座敷童と雪男とたまに、鬼
気づけば、私は一人ぼっちだった。
雪が降り積もる山の中でポツンと一人で立っていた。
そこには一人、私自身だけ。誰も居らず、生き物という生き物は皆息を潜めている。
「…ここは、どこ…」
眼に見えるのは暗い夜のはずなのに、月明かりを乱反射している雪だけだった。
気づけば、いつも一人で居た。いつも着てる灰色のカーディガンを羽織り、雪のように真白い銀色の髪をした美少年はいつも窓の外をぼんやりと見ているだけだった。
ランドセルや筆箱、ノート等の個人の持ち物は真っ黒だから、彼の印象はいつだって、モノクロだった。
あの子の名前は、冬野火雪。まるで、雪みたいな子だった。
それから、小学校、中学校と同じ学校に進学をしたが、田舎の学校など学校自体少ないのだからあるだけマシなのだ。高校からはないので、近隣の高校に通わなければいけない。そこでだいたい進路がわかれるのだが、私と冬野君は同じ高校だった。他の人は居ない。何故ならば、その高校は妖怪が通う学校で、私は座敷童だから。
とくるとなんとなくわかっていたが、冬野君は妖怪の類なのだろうと思う。
けれど、彼と私の交流は無に等しいのだ。
「冬野君、格好良いね」
そう言って来たのは、狛犬の寺野花子。何を勘違いしているのか頬を仄かに赤らめていた。
栗色の髪に茶色い眼の花子は、人間に溶け込むのが上手い。そんな私も上手い方に分類される。黒髪黒目の私は、女子トイレの奥から出てくるといつも悲鳴を上げられたものである。解せぬ。
「どういう意味か」
「まんまの意味だよ」
身長が低い私達は、150cm未満のちびっ子である。解せぬ。
例の冬野君の身長は高い。雪女と雪男の純粋な妖怪の子である彼は、いつも無口無表情で性格もどことなく冷たい気がする。
「私はさ、同郷の人だから気になってるだけだよ」
たった一人の同郷の人だから、気になるのであって他意はない。
「小夜!」
彼は、何故か私を呼び捨てにする。
「ほら、来たよ。彼氏が」
「誰が彼氏か」
解せぬ。
空き教室に入るなり、壁ドンされた。
「冬野君、なんの用?」
「わかってる癖にそう言うのか?」
低く擦れた声。昔とはちっとも変わらない銀色の髪にアイスブルーの瞳。ほんのり赤く色づいた頬。なんという色気なのだろうか。
「匿ってください」
掃除用具入に冬野君を押し込み空き教室を出ると、そこへタイミングよく訪れる赤髪の美青年。彼は火を司る鬼の子で、冬野君が一番苦手にしている属性的には大変相性が良くないのであるが、鬼の子である緋山蛍は、冬野君の事が大好きである。目を付けられたのは、入学式から一週間後の事だった。
緋山君は不良だ。威張り散らしていた彼を先に制したのは冬野君だった。
「童子!火雪、見なかったか!?」
「見てないよ」
「嘘吐けえええ!!!!」
私の肩を鷲掴み前後に激しく揺さぶられて、気持ち悪くなる頃に解放された。
「火雪が逃げる先には必ず童子が居る。お前、匿ってるだろ!!」
バレている。
流石に毎度毎度同じパターンなのだから、バレるに決まっているか。
いや、でも言わせてほしい。
「追いかけ回すの止めてあげればいいと思うのです」
「なんでだよ。仲良くしたいだけだぞ。親友になりたいだけだぞ」
余計なお世話だというのだ。
しかしまぁ、仲良くしたいだけなら何も言わない。事件があったあの日から、緋山君は冬野君を追いかけ回す。それは何故か。
「雪男なのに、アイツ超絶美人じゃん。俺、ほら見ての通りイケメンだからさぁ。アイツと一緒に居れば目立つだろう」
その考えが最早ダメなのだと気付くべきである。
「それにアイツさ、一人でいつも居るじゃん」
それは否定しない。
冬野君は何故か一人で居たがる。出来るだけ、なるべく一人で居ようとするのだ。その避けようは見ていて大変面白いものなのだ。
「童子、お前は火雪の事をどう見ている?可哀想な奴だと思うか。綺麗な奴だと思うか」
「私は冬野君とは同郷で、唯一の同じ中学出身だから気になるには気になる。だけど、冬野君が嫌がる事をしようとは思わないよ」
そう言い切ってから、先ほどの空き教室から大きな鈍い音が聞こえたかと思うと狙ったとしか思えない角度で教室の引き戸が緋山君にものの見事に激突した。
「小夜!」
ちなみに私は市松小夜という。
「私は緋山が怖い!」
「おい!!俺をボロクソに負かした奴が何言ってんだ!!」
緋山君の言う通りである。
「鬼だし、強面だし、私の事をいつもストーキングするんだ」
「最後のは否定しないが、前提が違うだろ。俺鬼だもんっ。強面なのは普通だもんっ」
子供かよ。
冬野君には意識が飛びそうになるぐらい、きつくぎゅうっと抱き締められ、緋山君はそんな冬野君と私を引き剥がそうとする。
「おぼぼぼぼぼぼぼ」
口から泡が流れ出てきた。
意識が遠くなる。おのれイケメン。いつかはっ倒す。胸にそう誓いを立て、私は気を失った。
「童子!!!」
最後に緋山君の叫び声が聞こえた気がした。
次に目を覚めた時には保健室だった。
「小夜!目が覚めたんだね、良かった!!」
目を潤ませて私に抱き付く冬野君に言いたい。
私を気絶させた犯人はお前だ!!
「緋山にはもう近付かないで欲しい。緋山が近くに居ると小夜にまで余計な火が飛ぶ」
「冬野君が私にちか」
「それに、私が緋山に近付いて欲しくないんだ」
美しい顔を歪ませて悲痛な面持ちで言ってくる冬野君。冬野君が私に近付かなければいい話ではないのだろうか。
それから私の言葉を遮るな。
「童子、騙されるな!そいつお前を誑かして囲うつも」
次の瞬間には氷漬けされていた緋山君は鬼だけに鬼の形相をしていた。
だが、その助言出来れば冬野君と関わる前に言って欲しかった。今となっては冬野君の言葉の端々からわかる通り、囲うつもりなのだろう。解せぬ。
氷漬けされた緋山君は持ち前のバカ力で自らを拘束していた氷を破壊する際に私の頭にも砕けた氷が当たった。
「緋山!私の小夜に氷が当たったぞ!!」
「童子!こんな奴だぞ!いいのか!!?」
もう、諦めている、と手振り身振りで合図を送ると緋山君の鬼の形相が悲痛な顔に歪められた。
「火雪は親友だけど、童子の事だって友達だと思っているんだぞ」
「緋山君…」
「私の小夜と見詰め合わないでくれる」
熱い友情を感じてくれる緋山君に感動している所に、冬野君の冷たい視線。
私は一体何をしたというのか。
「だいたい、小夜は座敷童なんだから、座敷童らしく私の部屋に引き籠っていればいいのに」
「やだけど」
ちなみに冬野君のこれは本気である。
蕩けるような目で私を見つめてくる冬野君は多分、この世の誰よりも美しい男だ。
「童子、恋人ぐらいは平和な奴を選べよ」
「は?なんで、緋山が小夜の恋人選びをするの」
不満気な冬野君は、最近なんだかんだ緋山君との応酬を楽しんでいる所がある。
それは大変良い兆候に見られる。出来ればそのまま仲良くなってほしいと思うのは、余計なお世話だろうか。
俺は、雪から生まれた雪男だ。
生まれた瞬間、誰も居ない銀世界の中にポツリと一人で居た。
1日、2日と数日間その場でボーっとしていたら、付喪神がやってきて雪の一族が住まう村に連れて行ってもらった。
そこで俺は温かく受け入れられ、力の使い方を覚えた。ゆくゆくは、人間の世界でもなんの遜色もなく生きていくために、妖怪も通っている学校にも入れさせてもらった。
そこで、小夜と会った。
座敷童は幸福の象徴。
座敷童が家に居るだけで、幸福がやってくると言われる。
「なぁ、冬野。高校はどこに行く予定?」
中学の時、教員の中に一人だけ妖怪が居た。産まれたばかりの俺を雪の一族の村まで連れて行ってくれた付喪神だ。
「お前と同じ妖怪の市松は、ここの高校に行くそうだ」
一枚のパンクレットを渡され、それを眺め見た。
「そこは妖怪の高校。市松は座敷童だし、お前は雪男。ぴったりだろう」
最初は、受験するには都合の良い高校だと思った。
徐々に煩わしくなる環境に、そろそろうんざりしていた所でもあった。何が楽しいのか、人間の女達はつんざくような声で騒ぎ立てる。
「では、そこで」
「あっさり決めるな」
「もう、人間の学校は疲れました」
「お前は格別美しい容姿をしているからな。人間の女からしてみれば、魅力的に映るんだろう」
「鬱陶しいだけです」
「羨ましいねぇ」
静かに過ごしたいと思うのは、おかしい事だろうか。
高校に入って更にやかましい奴に会うのはこの時の俺は知らない。
また、俺が小夜に執着する事もこの時は知らなかった。




