目撃
・・・2番線に電車が・・・
目の前を通り過ぎる人々。
駅のホームの椅子に座り、ぼんやりとそれを美咲は見ていた。
疲れたな、今日は。
そんな事を思っていた。
目の前を行き交う人々の中で、なんとなく違和感の有る男がいた。
まだ、肌寒いとも言えない季節に薄手のコートで顔を隠す様に歩いていたからかも知れない。
目で追う美咲。
男は少しして立ち止まった。
ポケットに右手をやり、紙とペンを取り出した。
真剣な表情で何かを書いていく男。
美咲はいつしか男から目を離せなくなった。
間も無く2番線に通過電車が参ります。黄色い線の内側にお下がり下さい。
構内放送が流れ、電車がホームに近づいてくる。
男は涙を流していた。
プァーン!
突如、男は紙を投げ捨て電車へと飛び込んで行った。
嘘!やめて!
美咲が叫び、何人かが男を見る。
しかし、男はホームドアを越えて電車への自殺を遂げた。
キッキキッー!
電車が急ブレーキをかける音が響き渡る。
キャー!イヤァッー!
おい!飛び込んだぞ!
うわ!マジか!
写メ!写メ!
・・・、・・・?!
ホームは騒然となった。
美咲は呆然としながら前を見ていた。
少しして駅員が来て、警察も来た。
あなた、見てたんですね!
警官が美咲に問い掛けると、美咲はようやく我を取り戻した。
え、えぇ。
大丈夫ですか!?
えぇ、大丈夫です・・・
やや震えた声で美咲が続ける。
く、口が、・・・
何ですか?
あの人、口が、無かった・・・?
え?
飛び込む前に見えたの!口が、口が無かった!
・・・。落ち着いて下さい!気が動転してるんだ!医務室に行った方がいい!
え?えぇ、そ、そうよね。そんな訳無いわよね。
見間違い、見間違いよ・・・
大丈夫ですか?ショックなのは分かります。落ち着いて下さい。
フゥーっと大きく息をはき、美咲が言う。
大丈夫です。もう、落ち着いてきています。
少し1人にして下さい。
・・・、分かりました。何かあったらすぐ声掛けて下さいよ。
はい、有難うございます。
警官は美咲から離れ、他の人へと向かった。
少しの間目を閉じた美咲。
・・・、そうだ、紙!
目を開き、男が直前に投げ捨てた紙を目で探す。
あった!
すっと立上がり、紙を拾い上げすぐさま見る。
・・・?
塗りつぶしただけ・・・?
あんなに真剣だったのに、変だわ・・・
少し離れた所から、先程の警官が美咲に声を掛ける。
おい!あんた!大丈夫なのか?!
見ていた紙を慌ててポケットに入れ、答える美咲。
大丈夫です!けど、念のため医務室に行ってみます。
そうか、そうして下さい!
警官に少しお辞儀をし、美咲は歩き出した。