。
『さっき“ふぅ”っと…花鳥院風月会長が言っていたことを引き継いじゃうぜ。青春謳歌大変結構!だけども、箍を外した生徒は俺ら風紀委員が直々にお仕置きしてやんよ。
対象は学内外問わず迷惑行為を行った者、だ。迷惑行為に関して明確な線引きは行っていない…ただしこれはある程度個人の裁量に任せているからなんだぜ。
君達は理性なきお子様じゃないんだ。やっていいこと悪いことの判断くらいつくはずだよな。
自由とは何をしてもいいわけではないことを自覚し、行動すること!風紀委員長との約束だ!』
「案外まともなことを言っているな…」
「何だかんだで言ってることは真面目だよね」
しみじみと呟く陸也と桐。
『初めに言ったが、まあ不本意な部分はあれども我々風紀委員は風紀を乱すとされる生徒の集まりではある。が、風紀をただす役目も担っている。
これはどちらの立場にも立てる、ようは中立であるってことであり俺達の存在意義。
何かあれば公平な立場で物事を判断するとこの場をもって誓っておこうじゃないか』
強い光をその目に宿して春斗は不敵な笑みを浮かべる。
『だけど俺は勤勉じゃあない。くれぐれも俺を働かせるなよ?
――風紀委員からの挨拶は以上だ。』
そのまま踵を返し壇上から姿を消す春斗。
彼の姿が壇上から完全になくなってはじめてタイミングがずれたまばらな拍手が起きる。
『続きまして、委員会連合代表、美化委員長からの挨拶です』
生徒の戸惑いも場の雰囲気も気にすること無く副会長のプログラム進行は行われる。
だが読み上げられたものの誰も壇上に現れない。
先程からのものとは違うざわめきが生徒に広がり始めた頃、校内放送のスピーカーが音を立てた。
『初めましての方もお久しぶりの方もいらっしゃるでしょう。私は、今年度の委員会連合代表美化委員長、佐竹菜ノ葉です。簡潔に済ませます。私からの言葉は一言、我が身を振り返りながら生きなさい。――以上です。』
スピーカーから流れる声は女性のもの。皆の視線が自然と上方に取り付けられたスピーカーへと向かう。
『委員長、差し出がましいようですが些か短すぎるのではと愚考します。それではなにも伝わらないと思うのですが。』
『野原副委員長、特に私から大衆に述べる事柄は無いのよ。故にこの時間がそもそもの無駄だわ。
大体どうして、私が挨拶の言葉を――』
『お待ちください。その御言葉は問題を孕んでおりますゆえ、電源を消してからその話は致しましょう。』
『私が切ろうとしたのを止めたのは貴方ではないの。不愉快だわ』
『ええ、申し訳御座いません。』
という言葉を最後に放送は切れる。
はじまりと同様急に終わった放送にスピーカーを見つめるしかない生徒たちは壇上で発された小さな咳払いに夢から醒めたようにハッと前を向く。
『次に部活連合代表、黒魔術部部長からの挨拶の予定でしたが本日は遅刻するとのことで伝言を預かっております。“めでたい。”以上です。
これをもちまして、本日の始業式のプログラムは終了いたしました。各クラス担任に従って自分の教室へお戻りください。』
ここまできて一度もにこやかな笑顔を崩さず、淡々と己の業務をこなして来た副会長に敬意のこもった拍手が送られる。
「この学校のトップは適当な人物が多すぎるのではないか?」
「それには、同意見です。啓晶高校四大組織の挨拶が数分で終わるなど例年ではありえません。」
「私は短い挨拶でありがたかったけどねー。それにあの人達仕事となると凄いって聞くから…大丈夫なんじゃないかなあ、なんて。」
「短い挨拶でありがたいって結ちゃん…どの口が言うのさ。ずっと寝てたのに。
まあでも集まってるの、成績優秀者だし学校的には問題ないんじゃない?今年は彼ら全員と同じクラスだからね、楽しくなりそうだなー。」
「藤山君は本気でそう思っているのですか。私は嫌です。」
「ほらほら、杏里ちゃん!住めば、過ごせば天国だよ!!慣れる時だって来るって!!」
「はじめから都で天国がいいです。チェンジで。」
こうして杏里たちは希望と絶望と諦めを胸に新しいクラスへと向かうのだった。




