Operation.2 A1対空要塞支部(情報収集)
「…戦果報告だ。A1区域の暴走機の分の報酬も出てきたらしい」
「暴走機って言っても、人は乗っていたけど?」
「そうだな、だが正規軍連合の武器が勝手に暴れ回っていたという点で暴走機と判断した。…さて、今日は以上だ。それぞれで情報を集めよ」
「おい…」
ジーノはロアに話す。
「焦るな。ジーノ…」
ジーノは首を縦に振って頷き、事務室から出る。ヤナもアリサも部屋から出て行った。
ロアは引き出しから二枚のカードを取り出し、卓上のコンピュータに挿し込む。
『Unlocked』
そして起動する。パスワードを入力する。
読み込みの間にA1区域の資料を取り出した。暗い時間帯でも疲れを感じさせなかった。
(…A1区域か…まず大西洋側のA1区域の基地等〜A4区域間との距離を調べようか。ほぼ北西から来たわけだからな…)
ディスプレイに表示される。
『Insertion slot.1,
"Force's memory card 2T"
Insertion slot.2,
"Card key"』
マウスも使わずに表示を消し、直ぐに地図データを更新させる。完了。追加入力で通信も速い。
(…やはりか。少しばかり遠いが、A1区域の対空要塞支部に異常…ノイズは少なめの三つ。55、1097、6530co)
『co』は今の時代の電子技術内の『ノイズ』を表す記号であり、機器はこれを同一にすることで使用が認められる。ハックは可能だが、正規軍の一部しかその方法は知らないらしい。
(まさか…)
突然ノックの音がした。
「入れ」
扉が開く。ジーノだった。
「さて、話でも聞こうかな?」
「態度が大きいな」
「…い、いやこれは…あははは!」
「…と大将に言われても知らんぞ」
「ハハ…」
ジーノは焦りを見せながら態勢を立て直す。
「話したいことは、この写真の事です」
「…」
ロアは顔を強張る。写真の一人の女性に指を指し、
「姉は何処に」
「彼女は戦死した」
ロアは即答した。ジーノは黙った。
「…SA無敵要塞にて、光線銃で直撃されて…そのまま殺された」
ロアは目を逸らす。ジーノも申し訳なさげに俯く。
「…彼女の今の居場所を聞きたいのか?それとも、昔話でも聞きに来たのか?どちらか一つだ」
ジーノは少し考えた。
(…今日はもうこれって決めているんだ)
「昔話かな。姉が居た頃のチームの話がとても気になります」
「…貴方の姉、ロゼリア・モンテレオーネの後輩である自分が語れるかどうかは知らん。ヤナに聞いた方が良いとは思うが…」
「取り敢えず、貴方の記憶を…」
ロアは頷き口を動かす。
「まあ、入った当時はそんなに気にしなかった。だがコンピュータに関しての知識が皆無だった私に一から教えてくれた。そのおかげでチームの枠に入れたが…彼女が亡くなったのは突然の事だ」
ジーノは真面目に聞いていた。
「…私から言えることはこれだけだ」
「そうか…忙しい中申し訳ねぇ…」
「調べは直ぐ終わる。それよりいい加減その口調を何とかしてくれないか?」
「では…」
ジーノは部屋を出ようとする。ロアは止めないが、一言伝える。
「…少しは情報集めているか?」
ジーノは黙ってしまった。
「…精進しろ…」
「へい…」
ジーノは部屋から出た。ロアは調査を続ける。
(…ノイズが変わっている辺り、占領済みって事だろう…おおよそ30%の内の0.75%を強奪するとは…このままだと大きな打撃を喰らうだろう。正規軍より先に手を打つべきだな)
ロアは今回の状況を『技術強奪』と見た。非正規の区域間で、まさか裏で連携を取っているのでは?そう感じてならない。
(…私達と同じ兵器技術を持っている…明日まで待つか。明日になったら奴が来る…)
シャワーはもう済んでいた。事務室のソファで横になって、そのまま目を閉ざした。
「…A4区域、護られたようだな」
女性の声。闇を疾る。
「…ええ。しかしながらそれと同時に、A1対空要塞支部の整備が終了しました」
「要塞のノイズは?」
「55co、1097co、6530coに設定しております」
「分かった…楽しみにしてるよ…君達の活躍をね」
「…御身体の方は…」
「一応、慣れている」
男は安心した。顔にも出た。女は立ち上がり、彼の方を見つめる。そして、従僕を呼ぶ。
「…直ちにこの男をSAの方に」
「…え?」
二人の不気味なガスマスクを被る者共が彼の腕を強引に引っ張り、手錠をかけ、口を塞ぐ。
「んぐ…んぐがぅ!」
離せと言っているのだろうか。だがもう遅い。脚にも痛みが疾る。男は闇に飲み込まれた。
「…無礼者め…支配者の容態を聞くのは禁忌であると知らないのか…スパイか…恐ろしいものだな」
支配者は嘲笑う。
朝日が差し込む。丁度目に入ってくる。
「…眩し…どうかしてくんねえかな…」
少しずつ足を運んでいく。
シャワールームにて、二年分鍛え上げた肉体を一気に洗う。細く、美しいラインを描いている。
(…絶対に弛ませるわけにはいかねえんだよな…この自慢のボディは)
シャワーを止め、タオルで体を拭く。
私服である。今日の任務は『まだ』無いらしい。任務が急に来たら緊急用ベルが鳴る。カードキーを読み込ませる。扉を二度ノックする。
反応は無かった。不自然だ。もう二度ノックする。
「…」
やはり反応は無い。
(…)
無心になる。一寸も呼吸を乱してはならない。ドアノブに触れ…一気に開ける!
「…」
そこに居たのは、コーヒーで一服しているアリサと漸く体を伸ばしているロアの姿があった。
「何だ?有力な情報があるのか?」
「アリサ…居るなら返事してくれ!」
「…今日は知っている通り、特別な任務は無い」
ヤナとジーノとロアが集まって話をしている。今日は何をするかと言うと…
「…情報でも集めろ。特に、A1区域に関しては今最も欲しいところだ…入れ」
扉が開く。茶色の上着を羽織っていた。
「…御機嫌よう、皆さん」
「初めましてじゃ無いか?二人に対しては」
ロアは微笑むことなく突っ込みを入れる。
「煩ぇ、餓鬼は引っ込んでろ」
「黙れ浮気男」
「それは止めろ」
「さて、彼の名はジェイコブ・テイラー。情報屋だが…望み通りの情報は手に入れたか?」
「ああ。まずは、このカードを渡しておく」
「…」
ロアは軽くそのカードを一回見る。
「何?そのカード」
「A1対空要塞支部の…メモリーカードか?」
「三つの内一つがコレ。こいつさえあれば対応は完璧にできるだろ」
「…何を言う。これ一つあればデリートカード、いや…インスレイターカードも作れる…」
「?」
「おいおい、疑問を持ちながらこっち見てるぜ。餓鬼さんよ」
「止さねば此方も言おう。浮気男…貴方達は、デリートカード、インスレイターカードを知らんようだな」
アリサが言う。
「デリートカードは知ってます。強制的に内部にコンピュータウイルスを発生させ、全データを消去する。履歴も、クッキーも、証拠隠滅させるものですね。
…ただ、インスレイターカードは初耳です」
「…そうか。インスレイターカードは言ってみれば『絶縁』させるカードだ。A1対空要塞支部にその中のプログラムを入れれば、支部と繋がっている情報機器は永劫、全て機能しなくなるということだ」
「情報機器となると、司令室はまずただの物置場になるな。それで自動ドアも機能しないし…何より、ノイズがゼロになる」
三人は耳を疑う。
「ノイズがゼロって…」
「ご察しの通り。そんじゃ、次だ」
(((いや、察せないけど)))
三人は更に耳を疑った。
「…A1区域に足を踏み入れた奴についてだが、監視カメラから履歴を見て、メイソンの残党がちゃんと確認された。名はルモワーヌ・テオフィール」
「いつだったか?」
「四週間前。スパイとか疲れるんだよな…できなきゃ務まらんけど、あの程度」
「…そうか、なら良かった。そのメイソンの残党について調べてくれないか?」
「面倒くせぇ…しゃあない。毎回金をくれる仲だ。ちゃんと働いてやるよ」
「済まないな」
片手に札束を授ける。
「じゃあな。その時まで生きていたなら金はまた貰ってくぜ」
「…」
ロアは表情を変えない。ジェイコブは部屋を出る。
「さて、今日は何も無いと思うな。チームとしての名を隠し、できるだけ情報を集める。街に行くなりラジオを聴くなり、とにかく情報を集めろ。今日は以上」
残念ながら、此処は地中海の影響を受けないので温度はそこまで上がらない。それを排熱の温度で平温にするのだから大したものだ。今は部屋に居るから感じられないが。素直にラジオでも聴いている。
《…国際ニュースです。A4区域が再び活気を取り戻す日が近いようです》
《A4区域は反乱によって静止されましたが、現在は技術家によるノイズ修正、連合国との再連結が行われています。これらにより人の住める環境が整われ…》
何かもどかしい。ラジオの電源を切り、カードを取り出す。
『Locked』
カードキーを部屋のカードケースにしまう。ジーノは財布を持って部屋を出た。
駅まで行けば大量に情報はある。『新聞』と言う名の単純に文字や写真で人に伝えるメディアが。駅内の新聞屋を訪れる。宣伝アナウンスが流れる。
《…E住域、イタリアンレストランにて火事が発生しました。客、店員共に怪我人は居ませんでした。
…F住域、対麻薬組織に対する処罰が課せられました。F住局局長よりコメントがあります。
…G住域、極東レストランがオープンしました。G住域での営業は初めてです。
等々、E区域のローカルニュースは『区域新聞クリスチャン』、40セントで貴方の視野を広げます…》
ジーノは人混みに紛れ、新聞を一つ手に取る。押されて押されて、息苦しかった。何とかレジに着く。
「2ユーロ」
言われる前に金を差し出した。ジーノは早めに外に出ていく。
「…いち早くそれを買って来た様だな」
「…!?」
「此処ではノアと呼んでくれ」
いつものとんがり帽子の姿ではない。が、マントは着ているらしい。
「隊長?」
「やはり、安心感が湧く。マントで自身の手の内を隠せるとは大きな事だ」
(その微笑みも不気味だな…)
「んで、どうするんだ?」
「付いて来い。昼でも奢る」
「お、やりぃ!ノア先輩!」
ロアは指をさす。
「そこにしよう」
『極東レストラン』。確かG住域に新たに同じ名の店舗が…。
一度中に入れば、その賑やかな人混みに紛れる。召使い、いや店員が椅子を引く。
「…なんか…普通のレストランに変わりはなさそうだが…気のせいか?」
「気のせいだろう。メニューを見れば一目瞭然。それに店員の作法も所々異なるものもあるらしいし…人員不足で極東から直接来たということなのか?」
「俺が思うに、此処の住民が料理下手なだけ…」
「正しく、そうだろう…」
素直に答える。
「…まあ、さっさと選べ。一品だけ奢る」
「んじゃ、俺はこの海鮮天丼…構わないっすよね」
「ああ、それだけしか金は払わんが」
ロアも注文を済ませる。御冷を一口飲む。
「ん?何処に行くんすか?」
「少し、御不浄をね…」
ロアはマントに隠しながら腰の探査機にカードキーを挿し込む。音は出ず、密かに起動する。
便所に入る。そこにはただ一人、入って来たばかりの金髪の男。ロアは適当に用を済まして、便所を出た。暖簾を通り抜け、一本の銀の棒を縦に持つ。
「あいもしもし?」
《…例のブツは無事か?》
「…ああ。当然だ」
《そうか…》
「それよりもよ…このメモリーカード共を使ってどうすんだよ?」
《ボスに献上すんだよ…メモリーカードを消去させて売りつければ数百万は楽勝だ》
「そんな百万じゃまだまだ、数千万、いや万を超えて十億って所か?」
《その分俺たちにも金が回ってくるからな…》
「…そういや、そのメモリーカードってどう使われんだよ。そもそも使い道なんてあるのか?」
《…詳しくは知らないが、取り敢えず凄い事に使うんだろう》
(…一応念押しに銀棒を置いておくか)
ロアはその場を去った。席へと向かう。
(…さて、どんな情報が出てくるかな…?ボスの居場所か?それとも会う場所か?…いずれにせよ…筒抜けな事は変わり無い…)
ジーノは不機嫌だ。ロアを見て怪しむ。
「遅かったじゃないすか。ノア先輩」
「済まなかった。それより、そろそろ来るだろう」
ジーノは嫌気を感じ取ったのか、顔を歪める。
(…まあ、そう思うのも無理は無いな…)
「ジーノ。食事を終えたら私は戻るとするよ。後は頼んだ…」
「…え、了解っす」
「お待たせいたしました。此方が、海鮮天丼になります」
「…海鮮天丼になります」
「…」
同じであった。少し気まずい雰囲気だった。
事務室の受話器が音を立てて震える。数回鳴った後にメッセージが入ってきた。
《…只今、留守にしております。御用件をお残しください。
…儂じゃー!チャーマンじゃっ!情報が集まった!今直ぐ電話に出てくれい!夕方までだ!》
陽は、この部屋を照らしてくれている。奥の二つの塔がよく見えていた。