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相縁奇談  作者: 冬葵
1/3

始まり初めまして




相縁…縁があってよく気心の合うこと

奇談…世にも珍しく興味のある話。不思議な話。



 何かの始まりなど些細なものである。


 高山杏里にとっての転換期ともいえる始まりは彼女が高校二年生の時。まだ寒く、しかし僅かに香る梅の匂いが次の季節を感じさせるころだった。


 そもそも杏里にとって学校というものは他人と関わらざるをえない疲れのたまる空間という認識でしかない。その空間で心底楽しく生活する、いわゆる青春を謳歌している人間が一定数存在することは理解している。が、ただでさえ疲れるというのに更に余計なことをしてエネルギーの消費を加速させたくないというのが杏里の主張であった。

そのようなスタンスをとり、他人と一線どころか五線以上をひいているかのような人間関係を構築する杏里は整った容姿と相まって本人の思惑通りに遠巻きにされ、それなりに快適な学校生活を送っていた。


そんな彼女が強制的に青春謳歌真っ只中への一歩を踏み出すことになったはじまりは、春休み目前に二つ隣のクラスに編入生がやってきたことだった。

杏里が編入生に何かされたわけでもなければ、転入初日に編入生が彼女にかかわる大きな問題を起こしたわけでもない。

何の因果か、ただ1度目の彼らの邂逅が歯車を静かにそして緩やかに回し始めたのだ。



 杏里の通う啓晶高校は日本有数の進学校である。多種多様な特待生制度を盛り込む啓晶高校であるが、その制度のおめがねにかなうのは一握り。はっきり言って狭すぎる門。

では、受験での入学はというとそこは曲がりなりにも有数の進学校。その偏差値の高さゆえ入学することすら難しい。

そんな啓晶高校において編入などよほどの理由でもない限り行われることではない。事実、創立して五十年は経ている中で編入という前例は全くないわけではなかったが、片手の指で足りるほどしかないのだ。

そんな啓晶の生徒たちにとって高校二年のそれも終わりに差し掛かった頃にやってきた編入生は格好の噂の的であった。


登校してからというものひっきりなしに話題にのぼる編入生の様々な憶測や噂に僅かばかり同情を感じる杏里であったが結局のところ彼女にとっては関係のない人物。

進んで他クラスの赤の他人を気にするほど彼女の精神は活発な方ではなかった。

結果、杏里の脳内はまだ見ぬ噂の編入生のことよりもはるかに重要度の高い今晩の献立についてフル稼働を始める。

なにしろ高山家の献立事情を担う買い物をしているのは杏里なのだから。



 ところで杏里に関わる者が学校に存在していない、ようは彼女がボッチ極まりないのかといえば答えは否だ。彼女が望む、望まないに関わらず友人を自称、もしくは他称される者は僅かではあるが存在している。

その代表格とも言えるのが戸高結華であった。高めの位置で一つ括りにされた赤茶の髪がトレードマークともいえるその少女は静かという言葉の似合わないにぎやかな人物であり杏里とは対極といえる存在であった。


結華の周囲は止まると死んでしまうかのように常に活動的な彼女のことをマグロにたとえていたりする。

閑話休題



 杏里が興味を示すことのなかった編入生の話は結華の好奇心を多大に刺激したらしく、彼女がそわそわしているのは誰の目にも明らかであった。

だが、授業の合間にも昼の休み時間にも編入生の元へと向かわない彼女にクラスメイトは驚いていた。

それは度々猪突猛進な結華の被害にあっている杏里も例外ではなく、それどころかようやく我慢というものを覚えたのだと感動すらしていた。


まあ、そんなことがあろうはずもなかったのだが。



「杏里ちゃん、杏里ちゃん!転校生に会いに行こうよ!」


聞くだけでは勧誘文であるその言葉は自身の行動全肯定系の結華にとっては必ずしもそうではない。

その言葉を聞いた周囲は、ああやっぱりね、とでも言うように春の陽気すら漂わせるほどに生暖かい目で彼女を見つめたが当事者の杏里は少し眉根を寄せ冷たい目で結華を見た。とはいえ彼女の表情の変化など地球の地面の移動を感じろ、といわれるに等しく気づいた者などこの教室内には存在していなかった。


杏里には未来予知ができる、他人よりも第六感が発達しているなどと言ったことは決してない。

が、この時予感がしたのだ。これまでの17年という自分の人生が、日常が変わってしまう予感が。

これまでと変わらぬ平穏を望む杏里は抗いたかった。

それに何より今日はタイムセールで卵が安い。おひとり様一点限り60円!杏里の脳裏に過る朝刊に挟まれたチラシの記事。


「今日は卵が安いから早く帰りたいのですが。」


「また、おひとり様一点限りの商品でしょ?放課後付き合うよ!」


5時までにはスーパー行けるはずだよ!という結華。

杏里の言い分に対し打てば響くような切り返し。かなしいかな、杏里には結華に対して使用できる有効な拒否方法を持っていなかった。決して懐柔されたわけではない、ないと言ったらないのだ。


かくして杏里は結華に連れられて隣のクラスだったらしい編入生に会いに行くことになったのである。


「たーのもぅ!!!」


たどり着くやいなや結華は道場破りの如く叫びながら、日頃の鬱憤すべてをたたきつけるようにスライド式の扉を開く。

扉は勢いよく跳ね返り、しばらく二人の眼前を行ったり来たりを繰り返す。

扉が丁度、体一つ分開いた場所で停止する頃には教室内の視線は二人に釘付けであった。



その視線に怯むことも無く周囲を見渡し始めた結華に呆れ返った杏里の目は吸い込まれるように、その色を見つけた。


灰色がかった白い髪に、平時であれば鋭そうな黒い目を大きく見開いて、――その人は居た。

見つけてしまえば何故気づかなかったのかを疑問するほど周囲から浮いた色を持つその人は立ち上がり、椅子の倒れる大きな音が教室中に響き渡った。

必然、その人に視線は集まる。

空気の読めない『編入生だ!!』という結華の興奮した発言も杏里にとっては右から左。

互いに視線を合わせてからどれぐらいがたったのか。


倒れた椅子をそのままに、編入生は杏里へとまっすぐ近づいてくる。

隣にいる結華が、『知り合いだったの?』と脇腹をつついてくるが、杏里にもさっぱりだった。むしろ教えて欲しいぐらいだった。


編入生は杏里の前に片膝をつき、片手を差し出してこう言った。



「俺は貴女を探していた。貴女こそが俺の半分だ。共に世界を制服しよう」



声の抑揚も無く、真顔で言われたその台詞に沈黙が場を支配する。


「はぁ……」

呆れたような声が喉奥からもれる。

――杏里の姉が持つ乙女ゲームのストーリーだってこんな突拍子もないことは起らないだろう。



「人違いです。」



結局、杏里に言えたのはこの一言だけだった。

それを聞いた編入生は『そうか』と呟くと何事もなかったように自分の席へと戻って行く。

杏里は自分の席に戻った編入生が前席の男子に絡まれている様子に一瞥をくれると、こちらも何事もなかったかのようにくるりと教室に背を向け、長い黒髪をなびかせて立ち去った。

――周囲のギャラリーと同じく怒涛の展開に呆けていた結華を置き去りにして。


この時の杏里にとって編入生の印象は『危ない人』で占められており、混乱する脳内をタイムセールに行かなくては、という脅迫概念だけが彼女を動かしていたことをここに記しておく。

ようするに、彼女も大いに混乱していたのである、顔に出なかったというだけで。



 この後、期末テストの脅威が感じられる頃に突入するまで学生間の話題はこれ一色と言っても過言ではなく、ひっきりなしに槍玉に挙げられることとなる。


尾ひれどころか背びれや胸びれ、果てはエラまでついて話の水流を自由に泳ぎ回る魚と化したこれは実際その場にいた人間ですらもそんな事があったのかと記憶を捏造するにまで至った。


このフィクションだらけになってしまった噂が――最終的に、編入生はどこぞの御曹子で、交際の反対をする両親を説得し、杏里を追ってここに転校してきて薔薇の花束を抱えてプロポーズしたことになっていた――当事者である編入生にも杏里にも知られることが無かったのは、ひとえに二人が浮世離れした容姿であったことと他者の会話に興味が無かったからである。


また、出来事の後の二人に全く接触が無かったことも一因ではあるのだろう。

知ったところで彼らの生活に変わりは無かっただろうけれども。


こうして彼らの邂逅は果たされたわけである。

これが奇談の始まり。








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