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第17話 音源

 マンションに帰り虚ろな時間を過ごしていると、電話が鳴った。相手は宗一で嫌な予感しかしなかったが、もう失うものなど何もないと思い直すと電話に出た。

「はい。」

「湊人?」

 想像していたよりも明るい電話口の声に拍子抜けする。

「どうしたんだ。」

「どうしたもこうしたも。あの子すごいな。」

 あの子って…どの子のことだ。

 無言の南田に宗一は言葉を重ねた。

「お前の可愛い子だよ!」

 宗一の言葉に奥村の顔が浮かんで、ズキッと胸を痛くさせた。

「そういう呼び方するな。」

「なんだよ。好きなんだろ?」

「な…。」

 好きって…僕がか?…そうなのか?僕は奥村さんが…。

 初めて自覚すると余計に虚しくなった。自分の気持ちに気づいたところで今さらだ。

「おいおい。まさか自分の気持ちに気づいてなかったとかか?勘弁しろよ。」

 余計なお世話だ…。だいたいなんの用があるというのか。


「宗一。無駄話するためにかけてきたのか?」

「あぁいや。お礼代わりに教えてやろうと思って。だいたい湊人は自分の気持ちにも気づいてないんだ。あの子の気持ちも知らないんだろ?」

「あの子の気持ちってなんだよ…。」

 ため息混じりに言った南田の耳に衝動の言葉が届いた。

「お前のこと好きだって文句言いながら訴えてたぜ。」

「な…。」

 何を宗一は言っているんだ。からかうにしても悪質過ぎる。

 そう思うのに心臓が壊れそうなほどにドクドクと音を立てる。

「今日、綾乃があの子に会いに行ってよ。」

「まさか会ったのか!」

 急に血の気が引く思いがして、頭がフラッとした。綾乃は嫌がらせをした張本人だ。奥村にひどいことをし兼ねない。

 何故それを早く言わないんだ。あんな戯言よりもそっちの方が…。

「それがまさかの撃退!」

「は?撃退?」

 南田はまた耳を疑う。

「ま、説明するよりも聞かせた方が早いな。ちょっと待てよ。」

 何か用意している宗一に、またこいつの悪趣味で会話を録音したとかか?…しかしそうだとするなら、奥村さんの本当の思いだということになる。

 南田は急に緊張してスマホを握りしめた。


 予想通り音声が流れた。最初は綾乃の声だった。

「あなた湊人のなんなのよ。」

「なんでもありません。」

 奥村の言葉に南田はズキッとする。

「嘘つかないで!キスしてるとこ見たことあるんだから!」

 しばらくの無言のあとにまた罵りの声が流れた。

「別に私は湊人じゃなくたっていいの。なのに湊人は全然私になんの興味も持たなくて。どうかしてるのよ。だから分からせてやりたくて!」

「分かります!」

 何故、奥村さんそこで同意など…。

 そう思った南田は次の言葉を聞いて、目を見開くことになった。

「南田さんはどうかしています!私なんて南田さんに振り回されるだけ振り回されて、私が南田さんを好きだと思った途端に…捨てられたようなものです!」

 な…にを言っているんだ。奥村さんは…今なんて…。

 まだ続く音声を呆気に取られつつも聞き続ける。

「なのに私の周りの人はみんな南田さんの味方ですよ?許してやってくれだ、信じてやってくれだの。私の友達でさえ「南田さんの良さを分かってない」て言うんです。あんな人、ただの無表情の変人冷血男です!」

 最後はただの悪口だろ…。それにしたって…。

「アハハハハッあなたバッカみたい。」

 おいおい馬鹿にされてるぞ。

 もう南田には展開が読めなかった。大人しく経過を聞き続ける。

「あなた可哀想な子ね。なんだかあなたを見てたら馬鹿らしくなっちゃった。私もあなたみたいに血相を変えてたのかと思ったら…滑稽で。あんな男のために。」

 綾乃のだんだん落ち着いていく声。

「私もムキになってたのは分かってたの。でも引き際が分からなくなってたのかもね。それに湊人の友達が「湊人なんてやめて俺にしろ」って言うのよ。それが余計に…。でもそうね。その人にしてみようかしら。」

 ガラガラと椅子をひく音が聞こえた。帰るようだ。

「あの…いいんですか?」

「湊人のこと?あなた見てたらよくなっちゃった。あなたは…上手くいくといいわね。不思議ね。今は応援したいくらい。」

 そこで音声は終わった。


 また明るい宗一の声が聞こえ現実に引き戻される。

「この音源欲しいだろ。」

 う…。

「…欲しい。」

「俺のこと悪趣味〜とか思ったくせによ。」

 う…それはそうだが…。

 無言の南田がおかしいらしく宗一はケラケラと笑った。

「まぁいいや。おかげで俺は綾乃と付き合えるらしいからな。」

 そういえば最後の方でそんなこと言ってたな…。

「俺がどんなに説得しても止めなかった嫌がらせをあんな可愛らしい子が止めるなんてな。」

「あぁ。…そうだな。」

 ハハッ。なんだかおかしい気分だった。

「なんだ笑ってるのか?」

「まぁな。」

「…お前、無表情と難解な言葉で誤魔化してないで、ちゃんとしろよ。」

 ちゃんと…。南田の疑問に宗一が釘を刺す。

「ちゃんと気持ちを伝えろってこと!」

 宗一は、じゃパソコンの方に音源送るわ。と言って電話を切った。

 南田はパソコンを立ち上げるとメールをチェックする。You got a mail!とポップが表示された。それをチェックして添付の音源をクリックする。

 音楽プレイヤーのソフトが立ち上がると音が流れた。

 聞きたい辺りにカーソルを移動させる。

「……私が南田さんを好き…。」

 その部分だけ何度も再生させる。

「南田さんを好き」「南田さんを好き」……。

 何度も聞いているうちに何故だか涙が出ていた。

 僕も…奥村さんが好きだ。

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