目指すは行動派大和撫子
私は、いつだって人前だと縮こまってしまう。
言葉より沈黙が似合うし、誰かの注目を浴びることは得意じゃない。だから、行動的で明るいアヤ――戸松綾乃は、私の憧れそのものだった。彼女は私の背中を押す風みたいで、困るたびに笑って手を引いてくれる。
そんな彼女の存在を心の支えにしていた私は、あの日、自分の世界に突然違う風が吹き込んでくるとは思っていなかった。
くじ引きで決まったクラス委員。
どうか当たりませんようにと祈った願いは、あっけなく裏切られた。しかも、よりによって相方は――下見ヒロ。
明るい。
話し上手。
距離が近い。
そして、ときどき唐突に思いもしない言葉を口にする。
私が最も避けてきたタイプだった。
その日の放課後、委員の仕事を終えて、心臓が逃げ出したいほど緊張したまま、私は彼に向かって声を張り上げた。
「あなたのことが大ッ嫌いです。私に関わらないで」
自分でも驚くほど乾いた声だった。
言った瞬間、胸の中にひどく冷たい痛みが走った。
本当は、そんな言葉を誰かに向けたかったんじゃない。ただ、怖かっただけだ。近づかれるのも、見られるのも、触れられるのも。
だけど、ヒロはふふっと笑った。
私の言葉を跳ね返すみたいに、柔らかく。
「俺は桜さんに恋に落ちました」
その瞬間、胸の奥で何かがひっくり返った。
理解が追いつかず、冷たい驚きが体の中で溶けていき、代わりに熱が広がっていく。怖さだと思っていた感情の正体が、少しずつ違う形を持っていくのが分かった。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔は、困惑と高揚が綯い交ぜになっていて、うまく笑えなかった。
アヤに相談すると、彼女は眉を寄せ、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「いいじゃん、桜。人見知り治すチャンスだよ?」
その声に救われもしたけれど、胸が痛んだ。
最近起こした騒動、噂、アヤを巻き込んだこと――全部が私を締めつけていた。それでも、ヒロの言葉だけが胸の中で温かく灯り続けた。
翌日。
教室に入ると、ヒロがふらりと現れ、私の机にそっと飴を置いた。
「はい、ドロップ。甘いの好きでしょ?」
ピンク色の飴玉。
手にした瞬間、その小さな粒から、彼の気配が伝わる気がした。飴を口に入れると、甘さがゆっくり喉の奥に広がり、胸がじんわり温かくなる。
そのときふと、彼の横顔をじっくり見てしまった。
笑い方、仕草、時々見せる気まずそうな視線の逸らし方。
そんな細かいところを、私は知らないうちに覚え始めていた。
――あれ、私、いつからこんなに見てたんだろう。
放課後、再び二人で委員の仕事をしていたとき、ヒロは慎重に口を開いた。
「桜さん、昨日の……驚かせたよね。ごめん」
その謝罪は無意味なものじゃなかった。
私の気持ちをちゃんと考えてくれている声だった。
「……ううん、大丈夫」
そう言おうとした矢先、続く言葉で思考が止まった。
「もっと桜さんのこと知りたい。話してくれたら嬉しい」
“知りたい”。
こんなふうに誰かに言われたのは初めてだった。
自分のことを差し出すのが怖くなくなる言葉だった。
気づけば、私は小さく頷きながら、自然と微笑んでいた。
その笑顔は以前よりずっと軽く、ちゃんと私自身のものだった。
日が経つほど、ヒロに心が触れていく瞬間が増えていった。
誰かが私について噂していたとき、
「桜さんに変なこと言うなよ」
とさらりと言い返してくれたとき。
緊張で手が震えた私に、
「深呼吸、一緒にしよ」
とそっと手を添えてくれたとき。
廊下ですれ違っただけなのに視線が合って、
彼の瞳がほんの一瞬、私だけを映した気がして胸が跳ねたとき。
そういう細かい瞬間が、小石みたいに積み重なって、気づいたときには胸いっぱいに広がっていた。
――私、恋してる?
そう思ってしまったら、もう後戻りはできなかった。
ある夕方、委員の仕事が終わったあと、ヒロがふいに手を差し出した。
「疲れた? 少しだけ、いい?」
気づけばその腕の中にいた。
夕方の風が冷たかったのに、彼の胸はあまりにも暖かかった。
「桜さんのこと、大事にするよ」
その声は、飴より甘くて、飲み込んだら泣いてしまいそうだった。
私はただ小さく頷いた。
言葉にしたら涙になってしまうから。
夕方の風が冷たかったのに、彼の胸はあまりにも暖かかった。
「桜さんのこと、大事にするよ」
その声は、飴より甘くて、飲み込んだら泣いてしまいそうだった。
私はただ小さく頷いた。
言葉にしたら涙になってしまうから。
抱きしめられたその瞬間、世界が少しだけ静かになった。
廊下の足音も、部活の掛け声も遠くなって、
ヒロの腕の中だけが、確かな現実になった。
――ああ、私……もう戻れないんだ。
怖かったはずの距離が、こんなにも安心できるなんて。
誰かに寄りかかることが「弱さ」じゃないって、初めて知った。
私はもう、ただの「泣き虫の桜」じゃない。
好かれることを知って、誰かを好きになる勇気を覚えた自分がここにいる。
夕暮れの校舎は少し橙色で、
その光の中でヒロがそっと私の髪を撫でた。
その手のぬくもりが、
私の新しい一歩を照らしてくれた。




