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第15話 不意

 まだほとんど片付けられていないというのにリビングのドアが開いた。

「玄関で待機するように告げたはずだ。」

 呆気に取られた顔をしている奥村に不機嫌な声を発した。つい言い訳を口にする。

「昨晩は堕落した時間に甘んじていた。まさかそれで今日こうなるとは…。」

 惨事を見られてしまうとは…。やはり今日は連れて来ない方が良かったのか。

 しかし見られてしまったものは仕方がない。

 南田は片付けを急いだ。

 あとは掃除機を…と出し始めると「さすがにもう今日はこれくらいでいいと思います」と静止された。


「客人を迎え入れるのに完璧でないなど慙愧

に堪えない。」

 ダイニングの椅子に座り、南田はコンビニで買ったパスタを前に不満そうな声を出した。

 コンビニで温めてもらったはずのパスタは待っている間に冷めてしまって、湯気さえ立たない。それを手に取り「温め直そう」と小さくつぶやいて奥村にも手を出した。

「いいえ。このままで大丈夫です。パスタも南田さんも。」

 奥村の言葉に手を止めて南田は奥村を見た。

「私は南田さんの人間らしい一面が見られて安心しました。」

 にっこりした奥村の言葉に南田は首を振り、ますます不満げな声が転がり落ちる。

「僕だって消耗する。体も…心も…。」

 奥村さんでさえ、僕をロボットか何かだと思っているのだろうか。

 誰にどう思われても構わないが、奥村にだけは分かっていて欲しい。そんな気持ちだった。


 食事が終わり、出したグラスを洗おうと奥村が腰を浮かせた。

「客は座ってろ。」

 そう言葉をかけると意外な言葉をかけられた。

「部屋も片付けられないほどに疲れてる人ができるわけないですよね?」

 強めの言葉に言い返せなかった。

 心配してくれてる…のとも何か違うような…。

 解せない視線を向けつつも大人しく座っておくことにした。


 鼻歌まじりに片付ける姿を見ながら南田は不思議そうに口を開いた。

「君の行動は予測不可能だ。」

 どうしてそんなに嬉しそうに片付けるのか…。それに…。

「何故、今日はいいのか理解に苦しむ。」

 明確な返事をくれずに気分が良さそうな奥村にまぁいいか…と諦めた。

「何か飲むだろう?」

 片付けをしている奥村に声をかけ腰を浮かせた。

「大丈夫です。おかまいなく。南田さんお疲れなんですよね?疲労困憊がはなはだしいんじゃないですか?」

 グッと押し黙る南田は、やはり心配されているとは到底思えなかった。ブスッとした気持ちは見せないようにして、また座り直した。

 

 洗い物が終わった奥村は鞄から出した数枚の紙と雑誌くらいの大きさの何かを持っていた。

「どうしてそれを…。」

 言葉に詰まる南田に「リビングをお借りしていいですよね?」と声をかけられた。

 奥村が取り出したのは『わかりやすい機械設計の基礎』の本だった。

「せっかくだから復習して、南田さんに分からないところは聞こうと思ったんですけど…。大丈夫です。適当に自分でやりますから、南田さんは休んでてください。」

「やはり君の行動は…。」

 理解不能だ。それは長時間滞在を自ら望んでいるということになる。

 理解できないでいる南田に奥村は鞄からスマホを取り出して得意げに見せた。

「分からないところは自分で調べますから。もし南田さんがおやすみになっていたら適当に帰りますし。」

 鼻歌まじりにスマホを操作していた奥村の手が止まる。愕然とした顔のまま止まった奥村に南田も焦ったような声をかけた。

「なんだ。何かあったのか。」

「これ…電源落ちてます!充電するの忘れてました!」

 フッ。堪え切れず笑い声が漏れてしまう。

 可愛い奴め。

 南田が幸せを噛みしめていると奥村がしみじみと言った。

「南田さんがこんなに穏やかなの久しぶりな気がします。」

「君こそこのようなリラックスなど…。仕方がないことだな…。」

 言い澱みながら南田は自分のスマホを差し出した。「え?」と驚いている奥村に「僕は充電忘れなどしない」と誇らしげな声をかけた。

 確かに他人がいるのに、こんなにリラックスできるとは思わなかった。

 南田はソファにもたれて、感慨深い気持ちになっていた。


 ふと奥村に視線を移すと、また何かに愕然としているようだった。

 奥村が持つスマホを南田も一緒にのぞきこんだ。

 画面には

『年下の女の子とキス』

『緊張させないキスの方法』

と表示されていた。

 しまった!

 南田はバッとスマホを奪い取った。

「いや…これはちがっ…。」

 動揺する気持ちを落ち着けようとズレてしまった眼鏡を押し上げて、息を吐いた。

 なんとか気持ちを落ち着けるとスマホの入力予測を全て削除した。そして奥村にもう一度、渡した。


 無表情の下で南田は高速で頭を巡らせる。

 何が表示されていた?あからさまな卑猥な言葉は表示されていなかったはずた。しかし…キスの方法を検索するような男を奥村さんはどう思うだろうか…。


 チラッと奥村を盗み見ても真剣に勉強する姿からは何も汲み取れなかった。

 それどころかしばらくすると寝不足がたたった南田は、重くなるまぶたに逆らえず眠りの世界へいざなわれていった。


 気づくと寝てしまっていたらしい自分に奥村が上着をかけてくれていた。そして南田のかけたまま寝てしまっていた眼鏡がそっと外された。奥村はまだ眠っていると思っているようだった。

「やっぱり無表情変換スイッチなんてついてないよね…。」

 不可解なつぶやきに笑いそうになるのを堪えていると、もっと驚く声が聞こえた。

「そう言えば…最近は頬に眼鏡が当たらないなぁ。」

 どういう…。そう思っていた南田のくちびるに柔らかい何かが触れた。

 ピッ…ピーッ。認証しました。

 壁の機械から音が聞こえ、それがなんなのかの答えをくれた。


 ガチャ。バタン。

 奥村が出ていた音がした後は、シーンと静まり返ったリビング。

 少ししてゴソゴソと動く音とともに南田にかけられた上着は顔を隠すように頭まで移動された。

 今のは…なんだったんだ。奥村さんも所望しているということだろうか…。

 ガバッと起き上がった南田は熱いシャワーを浴びることにした。

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