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道化

作者: 北松文庫

 このまま家に帰る気には慣れない。そう思った米浜孝二(べいはまこうじ)は、真っ直ぐ帰路に向かうのではなく、少し裏の方の、行ったことのないバーに入った。


 お世辞にも綺麗とは言えないが、少し冒険してみたいと、勢いに身を任せる。

 

 店内は外観とは裏腹にお洒落で、雰囲気は気に入った。


 お客さんは誰一人いないので、貸しきっている気になり、子供じみた優越感がある。何も頼んでいないのに、既に満足したと言っても良い。


 しかし店に入ってきて、何も頼まずに帰るなど、そんな冷やかしに来たのではないので、カウンターに座る。


 マスターは年相応の風格を持ち合わせている男性だった。見た感じの判断だが、四、五十代といったところか。立派な髭に、うっすらと灰色の髪はなかなかに決まっている。


 「失礼ですが、その髪はお染めに?」


 「いえいえ。この髪は地毛です。お恥ずかしい事に私も年をとってきてしまいましてね。この通りです」


 そうですか。


 人間の髪はあんな風に色落ちしていくんだな。俺もあんな風に白髪に近づいていくのだろうか。


 

 お客さん。ご注文はどうなされますか。そう聞かれてハッとする。


 俺はここに酒を飲みに来たんだ。別に老後の相談をしにきたわけじゃない。


 「オススメはありますか?」


 「はい、でしたら少し質問に答えて頂けますか?」


 質問。なんか脈絡のないことに戸惑いを感じたが、まあ上手い酒を出してくれるのだろうと、答えることにした。


 質問は全部で四つ。


 仕事は好きか。現在交際はしているか。夢はあるか。今気になっていることの有無と、その大まかな内容。


 質問に答えていくうちに、ああこれは俺に合った酒を選んでくれているんだと思った。


 しかし最後の質問には理解が出来なかった。


 それでも一応今気になっていることについて話した。


 「気になっているという程の事でもないんですが。なにせそれは数ヶ月前から僕の部屋に居ますから。それっていうのは、信じられないかも知れないですが、ピエロです。ええ、ピエロ。あいつは話しもしないし動きもしない。食事もせずにずっとテレビを見ているんです。不思議でしょう? 消しても見てるんです」


 「それは、不思議ですね。ピエロですか。何が驚きかって、私もそのピエロが家にいたことがあるんです。私の場合は、すぐに専門家に依頼して帰らせましたが」


 「え? 専門家っていうのは、ピエロのですか?」


 「はい、そうです。彼らはピエロを私の部屋から追い出してくれ、さらに簡易的な除去法も教えてくれました」


 除去。そこだけ聞くと、まるで害虫のような扱いだが、特にピエロに害はないだろう。


 現にあいつは、俺の部屋のソファーに座ってテレビを見ているだけだ。


 「なんと、君はあれを見て不快に思わないのですか。私は、すぐにあれをどうにかしないといけないと思いましたよ」 


 そうだろうか。でもそうなんだろな。確かに家にピエロがいるとなると、家に人も呼べない。ピエロに慣れているのは、もう数ヶ月の付き合いであるからだ。


 今でさえ、夜中に暗闇であれを見るのは少し堪えるし。


 「そうですね。ピエロの退治の仕方教えてくれますか」


 「ああ。いいとも。それと、こちらがオススメになります」


 マスターが出してきたのは、カクテルだった。


 「名前は?」


 「道化です」


 カクテルに漢字を使うとはなかなかに洒落ているなあと思うが、ピエロに道化となると、どうも飲みにくい。


 俺にしてきた質問も、前半の三つは全く反映されていないだろう。


 でも出されたからには飲むしかなく、俺はカクテルを手に取り、ぐいっと飲んでみる。


 するとまあ、美味しいのなんの。


 思わずもう一度注文してしまった。


 「はい、もう一度『道化』ですね」


 そういったマスターは、一度カウンターから裏の方に下がった。


 切らしたのだろうか。しばらく待っていると、カクテル片手に帰ってきた。


 「裏手でも作れるんですね」


 「ええ。と言っても、新作を作りだす為の簡易的なものですが」


 簡易的。それを聞いて思い出しました。


 ピエロにきく対処法とはなんなのか。


 「それならもう心配ありません。あなたの飲んだそのカクテルが、ピエロ対策なのですから」


 ほう、それはどういう?


 「私がピエロを見たのは、この仕事を始める前。大学で将来に悩んでいたときでした。おっと、私の身の上話はいいですよね。とにかく、その時専門家の方々が私に飲ませてくれたのがそのカクテルだったのです。そして、私は私と同じような問題を抱えている人に、ピエロの対策法を教えていこうと思いました」

 


 そしてこの仕事を始めたのです。


 

 なるほど。結局身の上話も聞いたけど、このカクテルを飲むだけでいいのか。


 それは俺に合ったカクテルだ。


 充分満足したので、俺は家に帰ることにする。代金を払い、「また来ます」そう告げて店を後にした。 


 店を出た後にマスターに呼び止められ、一枚の名刺を渡される。


 「これがその専門家達の名刺です。なにかあれば、ここに相談を」


 なんと親切なマスター何だろうか。俺は軽い会釈。大きな借りを胸に、再び帰路につく。


 

 ふと、気になったことがある。


 マスターは、なんで足が無かったんだろうか。あれが世に言う霊なのか。霊に親切にされると言うのも悪くはないが、率先して受けたいとは思わないな。


 小走りでさっきのバーに戻ってみると、そこにあのバーは無かった。


 ああ。なるほど。


 では俺は何を飲んだのだろう? そうなると、この名刺もいささか疑わしい。


 まあ、悪い人。悪い霊ではなかっただろう。


 

 ピエロがどうなるか気になるので。


 気持ち切り替えていく。

~家に帰ると、そいつは変わりなくそこにいて、効果はなかったかのように思う。時間を置いてみれば変化するだろうか。貰った名刺を財布にしまう。~

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